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02 追放と動じない心

 目を覚ますと、【聖女】のナーレと目があった。ボロボロの俺に治癒魔法をかけてくれたらしい。

 辺りは昼間で、キャンプには他に人の気配はない。【森のグルメ】はもう種集めに出ていったようだ。


「……バカね。なんでみすみす痛い思いをするのかしら」


 ナーレは珍しく感情を見せた。おそらく呆れの感情を。


「べつに。痛くても構わないと思ってたからだが」


「なにそれ、強がり? はあ、男の子ってすぐかっこつけたがる……」


「いや強がりではなくてだな……」


 俺はこのことを言うべきか、少し悩んだ。【森のグルメ】のメンバーには隠しておきたかった。

 しかしナーレは【森のグルメ】の中では独自の立場を貫いている。昨日の夜も止めこそしなかったが、干渉もしなかった。

 というか止めに入れば彼女の身も危なかった。まあ正解だろう。そもそも俺が勝手に反論して痛めつけられただけだ。


 とにかく、ナーレになら言っても構わないだろう。


「……実は、感じないんだ」


「なによいきなり!? あ、あ、あなたが不感症だからってわ、私には関係ないんですけど!?」


 急に顔を真っ赤にするナーレ。さすが知力カンストの【聖女】、バカな俺とは話が噛み合わない。

 

「今日はいつになく饒舌だな。なにかあったのか?」


「なっ!? べ、べつにあなた相手だからとか、そういうわけじゃないわよ!? 勘違いしないでよね!?」


「……? そうか。よくわからないが、勘違いしないでおこう」


「なんでそうなるの!? あーもうあなたってほんと鈍感っていうか……いや、その、もにょもにょ……もういいわよ!」


 もういいらしい。なら、もういいか。


「話を戻すが、俺はもうだいぶ前から色々なことに動じなくなっているんだ。もちろん蹴られれば痛いんだが、痛いだけだ。あっさり我慢できる。心が動じないんだ」


「……それって、もしかして」


「ああ。おそらく、俺が精神力をカンストさせたからだろう。だいたい精神力9000を越した辺りから、痛みも悲しみも一切俺の心を動かさなくなった」


 ナーレが絶句する。まあ、無理もないか。まるで心を失うようなものだろう。

 俺も頭ではそれを理解しているんだが、いかんせん精神力が高すぎて動じない。実際には心も失ってないわけだし、別に問題ないと思ってしまう。


「……最近のインゼン、妙に頼りがいがあるし、皆からいじめられても平気そうだとも思ってた。何かあったのかなとは思ってたけど」


「ああ、何をされても何を言われても、俺にはもうなんとも思えないんだ。悪口や暴力は酷いとは思うが、しかしそれだけだ。だから好きなようにやらせておいた」


「そう……。死にステだと思われてた精神力にそんな意味があったなんて」


「いや、死にステには変わりないだろう。俺は戦闘面では一切強くなってないぞ」


 たしかに前線でタンクをする【戦士】としては、痛みや恐怖を感じずに済むのは有用だ。

 しかしそれだけ。ステータスの差を覆す程でもない。


 ナーレはしばし驚きに言葉を失っていたが、やがて顔を上げた。


「それで、インゼンはこれからどうするの? もしよければ私からマスルに頼んで、クビを撤回するように――」


「いや、そんなことしなくていい。ていうかたぶん、マスル達は承知しないだろう。それに俺も特に未練があるわけじゃない。いや未練はあるのかもしれないが、心が動かないんでな」


