いつか来るその日まで
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翌日、アルさんは朝食を取りながら、シルとお母さんにもソルエールにしばらく身を寄せることを告げる。
シルは不思議そうな顔をしながらも了承し、お母さんも事情は何となく察しているのか、異論を挟むことはなかった。
ファーガソン家の屋敷を出立する時間になり、三人が私たちを見送りに門まで出てくると、ブレットさんがアルさんの肩をガッチリと掴んで語り掛ける。
「アル君、また三人が気兼ねなくどこへでも行けるようになるよう、私の方でも手を尽くしてみるよ」
「ありがとうございます。しかしアルクス王国も大変な時期でしょう?私たちは大丈夫ですので、どうかそちらを優先してください」
自分の身が危険にさらされているような状況でも他人を気遣うアルさんに、ブレットさんは呆れたような表情で嘆息する。
「アル君、君のそういうところは人として非常に好ましいものであるし、美徳だとも思う。それに身分からいっても全く以て正しい。だけど私たちのことを名前で呼んでもらっているように、君との関係はそういうものに縛られたくないんだ。こういう時くらいは素直に頼ってくれ、その方が私としても嬉しい」
「そうよ、二人は私たちの息子夫婦みたいなものでしょ?」
ブレットさんとレイラさんの息子に諭すような優しい口調に、アルさんが言葉を詰まらせる。私はそんな彼にそっと寄り添い手を握る。
「はい……ありがとうございます。よろしくお願いします」
私たちはブレットさんたちに頭を下げると、何度も振り返り、手を振りながら屋敷をあとにする。
ディオネの町から出ると、私たちは転移魔法でカペラの自宅へと向かう。冒険者のアルさんはともかくとして、私とシルは解体場に挨拶にいかなければならない。家の片付けをお母さんと師匠が引き受けてくれたので、私たちはまずギルドへと向かう。
「やっぱり町を出ていくんだな?」
ギルド二階の執務室のソファで、私たち三人の向かいに座るのはギルマスのギデオンさん。なぜか横にはアンさんとナディアさんもいる。アルさんがギルマスに会いに来たと告げると、どうしても同席すると言って聞かなかった。
「その反応、やはり噂を聞いていたんだな?」
「当たり前だ、世界中のギルドは常に情報交換をしている。耳に入らねえ情報なんてねえよ。最近じゃこの辺りでお前のことを探っているやつもいる」
ギデオンさんがふぅとため息をつきながらソファに体を預ける。
「そうか、手間をかけたな」
「いいってことよ、お前にはずいぶんと世話になった。それに俺は冒険者どもに情報を漏らすななんて強要してねえぞ?少なくともうちに所属する連中はお前のことを仲間だって思ってる。町の連中だって同じはずだ。それを忘れんじゃねえぞ」
「そうですよ!町のみんなも帰ってくるのを待ってますから!」
「いってらっしゃい、早く帰ってきてくださいねー」
アンさんは噂の内容に憤慨しているのか、顔を赤くしながら身を乗り出して訴える。ナディアさんは相変わらずのマイペースだけど、その瞳には確かに光るものが見える。あれは多分恋愛感情じゃないよね?もう諦めている……よね?
