04 血の霧
「まさか本当に魔王とは……これで殺すのは二人目になるな」
その言葉に、サニティの表情が凍りついた。
「き、貴様今なんと言った……?」
「第三魔王は俺たちが殺した。恐ろしい敵だった。最後まで騎士道精神を守って死んでいった」
「姉上を手に掛けたのは貴様らか! 殺してやる! この場でひねり殺してやる!!!」
激昂するサニティだったが、マイストルが剣をふるうと再びその体は切り裂かれ、血が吹き出る。
【真空斬り】。マスルが使うのを見たことがあるが、ゴブリンも殺しきれないような威力だったはず。
それがこれ程の威力と速度か、やはり規格外の連中だな。
冷静に観察している俺に、マイストルが叫ぶ。
「おいそこの君! 危ないから避難したまえ! 悪いが巻き込まないよう配慮してやれる相手じゃない!」
なるほど。さすがに【勇者】ともなると人格もできているらしい。
が、逃げるわけにもいかない。俺はもうサニティと契約してしまった。ここで逃げれば契約違反というものだろう。
「がはっ……姉上の仇をうたねば……ごふっ……!」
とはいえサニティの方も、もう戦えるような状態じゃない。
不意打ちを受けたのもあるが、実力差がありすぎる。
【渚の朝焼け】は第三魔王を倒したという。そしてサニティは自称第四魔王。
序列がそのまま実力を指すのか知らないが、見た感じではそう考えるのが妥当だろう。
つまり、第三魔王を倒した【渚の朝焼け】は、第四魔王のサニティよりも強いということだ。
「おい、サニティ。怒りを抑えろ。【渚の朝焼け】はお前に敵う相手じゃない」
「ならどうしろと言うのだ……このままおとなしく逃してくれるような連中なのか?」
どうだろうか。俺も【渚の朝焼け】のすべてを知るわけじゃない。
が、剣を構えるマイストルの裏で、【賢者】のアスカと【森羅万象士】のレーヴァが魔力を練り上げている。逃げ出せば狙い撃ちだな。
「あー、絶体絶命ってやつかもしれん」
「なにをそんなに落ち着いておる!」
「悪いがそういう性分なんだ」
冷静に考えてみると、魔王と【渚の朝焼け】に挟まれている俺は、とんでもなくやばい状況にいるのかもしれない。
実力差的には、ライオンの争いにウサギが入り込むようなものだ。
普通は恐怖で泣き叫ぶような状況だろう。普通なら、だが。
「……おい君、なぜ魔王と話している? まさか魔族と契約を交わしたのか!?」
さすが【勇者】殿、頭の回転が速い。
もう時間もないな。となると、やるしかないか。
俺は懐から愛用のナイフを取り出す。瞬間、【渚の朝焼け】に緊張が走った。
強者だけあって油断がない。俺がこのナイフで抵抗すると思っているのだろう。
が、こいつの使い方はそうじゃない。俺はナイフを勢いよく振り下ろす。自分の手首に向けて。
「……君!? 何をしているんだ!?」
「眷属!?」
「いやサニティ、お前まで驚くのはおかしいだろ」
研ぎ澄まされたナイフは深々と肉を切り裂いた。そう、俺の左手首を。
ぼとりと手首から先が落ち、猛烈な勢いで血が吹き出す。
凄く痛い。が、痛いだけだ。
「魔王め、その人を操っているな! まさか人質に取ろうというのか!?」
「そ、そんなことはせん! 我は高潔なる魔王ぞ! 甘く見るな!」
「いや、言い争ってる場合か?」
「お主は平然としている場合なのか!? 血がぶしゃーーっと吹き出しておるぞ!? 人間は出血多量で死ぬのではないか!?」
「しかたないだろ、お前がよこしたスキルじゃないか」
「……まさか!」
魔王の眷属になった俺に与えられたスキル。そのうちの一つ。
【紅の霧:自らの血を操り、周囲の視界を奪う。高レベルの敵にも効果あり。】
今の状況を打開するなら、これしかない。
「うん? 何だこの赤い霧は……!?」
マイストルは気がついたらしい。だがもう遅い。
【紅の霧】の効果は想像以上だった。手首から吹き出した俺の血は、またたくまに霧状に変化して周囲を漂い始めた。
気がつけば、伸ばした手の先も見えなくなっている。おまけに魔力の気配も一切感じられなくなった。
「くっ、アスカ! この霧をはらうんだ!」
「やってるわ。でもうまくいかない、探知もできない! 恐ろしく強力なスキルよ。こんなの聞いたことがない」
「君でも解除できないとは……あの彼、いったい何者なんだ……? Sランク級の未知の職業とでもいうのか!?」
困惑する【渚の朝焼け】の声が聞こえる。
