第17話「帰りたい世界に生きる守りたいひと」
「長、M1413連れて行きますね」
人間舎から牛鬼の女性が出て来、牛鬼牧へ声を掛けた。首を縄で繋がれた50歳くらいの人間の女性を連れている。
「ああ、もうそんな時間か」
言って、牛鬼牧は彼女らに歩み寄り、身を屈めて人間の女性のほうと目の高さを合わせた。
「今まで、ありがとうね。アンタのことは、きっと忘れないよ」
語尾が少し震えている。
(…牛鬼牧さん……? )
そんな牛鬼牧へ、人間の女性は微笑み頬を寄せ、嗄れた声でたどたどしく、
「あり、が、と、う……」
(…言葉……っ? 「ありがとう」って……! )
牛鬼牧から離れ、自身を結ぶ縄の端を持つ牛鬼の女性と共に去って行く人間の女性。
見送る牛鬼牧の驚いたように大きく見開かれた目には、涙が溜まっていた。
空を仰ぎパチパチと瞬きして散らし、軽く息を吸って吐いてから、牛鬼牧、
「あの子はさ、48年前にアタシが初めて担当したお産で取り上げた仔なんだ」
視線は、既に見えなくなった彼女らの背中を、まだ見送っている。
「変わった子でね、幼体の頃から他の子たちとは離れた所で1匹、いつも楽しそうに空を見てた。
穏やかな性格でさ、生涯、他の子を攻撃したことはおろか、ちょっとした揉め事すら、巻き込まれることはあっても、起こしたことは1度も無かったよ。
体がとても丈夫で35年間で32匹の仔を産んで、ついに閉経を迎えた」
聞けば、閉経まで生きている人間は、この世界では珍しいそう。大抵は直接お産で、或いは、お産が原因で弱って、死んでしまうらしい。生涯での平均出産数は15匹ほどということなので、今のあの彼女はだいぶ多かったと分かる。
「…さっき生まれた仔は、あの子の771匹目の曾孫だった……。
…長く生きた……。…ちょっと、長すぎたねえ……」
また震える語尾。
(牛鬼牧さん……)
大きく大きく、長く、肺の中が空になるのではというくらい息を吐き、牛鬼牧、
「湿っぽくなっちまって申し訳ない」
そこからいっきに吸い込みつつ背をシャンと伸ばして小鬼田に向き直った。
「そう言えば、今日は何の用だい? 」
(野菜を届けにだけど、牛鬼牧さんと約束してたわけじゃないのか……。村へ入ってすぐ、当たり前みたいに牛鬼牧さんの居場所を教えられたけど……)
小鬼田、ああ、そうそう、と、鉄格子の扉近くへ置いたままになっていた自身の引いて来た荷車を、牛鬼牧の前へと移動させ、
「前に話しでた飼料用に安ぐ渡せる野菜さ収穫したで、試しでもらおうと思っで持っで来ただ」
(…へえ、飼料用……? 安いんだ……? )
野菜素人の犬吠埼には、他との……恐らく飼料用ではないものとして、今朝、犬吠埼も大きな木製コンテナへの積み込みを手伝った、工鬼族の町の市場で売ってもらうための野菜との違いが分からないが……。
有難く試させてもらうよ、と返した牛鬼牧に、小鬼田、
「それから、こちらの方々だけんど」
と犬吠埼たちを指す。
「ああ、何か困ってるって言ってたねえ? 力になるって言っておいたが」
「んだ。こちらの躯鬼の方々さ捩ずれた土地からいらしたんだけども、ご自身の意思でいらしたんでねぐて、始鬼に身内さ連れ去られる時の移動に巻き込まれて来ちまったらしいだ。んで、帰り方も分からねぐて……。
躯鬼殿さ暮らされてた捩ずれた土地さ野生の人間が幅さ利かせてる地らしぐてな、お前さんなら人間さ飼育しでて何か知っとるんでねえがって」
小鬼田の話を聞いているうちに、何故か牛鬼牧の目がキラキラしてきた。
(ん……? )
それを抑えてすまなそうに、
「…そうかい、大変だったんだねえ……。
残念だけど、うちの子らは皆、アタシの先祖が育ててた子らの子孫で、野生の人間が大勢いる土地なんてのがあるって聞いてドキドキしちまってるくらいだからさ」
(…ああ、それで目をキラキラさせてたのか……)
牛鬼牧の目のキラキラに納得して犬吠埼、
(…もし牛鬼牧さんが僕たちの元いた世界の場所を知って、自由に行き来出来るようになったりしたら危ないんじゃ……? )
*
「ああ、そご、オラの歩く辺りの土さ硬ぐなっでるとこ以外、踏まないよう気をつけでくろ」
お試しとは言え無料では申し訳ないと牛鬼牧が趣味で作っているだけとの注釈付きでくれた山羊のチーズを置きに一旦、小鬼族の村へ戻ってから、工鬼族の町への道中。
小鬼田の言葉に、足下に気をつけながら進む。
工鬼族の町へは、小鬼族の村の門を出て塀に沿って右手側へ進んだ先に広がる草も木も無い剥き出しの土があるだけの地を越えて行く。
