第13話「親父の背中」
(…生きて、た……! )
翔に息があるのを認め、
(今ならまだ……! )
犬吠埼は猿爪に目をやる。
頷く猿爪。
雉子とも頷き合い、3人は揃って荷車へ。
「…もし、生まれ変わったら……」
「生まれ変わっだらなんて、言うでねえ」
小鬼田と翔のやり取りを横目、背負い籠の中身の種類ごと分かれているのを無視して移し替え一杯まで詰め込むことで中身の入った籠の数を減らし、空いた籠のうち重ねられる物は重ねて小鬼田と翔とあと1人の乗れるだけのスペースを作ると、
猿爪が前方の持ち手部分を握り、雉子が荷台のスペースに乗り込んで待機。
「…うん……。父ちゃん……」
と応え幸せに笑んで目を閉じた翔を掻き抱く小鬼田を、犬吠埼が呼びに行く。
「小鬼田さん、村へ戻りましょう。今ならまだ、桃太郎さんが翔君を治せるかも知れません」
そっと翔を抱き取り、小鬼田を荷車へと促した。
小鬼田を先に荷台へ乗り込ませて座らせ、その膝の上へ翔の頭を置くようにして横たわらせる。
小鬼田と翔が振り落とされないよう押さえる役目である雉子が頷いて見せたのが合図、猿爪が前方で引き、犬吠埼が後方で押して全力で走り出した。
小鬼田の村へ。桃太郎のもとへ。
(…急げ……! 急げ……っ! )
だが、ちょっともしないうちに、ガクンッ!
荷車がバランスを失った。
(っ? )
ほぼ同時、何かが凄い勢いで木々の中へ突っ込む。
止まって見れば、右の車輪が外れていた。スピードに耐えられなかったのだろう。木々の中へ突っ込んで行ったのは、恐らく外れた車輪。周囲に見当たらないので。
仕方なく、
「せーのっ! 」
で荷台の底を腰の高さまで持ち上げ、走る。
昨晩の開けた場所まで戻って来た一同。
当然光が射すはずが一瞬だけで影が差す。
すぐ次の瞬間、
(っ! )
荷車前方に超局地的な豪雨が降り、すぐに止んだ。
猿爪は急ブレーキ。空を仰ぐ。
犬吠埼もつられて仰ぐと、数十名、朝に村を襲って来たのと同数くらいの鴉鬼。
雨と思われたものは投矢だった。
「…鴉鬼…葉……」
同じく仰ぎ、小鬼田が呟く。
視線の先は鴉鬼たちの中心、今朝も先頭にいた、翔の姉と聞く鴉鬼葉。小鬼田を目だけで高圧的に見下ろしていた。
「それは我が弟。こちらへ渡してもらおう! 」
弱く首を横に振りながら小鬼田、
「ひでえ怪我さしてるだ。早ぐ治療さすでやらねえど……」
鴉鬼葉は遮るように、
「怪我のことは知っている! 我々がやったのだからな! そのくらいで死ぬようであれば、その程度の存在であったというだけのこと! 」
そこまでひと息に言い放ったところで、犬吠埼・猿爪・雉子の存在に気づいた様子でビクッ。
しかし覚悟を決めたように一度、喉に力を込め、
「よそ様のやり方に口出しをするな! また始鬼など連れて卑怯者が! 共にいて悪癖が感染したか、この拐かしめ! それを置いて、さっさと去れ! 」
小鬼田がクッと俯き、
「…『それ』…だなんで……。どうすて名前で呼ばねえだ……? 」
呻きに似た声を漏らす。
その声は届いているのかいないのか鴉鬼葉は無表情。去るのを待っているふうに、ただ無言。数秒の後、徐に胸の前で両腕を交差させ、
