ソルエールの大戦
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世界会議当日、各国の首脳たちが学園のパーティー会場を利用した会議場に続々と姿を表し始めると、四大大国の一角であるアルクス王国の国王エドガーもまた、補佐役としてブレットを伴って入室する。ブレットはその能力も然ることながら、アルとセアラの手助けになれればと、自ら随行を申し出ていた。アルクス王国は他にも護衛として、アルのかつての仲間であるマイルズ、ブリジット、クラリスの三人も来ているが、各国の護衛は学園の外で協力して周囲の警戒にあたることになっている。各国の中心人物が集まっている状況から、襲撃はあるものと想定して動いているが、さすがに軍を連れてくるわけにはいかないので、各国とも二十名程度の精鋭部隊を揃えてきていた。
そしてセアラ、シル、リタ、ドロシーは学園の教師たちと協力して、学園内、特に会議場の周辺を中心に警戒にあたっていた。ちなみにルシアは表舞台には出ていないものの、国の中枢にいるため会議に参加している。
「お母さん、師匠、どう思う?」
会議が始まって暫くすると、セアラが曖昧な問いを投げ掛けるが、二人はその意図を汲み取る。
「可能性は十分あるわね。なにしろこの場の襲撃が成功すれば、最近停滞気味だった侵攻が一気に加速する」
「ええ、各国とも名実ともにトップを揃えてきているものね。本当に名前だけの王様とかもいそうだったけど」
ドロシーの意見に、リタが僅かな嘲笑を含んだ言葉で同意する。この場に必要なものは意思決定が出来る存在。しかし、たとえ実質的に政治を担っている者が参加していたとしても、国のトップが不在ではその人物は無能だと喧伝しているようなもの。他国にそのように嘲られることを良しとしないのは当然の話であるため、どの国も例外なく首脳は参加していた。その中には傍若無人な振る舞いをする者、まるで存在感を感じさせない者も少なからず混じっていた。
「シル、大丈夫?」
ルシアに話を聞いて以来、浮かない表情のシルをセアラが気遣う。
「あ、うん。大丈夫だよ…………ねぇママ、ママはパパが起きたら何をしたい?」
唐突な質問にも関わらず、セアラは真剣に悩んで答える。
「うーん、そうねぇ……特別何をっていうのは無いよ。ただアルさんが起きてそばにいてくれたら、私はそれ以上は望まない。いつも通りの日常を一緒に過ごしたいだけかな。アルさんがいて、私がいて、シルがいる。もう一度そんな幸せな日々が、そういうなんでもない日常が戻ってきたらそれでいいの」
微かに頬を赤らめ、屈託のない笑顔を見せるセアラ。シルはそんな母の言葉に少しだけ俯くと、吹っ切れたような表情で元気な声を上げる。
「ママ、私パパのところに行ってくる!」
「……うん、分かった。アルさんをよろしくね」
「うん!」
何処となく、いつもよりも大人びた表情を見せるシル。そんな娘をセアラは何も尋ねることなく、優しい笑みを湛えて見送る。
それからややあって、俄に学園の外が騒がしくなり始める。それでも『索敵』を常に使っているセアラたちからすれば、慌てることなど何も無い。そしてはっきりと悟る。今日この場所こそが、のちに『ソルエールの大戦』と呼ばれる、この戦争の最後の舞台となるであろうことを。
時間は少し遡る。
会議は紛糾していた。近日中に、転移魔法陣を利用してクリューガー帝国に各国が同時に攻め入る計画が立案されたものの、バレンシア王国の国王、ベルナルディを中心に魔族の参加に難色を示す国が出ていた。魔族の参加はあくまでも転移魔法陣の設置のみで、後方支援に徹するべきだと。