この地はかつて、鴉鬼族の暮らす豊かで広大な森林だったのだが、小鬼・牛鬼・工鬼の戦で失われてしまったのだそうだ。
土の軟らかいところには鴉鬼たちが種を蒔き、毎日水やりに来ていたのだそう。
(…そうなんだ……)
犬吠埼の、鴉鬼たちへの印象が今さら変わった。
(…小鬼田さんについては、やっぱりって感じだけど……。
自分の意思じゃなかったって証明されたようなものとは言え、気にしてるんだ、鴉鬼たちのこと……)
小鬼田の斜め後ろ気味の横顔を見つめ、歩く。
(…始鬼遥は、この世界と僕たちの元いた世界を何回か行ったり来たりしてたみたいだけど、どの程度のことなのかな? 大変なのか、簡単なのか。始鬼遥だから出来ることなのか、この世界の人なら誰でも出来るのか……)
犬吠埼は、自分の元いた世界の話を聞いた牛鬼牧の反応を思い返し、
(牛鬼牧さんが、様々な種族が暮らしているし近隣だけじゃなく遠方からの出入りも多いから工鬼族の町で情報収集してみたらどうか、って提案してくれたけど……。それで今、向かってるとこだけど……。
町にいる人たちから情報を集めるって……今からしようとしてることって、僕たちの元いた世界の情報を拡めちゃうことにもなるんだよね……?
それって、怖いことじゃないのかな……? この世界の人たちにとって、人間は美味しい食べ物だし……)
そんなことを思った。
(元いた世界の皆を危険に曝すことになるんじゃ……? お母さんも……。…それから……)
不意に何故か、頭の奥とも胸の奥ともつかないあたりに、
(…浅田先輩……)
浅田のいつもの明るく元気な笑顔が浮かぶ。
(僕たちの元いた世界へ、この世界の人たちが人間を狩りに行ってしまうかも知れないから……。
その発想は別に悪いことじゃない……むしろこの世界の人たちのためになる、当たり前のことだと思えるから余計に……)
何となく聞き流していた周囲で交わされる会話が一段落つくのを待って、犬吠埼、
「あの……」
足を止め、つられて立ち止まった一同に、今しがた考えていたことを切り出した。
「…なので、工鬼の町での情報収集は気が進まなくて……」
「…確かに、そうよね……」
雉子が同調する。
猿爪も頷いてから、小鬼田に、
「小鬼田さんは、捩じれた土地への行き来って出来るんですか? 」
「いんや? 出来ねえだよ? オラの周りでも、そんなこつ出来るもんさ見たこどねえだ。
出来るこつだら、とっくにお前さんがた送り届けてやってるだよ」
(そうだよね。小鬼田さんは、すごく人がいいから、それが何かしらの負担の大きいことだとしても、出来ることならやってくれそうだし、出来る人を知ってるなら、牛鬼牧さんのところへ連れて行ってくれるより先に、その出来る人を紹介してくれるだろうし……)
そうですよね、と猿爪は相槌。でもその上で、と、
「ボクたちの暮らす土地ではボクたちと人間は良き隣人として友人として暮らしていまして……。小鬼田さんの周囲には出来る方がいらっしゃらないにしても、同じこの地に暮らす存在で、始鬼のようにそれを出来てしまう存在もある以上、ボクたちの暮らす土地の話を拡めてしまうことは好ましくないかも知れません。この地での食糧としての人間については差し迫った問題に思えますから」
んだな、と頷く小鬼田。
「オラは、お前さんがたの暮らす土地では人間さお前さんがたの友人だっで知っだら仮に行き来出来るとすでも手出しさ絶対にしねえけんども、そういうもんばっかじゃあねえしな」
犬吠埼は話を呑み込めず、
「…あ、すみません……差し迫った問題、って……? 」
置いてけぼりを食っていると感じ遠慮がちに聞いてみる。
猿爪が解説。
「近親での交配が繰り返されると、どうしても、生存に不利な遺伝子が顕在化しやすくなるんだよ。体が弱くなって寿命が短くなったりとかね」
(そうなんだ……。僕も似たようなことを考えてたけど、もっと重大な動機をもってのことになる可能性があるのか……。
…小鬼田さんが鴉鬼たちを死なせちゃった時もそうだったけど、僕は物事を軽く考えがちなのかも……)
横から雉子、
「実際にはそれが原因かは分からないけれど、あの人たち、もはや同じ生き物に見えなかったものね」
(…ああ、だから全裸でいられても平気だったんだな……。
事実、同じ生き物じゃないけど……。…あの人たちは生き物で、僕たちは生き物じゃないから……)
と、そこへ、小鬼田の腹がグゥ……と鳴った。
恥ずかしそうに笑いながら小鬼田は腹を押さえ、
「情報さ集めるんはひとまず置いといて、こっからだらもう工鬼ん町のほうが近いで、行っで昼飯さ食わねえが?
