セアラのために
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アルはセアラに新しい服を着せてからベッドへと運ぶ。そして脇に置かれた椅子に静かに座ると、セアラの顔を見ながら今後のことを思案する。
どれだけアルが思案を巡らせても、これ以上セアラと暮らすことは彼女にとって良いと思えなかった。襲撃者が自分を狙っていたことは明白。自分の問題に彼女を巻き込みたくは無かった。
アル一人であれば、どれだけ襲撃者が来ようとなんの問題もない。例えそれがかつての仲間たちであっても、遅れをとるようなことは有り得ないと自負している。
もしかしたら今回のことでアルに愛想をつかせるという可能性もあるが、どちらにせよセアラの今後の処遇を決めておかなければならなかった。
「一番現実的なのは……カペラに住まわせることか……」
セアラはここに来てから何度もカペラの町に足を運んでいるので、友人らしき人が何人か出来ていた。もともと社交的な彼女のことなので、こんなところにいるよりも余程いいだろうと思えた。
「アルさん……」
寝言でアルの名前を呼ぶセアラの目からは、涙が一筋流れている。アルはその涙を拭うと、頭を撫でて手を握ってやる。
その日のアルは椅子に座り、セアラの手を握ったまま眠る。翌朝になるとセアラが目を覚ますが、珍しくアルはまだ眠っていた。セアラは自分の手を握っているその手を両手で包みこみ、愛しい彼の名前を呼ぶ。
「アルさん……」
セアラは昨日起きた出来事を何となく覚えている。思い出したくもないおぞましい経験ではあったが、アルが自分を助けに来てくれたという事実が嬉しかった。自分が女性として見られていないと言われたときは、心が張り裂けそうなほど悲しかった。
そんな恐怖や悲しみは、助けに来たアルを見た瞬間に吹き飛んでしまった。心底自分はアルが好きなのだと、セアラは改めて認識する。そして今はただ愛しい彼の傍にいられることが何よりも嬉しかった。
セアラは知っている。今のアルは人を遠ざけてはいるが、本当はとても優しい人間だと。そもそも本当にそうしたいと思っている人間が、自分のような厄介者をそばに置いてくれるはずがなかった。
セアラは思う。きっと自分は少しずつアルにとって大切な人になれているのではないかと。そう思うと昨日感じた恐怖が喜びで塗り替えられるような気分になる。
未だアルは深く寝入っているようであったので、セアラは一足先にキッチンへと向かい朝食の準備を始める。
まずは手際よく鶏小屋から卵を回収して、卵焼きを作り出す。もちろんアルが作り方を教えてくれたものだった。アルは甘い卵焼きを好まないので、この家で作られる卵焼きは、塩で食べるか出汁を入れたものだった。
朝食の準備が終わったころに、アルがキッチンに姿を現す。
「おはよう、セアラ……もう大丈夫なのか?」
「おはようございます、アルさん。はい、もう大丈夫です。もうすぐ朝食が出来ますからね」
いつものニコニコ顔のセアラを見ると、アルの胸がチクリと痛むが、それをおくびにも出さない。
「ああ、ありがとう。それにしても手際が良くなったな」
「はい、ありがとうございます」
アルはこれならば一人で暮らしていくとなっても大丈夫だろうと安心し、セアラは額面通りに受け取って頬を朱に染める。
二人はいつものように向かい合って朝食を取る。相変わらず会話の主導権はセアラが握っており、アルは相槌を返したり、時折簡単な質問をしたりするだけ。
その日から一週間、アルはセアラの様子を見るために、特にすることは無いと言い、ゆっくりと家で過ごす。
そして一週間後、朝食の片付けをしながらセアラが今日の予定をアルに聞いてくる。
「アルさん、今日も家でゆっくりされますか?」
「いや、今日はカペラの町に行く。素材の売却に行かなくてはならないからな。セアラも来るといい」
アルはもっともらしい理由をつけてセアラを誘う。自分がそう言えば彼女が断ることは無いと分かっている。
「はい、久しぶりのお出掛けですね!お気に入りの服を着て行きます」
「ああ、そうするといい」
セアラは自室で着替えを済ませると、お気に入りの膝丈ほどの白いワンピースを着て、軽やかに一階に降りてくる。
二人は戸締りをして外に出ると、アルがセアラに忘れ物をしたと告げて家の中に戻る。セアラは特に疑問も持たず、外に出たところでアルが戻ってくるのを上機嫌で待つ。
「この部屋の物で全部か」
