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第2話「マーシーと杜のゆかいな仲間たち」


 神社正面へとまわり、鳥居の前の数段しかない階段の下から、犬吠埼は、入る前に様子を探ろうと、その奥を見つめた。

 しかし、ただ暗い。空間が歪んででもいるかのように、よく見えない。

(なんか、異世界への入口みたいだな……。…いや、見たことないけど……)

 怖い。足が竦む。

(…でも、先生のハンカチが……)

 犬吠埼は一度大きく息を吸って吐き、意を決して踏み入った。




 鳥居をくぐると、薄暗いだけの一般的な神社。

 砂利の敷き詰められた敷地中央の、それほど長くない石畳の参道中程に、体の小さな巫女が頭を抱えてしゃがんでいる。足下に、小石を包んである雉子のハンカチ。

(頭に当たったの……っ? )

 慌てて駆け寄る犬吠埼。

「大丈夫ですかっ? 」

 顔を上げた巫女は、まだ10歳くらいの少女だった。

(子供……っ? この神社の子なのかな? こんな服装だし……)

 犬吠埼もしゃがんで目の高さを合わせる。

「ごめんねっ! 大丈夫だったっ? 」

 すると少女は、キッと正面から犬吠埼を見据え、雉子のハンカチを拾って鼻先に突きつけ、

「アンにこれをぶつけたのはキサマかっ? 」

(いや、直接は僕じゃないけど……。…「キサマ」……って、随分と口の悪い子だな……)

 そこへ背後から、

「大袈裟だな。オマエなら、そんなの大して痛かねーだろ」

 ものすごく最近に聞いた憶えのある声に振り返れば、私服姿の猿爪が鳥居をくぐったところだった。

 やあ、また会ったね! と、犬吠埼ににこやかに手を振りつつ歩いて来る。

「あ、マーシー……」

 嫌そうなトーンで呟く少女。

(…「マーシー」……? 会長のこと……? ああ、「猿爪」だからか……。マーシーとか呼ばれてるんだ……。知り合いなのか……)

 犬吠埼の隣で足を止め、猿爪、

「それに、ぶつけたのは彼じゃない。ボクだ」

 頭すら下に向けず、目だけで高圧的に少女を見下ろす。

「キサマだったのかっ! 」

 少女は雉子のハンカチを猿爪へと突きつけ直した。

「ほぉ……? 」

 低く言ってから、猿爪は、ごく普通に少女の手のハンカチを取り、視線はずっと少女に向けたまま、ハンカチを解いて中の小石を出し、キチッと4つに畳んで犬吠埼に差し出す。

「あ、ありがとう、ございます……」

 謎の礼を言いながら、条件反射的に受け取る犬吠埼。

 猿爪は身を屈めて少女へと徐に両手を伸ばし、その両の頬を摘んで、

「年上に『キサマ』なんて言うのは、この口か? 」

ギュウッと引っ張った。

(っ! )

「ちょ、ちょっと! 何するんですかっ? 」

 驚き、声を上げる犬吠埼。

 痛い! 痛いっ! と悲鳴をあげる少女。

「やめて下さいっ! こんな小さな、しかも女の子相手にっ! 」

「15歳以下はオンナじゃないよ。あと、小さいのはボクも同じだし」

「身長のことじゃないです! 」

「ふーん、やっぱりキミもボクの背を低いって思ってるんだ? 」

(…しまった……)

 気にし、犬吠埼は口を押さえる。

「ま、いいけどね」

 猿爪は、犬吠埼の制止など完全無視して、更に強く引っ張り、

「どこで覚えた? そんな言葉。ん? 」

 少女、叫び声で、

「テレビで! テレビで言ってたのっ! 」

「そうか」

 頷き、手を放して身を起こし、

「悪いテレビだな。捨ててやる」

参道を奥のほうへ歩き出そうとする猿爪。

「ダメーっ! 捨てないでっ! 」

 追い縋り、少女は猿爪のウエストに後ろからしがみついた。

「もう言わないからっ! 」

 猿爪は止まり振り返りつつ、少女の手をウエストから外して、よし、と頷き、

「いい子だ」

微笑みかける。

 急に胸のあたりがホワンと温かくなったのを、犬吠埼は感じた。

(…この人って……。学校の皆や僕相手の時と比べてみても、この子に対しては言葉遣いからして乱暴だけど……)