桃太郎殿も腹減ったべ? 」
「あ……でも、お金を持っていないので……」
「そんなんオラが払うで気にしなぐてええだよ! 」
工鬼族の町は、外観からして小鬼族の村や牛鬼族の村とはだいぶ違っていた。
四角く加工された石で造られた高さのある塀にアーチ型の大きな門。門の向こう、少し離れた正面に噴水が見える。
(小鬼の村や牛鬼の村は完全にそこで暮らす人たちだけのためのものだったけど……)
門の前を横切る形で流れる川に架けられた石造の橋を境に足元が石畳となり、それはそのまま門の内側へと続いていた。
門をくぐると、そこは噴水を中心とした広場。ところどころ設けられた植栽コーナー以外は石畳を敷きつめられている上を、初めて見る多種多様な形をした人々が行き交い、また、ベンチ等で寛いでいる。門の外から見たのと印象変わらず良い意味で余所行きな場所だった。
広場を小鬼田の後について左へ抜けると、グッと生活感が増し、石造であったり木造であったり形や大きさも様々な商店が軒を連ね、5人でまとまってでは真っ直ぐに歩くことが難しい程度に賑わう通り。
目的地「山姥亭」は、この通りの奥にある大衆食堂。小鬼田は何かの用事でこの町を訪れる際は必ず寄って行くのだそう。
「躯鬼殿は食事さ必要ねえって言っでたけんど、食べれることは食べれるだか?」
小鬼田からの意図の分からない質問に、(? )となる犬吠埼。
表情を見て取って小鬼田、
「気になってただ。必要ねえだけで食べたいんでねえがって」
と補足。
(…言われてみれば、『必要ない』って、ちょっと微妙な表現か……)
猿爪が、お気遣いありがとうございます、と返し、
「ボクたちにも味覚はありますし、咀嚼も嚥下も出来ますが、消化も排泄も出来ないため、食べると桃太郎さんの手を煩わせてしまうことになるので……」
「煩わせる……」
小鬼田はピクッと反応。歩みを止め、恐る恐る、
「…何か、恐ろしいこつさ起こるだか……? 」
(始鬼じゃなくても怖いんだろうな、結局。目の前にある姿は強そうに見えなくても、「世を救う」って言われてる存在ってだけで……)
笑みを作り、猿爪、
「体内から食べた物を取り出す処置をしていただくことになる、という意味です。すみません紛らわしい言い方をしました」
軽く否定し、謝る。
「…そういうことだか……」
ホッと息を吐いて歩き出し、ややして、
「ああ、見えてきただよ」
小鬼田は進行方向を指さした。
残念ながら、通りの奥にあるということと店名しか情報の無い犬吠埼には、その指先を追っても見つけられなかったが……。
歩きながら、
「猿爪君」
桃太郎が低めに口を開いた。
「オレに遠慮して食べないでいるなら食べていいんだよ? ……食べて欲しい。
食べ物を味わうことって、人によっては大きな楽しみのひとつだと思うんだ。オレの立場だからこその独特な考え方かもしれないけど、食べ物を口に含んで味と香りを、咀嚼して歯ざわりを、嚥下して喉ごしを、楽しんで幸福感を得ることは、全く身にならないとしても食べ物を粗末にすることとは違うと思うから。
……ただ、今の状況だと、小鬼田さんがお金を出してくれたり耕さんが作ってくれたりしたものになるから、ちょっと事情が違うけど、元いた世界に帰ったら、ご家族とかの手前食べることになる分以外にも、好きな物を食べてよ」
