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第16話「僕も鬼がいい」


 一夜明け、昨日と同じ道を、野菜を積んだ荷車を引いて歩く小鬼田の後ろをぞろぞろと、あらためて牛鬼族の村へと向かう犬吠埼・猿爪・雉子、そして桃太郎。昨日密かに同行していた未遊姫の役割に、小鬼田が自身の気遣いは不要なものであったと知り、それならば牛鬼に聞きたい内容について最も重要な手掛かりとなる「人間」である桃太郎を、昨日既に目にしている者もいるが見ていない者もいるので連れて行ったほうがよいと。

 途中、開けた場所に差し掛かる際、犬吠埼は覚悟をしたが、そこには既に鴉鬼たちの遺体どころか血液や散った羽の痕跡すら無く、全体的にうっすら箒で掃いたような跡があるだけで、新しく隅のほうに、1メートルほどの高さに盛られた土の上に大きめの石をのせられたものがあった。鴉鬼たちの墓だろうか? 手前に花と野菜が置かれている。

(明け方、小鬼田さんが泥だらけで帰って来たけど……)

 小鬼田さんがやったのかな? と横目に通り過ぎた。




 牛鬼の村は、犬吠埼の身長ほどの木製の柵に囲われ、外からでもその内部が見える開放的な集落。

 昨日見た牛鬼族であろう男女の武装を解いただけのような風貌の人々がおり、小鬼の村と同じく木の板で造られ簡素だが住む人の体に合った大きな家々が並ぶ。門らしきものは無い。歩いて来た道の延長線上の柵の無いところを通り、村へ入った。

 特別変わった物があるわけではないが、目に入る村内の全てがいちいち大きくて、何だか変な感じだ。

 入ってすぐの家の前で洗濯物を干していた歳のだいぶ若そうな女性が小鬼田の姿を認め、

「ああ、小鬼の! 」

気さくに話し掛けてくる。

 足を止め挨拶をする小鬼田。

「長から聞いたよ! その方々が躯鬼殿っ? 」

 言って、女性は同じく足を止めた一同を順に、犬吠埼、猿爪、雉子、と目をやってから、最後に桃太郎に目を留める。と、口の端から透明の液体がタラリ。慌てた様子で手の甲で拭い、誤魔化すように笑みを浮かべつつ早口で、

「く、躯鬼殿の連れの人間だねっ? 聞いてるよっ! 本当に美味そ……」

喋って墓穴を掘った。

(…「美味そう」って言おうとした……? 涎まで垂らして……。

 桃太郎さんってホントこの世界の人からは食べ物にしか見えないんだな……。しかもかなりの御馳走……)

 ハッと口を押さえ、

「お、長なら人間舎にいるよ! お産があったからさ! 昨日アンタんとこから帰ってからずっと! ほら、人間ってお産に時間がかかるだろっ? 」

素早く話を逸らす女性。

 小鬼田、それは大変だっただなぁ、と返し、礼を言って村の奥へと歩き出す。


 荷車は引いたまま家々の間を行く小鬼田の後を、変わらずそろぞろ歩く犬吠埼たち。

 高さ1メートル程度の低い木製の柵に突き当たり、開閉出来るようになっていたそこを通り更に進む。

 先も左右の端も見えないほどに広がる草地の、柵から真っ直ぐに続く草のほぼ無い何となく道っぽいところを挟んで両側に、まばらにのんびりとしたふうに過ごす山羊と鶏。

 長閑だ。

 癒されながら歩くこと約5分、再び開閉出来る低い柵に突き当たり、出る。草地はそこで終わっていた。

 目の前に、まるで行く手を阻むように建つ同じ形の木造の建物2軒。出入口が無いので裏側なのだろう。

 建物に沿って反対側へ回り込むと、牛鬼族が出入りするには少し小さめだが出入口があった。思ったとおり、こちらが正面らしい。

 2軒の建物のうち回り込んで奥手側となったほうの建物には、前面に、建物の奥行きの3倍の位置まで囲う牛鬼族の身長くらいの鉄格子があった。

 その内側には、全裸の人間の女性50~60名と男性が5名ほど。

(じゃあ多分、この奥のほうの建物が、さっきの人が言ってた人間舎で、その外、格子の内側はパドック的なものか……)