 フンッと少女はそっぽを向く。


 場が収まり静かになったところへ、拝殿脇のほうから砂利を踏む微かな音。ゆっくりと近づいて来る。

 やがて姿を現したのは、神職の装束を纏った白髪長身の男性。

 猿爪も気付き、

「あ、桃太郎さん。こんにちはー」

声を掛ける。

 桃太郎、という名前らしい。

 小さく手を上げて返しながら歩み寄り、猿爪の真横でなく微妙に後ろに立った彼は、遠目の段階でその白髪からイメージしていたのよりずっと若く、30歳くらいだった。

 目が合ったので会釈する犬吠埼。

 会釈を返してから、桃太郎は猿爪に向けて無言の問い。

「ボクの学校の後輩です。名前は、えーと……」

「犬吠埼です」

 代わって答える犬吠埼。続けて猿爪は、犬吠埼に向け桃太郎を手のひらで示し、

「この神門神社の宮司で、神門桃太郎さん。

 ボクは実は普通の病院じゃ診てもらえないちょっとした病気みたいなものでね、その主治医的な人なんだ。

 体を診てもらうついでに手伝いをしに、毎日ここへ通ってるんだよ」

言ってから、いかにもオマケといったふうに少女を指して、

「で、これが桃太郎さんの姪の安寿」

 と、安寿が猿爪の袖をクイクイッと引っ張り、

「こうはい、って何? 」

「ああ、同じ学校に通ってる、自分より小さい人のこと」

 猿爪の答えに、安寿は犬吠埼を見、猿爪を見、もう一度犬吠埼を見て首を傾げる。

「大きいよ? 」

「背の話じゃねえよ」

 即座にツッコむ猿爪。しかし本気で嫌がっている様子ではない。半分ネタのような……さっきの犬吠埼の時といい、誘ってる感すらある。

(…会長、学校にいる時より自然体で楽しそうだな……)

 普段の学校での猿爪を知っているだけに、フツーの人っぽくて何だかホッとした。

(まあ、僕に対しては、初手から何故かワリと肩の力の抜けた感じで絡んできたけど……。

 …っていうか、最初に思った以上にちゃんと知り合いだったんだな、ここの人たちと……)

 後半は普通に、

「会長、この神社の方々と知り合いだったんですね」

口に出して言ってみた犬吠埼。

 猿爪は、えー? と笑い、

「そりゃそうだよ。キミ、ボクのこと何だと思ってるの? 知らなかったら、こんな得体の知れない不気味なとこに、先生のハンカチを投げ込んだりしないよ」

 すると、

「…ひ、酷いな。得体の知れない不気味な、なんて……」

 桃太郎が遠慮がちに小さな声でボソボソ。

(…喋った……。ずっと黙ってるから、喋れない人なのかと思ってた……)

 猿爪は、本当に楽しそうにアハハと笑う。

 ひと頻り笑ってから猿爪、スッと笑いを引っ込め、真面目な顔で犬吠埼を見つめて、

「でも、ゴメン。やり過ぎた。知らないキミには、すごく怖かったよね? 」

(…この人、本当にいい人なのかもな……。学校での評判どおりとはズレてるかもしれないけど……)

「キミってさ、何か、上手く言えないけど、安心感みたいなものがあるんだよね。だから、甘えちゃった。ホント、ゴメン」

(うん、つまり、ナメられやすいタイプってことか……)




 無事に雉子のハンカチを返してもらえたので帰ろうとする犬吠埼を、

「ねえねえ」

安寿が呼び止めた。

「さっきね、マーシーにイジメられてるのを助けようとしてくれたこと、嬉しかった。ありがとう」

(…あれってイジメだったのかな……? 叱ってくれてたんだと思うんだけど……。

 いや、でも考えてみれば、投げた石が当たってるし、そのことについて謝ってないし、逆ギレか。

 ホント頭のいい人なんだな。一見誤魔化せるオトナのズルさみたいなものを、高校生で既に身につけて……。

 この子に問題があったのは言葉遣いだけで……それだって、怒って当然の状況下でのことだし……)

 どういたしまして、と、笑顔を見せて返す犬吠埼。

「あのね、ワンちゃん。お願いがあるの」

(「ワンちゃん」……? ああ、「犬」だからね……)

「アンね、お友達がいなくて……。だからつまんなくて……。…あの……。

 …お友達に、なってくれる……? また、遊びに来てくれる……? 」

 上目遣いに窺う様子が、小動物のようで可愛い。

「うん、いいよ。また来るね」

「うん! 約束ねっ! 」

 安寿は、とても嬉しそうに笑った。


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