それを、
「いんや、今だって食べたらええだよ」
聞いていたようで、小鬼田が口を挿む。
「オラも、客さ目一杯もてなせたほうが嬉しいだ。
これから行く山姥亭は安さが売りだけんど、オラは味だって、こん町で一番だと思っでる。お前さんがたさ暮らす土地さ帰っだら、もう食えねえがら、こん機会に皆で食うだ」
そうこう話しているうちに到着。木の板に墨で書かれた風の「山姥亭」の看板を掲げた、その店は、石造の2階建て。開放された状態になっている広めの1階正面出入口の、すぐ向こうが店舗となっているのが、お待ちシートへ記名するため一旦出入口脇へ行って見えた。
入店を待つ列の最後尾に並びつつ、
「こうしだ待ち時間で料理さもっど美味ぐなるだ」
小鬼田はニコニコ。
(うん。空腹は最高のスパイスって言うもんね)
人間に似た姿の恰幅のよいおかっぱ頭の男性店員が出入口から出て来、お待ちシートに視線を落として、
「1名様でお待ちの森鬼泉様ー」
読み上げてから顔を上げ、列の先頭の、先の尖った長い耳をもつ童話の魔女なんかが持っていそうな杖を手にした7・8歳くらいの少女に、
「お待たせしましたー」
少女は、
「ほんと待ちましたわ」
ツンと返し、
「これだから子供が店員の店は……」
溜息まじり、ぼやきながら、店員が案内してくれる後について入って行く。
(…子供……? 今の店員さんのこと……? 普通に大人に見えたけど……。少なくても、言った当人よりは年上に見えたけど……。
なんか、この世界の人たちの年齢ってよく分からないな……。さっき牛鬼牧さんも「48年前に初めて担当したお産で」とか言ってて、見た目から僕が思ってたより結構上なのかな、とか……)
「あの高慢ちきさ、ほんと変わんねえだなぁ……」
少女を見送り呆れたように呟く小鬼田。犬吠埼たちからの無言の問いを受け、
「森鬼族さ長の森鬼泉。森鬼は鴉鬼と同じで小鬼・牛鬼・工鬼さ戦で失われだ森さ暮らすでた種族でな、以降、工鬼からの申し出さ受けで、こん町さ身を寄せてるだ。んだでオラが高慢ちきとがあんまり大きな声で言えねえんだけんど……」
列は長さの割に速やかに解消されていき、
「5……? 名様でお待ちの……? 」
出て来たおかっぱ頭の店員が、犬吠埼たち一行とお待ちシートを見比べる。
目で数える人数に明らかに桃太郎が含まれていない。
「5名で合ってるだよ」
言ってから小鬼田は目を優しくし、
「金時、頑張ってるだな。さっき森鬼のバア様に言われたこつなんが気にしなぐてええがら」
「ありがとうございます! 小鬼田さん! 」
金時という名前の彼を、この山姥亭の女将さんの息子であると、犬吠埼たち向けに紹介してから、小鬼田は更に目を優しくし、
「小せえのにエライだな。おっかさんも喜んでるべ? 」
(小さいんだっ? そして森鬼泉さんはバア様なんだ! …ホント分からない……)
褒められて照れつつ、
「こちらへ」
案内してくれる金時。
後ろを歩きながら雉子、
「この町に入った時から思ってたけど、ここの人たちって、始鬼に似てる私たちを全く気にしないのね。様々な種族が暮らしてて出入りも多いから、いちいち気にしていられなくて良い感じに他人に興味が無いってところかしら?
