命を懸ける理由
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「ちっ!いくらなんでもでかすぎるだろう」
あえてドラゴンの視界に入るようにアルが動くと、それに釣られたドラゴンが鋭い爪を振り下ろす。それでもアルは一切躊躇することなく、さらに深く懐に踏み込んでそれをかわす。
粉々に砕ける広場を形作っていた石、巻き起こる砂煙。アルはそれらに紛れるようにして首の下に潜り込むと、ドラゴンを見上げて観察する。所々に見える今ついたものとは思えない傷、そして急所である逆鱗には、致命傷となるに十分なほどの深い傷があるのを確認する。それはつまり眼前のそれが以前遭遇したキマイラ同様、死骸を魔石で動かしているものだということの証左であった。
ゴーレムである以上、弱点はただ一つ。核となっている魔石の破壊のみ。しかしここまで接近していても、魔石の位置は巧妙に偽装してあるようで、所々に反応があり確信を持つことが出来なかった。はっきりとした位置が分からない以上、魔石に傷をつけるわけにはいかないため、ティルヴィングではなくメイスを持って接近戦を挑む。
端から見れば愚策に見えるそれは、決して無謀な決断などでは無い。それはグレンからも釘を刺された、ドラゴンが持つ最大の驚異を封じるため。
ワイバーンなどの亜竜が持たない純然たる竜種のみに許された、防御不可能とされる最強の攻撃、竜の吐息。防ぐ方法は単純明快ながらも、実践するには並外れた胆力が必要になる。それこそがアルが実践している超接近戦だった。
「みんな!下がって!」
アルとドラゴンが戦闘を開始したことを確認すると、クラウディアとドロシーが大声で呼び掛け、教師たちに広場から距離をとらせる。深手を負って既に動けない者も大勢いるが、グレンとエルシーが抱えて広場の外へと運び出す。全員が広場から離脱したのを確認すると、クラウディアがセアラに向けて手をあげる。
この地に揺蕩う精霊たちよ
汝らに命ずるは長耳の始祖
我が言の葉に応え汝らの力を貸し与えよ
我に仇なす刃を封じたまえ『完全障壁』
物理攻撃、魔法攻撃を共に防ぐセアラの精霊魔法、『完全障壁』が広場を囲むように展開されると、さながら突進を繰り返す闘牛とそれをいなす闘牛士のように、円形の舞台でアルとドラゴンが近距離で向かい合う。
「だ、代表、この魔法は?それにあの方は一体?」
展開された障壁に教師たちが驚愕の表情を浮かべ、一人の壮年の男性教師がクラウディアに問いかける。
ソルエール魔法学園の教師ともなれば、各国の宮廷魔術師たちの師匠と言っても過言ではない。尚且つドラゴンの攻撃をここまで凌ぎきり、命を繋いだ彼らが並外れた魔法の使い手であることは、疑いようもない事実。そんな彼らをして驚愕せざるを得ないほど、セアラの魔法の完成度は目を疑うようなものだった。
「全く嫌になるわね……これで本格的に魔法を習い始めて二ヶ月ですって?これが天才が努力した結果、愛の力とでも言うものなのかしら?」
自身にかけられた問いに応えるでもなく、クラウディアが自嘲気味に独り言つ。
「ダメ、間に合わない……回復魔法が出来る人は手伝って!その……間に合う人を優先に……」
ドロシーが目の前の地獄絵図を見て、膝をつきそうになりながらも指示を飛ばす。
五十人以上に及ぶ教師のうち、凡そ半数ほどが致命傷を受けており、その他にも四肢の欠損などの重傷を負ったものがあちこちにいる。そもそも素養を持つものが少ない回復魔法、涙を飲んで命の選択を始めていく。
「あの!私が治します!」
シルが涙を拭いて立ち上がり、駆け寄ってくる。アルとセアラが必死にドラゴンを抑えて立ち回っているというのに、娘である彼女が何もせずにいられるはずなどなかった。
深手を負って危険な状態に陥っている者たちの中心に立つと、先程のセアラとは異なり、シルらしく精霊へと協力を求める。
精霊さんたち
どうか私のお願いを聞いて下さい
どうか私の言葉に応えて力を貸して下さい
どうかみんなを傷を癒してあげて『領域回復』
シルが両手を組んで祈るような仕草を見せると、彼女を中心に光が広がっていく。それは決して眩しいものではない、暖かく優しい光。そしてそれに包まれた者たちは、恐怖や不安といった負の感情が消えて穏やかな気分になるとともに、体の奥底から生命力が溢れてくるような不思議な感覚を味わう。やがて光が弱まりシルに収束すると、その場にいる全ての者が全快していた。