「警告はしたぞっ? その態度、あい分かった! 害虫ども諸共駆除してくれるわっ! 」
周囲の鴉鬼たちも倣い腕を交差する。
(いけない……っ! )
急いで、だが静かに荷車を地面へと下ろし、犬吠埼は斧を出した。
雉子も空へ向けて弓を構え矢を番えて、
「小鬼田サン、攻撃していいですよねっ? 」
小鬼田は俯いたまま沈黙。
「小鬼田サンっ! 」
もう一度声を掛ける雉子。
そうしている間に、鴉鬼たちが一斉に腕を開いた。
小鬼田と翔を庇うべく荷台へ飛び乗る犬吠埼。
その時、犬吠埼たち5名の頭上に無色透明のごく薄いガラス板のような物が現れた。
(…桃太郎さん……っ? )
犬吠埼は思わず、その場、首から上のみで桃太郎を捜すが、その姿は無く、自身の側5名と鴉鬼たち以外にいたのは、
(…人形……? )
女の子を模った手のひらサイズのマスコット人形。宙にプカプカと浮き、ガラス板へ向けて両手を突き出している。
人形の手になったガラス板は桃太郎のものより遥かに脆く、投矢と接触した瞬間に壊れ消えてしまったが、威力は確実に弱め、一同の上に降り注いだ投矢がどこかに刺さることは無かった。
小鬼田が再び呻く。
「…それ、だなんで……。翔は、物じゃあねえ……。オラの大事な息子だ……」
と、犬吠埼の視界で小鬼田の体が上下にブレ、治まった時、目の錯覚か、その体がひとまわり大きくなったように見えた。
「…鴉鬼葉……。お前さんは確かに翔と血さ分けだ姉弟かもしれねえが、オラは認めねえだよ……。守ってやるべき立場だのに逆に平気で傷つけで……そればかりが『死ぬようであれば、その程度』だなんで……。命はひとつずつしがねえし、一度無ぐしちまっだら二度とは戻らねえだ……だがら尊いだ。誰もが。翔も、オラも、もちろんお前さんだっで……。そんな当たりめぇなこつさえ分がらねえお前さんなんがに、翔は渡せねえ……! 」
そこでまた、体が上下。直後、
(っ! )
恐らく先のも錯覚ではなかった。ブレの治まった小鬼田の上背が、いっきに犬吠埼の倍ほどに伸び、横幅も比率変わらず。荷台の床が抜ける。
大きくなった体に小鬼田自身も驚いた様子。膝の上の翔に影響の無い程度に確かめるように腕等を動かしていて、犬吠埼と目が合うと、
「先代の小鬼族の長だったオラの父ちゃんも先々代の爺ちゃんも、こんくれえの体の大きさだっただ。オラだけずっと小せえまんまだったんだけんど……」
言いながら翔を両腕に大切に抱き上げ立ち上がり、
「翔のこど、お願えするだ。早ぐ、桃太郎殿のとこさ連れでってくろ」
犬吠埼へ、丁寧にそーっと翔を託す。
受け取り、
「任せて下さい」
頷いた犬吠埼の目を真っ直ぐに力強く見つめて小鬼田は頷き返してから、鴉鬼葉から犬吠埼たち一同を背に庇う位置へ移動、カッと勢いよく振り仰いだ。
そして背中で、
「行ってくろ」
大きく肉厚な、親父の背中。
犬吠埼は、その背中へ向かってもう一度頷き、猿爪・雉子と視線を合わせ頷き合って、村へと駆け出す。
「犬吠埼君、抱っこだと走り難いでしょ? おんぶのほうがいいよ。背中は先生とボクで守るから」
翔の体は頭・胴体・手足と人間と同じような形をしている部分は小さいのだが、とにかく翼が厄介で抱きづらく、地面に垂れた先っぽを何度も踏みそうになってしまっていた。