 あまり見てはいけない気がして、犬吠埼は意識的に目を逸らす。

 と、奥手側建物の出入口から軽く身を屈め、布を巻いた何かを両腕で大事そうに抱えた牛鬼牧が出て来た。

 荷車はその場に、歩み寄る小鬼田。犬吠埼たちも続く。

 鉄格子をよく見ると、建物出入口の真横に扉があった。

 小鬼田と犬吠埼たちに気付いた様子を見せ、布を巻いた何かを注意深く片腕に移し、空いた手で扉を開けて出て来る牛鬼牧。

 小鬼田、

「ここにいるって聞いて来ただ」

(長、って牛鬼牧さんのことだったんだ……)

 牛鬼牧は頷き、

「ああ、お産があったからね。昨晩アンタんとこから戻ってすぐ陣痛が始まってさ、やっと生まれたよ。見るかい? 」

 言って、小鬼田の目の高さまで布を巻いた何かを下ろす。

 何かは近くで見ると布の中身まで柔らかそうで、ホアア…ホエエ……と高く細く鳴いていた。

(生き物……? 生まれた、って言ってたから、そうか……)

 牛鬼牧の手元を覗いた小鬼田は目を細め、

「いやー……めんごいなぁ……」

 感嘆の吐息。それから顔を上げ犬吠埼たちに、

「お前さんがたも見せてもらうとええ」

 言われて、ちゃんと見えるところまで近づく犬吠埼・猿爪・雉子。ちょっと遠慮気味に桃太郎。

(…「めんごい」って、僕たちの元いた世界だと可愛いって意味だったと思うんだけど、この世界じゃ違うのかな……? )

 しっとり濡れてて赤黒くシワくちゃな小さな顔。

(…何? これ……? )

 犬吠埼の心の声が聞こえたか、牛鬼牧、

「生まれたての人間の赤ん坊だよ。初めて見るかい? ……って、飼育でもしてなけりゃ、そうそう見る機会も無いか」

(…赤ちゃん……人間の……)

 話の流れ的にそれしか無いのだが……。

(…もしかして赤ちゃんって赤いから赤ちゃんなのかな……? )

 牛鬼牧が赤ん坊を元の高さへ戻し、

「生まれたばかりで長時間外気に晒しておくと良くないから、先にこの仔を乳児舎へ置いて来るよ。ちょっと待ってておくれ」

手前側の建物の出入口方向へ歩き出す。

(…乳児舎……? 生まれたばっかってことだから、赤ちゃんのお母さんって今、牛鬼牧さんの出て来た人間舎の中にいるんだよね……? )

 引っ掛かり、犬吠埼、 

「お父さんやお母さんと一緒にいさせないんですか? 」

 問いに牛鬼牧は足を止め振り返り、

「人間は残酷な生き物だからね。山羊や鶏じゃ考えられないことだけど、幼体を成体と一緒にしておくと殺されちまうんだよ。

 だから、2足歩行が出来るようになるまでは乳児舎、それ以降、成体になるまでは、ここからじゃ見えないけど幼体舎っていうのがあって、そこで育てるんだ」

 瞬間、ガシャンッ!

 背後で大きな音。

(っ? )

 見れば桃太郎が、鉄格子の隙間から伸ばされた10本の人間の女性の腕によって、こちら向きに鉄格子へと押さえつけられていた。

(桃太郎さん! )

 桃太郎は困惑した表情。

 牛鬼牧が大きな溜息を吐きつつ小鬼田に、

「小鬼田、申し訳ないが、この仔を乳児舎へ連れてってくれないかい? 