「ああ、ありがとう。いつかまた戻ってくるよ」
ギルドから出る際にも、数多くの冒険者から声をかけられる。アルさんが戦闘訓練をつけてあげていた人たち、助っ人で一緒に依頼をこなした人たち。私に絡んできた五人組もいた。皆一様にアルさんとの別れを惜しみ、また帰ってこいと口々に言いながら彼をもみくちゃにする。彼からすれば抜け出すことは容易いだろうに、文句を言いながらも甘んじてそれを受け入れ、それを見ていた私とシルは思わず笑みをこぼす。
「そうか……ソルエールに行っちまうのか」
「はい、短い間でしたがお世話になりました」
「お世話になりました」
解体場の休憩室で私がモーガンさんに深々と頭を下げると、シルもそれに倣ってペコリと頭を下げる。
「仕方ねえわな。アル、ちゃんと二人を守ってやれよ」
「ああ、言われなくてもそのつもりだ。すまないな、二人を連れていくことになって」
「何を謝っていやがるんだ。家族が一緒にいるのは当たり前だろう。セアラちゃん、シルちゃん、落ち着いたらいつでも戻ってくるといい。うちの連中も喜ぶ」
モーガンさんがその風貌に似合わない声色で、私たちに向けて優しく語りかけてくれる。
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
解体場から出る際にも、解体場のみんなから熱烈な歓送を受ける。さすがに私たちがもみくちゃにされることはなかったが、何故か代わりにアルさんがもみくちゃにされる。
「はぁ、ひどい目に遭った……」
アルさんがげっそりとした表情で解体場を出ると、私たちが上機嫌でいることに疑問を持つ。
「どうしたんだ?」
「だってアルさん、やっぱり皆さんから大切に思われているじゃないですか。自分の夫がああやってみんなに好かれて、嬉しくないわけないですよ」
「みんなパパがいなくなるのが寂しいんだね」
「……そうだな、ありがたいことだよ」
その後私たちはメリッサの店に向かう。扉を開けると私を見つけたメリッサが一目散に走ってきて、抱きついてくる。
「セアラぁ、行っちゃやだぁー」
一体この娘の情報網はどうなっているのだろうか?私たちが来るまでに既に情報を得て泣いていたようで、涙やら鼻水やらで顔をくしゃくしゃにしながら抱きついてくる。だけど全然嫌な気分にならない。私は彼女の思いが嬉しくて抱き返す。
「メリッサ……ごめんね。また戻ってくるからね」
「うん……絶対だよ?約束だからね!?」
「うん、メリッサは私の初めての友達よ?友達に会いに来るのは当たり前でしょ」
私がなかなか落ち着かないメリッサの頭を撫で続けていると、一頻り涙を流したメリッサが、体を離してアルさんに向き直る。
「アルさん、どうか、どうかセアラをお願いしますね。セアラを幸せに出来るのはアルさんだけです。この子はアルさんがいないとダメなんですから」
「ああ、分かっている。それに俺もセアラがいないとダメだ」
「ふふ、そうでしたね。二人はいつも一緒じゃないとダメですもんね」
メリッサがアルさんの返しにようやく笑顔を取り戻すと、シルがアルさんの袖を引きながら抗議の目を向ける。
「ああ、もちろんシルも一緒にいないとな」
アルさんが不機嫌そうなシルを抱き上げて、右頬に軽くキスをすると、私も彼女の左頬にキスをする。
「ええ、シルもずっとそばにいてね」
「うん、私はずっとパパとママと一緒。どこにも行かないもん」
私たちからのキスに、シルはふにゃっと頬を緩ませて、耳と尻尾を動かしながら私たちに頬擦りをする。
「……三人が居なくなると寂しくなるわ」
メリッサがしみじみと言うと、またしてもその目に涙が滲み出す。
「もう、また泣いて……私も悲しくなっちゃうじゃない……」
「だって……」
私は仕方ないなぁと言いながらメリッサを抱き寄せる。
「元気でね、大好きよ、メリッサ」
「うん、私も大好きよ、セアラ」
名残を惜しむメリッサに別れを告げた私たちは、最後の目的地であるオールディス商会に顔を出す。
アルさんはオールディスさんは忙しいだろうからと、挨拶だけで帰ろうとしたのだが、引き留められる。私たちは事務所奥の立派な応接室に通されて、少し話をすることになる。