猿爪の提案を受け、翔を背負う形に変える犬吠埼。
「行かせぬ! 」
斜めに距離のある頭上から鴉鬼葉の声。
思わず足を止め、見れば、鴉鬼葉を含め全ての鴉鬼たちが犬吠埼たちのほうを向き、胸の前で両腕を交差させていた。
一斉に開かれる腕。
瞬間、犬吠埼たちと迫り来る投矢の間に小鬼田の背中が割り込み、元々より太く長くなった両腕をブンッブンッと振って投矢を払い落とし、残りをその身で受けた。
「小鬼田さんっ! 」
それでも漏れた分を、プカプカと付いて来ていた人形がガラス板で防ぐ。
小鬼田、頭だけで犬吠埼たちを振り返り、
「オラはええ! 気にすねえで行ってくろ! 」
顔面にまで突き刺さった投矢が痛々しく、
(小鬼田さん……)
犬吠埼は足を動かせなくなってしまった。
「犬吠埼君、行こう」
猿爪が翔ごと包むように背を押す。
(…そうだ……。小鬼田さんの望みは……)
首を強く横に振るって思い切り、
「翔君を桃太郎さんのところへ送り届けたら、すぐ戻りますっ! 」
開けた場所から小鬼田の村までは、全速力の犬吠埼ならば一瞬のはず。
だが一旦は思い切ったものの小鬼田の身を案じ、同時に翔を一刻も早く村へと気が急いて、前後に引かれる心。村はやけに遠く、どうにも遅く感じられる自身の足がもどかしかった。
木々の間を、地面をきちんと蹴れている感覚も無いまま、ただ走って走って……ようやく抜けた小道の先、村の門の前に、
(桃太郎さん……っ! )
桃太郎が立っていた。
桃太郎は数歩進んで出迎え、犬吠埼が歩調を緩め口を開こうとしたのを遮って、
「大丈夫。大体の事情は分かってるよ。早く翔君を中へ」
村の中へと促してから、犬吠埼の斜め上でプカプカ浮いている人形へと手を伸ばし、
「ありがとう」
言って、軽く触れる。
途端、人形が人を模した白い和紙へ変化した。
犬吠埼が無言で問うたように思ったのか、自身も村内へ歩き出しつつ、
「オレの式神。この子を通して君たちやその周囲をリアルタイムで見てたんだよ。せっかくの小鬼田さんの気遣いだったけど、心配だったから付いて行ってもらったんだ」
説明して懐へと仕舞う。
式神という存在は様々なアニメや漫画の中に登場するのを目にしていたため、それだけの説明で犬吠埼は何となく分かった気で門を通過。そもそも桃太郎の行う不思議なことには、いちいち疑問を持たない癖が、いつの間にかついていた。
「じゃあ犬吠埼君、先生とボクは小鬼田さんのところへ戻るよ」
後ろから猿爪の声が掛かる。
足は止めないまま振り返り、犬吠埼、
「はい、お願いします」
「あ、じゃあ……」
桃太郎は足を止め、たった今仕舞ったばかりの人の形の和紙を取り出した。
ストップをかける猿爪。
「術の併用は出来ないって、昨日言ってましたよね? 翔君の治療が出来なくなるんじゃ? 」
(…そう言えば、そうだよね……)
犬吠埼も足を止める。
それなら問題無いよと返し、桃太郎、
「全部が全部併用出来ないわけじゃないから。神社に張りっぱなしの端境だって、オレの術だからね」
言って、和紙を宙へ舞わせ口速に略拝詞を唱え大幣を左・右・中央、
「未遊姫! 」
舞っている状態のままの和紙にちょんと触れる。
ポンッ!