これは使用者である俺だけの特権らしく、向こうからは俺達の位置が全く把握できないらしい。
俺はサニティの腕をひっつかみ、声とは逆方向に駆け出す。
片手を落としたので【ダメージブースト】も発動しているらしい。普段よりもずっと体が軽い。
「ぐ……人間相手に敗走するなど屈辱だ……」
「今は抑えろ。あいつらは人の形をした化け物なんだ」
「だが眷属のスキルは効果があるのだな。お主は魔族のスキルと相性がいいのかもしれん」
「それ、喜んでいいのか?」
霧の範囲と持続時間はかなりのものだった。
俺たちはいくつもの路地を抜け、町外れの廃教会に逃げ込んだ。もう【渚の朝焼け】は追ってきていない。
「なんとか人心地つけたな。サニティ、怪我はどうだ?」
「あまり魔王の回復力を舐めるな。それより問題は眷属の方だ」
「たしかにそうだな。実は出血多量でさっきから意識が朦朧としているんだ。しかも妙に寒い。冷や汗が止まらん」
「さっさと言え馬鹿者! 死ぬのが怖くないのか!?」
「ああ。怖くない」
「ぬぅ、頼もしいのかイカれているのか……ええい、さっさと傷口を出せ! 回復魔法の心得くらいある!」
俺が言われたとおりにすると、魔王の手から暖かい緑の光がこぼれ、俺の手首の傷を癒やした。
血はあっという間に止まり、時間を巻き戻すように少しずつ片手が再生を始める。
「一晩もすればもとに戻るだろう。全く、無茶をしおる……」
「助かった。だが、あまり魔法は使わないほうが良いな。また【渚の朝焼け】に感知される可能性がある」
ずっと【紅の霧】を出しっぱなしにでもすれば別だが、さすがに俺の体がもたないだろう。
「ううむ、しかたない。当分は力を抑え、人間に扮して過ごすことにしよう」
そう言うと魔王は、全身に浮かんでいた紋様を消した。
そして廃教会の中に放置されていたフード付きの服を着込むと、もうただの少女にしか見えなくなっていた。
「こうして見ると、けっこうかわいいんだな」
「なっ!? いきなり何を言い出す!? ま、まあ、完璧な存在たる魔王が理想的な美しさを兼ね備えるのは当然だが……」
"美しい"といよりは"かわいい"なんだが、あまり言うとうるさそうなので黙っていた。
と、彼女は急に弱気に微笑んで、
「その、さっきのことは感謝している。あのままなら我は、姉上と同じように殺されていただろう」
「そうだな」
「まさか人間の世界にはああも恐ろしい連中がいるとは……我の考えが甘かった」
「ああ。ところで、そもそもお前の目的はなんだったんだ? 【渚の朝焼け】がいなくとも、王都はお前にとっちゃ敵陣のど真ん中だろ。眷属のスカウトがそんなに重要だったのか?」
「話せば長くなる。が、要点だけ言えば、我は魔王軍の中で孤立しているのだ。ほぼ全ての魔物は母上……第一魔王の配下だからな」
「それで自分だけの味方が欲しかったってわけか」
「そうだ。お主のような強者が眷属になってくれてよかった。我は運がいい」
「べつに強者ってわけじゃないが……。それで、どうするんだ。下剋上でもするつもりか?」
サニティは黙り込む。どうも図星らしい。
母親から権力を奪おうとは穏やかじゃないが、きっと家庭の事情というやつだろう。興味もない。
「ま、【渚の朝焼け】も倒せないんじゃ下剋上は厳しいな。あいつらも第一魔王は倒せてないんだろ」
「わかっておる! 我にも考えがある! 甘く見るな!」
ぴしり、とサニティは人差し指を突きつける。
「この世には【魔力の種】と呼ばれる特別なアイテムがあると聞く。それを集め、最強の魔力を手にするのだ!」
【魔力の種】。たしかに彼女はそう言った。まさかまた【種】とはな。
たぶん、俺は少しだけ驚いていた。どうも俺は種に縁があるらしい。
「どうした、種を集めるなどバカバカしいか?」
「いや……ただ、たしかにおまえは運がいいのかもなと、そう思っただけだ」
「なにが――」
「種集めは慣れている。きっと嫌になるほど。まあ、嫌という感情も随分前に忘れてしまったんだがな」
こうして、種集め専門パーティ【森のグルメ】をクビになった俺は、魔王サニティのために再び種を集めることになったのだった。
しかし【魔力の種】は超希少アイテム。きっと今までの比じゃない大変な仕事になるだろう。
そう、大変なだけ。頑張れば済む話だ。俺の心は動じない。
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