母と娘
いつもありがとうございます!
生け贄を要するという禁術の存在を知ったアルは、一つの仮説を立てる。
それは常識外れの動きをした二体のゴーレムに、禁術が関わっているのではないかということ。
「その禁術の中に通常では考えられないほどのゴーレムを動かしたり、緻密な動きをさせることが可能になるようなものは?」
「……ある。複数の者の命を使い、人造の魔石を作ることが出来たはずだ。そしてそれは魔力量の多いものほど、上質な物が出来る。それを核として使えば、今までにないゴーレムを作ることも可能だろうて」
「っ!?」
すでに予想していたアルは特に反応を示さなかったが、他の者の衝撃は大きく、その表情は青ざめている。
長老たちの言葉が意味するところ。それはつまりアルが来ていなければ、自分達は人造魔石の材料にされていたということだ。
場に動揺が広がっているところで、アルがここが勝負処と見定めて強気に出る。
「わざわざこのエルフの里に奴が来たという状況に鑑みれば、聡明な皆様がここで私を敵に回すことの愚を犯すはずはないのでは?」
アルの皮肉めいた言葉に、長老が渋面を作り睨む。
「つまりセアラを娶ることを認める代わりに、お主がここを守ると?」
「ええ、悪い話ではないと思いますが?」
「しかしお主たちはここで留まらないのであろう?」
当初想定していた流れに持ち込んだところで、エルヴィンが二人の間に入り、話を続ける。
「セアラには転移魔法を覚えてもらい、いつでも連絡がつくように通信用魔道具も持たせます。ここに留まるよりは対応は遅くなりますが、もし彼の者が再び現れたとしても、それくらいの時間であれば私どもが持たせますので!」
エルヴィンだけでなく、三人のエルフの兵士たちもその意見に賛同する。
「……それが落とし処、というわけか」
長老たちは苦々しい顔をしながら相談しているが、答えは一つしかなかった。
それほどまでにダークエルフという存在は、彼らにとって重々しいものである証左だ。
やがて諦めたような表情で、長老がアルとセアラに告げる。
「……いいだろう、二人の結婚を認める。転移魔法の術式も公開しよう」
「「ありがとうございます」」
アルとセアラは騒ぎ立てることはせず、静かに礼をして退出する。
「アル、良かったなと言いたいところだが、不快な思いをさせたな……」
「ええ、アルさん、本当にすみません……」
エルヴィンとリタが謝罪の言葉を口にする。
二人はアルに申し訳ない気持ちを確かに持っている。しかしそれ以上に長老たちの、エルフの誇りを感じさせない態度に怒りと羞恥心を抱いていた。
この謝罪は二人にとっては、エルフの誇りを少しでも取り戻すためのもの。アルもそれを察して謝罪を受け入れる。
「さあ、早く転移魔法を練習しましょう!」
やる気を見せるセアラだが、一同は思わず苦笑する。
「……セアラ、いきなりはさすがに無理だと思うぞ?」
「うん、まずは簡単なやつから覚えたほうがいいよ?」
アルとシルに冷静に突っ込まれ、セアラは顔を赤くする。
「そ、そ、そうですよね!すみません、張り切りすぎました……」
「やる気になるのはいいが、焦らなくていい。ただでさえセアラの魔力量は多いから制御が難しいんだ」
「はい、ありがとうございます。でも少しお仕事の方が心配で……」
既に十日近く仕事を休んでいる事になるので、連絡はしておきたいところだった。
アルは特にノルマもないので休みが長くなっても問題ない。小言は言われるかもしれないが無視するつもりだ。
「確かにそうだな……一度連絡した方がいいか」
そんなやり取りを見ていたリタが、ニンマリとして二人に提案をする。
「二人が良ければなんだけど、私が一緒に帰って魔法を教えてもいいかしら?」
「え!?」「っ!?お母さん、本気なの?」
「ええ、もちろん。エルフに魔法を教えるなら、エルフ以上の適任はいないわよ?」
