第18話「元凶」
「でも犬吠埼クン、よく気づいたわよね。工鬼族の町で情報収集するリスク。
私はそこまで思い至らなかったわ」
小鬼田宅へ戻って来、宛てがわれている部屋で桃太郎と向かい合わせに座り、山姥亭で食べた物を体内から取り出す処置をしてもらいながら、雉子。
先に済ませた猿爪、少し離れた位置に座ったまま「ボクもです」と雉子に頷き、犬吠埼に、
「犬吠埼君にはさ、もしかして、元いた世界に守りたい人でもいるの? その違いなんじゃないかな、って。
言われてみれば、自分のせいでそこに暮らす人たちが……っていうのは当然あってはならないことだとは思うんだけど」
(守りたい人……お母さんとか。…浅田先輩…とか……。普通にいるけど……? 逆に先生や会長にはいないのかな? )
口に出して聞いてみると、
「いないわね」
雉子は即答。
猿爪はちょっと考えてから、
「両親とか大切な人はいるけど、ボクが守る必要は無いね」
ああ! と雉子が乗っかる。
「私もそれだわ! 学校で関わってた生徒たちとか! ……両親はどうでもいいけど」
(…そう言われると……。僕もそれかも……。僕が守りたいなんて思うのは烏滸がましいのかも……)
雉子の処置が終わり、次は犬吠埼の番。
桃太郎にありがとうを言いながら立ち上がりつつ雉子、
「気づいてしまうと、なんか、誰にも聞けなくなってしまうわね。誰なら大丈夫か分からないもの。
…ブラナークさんたち日空人の方々には、大丈夫な理由を見つけて是非お手伝いをお願い出来たら、って思うのだけど……」
(うん、頼りになりそうだもんね。日空人の方々の話を鵜呑みにするとしたら、世界って、ここと元いた世界の2つだけじゃないみたいだし……。「正確な位置関係」とか考えてた以上に難しそうな話だし……。
山姥亭でごはん食べた後、工鬼の町の中の図書館で閉館時間まで粘って調べてみたけど何の収穫も無くて、この先、帰るために何をしていいのかすら分からないから……)
雉子と入れ代わりに桃太郎の前に座り、犬吠埼、
「お願いします。いつもすみません」
桃太郎は首を軽く横に振り、
「このくらいしか、してあげられないから」
言って、手を伸ばし取り掛かろうとしたが、ス……と引っ込め、俯く。
「…本当に、ごめん……。オレが、全ての元凶なのにね……。
この世界に来てしまったのは始鬼遥が安寿を連れて行くのに巻き込まれたからで、安寿を連れて行かれたのは、オレへの罰だと思うから……。
…オレは、心のどこかで思ってしまっていたんだ。安寿なんていなければよかったのに、って……」
(…桃太郎さん……)
「それ以前に、オレの管理不行き届きで命を奪われてしまったこと……。
オレは、どうしようもなく未熟で……。小鬼田さんにした端境の応用、あれを安寿に使えてたら……」
と、
(? )
雉子が処置を終えて動いた先から戻って来、桃太郎の斜め後ろに、見下ろす形で立った。
直後、ゴンッ! ゲンコツ。
(っ! 先生っ? )
猿爪も驚いた様子で腰を浮かす。
殴られた頭を抱える桃太郎。
暫しあって、
「…痛いな! 何すんの……っ? 」
涙目で雉子を振り仰いだ。
痛い、で済んだことにホッとする犬吠埼。傷んでいた可能性はあるが床に穴を開けられる威力をもつ拳なので。
(…さすがに手加減したか……)
雉子、
「ああ、ごめんなさい? イラッとしてしまって、つい」
明らかに口先だけで謝り、それから小さく息を吐いて、
「アンチャンへの懺悔はアナタとアンチャンの間に私たちの知らない何かが色々あるでしょうし、そもそも2人のことに私がとやかく言う筋合いは無いからともかくとして、この中の誰かが一度でも、今アナタの言った私や猿爪クンや犬吠埼クンの関係する一連の件でアナタを責めたりした? 私はもちろんしてないし、この聡明な彼らだって、そんなことするとは思えないのだけど?