「今戦えると言ったところで、いざ同族を前にして戦えぬなどと言われては困りますからな。ならばその可能性を最初から排除するべきではないですかな?土壇場で裏切らない証拠を示していただかなければ、到底信じられるものではありますまい?」
「ふむ、証拠と言われると難しいな。そもそも魔族という種族は、各々の目的に対してのみ従順なのだ。我のように地上の者たちと融和を目指すもの、地上を我が物にしようとするもの、特定の誰かに付き従うもの。そしていずれの者にも共通するモノは、その目的を成すために邪魔なものは力尽くで排除するということ。ゆえに我らは裏切らぬ、そう言うしかない」
声をあらげることはしないものの、挑発するような態度を見せ続けるベルナルディと、それには乗らず冷静に問い返すアスモデウス。
「それでは話にならないのではないですかな?そもそも今回設置された転移魔法陣とて、あなた方が我らの国に攻め入るためのもの。そういう考えも出来ないわけではないのですぞ?」
「ベルナルディ王、それはいくらなんでも不敬ではありませんか?」
一向に乗ってこないアスモデウスに、しびれを切らしたベルナルディが苛立ち紛れに言うと、堪らずエドガーが諌める。それでもアスモデウスは意に介さず、淡々と事実だけを述べていく。
「あの魔法陣に組み込まれた術式で出来るのはソルエールとの往復のみ。そなたの言われるような心配は必要ない。宮廷魔導師辺りであれば分かるのではないのか?」
暗にそれくらいのことも分からないのか?とでも言いたげなアスモデウスの口調に、ベルナルディは憮然とした表情のまま黙り込む。
「魔王陛下もそれくらいにしておいてください」
「ふむ、しかし他にも不安に思っておる者もおるであろうからな。はっきりさせておくには良い機会であろうよ」
ベルナルディが渋々引き下がったことで、議論が一応の決着を見ると、クラウディアがまとめに入る。
「それでは魔王陛下、そして魔国にもご協力いただくということで。続いて日程について、各国のご意見を頂ければと…………ああ、うん。そう……皆様、どうやら折角のこの議論は無駄になりそうです」
クラウディアの後ろに侍っていたグレンが耳打ちをすると、緊張で強張っていた彼女の表情が、一層険しいものに変わる。そして彼女の言葉、それが意味するところは、その場にいる全ての者に伝わる。
「ふぅ……やはり来ましたね……」
「ええ、私は出るわ。万が一のことがあってはいけませんから、魔王陛下とクラウディア代表にはここをお願いしたいのですが?」
リオンの言葉にルシアが答え、有無を言わさぬ目でアスモデウスを見る。
「……仕方あるまい。しかし奴がその気になれば我が出ざるを得んぞ?」
「心配ないわ、アルさんがすぐに目を覚ますからね。あんたも仮にも親だって言うのなら、黙って息子の成長でも見ておきなさい……って、あー、これ言ったら不味かったかしら?まあいいわ、あとよろしく!」
逃げるように転移魔法陣を描くルシアに、アスモデウスは苦笑を漏らす。
「ふ……迂闊なところは昔から変わらんな……」
ルシアの発言により会議場中に衝撃が走ると、クラウディアとリオンは頭を抱える。ここにいる者であれば、アルというのがアルクス王国の元勇者であることは周知の事実。つまりはアルとアスモデウスの関係が白日のものとなる。
「魔王陛下がアルの父親?た、確かなのですか?」
常に冷静沈着なエドガーにしては珍しく、僅かに声をうわずらせながらアスモデウスに詰め寄る。
「こうなっては仕方あるまい、まあこの場で待つだけと言うのも退屈であろう。話せることは話しておくとしよう」
一方、学園前広場にはダークエルフと、それぞれが百体ほどのモンスターを従える高位魔族三体が現れ、各国の精鋭約二百名と戦闘を始めていた。
「モンスターが連携するって聞いてたが、個々の力もつええし、こりゃあなかなかきついな」