リタ曰く、エルフを含む妖精族の魔法には、アルたちが使うような体内の魔力を使うものと、精霊を使役して使う精霊魔法があるとのことだった。
確かに後者はアルには教えることは出来ないし、ハイエルフの真骨頂は精霊魔法にあるらしいので、理には敵っている。
「アルさん……どうしましょうか?」
アルは内心自分に振らないで欲しかったと思う。そう聞かれたら許可を出す以外の選択肢など、あろうはずもなかった。
そしてセアラに魔法を教えたいというリタの気持ちも痛いほど分かるので、無碍にも出来ない。
半ば詰んでいる状況ではあるものの、一縷の望みをかけて、自分は反対しないが他の要因で難しいのではないかという体で話をする。
「私は構いませんが……長老たちは納得するでしょうか?」
「それは兄さんが説得してくれますから、ね?」
いきなり水を向けられたエルヴィンが仰け反って絶句するものの、観念してそれを了承する。
「……分かった、これもアルへの恩返しだ」
どうやらアルの賛成している体は完全に裏目に出たようで、エルヴィンは純粋な厚意から言ってくれているようだった。
「うちは1LDKしかないんですが……」
「空間魔法で広げるから大丈夫よ」
「……そうですか」
もはや打つ手なしとアルは諦め、リタの同居を許可する。
ただ、義母との同居という状況を飲み込みさえすれば、リタがセアラとシルの護衛としても役に立ってくれるのは明白だ。
悪い話ではないと無理矢理納得するアルに、リタが近づき小声で囁くように言う。
「セアラと二人で寝たいときは遠慮なく言ってね、私がシルちゃんと寝るから」
「あ、いや……はい」
顔を赤くするアルと、それを見て悪戯っぽく笑うリタにセアラが怪訝な目を向ける。
「お母さん……アルさんに変なこと言ってないよね?」
「ええ、母親として当然の思いを言っただけよ?」
煙に巻くリタと不満を口にするセアラ。すっかり親子らしい関係を取り戻している二人を見てアルは安心する。
そんなアルの横に立つシルは、少しだけ寂しそうな表情を浮かべて、二人の様子を眺めている。
「シルはリタさんと仲良くなれたか?」
「え?うん、おばあちゃんは私にも優しくしてくれるよ」
急にアルから話しかけられて、シルはビクッと肩を震わせるが、少し固い笑顔を見せながら答える。
「……セアラが取られたみたいか?」
「……うん」
アルが少し微笑んでシルを抱き上げると、シルは驚いたような表情でアルを見る。
「俺もあんなセアラは初めて見るから、シルの気持ちも分かる。それだけ母親というのは特別なんだろうな。だけどセアラはちゃんとシルのことを大切に思っている」
「……うん、ありがとう。パパ」
シルがいつものように笑顔を見せて、アルに寄りかかる。
そんなシルを見ながら、アルは先程の長老たちとの話を思い返していた。
魔力を持つものを魔石にすれば上質な魔石が得られる。つまりケット・シーも例外ではないはず。
そしてケット・シーの集落もダークエルフに見つかり、逃げ切れないと悟った家族が、シルを猫に変化させて逃がしたと考えれば一応の辻褄は合う。
レダの村へと行く途中に遭遇したキマイラ型のゴーレム、そしてアダマンタイトとミスリルの合金で出来たゴーレム。この二体は間違いなく禁術で作られた魔石を核として使っていたと思われる。
しかし誰かの命が使われていたとしても、アルとしてはセアラたちを危険に晒すつもりはないので、その事実を知った今でも迷い無く倒す。
それでもその二体のゴーレムの核に使われた魔石が、シルの家族でないことを願わずにはいられなかった。
セアラの母、リタが同居することになりました
アルは大丈夫なのでしょうか……
ということで今回の話でこの章は終わりとなりますが、エピローグとして夜にもう1話更新します
今後の展開に繋がる、かもしれない話となりますので、是非読んでみてください