和紙が今しがたまでの人形の姿に。
桃太郎、人形へ向け、
「未遊姫、猿爪君と雉子君と一緒に行って彼らの様子をオレに教えてもらえる? あと、必要があったら守ってあげて」
(「みゆき」って名前か……)
式神・未遊姫はコクンと頷き、プカプカと猿爪と雉子の頭上へ移動。
ちょっとほっこりしてしまった様子で猿爪・雉子、
「よろしくお願いします」
「よろしくね」
またコクンと頷く未遊姫。
そうして小道へ戻る2人と付いて行く1柱を、犬吠埼も、
(…可愛い……)
思わずほっこりしてしまいつつ、自身も村の奥へと歩き出しながら横目で見送った。
(名前って大事なんだな……。名前を知ってるだけで、さっきまでとはだいぶ、あの式神に対しての気持ちが違う気がする……)
*
翔を昨晩に自分たちの泊めてもらった小鬼田の家の部屋へと運び布団に寝かせ、水を汲んだり手拭いを借りに行ったりと、少し手伝いをしてから、犬吠埼は、猿爪と雉子を追って村の門と向かい合わせの木々の間の小道へ。
全速力で走ると、小鬼田と別れた開けた場所への出口が、すぐに見えてきた。
(……? )
やけに静かだ。
胸騒ぎを感じながら抜ける。
すると、すぐ目の前に猿爪と雉子の後ろ姿。充満する鉄の臭いと立ちのぼる生温かい空気。1歩だけ踏み出し、
(っ! )
反射的に止めた足下に、ヌルッとしながらもベタつく感触があった。
ほんの1ヵ月足らず前に目にした忘れたくとも忘れ得ぬものとよく似た光景。目眩を感じる。
惨状の中心、元の大きさに戻って自力で立つ背中を認め、
(…小鬼田さん……。よかった、無事で……)
少しホッとしたが、
(…無事‥‥‥? なのかな……。こんな中に立ってるって……。何が、あったんだろ……? )
猿爪・雉子に聞いてみると、2人が戻った時には既にこの状況だったのだそう。
声を掛け、近寄ろうとして、来るなと止められたらしい。
何をどうしたのかは全く分からないが、この惨状は自分のやったことに間違いはないから、と。
犬吠埼たちが2度目に小鬼田と別れて村へ走り出した直後に追って行こうとした鴉鬼たちを止めなければと思った瞬間の出来事であることと赤色の中に見え隠れする黒い羽から相手が鴉鬼たちであると察することしか出来ないほどのそれを、2人にもしてしまうかも知れないから、と。
(…小鬼田さんが、鴉鬼を……。あんな頑なに攻撃することを避けてたのに……)
犬吠埼は驚き、同時、
(…小鬼田さん……。震えてる……)
先程とは打って変わった、弱々しく小さな背中。
(…やっぱり、全然無事なんかじゃなかった……)
その心中を思って辛くなった。
そこへ、
(……っ! )
視界の隅、未遊姫の浮いている真下に突然、桃太郎が現れ、犬吠埼が、恐らく猿爪や雉子も驚いている間に、
「未遊姫のいる場所へは瞬間移動が出来るんだよ。オレと言うより、どちらかと言えば未遊姫の能力。
翔君なら大丈夫。最低限必要な治療は済ませてあるから」
視線は真っ直ぐ小鬼田へ。3人からの予想される質問に先回りして手短に答えると、更なる驚くべき行動に出る。
小鬼田へと歩き出したのだ。
(っ? )
「来るでねえ! 」
小鬼田が叫ぶ。
「か弱い人間のお前さんが、一番来ちゃいげねえっ! 」
(桃太郎さん……! )
何か対策をした上でのことと信じたいが……。
(平静じゃなかったとは言え、昨日の夜ここに来たばっかの時のことを考えると……)
意外と感覚的な人のように思えて……。
と、歩を進めながら桃太郎が何やら呟いているのが聞こえてきた。
(…あ、略拝詞……)
大幣を振り、まだ5メートルほどの距離のある地点で止まって小鬼田へ向け、
「催眠! 」
風に揺れる背の高い草のように不安定になり地面へ倒れる小鬼田。
(…よかった、ちゃんと考えてたんだ……)
などと少々失礼なことと自覚しつつも思いながら、犬吠埼は胸を撫で下ろす。
(きっと術の有効な距離なんかがあって、詰めてったんだな……)