炎の魔剣レーヴァテインを振るいながら先陣を切るマイルズがぼやくと、拡声魔法を使用したブリジットから激しい罵声が浴びせられる。
「バカマイルズ!出過ぎ!相手は連携してくるんだから、孤立したらすぐにやられるわよ!前衛は五人一組になって敵にあたりなさい!」
ブリジットの言葉が戦場に響き渡ると、アルクス王国の兵だけでなく、他国の兵も同様の動きを見せる。
この地に揺蕩う精霊たちよ
汝らに命ずるは長耳の始祖
我が言の葉に応え汝らの力を貸し与えよ
天より舞い降りる数多の流星よ
この地を穢す不浄なる魂を穿ちたまえ 『流星穿孔』
セアラが土の上級精霊魔法を発動させると、空から降る数多の岩が正確にモンスターのみを貫いていく。
「うわぁ、すご!」
いつでもマイペースなアイリスが目を輝かせるが、それは彼女だけに限ったことではない。幾度となく厳しい局面を打開してきたセアラの存在が、兵たちの士気を一気に引き上げる。
「『戦場の女神』が来てくれたぞー!」
「おっしゃー!これで怖いもんなしだ!」
「一気に畳み掛けてやれ!」
「みなさん!援護は任せてください!」
一際響く声を発しながらセアラが姿を見せると、兵たちは最高潮まで達した士気に任せて、モンスターに止めを刺すべく猛然と襲いかかっていく。
「ふん、大した人気だな」
激しい戦闘を横目に、ダークエルフがセアラの眼前に降り立つ。
「……やはり生きていましたか」
「それはこちらの台詞であろう?おかげで特注の魔石をいくつも失ってしまった、この代償は高くつくぞ?」
「……アルさんを傷つけたあなたは許せません。でも残念ですが、あなたの相手は私ではありませんので」
「なんだと?」
眉を顰めるダークエルフとセアラの間に転移魔法陣が描かれると、もう一人のハイエルフがその姿を表す。
「レオン兄さん……」
「ルシア……お前が今さら出てくるとはな。三百年引きこもっておったお前が、どういう風の吹きまわしだ?」
相変わらず表情こそ窺い知れぬものの、その声色には確かな驚きが含まれている。そしてルシアは、強い決意を湛えた瞳でレオンを見つめて言い放つ。
「あなたは私がここで止める。それが今まであなたを放置してきた私の責任の取り方よ!」
「……くくっ……ふはははっ、いいだろう。ハイエルフ二人分の魔力、最高の魔石が作れそうだ」
「本当に……あなたの頭にはそれしか無いんですね?」
「ああ、そうだ!私はずっとお前が憎かった。大した努力もせずに悠々と私を越えていくお前がな!天才と言われ続けた私が、一瞬にして凡才扱い。この屈辱がお前に理解できるのか?お前が転移魔法を使ったあの日、私は気付いたのだ。お前の才能は理外のモノ、ならば私は理外の努力で上回ればいいとな!」
「そんなもの……努力じゃない!そんなのは正しくないわ!」
「正しい努力だ!なにしろ己の望みを叶えられたのだからな。正しくない努力とは結果の伴わぬもの。私は禁術を調べ上げ、それを行使出来るまでになった。そしてハイエルフだけが使える転移魔法までも自在に操ることが出来るようになった!これが努力と言わずに何だと言うのだ?」
「なら私が証明してみせる!あなたを止めて、あなたの努力は、生き方は正しくないって!」
ルシアの啖呵に応えるようにレオンがローブを脱ぎ捨てると、狂喜に満ちた顔が露になる。鈍く光る銀髪に爛々と輝く黄金の瞳。はだけた褐色の胸元には、巨大な魔石が禍々しく赤黒い光を放っていた。
「ファーッハッハッハ!面白い!面白いなァァァ!今日は実にいい日だ!もはや二度と訪れぬと思っておった機会を!お前を越えたと証明する機会を得ることが出来るとはなァァァァァァ!」
血を分けた兄妹は戦う。ダークエルフの兄は自身の在り方を肯定するため、ハイエルフの妹はそれを否定するために。