 中に係のモンがいるから、ソイツに渡しとくれ」

そっと赤ん坊を差し出す。

 小鬼田は頷き、大切に丁寧に受け取って手前側建物出入口へ。

 その背中をチラッとだけ見送ってから、何となく芝居がかって感じられる大きな声で、牛鬼牧、

「なーんだいなんだい、アンタら、その男が欲しいのかい? 」

言いながら桃太郎の前まで歩いて行き、ハハンと鼻で笑って鉄格子の向こうの女性たちを見下ろした。

「無ー理無理無理! こーんな色男がアンタらみたいなデブスを相手にするわけないだろう? アタシクラスのボンキュッボーンの美女じゃないとねえ? 」

そして桃太郎と鉄格子の間へ体を割り込ませ、

「ほら、放した放したっ! 」

腕を放させてから、手の甲で払う動作で「シッシッ! 」とやる。

 牛鬼牧を睨みつけつつ後ろ歩きで距離を取り、女性たちはヒソヒソ。

 牛鬼牧、ひとつ息を吐いてから、呆然としてしまっている桃太郎に、

「うちの子らが、すまなかったねえ」

「あ、いえ……」

「本能が質の良い子種を求めるんだろうさ。

 真面目な話、どうだろう? 種を提供してもらえたら有難いんだけど……。礼は弾むよ? 」

 桃太郎は申し訳なさげ、

「ごめんなさい……。自分の子孫を食用にされるのは……」

(うん、それはそうだよね……)

「…そうかい、そいつは残念だ……」

 心底残念そうな牛鬼牧。だがすぐに桃太郎へ向け笑顔を作って見せ、

「気が変わったら、いつでも言っとくれよ! 」

 そこへ、

「何か、ずっとヒソヒソやられてるわね」

 雉子が実に不快そうに眉をひそめる。視線は鉄格子の向こうの、先程桃太郎を押さえつけていた女性たち。牛鬼牧によって桃太郎と引き離されて以降、こちらを見ながら陰険な顔で時々バカにしたような笑みを浮かべヒソヒソを続けている。

 猿爪、

「でも前に小鬼田さんが、人間は言葉を話さない、みたいなことを言ってましたよね? 」

(確かに……。話さないとは断言してなかった気がするけど、話すことが特別なことだっていうふうにとれるような言い方はしてたような……。

 他からは分からない彼らの間での言語はあるかも知れないけど……。元いた世界の人間以外の動物たちも、そうなんだろうなって思わせられる時がたまにあったし……)

「気にしなさんな。あれはアンタらのことを言ってるわけじゃない。アタシのことを言ってんのさ」

 牛鬼牧がおおらかに笑う。

「人間は山羊や鶏と比べるとちょっとばかりオツムが良いらしくてね、その分、扱いが何かと難しいんだよ。

 今やってるあの行動も、そのひとつ。人間の集団にはどうしても共通の攻撃対象が必要でね。特定の存在を皆で攻撃することで自身が独りぼっちじゃないことと自身が一番下じゃないことを確認しなけりゃ安心できないのさ。厄介だよねえ?

 どうしても必要なら、アタシがその役を引き受けてやれれば平和だろう? だから時々、さっきみたいに煽る。商品同士で傷つけ合われたんじゃあ、たまったもんじゃないからね。アタシの言葉がどこまで伝わってるかは分からないけど、悪意くらいはきっちり伝わるからさ」

(…どうなんだろう……? 僕が牛鬼牧さんから飼育してる人たちに対して感じるのは、悪意どころか愛情なんだけど……)

「まあ」

牛鬼牧は溜息まじり、

「全く足りてなくて、実際には24時間体制で監視して、何か起こる度にその都度対応してるんだけどね」

自嘲的に付け加えた。

 それから、ところで、と犬吠埼に、

「アンタ、視線が地面にばっか行ってるけど、どうしたんだい? 」

怪訝に、

「もしかして変わった趣味とか……? 」

(……? 変わった趣味……? )

 しかしどこか心配げに、気遣わしげに、

「よかったら1匹、生きたまま売ろうか? 好きなの選びなよ」

 それで牛鬼牧の言わんとすることを察した犬吠埼、急いで首をブンブンと横に振る。

(…じ、地面ばっか見てるのは……! だって皆、全裸だから……! おかしいのは、どっちかって言うと直視出来てる会長と先生なんだけど………っ?

