二人にとっての英雄
いつもありがとうございます!
今回はセアラ視点で、物語の一つのキーになります
アルさんと私は用意された客室へと戻り、ベッドに腰掛ける。
適度な固さに過度な装飾の無いベッドは、本来の機能のみを追求したもの。機能美とでも言うべきだろうか、それが私たちの心を少しだけ落ち着かせてくれる。それでも未だ重苦しい雰囲気は晴れないままだった。
「アルさん、ソルエール楽しみですね」
「ああ、そうだな」
私はアルさんが負い目を感じないように、努めて明るく話しかける。アルさんはそんな私の心情を察したのか、不自然ながらも頬を緩めて答えてくれる。
本当にアルさんは強い人だと思う。いつでも自分の気持ちよりも、私の、私たちのことを思ってくれる。その心遣いは嬉しいけれど、私にとっては少し寂しくもある。
「……も、もう寝ましょうか?遅くなってしまいましたし」
「そうだな」
私たちは並んで一つのベッドに入るけれど、なかなか寝付くことが出来ずに、天井を見つめたまま時間だけが過ぎていく。
私は先程のブレットさんたちとのやり取りを思い出していた。ベッドに入り少し落ち着いていたのに、またしても怒りがふつふつと湧いてくる。
だけどあのときアルさんは怒っていなかった。私の感じたことが間違っていなければ、それとは全く異なる感情を抱いているようだった。
「アルさん……こちらを向いてもらっていいですか?」
「ん?どうしたんだ?」
アルさんが私の方に体を向けると、私は自分の胸に彼の頭をそっと抱き寄せる。
「アルさんは、本当はずっと自分を責めていらしたんですか?」
身じろぎ一つすることはなかったけれど、アルさんが発する気配が少し変わる。
きっとアルさんはずっと自分を責め続けている。彼は何も言わず、しばらくそのままでいた後に、徐々にその感情を溢れさせる。
「……そうかもしれない。以前、先生に言われたんだ。未だに魔王討伐を果たせなかった負い目を感じているって」
「はい」
「その通りだと思ったよ……この世界に召喚されて、勇者と呼ばれて……怖かったけれど、期待に応えたいって思ったんだ。この世界に住む人たちのためになるのなら、俺にしか出来ないことなら頑張ろうって。だけど……その期待には応えられなかった。魔王討伐に失敗したあと塞ぎ込んでいたのは、マイルズたちに裏切られたからだけじゃなかったんだ。託された役目を果たせなかったことも大きかったんだって気付かされた。挙げ句の果てに実は魔王は他種族と融和を目指していますって……」
そこまで言うとアルさんは私の胸に埋めていた顔を離して私を見る。その顔は、ひどく辛そうで、悲しそうで、私の心を強く締め付ける。それは私が見たことのない彼だった。
「なあセアラ、俺のやったことって何だったんだろうな……?結局俺は周りの人間の言うことを鵜呑みにして、大して深く考えることなく行動していたんだよ……あの時俺がもっと世界のことを知ろうと、魔王のことを知ろうとしていたら、こんなことにはならなかったかもしれない……そう考えたら……俺は責められて当然だって思ったんだ。それを受け入れないといけないって」
アルさんは微かに滲んだ涙をごまかすように、再び私の胸に顔を埋める。私はそんな彼に何も言わず頭を撫でる。
「だけど……だけど責められるのは俺だけでいいんだ……巻き込んでしまってすまない」
どうしていつもそうやって私たちのことを考えるんだろう。私は誰よりもアルさんのことを知っている、これは決して自惚れなんかじゃない。彼は確かにすごい人だけど、私とたった一歳しか変わらない青年。みんなが思っているほど彼は強くない。ましてや無敵なんかじゃない。いつも頑張って、精一杯強く見せているだけ。辛いことがあれば落ち込むし、酷いことを言われれば悲しい気持ちにもなる。だから私は彼のそばにいることが出来る。
「アルさん、先程も言いましたが、謝る必要なんて無いですよ。私はアルさんが間違っているなんて全く思いません。それに私の女神様への誓いは決して口先だけのものではありません。どんなときも、死が二人を分かつまで、私はあなたのそばにいると決めております。互いに支え合ってこそ、本当の意味での夫婦です。どちらかが一方的に庇護されるだけの関係など私は望みません。あなたが辛いときに支えるのは当然のことです」
