03 魔王襲来
王都ビレフェルト。活気のあるこの町の一角で、俺は今後のことに思いを巡らせていた。
長年共に戦ってきたパーティをクビにされ、今の俺には職がない。つまり収入がない。
しかも【森のグルメ】は雑魚狩りがメインなのでほとんどクエストをこなさなかった。魔物のドロップ品の売却額もたかが知れていた。
ようするに、貯金もない。
「……困ってるんだろうな、俺。困ってるはずなんだが、なんにも感じねえ」
普通は職も貯金もないと焦ったり困ったりするはずなんだが、精神力をカンストさせた俺の心は少しも動じなかった。
それが良いことなのか悪いことなのか、もはやよくわからない。
「――おい! あれなんだ!?」
そんな俺の思考を、誰かの絶叫が中断させた。
見れば、上空に黒いモヤのようなものが浮かんでいた。しかもそれはみるみるうちに大きくなっていく。
「魔力だ! なんかやべえぞ!」
「逃げろ!」
「いやあ助けてえええ!!」
パニックになって逃げ惑う人々。
さっきまで晴れていたのに、黒いモヤが空を覆い隠し、黄昏時のように辺りが薄暗くなっている。
「おい、おまえもボーッとしてないで逃げろ!」
親切な誰かが俺に声をかけた。確かに逃げるべきなのかもしれない。普通、恐怖を感じるべき状態だ。
しかし俺の心は動じない。むしろあのモヤの正体が気になった。冒険者生活の中で、あんな物は見たことがない。
「好奇心は残ってるんだな、俺」
モヤが渦を巻き、特徴的な噴水像の上に集中する。
それは人の形を取り、腕が、足が、ヤギのような角のある頭が形作られていく。
気がつけばそこには、魔術的な紋様を全身に刻んだ、半ば半裸の少女が立っていた。
「な、何事だ! 侵入者か!?」
「あの女はなんだ!?」
「まさか魔物の襲撃か!?」
逃げ出した市民と入れ替わるように、どやどやと衛兵たちが駆けつけ、槍やら剣やらを構える。が、
「我に武器を向けるとは、この不届き者共め!」
少女が一喝すると、衛兵たちの構えた武器が地に落ちる。なんらかの魔法のようだ。
「う、腕に力が入らねえ」
「応援を呼べ! 今すぐに!」
「クソ、なんて強力な魔法だ!」
慌てふためく彼らを尻目に、少女はドスの利いた声で告げた。
「我は第四魔王、サニティ・フォルネウス! 人の子から眷属を見出すため、この地を訪れた! 力なき人の子らよ! 我と契約を交わし、魔族の力を手にしようとする者はおらんか!」
第四魔王というのが本当かはわからないが、彼女――サニティの魔力はそこらの魔物とは比較にならない。
ひょっとすると本当に魔王なのかもしれない。
が、そのスカウトに応えるものは皆無だった。というか大半の人間は逃げ出してしまった。
集まった衛兵たちも、守るべき祖国の非常事態でてんやわんやだ。耳を貸す者はいない。
「……おい! 誰ぞおらんのか!? 魔王直々の眷属になる好機だぞ!?」
彼女の脳内プランとしては、魔王である自分が町中に現れれば、人々は喜んで眷属に志願するはずだったのだろう。
が、世の中そううまくは行かないらしかった。
「な、なぜだ!? わ、我が第四魔王だからか!? 第四席とは言えれっきとした魔王ぞ!? 我魔王ぞ!? ほんとうに誰もおらんのか!? わ、我にはそんなに魅力がないというのか!?!?」
だんだん涙目になる自称魔王。いいのか、魔族の親玉がそんなに簡単に泣いて。
「……おいそこの貴様! なにジロジロと見ている! 不敬であろう!」
「ん、俺のことか?」
ビシリ、とサニティの人差し指が俺に向けられる。
「そう、そこの貴様だ! そんなに我の姿が無様か!?」
「魔王のくせに自己肯定感低いな。それと、別に無様だから見てたわけじゃない。ただ魔王なんてお目にかかる機会もないしな、珍しかったから見てたんだ」
「人を珍獣扱いするな! まったく、魔王を前にしてなんたる肝の座った男……いや、むしろ気に入った。貴様を我の眷属にしてやろう。どうだ?」
「眷属ねえ……」
べつにそれ自体に構わない。それより俺の目下の問題、
「給料は出るのか?」
「……は?」
「いや、眷属ってことはおまえのために働くってことだろ? その場合問題になるのは、給料がちゃんと支払われるかだと思うんだ。なにせ俺は今無職だからな。ただ働きじゃ困るんだ」
サニティの表情がフリーズする。べつに妙なことを言ったつもりはないが、魔族となると人間の常識に疎いのかもしれない。
