第31話「携えた光」
海上の「彼」・ブラナークに目をやる犬吠埼。
猛然とこちらへ向かって来つつ、先程もしたように空間を下から上へ。水の円盤が襲い来る。
それまで海から上がったところの面々を気にしている様子でいた安寿が海へと真っ直ぐに向き直り、手のひらを向けた。
門の前の側の岸と海との境界全体をカバー出来ている横幅、高さも門と同じくらいある大きな障壁が現れ、円盤を受け止める。
桃太郎は略拝詞を唱え大幣を振って、
「端境生成、進入禁止付y……」
そうこうしている間に、空を飛ぶブラナークのこと、障壁を普通に上を通過して越え、門の真正面に降り立った。
眠っている日空人3名以外のこの場の全員が身構える。
その時、ゆっくりと門扉が開き、中から始鬼遥と唯、それから、以前工鬼の町の食堂で見掛けた先の尖った長い耳をした7・8歳くらいの少女のなりをしたバア様……森鬼泉の姿。
(…危機の予言をした、おばば様って……)
直後、
(っ? )
漣が全力で跳ね、一瞬だけ始鬼遥の前を塞いだ後、ドサッと地面に落ちた。
(漣さんっ? )
その胸に留まる、足下の土と同色の半円。ブラナークの水の円盤に似ている。それはすぐにホロっと崩れ土に返り、同色の直線だけが胸に残った。
ブラナークの右手が下から上への動作に入ったのが、視界の隅に映る。
咄嗟に斧を出し、漣とブラナークの間に割り込む犬吠埼。
ブラナークの右手指先が下から上へと空間を斬る。
ガキンッ! 金属同士のぶつかったような音。
火花を散らせて犬吠埼の斧が受け止めたのは、漣の胸にあった半円及び今も残る直線と同じ色の円盤。火花が散ったと同時、崩れて土に。
(今度のは水じゃなくて土だけど、やっぱりブラナークさんの攻撃だったのか!
手近にあるものを使って円盤を作るんだな……。漣さんの胸のあの直線は、円盤の刺さって見えてなかった部分が埋まったまま残ってるってこと……? )
「…遥…様ぁ……」
漣の、小さな小さな声。
(…漣さん……)
ブラナークのことは警戒しつつ、漣を気にする犬吠埼。
と、視界の外で、ただならぬ気配を感じ、気配のほう……漣の倒れている位置より上方を盗み見る。
途端、ビクッ!
思わず、しっかりと見てしまった。
そこには、ブラナークを凝視する始鬼遥の両の目。
周囲の全ての音を呑み込んでしまうほどに静かな目。
(…静か、なのに…なんか……)
威圧感。
向けられているのはブラナークなのだが、この場を制圧してしまっている。
誰ひとり動かない。動けない?
瞬間、ドガッ!