 桃太郎さんも僕と同じで見ないようにしてるっぽいけど、それについては、きっと、牛鬼牧さんの中で「同じ人間同士だから色々複雑なんだろう」とか大雑把に結論づけられてるんだ……!

 でも僕は人間じゃないから……)

 そこまでで、

(…人間……? 人間って、何だ……? )

 分からなくなった。

(桃太郎さんは人間。鉄格子の向こうの全裸の人たちも、牛鬼牧さんに抱かれてた赤ちゃんも人間。僕と会長と先生は死ぬ前までは人間で、桃太郎さんに死んだまま動けるようにしてもらってからも元いた世界の人たちから見たら人間で、でも、この世界の人たちからは全く人間に見えてなくて……)

 乳児舎らしい手前の建物から戻って来た小鬼田に牛鬼牧が礼を言っているのを遠くに感じながら、犬吠埼は考える。

(そう、僕は今、この世界の「人」たちって表現したけど、当人たちは、桃太郎さんや食用として飼育してる人たちを「人間」って呼ぶくらいだから人間じゃない。「小鬼」とか「牛鬼」は種族名。同じ種族の人たちは外見が似てるから、種族は多分「人間」で言うところの人種みたいなもの? 「人間」に相当するもっと大きな括りがある? ……桃太郎さんはアンちゃんのお父さんのことを、「始鬼」のことを「鬼」って言ってたけど、それが大きな括りなのかな? 小鬼田さんや他のこの世界の人たちの「始鬼」の語の使い方からして「始鬼」も「小鬼」「牛鬼」と同じ種族名。この世界の人たちが自分たちのことをどう呼ぶのか、そういう一括りにする名称があるのかも分からないけど、桃太郎さんに言わせれば「鬼」? 仮に元いた世界の人たちに言わせたとしても「鬼」……? )

 静かに、見えにくいものを見るように目を凝らして。

(こんなことをグダグダ考えるのは、正直、僕が、この世界の人たちを「人間」だと思っていたいだけなんだけど……。僕の感覚からしても彼らは異形だけど、自分の元いた世界と異なる世界の「人間」なんだって。…あと、僕自身も……死んでるけど……)

 それから、気持ちの上のみの溜息。

(…いや……。…本当は、分かってるんだ……。この世界に来た夜、桃太郎さんが始鬼遥を「鬼」と言った時から……。だけど僕の中での「鬼」というもののイメージが悪すぎて、認めたくなかったんだ……)

 その時、パササッと羽音。同時、

「こらっ! 」

牛鬼牧が大きな声を発する。

 ビクッとしてしまいながら条件反射で牛鬼牧の視線の先、羽音のほうを見ると、鶏が1羽、どこからか飛んで来て鉄格子の上にとまったところだった。

 大慌て、けれども優しくそっと、牛鬼牧は鶏を掴まえる。

「ここは危ないからダメって言っただろうっ? アンタみたいに脱走ばっかする子は初めてだよ! 

 アンタたちの柵、脱走出来ないように見直さないとねえっ? 」

(…牛鬼牧さん、お母さんみたい……。あったかくて優しくて……)

 それなのに鬼だなんて、と心の中で呟いてから、犬吠埼はふと思った。もう、「鬼」というものへのイメージのほうを変えてもいいのでは、と。

 犬吠埼の知るイメージの悪い鬼は、絵本など全て物語だけの存在。始鬼遥でさえ実際に自身の目にした出来事だけなら、我が子を連れ帰りたいだけのお父さんだ。

(…「鬼」……。小鬼田さんも耕さんも、翔君も、小鬼の村の人たちも、牛鬼牧さんも……。

 「鬼」がこんないい人たちばかりなら、僕も「人間」じゃないなら「鬼」で……、「鬼」が、いいかな……)

 

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