「じゃあ、行っちゃうの……?」


 ナーレが俺をじっと見つめる。その目が少し潤んでいた。まさか――


「目にゴミでも入ったのか。大丈夫か?」


「違うわよバカ! この鈍感! にぶちん!」


「ああ、確かに今の俺は鈍感とも言える。さて、そろそろ行くか。マスルたちが戻ってくるとまた面倒だ」


「……うん。また、会えるといいな」


「大陸からは出ないし、いずれ会うこともあるだろう。じゃあ、達者でな」


 そして俺は長年共に戦ってきた【森のグルメ】と別れた。

 きっと本来は悲しんだりするべき状況なのだろう。だが、どうにも俺の心は動かなかった。




 ○




 野営地から王都に戻るため、俺は森の中の道を歩いていた。

 足腰は疲労しつつあったが、まだ歩ける。疲れはもはや俺にとって、どこで休息を取るべきかの指標でしかなかった。

 そんな折。


――がさり。


「……?」


 ふと、背後で音が聞こえた気がした。魔物だろうか。まあ、このあたりに出る魔物は雑魚ばかりだ。

 俺は気にせずに歩き続ける。


――がさがさがさ。


 またしても音がした。まあ、どうでもいいか。

 俺は動じずに歩き続ける。と、ヒソヒソと話す声が聞こえた。


「……兄ちゃん、あいつ全然動じないよ。普通こんな山道で物音がしたら立ち止まるのに!」


「……弟よ、焦るんじゃない。盗賊稼業は焦ったら終わりだ。奴もきっと内心じゃびびってる。とにかく不穏な感じを演出しろ!」


「……わかったよ兄ちゃん!」


 なるほど、魔物じゃなくて盗賊の兄弟か。話し声が丸聞こえなあたり素人だろう。

 俺はまた歩き続ける。


――がさがさがさがさがさがさがさがさずんどこずんどこどこどこどこどん!


 ついに物音だけでは飽き足らず謎の楽器の音まで入る。

 とりあえず、あいつらはバカだな。


「……兄ちゃんダメだ、あいつメンタルがオリハルコンだよ!」


「……っち、しょうがねえ。こうなったら実力行使だ!」


 ついに痺れを切らしたらしい盗賊が、茂みの中から飛び出してきた。想像通り、いかにも素人って感じの二人組みだった。


「ヒャッハーーー! そこを動くなよ旅人ォ! 俺たちゃ天下御免の盗賊兄弟! 金品置いて逃げ出しな!」


 兄の方が威勢よく啖呵を切り、ナイフを俺に突きつけてくる。

 俺はその刃先をじっと見つめる。まあ、これで胸でも刺されれば死ぬかもな。


「……おいてめえ、何ボケっとしてやがる! 恐怖で動けなくなっちまったのか!?」


「恐怖か。もう長いこと恐怖なんて感じてないな」


「なに!?」


「兄ちゃんこいつヤバイよ! ナイフ突きつけられてるのに全然動じてない! きっと名うての冒険者だよ!」


「そ、そうなのか!? おいてめえ! 答えろ!」


 確かに昨日までは冒険者だったが、今はもう違うな。


「いや、俺は冒険者じゃない。ただの旅人だ」


「そ、そうか! へっへっへ、ならやっぱり金品置いて逃げ出しな!」


「それは困る。今持ってる金が全財産なんだ」


「知ったこっちゃねえよ! もし置いてかなけりゃ後悔することになるぞ!?」


「……後悔か。後悔ってのも、もう長いことしてないな」


「兄ちゃんやっぱりやばいって! そいつ変だよ! もう逃げよう!」


「なあ、教えてくれ。後悔って、どんな感じだったっけ?」


 どうしても思い出せなかったので、盗賊兄に尋ねてみた。が、なぜか後ずさられる。


「こ、後悔ってのは……後悔ってのはだな……」


 ナイフを持つ手が震え始める。どうしたんだろうか。後悔した記憶を思い出して、トラウマに苛まれてるのだろうか。

 俺に教えてくれるためにそこまでしてくれるとは、なんて優しい盗賊なんだろう。


「こ、後悔ってのは、こういうことだよクソぉ!」


 ヒュンッ。ナイフが俺の頬を切り裂く。皮膚が裂け、温かい血が流れ出すのを感じる。

 まあ、それだけだ。服に染み込むと見栄えが悪いので、血がたれないよう片手で拭う。


「……な、なんでそんなに動じてねえんだてめぇ! 怖くねえのか!?」


「兄ちゃんほんとにヤバイよ! こいつ頬を切り裂かれても微動だにしないなんて、もう明らかに普通じゃないよ!」


「まあ俺は確かに普通じゃないが……死にステが高いだけだぞ」


「し、"死に晒せ他界させてやる"だと!?」


 おいおい、どう聞き間違えたらそうなるんだ。


「いや、死にステが高いだけだって……」


「ク、クソ! 今日は急用を思い出しちまった。それに大兄者もいねえしな! おい弟よ! ずらかるぞ!」


「わかったよ兄ちゃん!」


 そして、最初に現れた時と同様に、盗賊兄弟はどこへともなく姿を消した。


 なんだったんだ? まあ、どうでもいいか。

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