「……そうだな、セアラの言う通りだ……」
なるべく毅然とした態度で私の覚悟を伝えると、アルさんが少し驚いたような表情を見せて同意する。
「初めてですね……こうして弱音を吐いてくれたのは……弱い姿を見せない、強いアルさんも素敵だと思いますが、私はどんなあなたでも支えていくと決めております。だから辛いときには無理をしないでください。じゃないと私がいる意味が無いですよ?」
「……ああ、そうだな。ありがとう」
私が少しおどけるように言うと、僅かにアルさんの声色が優しいものに変わる。そこに先程までのような悲壮な雰囲気は無くなっていた。私はそんな彼の背中をさすりながら、昔のことを思い出す。
「ねぇアルさん、少し昔の話をしましょうか。私たちが最初に会ったときのことを覚えてますか?」
アルさんは埋めていた顔を上げて私と目を合わせる。
「……あの森の時だろう?」
やっぱり。予想通りの答えではあるけれど、私はわざと口を尖らせて拗ねたふりをする。
「アルさん……やっぱり覚えていないんですね?その前にも会っているんですよ?」
「それは……出立式のような行事とかではなくて、ということか?」
「はい、二人でお会いしてお話もしているんですよ?」
アルさんは私が嘘を言うはずもないと思ってくれたのか、じっくりと考えてくれるけれど、全く身に覚えが無いようで降参する。
「すまない、全く分からない」
私は目を瞑って、そのときの情景を思い出す。
「ふふ、初めて会ったのは王城の廊下です。私が転びそうになったところを助けてもらいました。そして初めてお話をしたのは城下町ですね。冒険者の男性にハイポーションを弁償しろと言われて、困っていたところを助けてもらいました」
アルさんも目を瞑って、どうにか記憶を引っ張り出してくれる。
「……ああ……思い出した……あれはセアラだったんだな……侍女服だったから結び付かなかったよ」
「あの時、周りにいた誰もが冒険者の方に恐れをなして、私の視線から目を逸らしました。それでもアルさんだけは私を助けてくれた。それはハイポーションを持っていたからでも、あの方よりも強かったからでもないはずです。アルさんは誰よりも優しいから、見ず知らずの人でも、自分に危険が及ぼうとも、助けずにはいられない人です」
アルさんは急かすことなく、私の目を真っ直ぐに見て次の言葉を待ってくれる。
「だから……だから私の憧れは恋になりました。この人と一緒にいられたのなら、共に生きていくことができたのなら、どんなに幸せだろうかと思うようになりました……私は……出会った頃からいつもアルさんに助けてもらっています。結婚する前からずっとです。例え今の状況がアルさんにとって不本意なものであっても……この先もずっと変わらないでいてほしいんです。あなたの優しさに救われた人は大勢いるはずです。だからどうか自分を卑下しないで、優しいままのアルさんでいてほしい」
「俺は……誰かを救えるほど大層な人間じゃないよ」
アルさんが目を逸らして自嘲気味に言う。だけど私はそれを自信をもって否定できる。私はアルさんの頬を両手で包むと、強引に私の方に顔を向けさせる。
「いいえ、少なくともアルさんのそばには救われた者が二人いますよ。私たちにとってはアルさんは英雄なんです」
「英雄……」
「はい、例え世界中のみんながあなたを批難しても、私とシルにとってそれが変わることはあり得ません。私たちが危ないときには、いつも駆けつけてくれる英雄です」
私は今でもブレットさんたちから聞かされた話に納得がいっていない。それでもただ怒りを発露させるだけでは意味が無いということも分かっている。
未だにどうしていいかなど分からない。それでも私とシルにはアルさんが必要だと言いたかったし、言ってあげたかった。
「そうか……それでいいんだよな……ありがとう、セアラ」
私の偽らざる本音を聞くと、まるで憑き物でも落ちたかのように、アルさんの顔が明るくなって私を強く抱き締めてくれる。
アルさんがこの世界に来たときに与えられた使命、それは勇者となり世界を救う英雄となること。それに比べれば、ちっぽけなものでしかないのかもしれない。世界に比べて私たちの方が大事だなんて言うつもりもない。
だけど私は言ってあげたい。あなたが大切に思ってくれている二人にとって、あなたはいつも英雄なんだって。