「アルさん、済まないね。忙しいのに引き留めてしまって」
「いえ、オールディスさんこそお忙しいのに態々ありがとうございます。二人は初めてでしたよね。妻のセアラと娘のシルです」
アルさんに紹介されて私たちは会釈する。
「宜しくね、アルさんにはいつもお世話になってるよ。それでこれからどうするんだい?」
「はい、ソルエールに向かいます」
「そうか……本来であればカペラに残ってもらいたいと言いたいところだが……ここには君たちを保護するほどの力もないからね。申し訳ないことだが」
「いえ、もともと私の問題ですから。カペラの方たちに迷惑を掛けるわけにはいきません。ソルエールでしたらそうそう手出しはできませんからね」
師匠から聞いた話ではソルエールは完全中立を保っており、どの国からも干渉を受けない。カペラも同じような立場ではあるが、保有戦力とその価値が段違いとのこと。
ソルエールはその待遇の良さと最先端の魔法研究が行われているという環境から、優秀な魔導師が集まる。他国にいれば宮廷魔導師というレベルがゴロゴロしているらしい。
また、高い魔法技術を他国に提供しているので、迂闊に手を出すと他の国も敵に回しかねないので、私たちを保護するにはうってつけだった。
「そうだね、また落ち着いたら顔を出してくれ。トムとレイチェルも喜ぶ。それに君たちのファンは他にもたくさんいるしね」
「恐縮です。では引っ越しの準備もありますので、そろそろお暇させていただきます」
「また会える日を楽しみにしているよ。この町は君たちの味方だからね」
「はい、ありがとうございます」
オールディス商会を出ると、私たちはいつものようにシルを真ん中に手を繋いで家路に着く。私は心なしかアルさんの表情が、晴れやかなものになっていることに気付く。
「アルさん、なんだか嬉しそうですね?」
「そうだな……昔セアラに言われたことを思い出していた」
「私に言われたこと、ですか?」
「あの森の家でセアラはこう言っていただろう?『人は暖かいんです』って。今日、ようやくその意味が分かった気がする。ファーガソン家の人たちにカペラの人たち。俺は本当に恵まれているよ」
「……確かに皆さん暖かい人ばかりです。ですが私はアルさんが特別に恵まれているなんて思いません。皆さんが気にかけてくれるのは、アルさんが今まで築いてきたものがあるからですよ」
「そうだよ!みんなパパが大好きなんだよ!」
嬉しそうにシルが私に同意を示すと、アルさんは言葉を発する代わりに、シルを抱き上げて私と手を繋ぐ。剣ダコが出来て皮膚が分厚くなったゴツゴツした大きな手は、お世辞にも触り心地がいいものとは言えないだろう。だけど私は自分を気遣ってくれていることが分かる、優しいこの手が大好きだ。
アルさんが今までしてきたことは何も間違っていない。何一つとして無駄になんてなっていない。昨日までこれからどうしたら良いのか不安だったけれど、特別なことをする必要なんて全く無い。いつか彼が世界中に認められるまで、妻として支え続ければいいだけ。
そして……そんな日が来たのなら、あの頃のような、出会った頃のような、心からの笑顔を見せてくれるだろうか?でもそうしたら……
「ママ、どうしたの?なんか顔が怖いよ?」
「え?そ、そうかな」
「ああ、俺もそう思う。手を繋ぐのは嫌か?」
「そ、そんなわけ無いじゃないですか、気のせいですよ!さぁ、早く帰りましょう。家の片付けもしないといけませんから」
私は強引に話を切り上げる。とてもじゃないけれど、恥ずかしくて言えるわけがない。アルさんが昔のように笑うようになったら、きっとまた王城にいた頃のようにモテるから困るだなんて。我ながら嫉妬深くて嫌になるけれど……それだけ彼を愛しているからっていうことで、大目に見てもらおう。
この話が今章の最終話となります
この章は展開的にはストレスがたまるものではありましたが、
最後の2話で今後の見通しみたいなものが見えてきたでしょうか
というわけで次回からはソルエール編となります
今まで明かされてこなかったアルとシルの出自等々
様々なことが明らかになっていく章になりそうです
よろしければ読んでみてください