金時クンも、私たちを気にしていなかったし、桃太郎サンのことも違和感は感じてた様子なのに特に触れなかったものね。
過ごしやすそうな良い町ね」
通されたのは、フロア奥の6名掛けのボックス席。
案内の途中、金時が、2名掛けテーブル席に座っていた森鬼泉に、
「ねえちょっと? 注文したお料理まだですの? あたくしを誰だと思ってますの? 」
と声を掛けられるも、
「順番にお作りしておりますので少々お待ちください」
丁寧だが足を止めることなく応対していたが、結局、犬吠埼たちを席まで連れて行ってすぐ、
「ねえー? ちょっとー? 」
大きめの声で呼ばれ、駆けて行った。
(大変だな……)
カウンター席の向こうのキッチンに1名、忙しく動き回って調理している年配(に見える……本当にこの世界の人の年齢は分からないので)の女性店員がいるが、他に店員は金時以外誰もいない。
(こんな混んでる店を2人で回してるんだから、声を掛けるとか控えたほうがいいのに……。
…おバアちゃんじゃ仕方ないか……)
猿爪と雉子は早速メニューを開き、
「私、この山羊乳のジェラート(木苺ソース)にしようかしら」
「いいですね! 可愛いし美味しそうです! でも、ごはん系は食べないんですか? 」
「んー……お腹空いてないのよねー……。それで素直に食べたい物って、やっぱジェラートかしら……」
「ボクはカリッカリポテトにします。ちょっと食べますか? 」
「じゃあ、私のジェラートもひと口あげるわね」
とやっているが、犬吠埼は人間を口にしてしまうことを恐れ、小鬼田が桃太郎のために人間由来の原材料を一切使っていないメニューをピックアップしているのを、自分もその中から選ばせてもらおうと考えて待った。
その時、ふと、通路を挟んで隣の4名掛けボックス席の客が視界に入る。
(……! )
昨日の白い翼の4人組。
彼らのほうも「ア……」となり、パーマヘアでないほうの中肉中背の青年が立ち上がって犬吠埼たちのテーブルへと歩いて来、
「昨日ハ大変失礼致シマシタ」
頭を下げる。
(いや、そんなんで済まされるようなことじゃないんだけど……。
僕は、自分で言うのも何だけど、心は広いほうだって思うけど、さすがに……)
「ソウデスヨネ。皆様、命ヲオトサレテモ、オカシクアリマセンデシタ…」
(…あれ……? 僕、今、口に出して言ってたっけ……? )
「イエ、口ニ出サレテハイマセン」
(……っ? …心を読まれてる……っ? )
恐怖寄りに驚く犬吠埼。
「イイエ、似テイマスガ心ヲ読ンデイルノトハ少シ違イマス。我々ノ言葉ハ始終、貴方ガタノ頭ノ中ヘ直接届イテイルコトト思イマスガ、同時ニ、貴方ガタガ頭ノ中デ言語化スルクライニハッキリト思イ浮カベラレルト、我々ニハ聞コエルノデス。
他ニモ、静動問ワズ視覚的情報モ、鮮明ニ思イ浮カベラレルト伝ワリマス」
犬吠埼と白い翼の彼とのやりとりに、同じテーブルに在って他の一同は「? 」な表情でいる。白い彼の声は届くが犬吠埼のは聞えないのだから当然だ。
小鬼田が、深めに俯きつつ溜息にのせて、
「…謝られでもなぁ……」
言ってから、上半身を僅かに白い彼へと向け、しかし視線は合わせないまま、
「…鴉鬼たちさこつ、そん時は何が何だか分からなかったけんど……。そん日さ夕方さこつで、はっきり分かっただ……。…鴉鬼たちさ時も、お前さんさ連れの小っこいのにやられたんだっで……。直接殺しちまったんがオラだってこつは変わらねえけんど……」
小鬼田の話を聞いているうちに、白い彼のもともと白い顔が青く見えるくらいにまで更に白くなっていった。
(…どうしたんだろ……? 何か体に合わない物でも食べたのかな……? )
完全に血の気を失い、目は泳ぎ、小刻みに震える白い彼は、小鬼田の言葉が途切れた瞬間、バッと回れ右。自分たちの席へと行くと、仲間のほっそり小柄な少年の首へガッと乱暴に左腕を回し、引きずって犬吠埼たちの席へ戻って来、
「ドウカ、コレデ御勘弁ヲ」
その右手で、何かが店内の弱い光を鈍く反射した。