「……そ、それはつまり、給料の支払いが良ければ眷属になっても構わん、ということか?」
「そういうことになるな。もちろん俺にできる仕事であれば、だが」
「も、もっとこう、魔族と契約するデメリットとか、人間を裏切るのが心苦しいとか……そういう心配はないのか?」
「なんだ、俺に眷属になって欲しいんじゃないのか? なぜいまさらデメリットを提示する? 魔王っていうのは意外と誠実なのか?」
「い、いや……はあ、末恐ろしい度胸だ。末席とは言え魔王と契約するとなれば、普通はもっと動じるだろう……」
「あいにく精神力が高すぎてな」
「まあよかろう! 報酬は支払う。金銭の形ではないが、本来なら魔族にしか使えない強力なスキルを貴様に与えよう。それを使えば、生活費などあっという間に稼げるはずだ」
「なるほど。いいだろう、契約成立だな」
「早いな!? た、ただし魔族のスキルを人間が使えば多大な苦痛が伴うが、耐えられるかな?」
「ああ、問題ない」
「二つ返事だと!? ふ、ふふ……後悔してももう遅いぞ!」
なぜかまたデメリットを提示するサニティ。つくづく誠実だ。【森のグルメ】の連中にも見習ってほしいな。
などと感心している間に、また魔力がサニティを中心にうずまき始め、そして俺に流れ込む。
凄まじい苦痛と吐き気が全身にこみ上げたが、それだけだった。
普通の人間ならのたうち回るだろうが、俺にはどうということもない。
「……ほ、本来なら立ってはいられん苦しみのはずだが……なんだか我のほうが慣れてきたわ。とにかく、これでお主は魔族専用のスキルを習得したはずだ。確認してみろ」
俺は言われたとおりに自分のスキルを確認してみる。と、
―――――――――――――――――――――――――
名前:インゼン
職業:魔王の眷属 Lv1
【所有スキル】
紅の霧:自らの血を操り、周囲の視界を奪う。高レベルの敵にも効果あり。
紅の槍:自らの血を操り、血の槍を生み出す。高レベルの敵にも効果あり。
ダメージブースト:受けたダメージに応じて能力が大幅に上昇する。
―――――――――――――――――――――――――
職業が【戦士】ではなくなっている。名実ともに彼女の眷属になったということらしい。
「スキルの効果が物騒なのはいいとして、なんだか数が少ないな」
「契約のレベルが低いからだ。我に尽くせばすぐに新たなスキルを習得していくだろう」
そういうものか。なんだか騙された感じもするが、俺の心は動じない。
「それで、いったい俺に何をさせようと――」
その時だった。完全に存在を忘れていた衛兵たちが、一斉に撤退を始めた。
俺が契約を果たしてしまったからかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
「応援に【渚の朝焼け】が来るぞおおおお! 巻き込まれる前に逃げろおおおお!」
「い、命がいくつあっても足りねえ! 急げ急げええええ!」
逃げていく衛兵たちの言葉の一つが、俺の脳裏に引っかかる。
「待て、【渚の朝焼け】だって?」
「ふん、誰が来ようと我に敵うはずがなかろう。目的も果たしたし撤退を――」
サニティはけれど、最後まで言葉を発することはできなかった。
ヒュパ、という空気が切り裂かれる音。
彼女のなめらかな肌に亀裂が走り、鮮血が吹き出す。
「ガッ――」
普通なら胴体が泣き別れになっているところだが、流石に魔王を名乗るだけあって耐久力が高い。
膝をついて荒い呼吸をしつつも、命に別状はなさそうだ。
「な、何が……」
よろよろと立ち上がるサニティの視線の先には、ラフな格好をした三人の冒険者が立っていた。
そのうちの一人、銀髪の美青年が剣を鞘に収める。
「何者だ、きゃつらは……!」
ごもっともな疑問に俺が答える。まあ、眷属として最初の仕事というわけだ。
「あいつらは【渚の朝焼け】。おそらく現状、人類で最強の三人組だ」
冒険者であれば知らぬものはいない。その武勇は多すぎて数えることさえ難しい。
そのリーダー、【勇者】マイストルが口を開く。
「まさか本当に魔王とは……これで殺すのは二人目になるな」
その言葉に、サニティの表情が凍りついた。
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