ブラナークの真上に、飛行岩に乗った岩が着地した。
ブラナークは金槌で打たれた釘の如く地中にめり込む。
「漣っ! 」
飛行岩から飛び降り、漣に駆け寄って傍らに膝をつく岩。
始鬼遥も傍目にハッキリとハッとし、あらためて、恐る恐るといった感じで漣を見下ろす。
「岩…さ…まー……遥様を…守った、のー……エライー……? 」
消え入るような漣の問い。
岩は泣いているようにしか見えないくらい優しい笑みで頷き、
「よくやったっす。エラかったっすね。漣はあたいの自慢の妹っす」
褒められて、漣は、エヘーととろけて目を閉じた。
(漣さん……)
「漣……! あたいが、もうちょっとでも早く帰って来てたら……! 」
声を詰まらせる岩。
桃太郎が足早に漣のもとへ来、
「見せて」
岩の隣に片膝をついて、
「息があるから大丈夫。治せるよ」
すぐさま取り掛かる。
「本当っすかっ? 感謝するっす! 」
犬吠埼も、ホッ。
始鬼遥は非常に驚いた様子。掠れ気味に、
「…助けて、くれるのか……? 」
(…ああ、始鬼遥は桃太郎さんのお父さんとお姉さんを殺したのに、その始鬼遥の妃を、ってことか……。
僕の知る限りでの桃太郎さんの性格上、助けれるのに助けない理由は無いと思うけど……。純粋に助けたいのかも知れないし、打算的に先生と会長と僕のために心に蓋をしてくれてるのかも知れない……元いた世界へ帰るのに始鬼遥を頼ることになったから……)
背後、飛行岩のほうで、パキ……と微かな音がし、何の気なく犬吠埼が振り返ると、
(っ? )
突然、飛行岩が音も無く粉々に砕け散った。
一旦、宙へ舞い上がった後、シャラシャラと儚く降って来る。
犬吠埼は斧の平の部分を地面と水平にして傘代わりに、始鬼遥は羽織を脱いで自身が頭から被ると同時に桃太郎・岩・漣の顔周辺だけでも覆えるよう広げ、他の一同も各々或いは協力して防ぐ中、門の前の一帯にほぼ均一に踝辺りまで降り積もり視界が落ち着いたところで、地中から、無傷のブラナークがスー……と上昇し現れた。
爪先が地面から30センチの高さで止まり、手にしている何やら光を放つ物を、無駄に優雅な所作で周囲に見せびらかすブラナーク。
それは、パールのように上品に輝き揺らめく液体の入った注射器のような物。
「ソレヲ打タセチャ駄目ダ! 」
頭の中に直接響く少年の声。桃太郎の術で眠っていたはずの日空人・フォーツ。
海水に浸けられたり飛行岩の着地の音や衝撃だったりで目を覚ましたのだろう。
その台詞が終わるか終わらないかで犬吠埼の前を白色が横一閃。
ドンッという音と共にブラナークと、やはり眠っていた日空人・タイガが、地面に転がる。
タイガがブラナークにタックルを決めたのだった。
(えっ? 何っ? 仲間割れっ?
…それとも前に僕たちも居合わせたリテュシさんを逃がそうとした一件以降とか、どこかのタイミングで敵になってた……? )
タックルでブラナークの手を離れた注射器を、日空人のもう1人・ドローが素早くキャッチ。大きく振り被って海へとぶん投げる。
だが、ブラナークは即座に起き上がり注射器を追って海上へ。注射器が海中へ落ちる直前で回収、自身の首筋に刺した。
「皆! 逃ゲロ! 」
「逃ゲロ、皆! 」
「皆、逃ゲテ! 」
日空人3名が一斉に頭の中へ叫ぶ。
大音量に少々クラクラしながら犬吠埼、
(…皆……? この3人が揃って言う「皆」って、誰……? 僕も含まれてる……? この3人とブラナークさんを除いた、この場の全員ってこと……?
でも、どうして……? ブラナークさんとこの3人の関係がどうであろうと、リテュシさんや、この世界の方々にとって、この3人は敵じゃないの……? )
岸からほど近い海上の空中、それほど高くない位置から、こちらへ、ギラギラとした目を向けるブラナークは、まるで少年漫画の登場人物。表に出る声ではなく脳内だが雄叫びを上げ、背丈は変わらないまま急激に筋肉だけが発達。隆起した筋肉は衣服を破き上裸に。髪は逆立ち全身から蒸気のようなものを立ち上らせていた。
俄かに空が掻き曇って雷鳴が轟き、吹き荒ぶ暴風によるものか、先刻まで凪いでいた波は猛り狂っている。
森鬼泉が視線はブラナークを捉えながら、
「遥ちゃま」
「バアさん……」
「どうやら、先程あの男の手にしていた注射器の中身こそが、あたくしの予言の『携えた光』だったようですわね」
(予言の携えた光……って、岩さんが噛み砕いて説明してくれた「とんでもない兵器」のことだよねっ?
リテュシさんじゃなかったんだ……! )