自身の四肢の欠損に絶望した者、友人や恋人と最期の別れをしていた者たちは歓喜して、口々にシルを讃える。曰く神の御業だと、曰く天の御使いだと、曰く聖女が舞い降りたと。
「シル……ありがとう!」
「ううん、役に立ててよかったです。他の方も治しに行きます」
教師たちを救ってもらったドロシーが抱きついて感謝の言葉を述べると、シルははにかんだような笑顔を見せて再び駆け出していく。
「そっか……やっぱりシルちゃんは……聖女なんだね……」
一部始終を見ていたクラウディアが呟いた言葉は、誰にも届くこと無く虚空へと消えていく。
精霊の力を行使したシルの回復魔法は、適正がどうのというレベルを遥かに超越していた。クラウディアが献身的に治療を行うシルに視線を送ると、激しい衝突音が聞こえ、浮かれ気味だった者たちの意識を強制的に発生源へ向けさせる。
「おあぁぁぁ!」
振り下ろされるドラゴンの前足による一撃を、アルがメイスを叩きつけて軌道を逸らす。いくらアルが強靭な肉体と技術を総動員して攻撃を受け流しているとはいえ、アルとドラゴンの質量は雲泥の差。ダメージをゼロにするどころか、アルは次第に追い詰められつつあった。ドラゴンの一撃を受け流すごとに、骨が軋み筋肉が悲鳴を上げる。このままいけば体力の差で押し切られることは、端から見ても明らかだった。
そんなことは戦っているアルが一番分かっている。それでも諦めるようなことはない。決して絶望するようなことはない。
「……弱気になるな、体力差なんて魔法で補えばいいだけだ!」
アルが発動するのは『身体強化魔法』。当然のことながらドラゴンに立ち向かう際にも掛けている。つまりこれは自身の身体に限界以上の負荷を強いる重ね掛け。身体強化魔法はリミッターを外すための魔法であって、決してノーリスクで体を強化できるような便利なものではない。
「くっ、これでもキツいのか!?ならもう一度!」
アルが更に身体強化魔法を発動させる。二度に渡る身体強化魔法の重ね掛けで、力や速度は目に見えて向上しているが、動く度に骨が軋み、筋繊維が裂け全身が悲鳴を上げる。戦闘の高揚感をもってしても、避けることのできない激痛が絶えずアルを襲う。
それでもアルの目から火は消えることは無い。気絶しそうなほどの痛みに晒されながらも、己が守りたいもののために戦意を保ち続ける。それは自身が倒れることの意味を知っているから。その双肩にかかる命の重さを知っているから。そして自身に掛けられた期待に応えることの大切さ。それを誰よりも知っているから。
攻めきれないドラゴンが、痺れを切らすようにブレスの予備動作である、天を仰ぐ仕草を見せる。アルは反射的に好機と判断して果敢に駆け出して跳躍すると、無防備なその顎を力一杯撃ち抜く。その一撃は脳にダメージを与え、決して致命傷を与えること無くドラゴンの自由を奪う、はずだった。
「ぐあぁっっ!」
アルの左肩をドラゴンの右前肢の爪が貫く。渾身の一撃を放った後という、防御不能な一瞬をつかれた攻撃に、アルの顔が苦痛に歪む。
その攻撃が意味を成すのは相手が生物だった場合。相手はゴーレム、痛みという概念もなければ、命令を出す役割を持たない脳がダメージを負ったからといって、意識を刈り取ることな出来ない。
何とか体を捩って胴と左腕が泣き別れることは避けたものの、ダメージは甚大。もはや左腕は辛うじて繋がっているだけ。片腕の自由が効かない状態では、押し寄せるドラゴンの攻撃を凌ぐことなど出来るはずもなく、アルは劣勢に立たされる。
「ぐぅっ、『上級回復』」
体捌きのみでドラゴンの追撃をかわし、一瞬だけ自身の左肩に回復魔法を施すアルだったが、すぐに気付く。回復のために距離を取ったのは悪手だったと。
アルが自身の判断を悔いたその時には、ドラゴンはブレスの予備動作を終えていた。決して感情を抱くないはずのドラゴンのゴーレム、だがその表情はまるで勝利を確信し、勝ち誇っているかのように見えた。
「しまっ……」
「アルさーんっ!!!」
セアラの叫びも虚しく、アルの姿はドラゴンのブレスへと消えていった。
精霊の力を借りるためには詠唱が必要
定型文はなく、気持ちが伝われば何でもOKです