何か、が短剣であることを犬吠埼が認めた直後、
(っ! )
ごく小さなモーションで切っ先が少年の首へ。
止めようとする犬吠埼だったが、
(間に合わないっ! )
思わず背けた目の端、また別の何かがチラッと光る。
ほぼ同時、キンッと金属同士のぶつかる音と、
「静かにして頂戴」
森鬼泉の声。
少年と短剣の先の隙間に、
(…スプーン……? )
テーブルの隅に置かれたカトラリーボックスの中の物と同じ形同じ大きさをしたスプーンの、つぼの部分が挟まっていた。
「やっと、あたくしのお料理が来たところですのよ」
不機嫌に続ける森鬼泉。見れば、立って、杖の上部をこちらへ向けている。
(…森鬼泉さんが、止めてくれた……? )
杖を下ろして着席し、澄まし顔で料理に口をつけ始める森鬼泉。
「あのバア様、たまにはええことするだな。そんなつもりさ無かっだだろうけんど」
同じく森鬼泉を見て言ってから、小鬼田は白い彼の短剣を持つ手を優しく包むようにして引かせ、
「オラ、こんなん望んでねえだよ」
目の奥を覗き込む。
「お前さんだっで、仲間さ手に掛けるなんてこつしだくねえべ? 」
白い彼の両目から、ボロボロと大粒の涙。
(…鴉鬼たちの件は、この人、知らなかったのかも……。だから……)
小鬼田の話は言葉として発したものだけでは鴉鬼の件について充分に伝わる内容ではなかったが、頭の中では詳細に言語化していたか、鮮明な視覚的情報を思い浮かべていたかなのだろう、と。
落ち着きを取り戻した白い彼は、自分たちを「日空人」と名乗り、他の2名の仲間も犬吠埼たちのテーブル脇へと呼んで、1人ずつ簡単に紹介していった。
白い彼がこの4人のリーダーで、名前をブラナーク。少年がフォーツ。体格のよい青年がタイガ。パーマヘアの青年がドロー。
(日空「人」って、人間、なのかな……? )
答えて白い彼・ブラナーク、
「コノ地デ主ナ食肉トサレテイル動物デスネ? 先日、生キテイル姿ヲ見掛ケマシタガ、我々ニカナリ近イ生物ノヨウニ思エマシタ」
テーブルを囲む者のうち日空人以外の一同がまた「? 」となっていたのでハッとし、ブラナークの答えの前に自身が頭の中で言語化した内容を犬吠埼は口で繰り返す。
それを待ってブラナーク、桃太郎に、
「貴方ハ人間デスカ? 」
桃太郎は突然に話を振られまごついたふうに、
「…え、あ、はい……」
「ヤハリソウデシタカ。失礼ニ当タルヨウデシタラ申シ訳ゴザイマセン。貴方ニ限ッテ言ワセテイタダクト、翼ノ有無ダケデ、殆ド我々ト同ジニ見エマス」
(翼の有無って……)
犬吠埼は、またしても頭の中で喋ってしまいそうになり途中で気付いて、周囲が三度「? 」となるのを防ぐべく口に出す。
「翼の有無って、大きな違いではないんですか? 」
「ソウデスネ。日空人ニモ翼ノ無イ者ハ少数デスガオリマスシ、我々ハ実ハ上ノ命令デ人捜シノタメニコチラノ世界ヘオ邪魔シテイルノデスガ、ソノ捜シテイル人物ハ、コレハトテモ稀ナノデスガ、片翼デス」
(…「こちらの世界」……? )
その部分が引っ掛かる犬吠埼。
(もしかして、この人たちも異世界から来たの? しかも自力で? 僕たちにも使えるような帰り方を知ってたりする……?
…って、また頭の中で喋っちゃった……。多分、癖なんだ……)
犬吠埼は気にするが、
「貴方ガタモ、コチラノ世界デハナイ別ノ世界カライラシタノデスネ? 帰リ方ガ分カラナクテ困ッテラッシャルノデスカ? 」
ブラナークの返し方のおかげで他の一同も「? 」とならず、小鬼田、
「んだ。オラ以外はな」
「ソウデスカ……。コチラノ世界トノ正確ナ位置関係ハ分カリマスカ? 」
「いえ……」
猿爪が答える。
ブラナークはちょっと考える素振りを見せ、
「貴方ガタノ世界ノ特徴ヲオ教エ下サイ。我々日空人ハ多クノ世界ヲ行キ来シマスノデ、私ガ存ジ上ゲナクテモ知ッテイル者ガイルカモシレマセン。
勿論、コノクライノコトデ償イニナルトハ思ッテオリマセンガ、オ手伝イサセテ下サイ」