セアラの部屋に入ったアルは彼女の荷物をすべて収納空間に入れる。この部屋にあるベッド以外の物は、全てセアラの私物だった。ベッドだけが物悲しく取り残された部屋。ぐるっと見回すとアルは少しの寂しさを感じるが、セアラのためだと言い聞かせて彼女のもとへと戻る。
「アルさんが忘れ物なんて珍しいですね、もう大丈夫ですか?」
「ああ、待たせてすまない。行こう」
歩いて三十分ほどの道のりをセアラのペースに合わせて、いつものように会話をしながらゆっくりと歩く。
「アルさん、町が見えてきました。手を繋ぎましょう」
「ああ、分かった」
二人は町の中では常に手を繋いでいる。その甲斐あってか、すっかり夫婦だと町の人たちからは思われていた。
町の中を歩いて行くと、セアラは多くの人たちから声を掛けられる。目を引く美しさでありながら、気さくな彼女はすっかり町の人気者になっていた。アルもそんな彼女の様子を見て、密かに胸を撫で下ろす。
「アルさん、最初は冒険者ギルドに行かれるんですか?」
「ああ、そうだな」
二人は素材の買取をお願いするために冒険者ギルドへと向かう。素材の買取だけならば、冒険者登録をしていなくてもしてくれる。もっともアルはその実力から、ギルドへの勧誘を熱心にされているが、頑なに首を縦に振らない。人と関わりたくない彼からすれば、それは面倒なだけであった。
五分ほど歩くと、石造りの二階建ての建物へと到着する。二人がその中へ入ると、多くの視線が二人に注がれる。この町の冒険者たちからも一目置かれているアルと、美女の組み合わせは嫌でも目を引いていた。初めて来るセアラはそれに気付くこと無く、きょろきょろと、物珍しそうに辺りを見回している。
そしてアルはセアラの手を引いて、素材買取専門のカウンターに向かう。
「いらっしゃいませ、アルさん。本日は何をお持ちでしょうか?」
受付の黒髪ショートカットの猫獣人女性が、にこやかに声を掛けてくる。当然アルとは顔見知りだが、アルはニコリともせずに答える。
「いつもの一角ボアだ」
「いつもありがとうございます。アルさんの仕留めた一角ボアの毛皮は、そこらじゅう斬られたりしておりませんので、それはもう大人気なんですよ。お陰で儲けさせていただいてます」
アルの見事な仕事っぷりを知る受付の女性が煽てるが、相変わらずアルは無表情のまま。代わりにセアラが小さく拍手をしながら、アルの方を尊敬のまなざしで見ている。そんな様子を見ていた女性がセアラに声を掛けてくる。
「ところで初めてお見かけする方ですが、もしかしてアルさんの恋人ですか?」
「いえ、妻です。セアラと申します」
「ええ!?アルさん結婚してたんですか?それは存じ上げませんでした」
二人の会話に耳をそばだてていた、ギルドにたむろする冒険者からも驚きの声が上がる。アルは少し面倒だと思いながらも、淡々と答える。
「ああ、わざわざ言うことでもないしな」
「まあ……確かにその通りですね。申し遅れました、私はアンといいます。アルさんのことはもう三カ月以上前から知っているんですが、まさかこんなにきれいな方と結婚しているなんて驚きです」
「きれいだなんて……そんなことはありませんよ。夫とはつい最近結婚したばかりですので、今後ともよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。その……もしよろしければ、アルさんにギルドに登録するように言って下さると助かるのですが……」
完全にアルに丸聞こえではあるが、ポーズだけは内緒話のようにしてセアラに依頼するアン。
「すみません、そればかりは主人の考えがありますので」
「そうですか……残念です。差し出がましいことを申しました。アルさん、良い奥さんですね!」
「ああ、本当に……俺には勿体無いな」
少し含みのあるような言い方をするアルだが、セアラはそれには気付かずに満面の笑みを浮かべながら顔を赤くした。
これのどこが幸せな結婚生活なんやって言われそう……
温かい目で見てやってください……
それはさておき前書きでも触れましたが、
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もうひとつの連載作品
『異世界で物理攻撃を極める勇者、魔王討伐後は二人の嫁と世界を巡る』
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こちらも併せて宜しくお願い致します。ぼちぼちクライマックスですので是非ご一読下さいませ。