仮に責められたのだとしても、それは間違いだから気にする必要は無いのよ? だって、アナタに謝られなけらばならないことなんて何ひとつされてないし、常にその時点での最善を尽くしてくれているもの。
私たちのこと、そのくらいのことも分からないと思って莫迦にしているの? 」
「…そんなことは……」
「そう? 」
「…うん……」
「ならいいけど。殴ってしまって悪かったわ。
…そうね、アナタが謝らなければならないことがあるとすれば、私は違うけど、優しい猿爪クンと犬吠埼クンはアナタが自分を追いつめてばかりいるのを見て胸を痛めていたから『心配かけてごめんなさい』かしらね? それだって本当に申し訳ないと思うなら謝るほうはごく軽く謝って、『もう徒に自分を追いつめたりしないから大丈夫』って約束してあげるのがいいと思うわよ? 」
その時、カンカンと見張り台の鐘。
一同の注意を引き会話を遮る。
しかしほんの数回しか鳴らないうちに……
ズガーンッ!
音とも震動ともつかない衝撃。
(っ? )
「母ちゃんっ! 」
玄関のほうから翔の悲鳴。
急いで玄関へ向かうべく部屋の出入口の戸へと殺到する一同。
戸を開けると、玄関と、廊下の玄関から見て手前側半分が崩れ、耕が、その崩れた天井や壁などの木材の下敷きになっているのが見えた。
(耕さんっ! )
「耕っ! 」
瓦礫を掻き分け、額から血を流した小鬼田が姿を現して、母ちゃん! 母ちゃん! と泣きそうになりながら耕の腕を掴み引っ張る翔に駆け寄り、共に引っ張る。
だがビクともしない。
手を貸そうと踏み出した犬吠埼の目に、
(っ! )
更なる惨状が映った。
崩れた壁の向こう、犬吠埼からは全体が見えないほどとんでもなく大きな岩が下方が地面に埋まった状態で数メートル先より向こうの視界を遮り、その手前、小鬼田宅と岩の間に建っていた家々は全壊。岩が落ちてきたか何かの際に直接当たったか衝撃でそうなったかなのだろうか? そして岩の下にも何軒も家はあるはずで……。夜のため視界が悪く誰の姿も確認出来ないが、夜だからこそほぼ間違いなく、崩れた家の下には耕のように……。
(…こんな、ことって……)
そこへ、
「あー、殺れなかったっすかー」
少女の声。
見れば岩の上、月明かりに照らされて、犬吠埼と同じくらいの外見年齢で和風の部分鎧を身に着けた赤髪の少女が立っていた。
あーもう、と面倒くさそうに頭をバリバリ掻きながら、桃太郎だけを真っ直ぐに見ている。
(…この岩、この人が……? 桃太郎さんを狙って……? )
「んじゃ、もう1回っす」
溜息まじりの少女の台詞。
ややして、ズズ……と鈍い音。岩が少女を乗せたまま浮かび、ゆっくりゆっくり宙へ。
(思ったとおり、この人がやったんだ……! 浮かせて、また落とすの……っ? )
どうしたらいい? と桃太郎・猿爪・雉子らに視線を送る犬吠埼。
(考えられないくらい力持ちになってるから、先生や会長と力を合わせれば受け止められるかもっ? )
険しい表情で岩を見上げつつ懐から人の形の和紙を取り出し略拝詞を唱え大幣を振る桃太郎。
「未遊姫! 」
ポンッ! 和紙が未遊姫に。
「岩より少し高いところまで行って」
頷き、岩に合わせて上昇して行く未遊姫。
見送りながら、桃太郎はもう1枚、和紙を取り出し、略拝詞を唱え始める。
無事な民家の3倍ほどの高さで岩は停止。
瞬間、フッと桃太郎が未遊姫の真下へ移動。和紙を自身の右側へ舞わせ大幣を振り、その先端で触れ、
「彌鳥! ご飯だよ! 」
突如、桃太郎の右側の空間から超巨大な亀(? )の首だけが伸び、口を大きく開けて岩をバクンッ! と食べた。
咄嗟にかわし、
「あっぶないっす! 」
地面へ降り立つ少女。
空間へと戻り消える亀・彌鳥。
重力に従い落ちて来る桃太郎。
(桃太郎さん! )
受け止めようとスタンバイする犬吠埼だったが、いつの間にか地面近くへ先回りしていた未遊姫のもとへ瞬間移動し、桃太郎は普通に着地。
少女は大きな大きな溜息を吐き、
「…なんか疲れたっす……」
門の方向へ歩き出しながら、
「遥様は『念のため』って仰ってたんで、まあ、いいっすかね。今日のところは帰るっす」
(「よう」様っ? 始鬼遥に言われて来たのっ?
…あ、でも鴉鬼葉さんも「よう」か……。僕の知らない「よう」かも知れないし……)
桃太郎が、
「待って! 」
少女を追う。
続く犬吠埼・猿爪・雉子。
追いつき腕を掴んで引き止めた桃太郎。
少女は振り返りざま、
「キッショ! 触んなっす! あたいに触れていいのは遥様だけっす! 」
桃太郎の手を解こうと腕を強く振る。
桃太郎は放さず掴む手に力を込め、更にもう一方の腕も掴まえて真っ直ぐに少女の目を見据え、
「オレを狙って来たんだよね? どうして? 」
少女は嫌そうに目を逸らし、仕方なくといったふうに低くボソボソと、
「…工鬼の町の食堂で昼間、遥様の旧友のおばば様が、あんたを見掛けたって仰って……。
そいで遥様が、姫様を迎えに行かれた時、あんた目線だと強引に連れて行ったように見えたかも知れないから連れ戻しに来たのかもって仰られて……」
(…僕の知ってる話に当てはめると、「よう」様は始鬼遥、姫様はアンちゃんかなって思うけど、連れ戻されるのを避けるために桃太郎さんを狙うってことは、それで合ってるのか……。そして今のところだけど、アンちゃんは無事なんだ……)
「んでもって、大丈夫だと思うけど念のため消しといて、って、あたいに命じられたっす……」
桃太郎、感情の交錯したような「…そうなんだね……」を呟いてから、
「オレたちは始鬼遥が移動するのに巻き込まれただけで、自分の意思でここへ来たんじゃないよ? 」
少女は驚いた表情で桃太郎を見、
「連れ戻しに来たんじゃないんすか? 」
頷く桃太郎。
「こっちが連れ戻しに来るかもって思う状況なのにっすかっ? 」
驚きのあまりか大きな声を出してから、暫しまじまじと桃太郎を見つめる少女。
溜息とともに再び目を逸らし、
「…信じらんないっす……」
声のトーンも落として、
「…それが本当なら、相当冷たいっすよ……? 」
「返す言葉も無いよ……。
…安寿は、幸せに過ごせてるの……? 」
「普通じゃないっすか? ……攫われたも同然なのに助けに来ないような奴といるよりは幸せかもしんないっすけどね?
姉姫様と一緒に遊んで楽しそうではあるっすよ? 」
「…楽しそうなのは、これからも、ずっと続くのかな……? 」
「努力はするっすよ? 当たり前っす。それが、遥様は勿論、あたいも含めて姫様の周りの大人の責任っすからね」
「…そっか……。なら、いいんだ……」
「いい加減、放すっす! 」
自称大人の少女は両腕を大きく振るい、今度こそ桃太郎の手を解いて背を向けると、
「あーヤダヤダ! 汚らわしいっす! 早く帰ってシャワー浴びるっす! 」
掴まれていた辺りを反対の手でパンパンと払うのを左右交互にしながら去って行く。
その背中に桃太郎は急いで、
「怪我をされた方の治療や壊れた建物を直すのに少し時間をもらうけど、それが終わったらオレはこの村を出て行くから、さっき、君は今日のところはって言ってたけど、もう村は襲わないでくれる? 」
自称大人少女は足は止めず、チラッとだけ振り返り、
「……まあ、それは信じるっすよ。襲わないっす。
…まともな感覚も持ち合わせてるんすね……」
言って、前を向き、鎧の内側から小さな瓶を取り出して、自身の足元に叩きつけて割った。
そこから2日前に犬吠埼たちを呑み込んだ闇に似た黒い霧が発生。ごく狭い範囲の深い闇を作り出し、自称大人少女を呑み込んだ。
黒い霧が晴れると、自称大人少女の姿は無かった。
周囲の惨状をあたらめて見回し、桃太郎は項垂れ手のひらで顔を覆う。
「やっぱり、オレが全ての……」
(違う! 元凶は、どう考えたって……! )
「違いますよ! 桃太郎さん! 元凶は……! 」
始鬼遥です、と言いかけて、やめる犬吠埼。
(元凶を始鬼遥だって言っちゃうと、アンちゃんの存在まで否定することになりかねないから、桃太郎さんは、自分が元凶だってことにしておきたいのかも……。
元凶を辿るのを、桃太郎さん自身のところまでにしておきたいのかも……)




