温泉の出会い
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アルはリコから話を聞くに当たって、まずはこの国のことについて質問をしていく。
「ラズニエ王国はいつ建国されたんですか?」
「はい、去年ちょうど建国三百年のお祭りがありました」
「三百年……」
それは即ち、その頃にはすでに日本人がこちらに転移していたと言うことになる。
リコの話によるとユウキというのは男性で初代国王であり、それが名前なのか名字なのかはよく知らないとのことだ。ただ、家名がないことが一般的なこの世界では、名前の確率が高そうだとアルは推測する。
加えて三百年前でユウキという男性の名前、あまり一般的とは思えない。可能性としてはこちらの世界とあちらの世界では、時間の経過の仕方が違うということだろうが、考えたところで結論が出るものではない。
またリコの両親は、元の世界での知り合いではなく、この世界で出会ったとのことだった。召喚ではなく、気がついたらこちらの世界に居たらしい。
「パパ、早く温泉行きたい!」
少しむくれたような表情で、シルが訴える。
「そうですよ!アルさん、行きましょう」
「ああ、すまん。そうしよう」
セアラとシルはすっかりリコの話に夢中になっていたアルに抗議の視線を向けると、アルもせっかくの家族旅行だということを思い出し、申し訳なさそうに頭を掻く。
「温泉でしたら、お部屋にもございますが、大浴場に向かわれますか?」
「え!?お部屋にもあるの?どこ?」
興奮気味のシルを微笑ましく見ながら、リコの案内にしたがって和室の縁側に出ると、確かに檜らしき木材で作られた露天風呂が見える。もちろん外からは見えないように囲いがしてある。
「夕食までお時間がある場合には、先に大浴場に行かれて、夜か朝にこちらに入られる方が多いですね」
「セアラ、どうする?」
「そうですね、では大浴場に先に行きましょう」
「うん!おっきいお風呂楽しみ!」
「それではご案内致しますね。タオルなどは全て用意されておりますので、着替えだけお持ちいただければ大丈夫です。希望されるのであれば浴衣もございますが、いかがいたしますか?」
リコはそう言うと、収納から浴衣を取り出して見せる。男性用は紺色、女性用は臙脂色。そしてセアラとシルは、アルが着て欲しそうな表情を見せたのを見逃さない。
「ではそのユカタ?を着てみたいのですが、どのように着ればよろしいのでしょうか?」
「こちらに着方を示した紙がございますので、お持ちになってください。もしご不明な点がございましたら、従業員にお声かけいただければ大丈夫ですので」
「……もしかして顔に出てたか?」
熱心に浴衣の着用方法を見ているセアラを見て、アルは思わず口元を押さえる。
「いえ……せっかくですので着てみたくて」「うん!」
セアラの誤魔化しも空しく、シルが全力でアルの推測を肯定する。
「……そうか、きっと二人ともよく似合うよ。楽しみにしてる」
「はい!頑張って着てみますね」
三人はリコに連れられて、回廊を進み大浴場へと向かう。
「ではこちらが大浴場です、ごゆっくりしてくださいませ」
当然ながら男湯と女湯に別れているので、入り口で別れようとすると、何故かセアラとシルが悲しそうな顔をする。
「別々なんですね……」
「まあ大浴場だからな、一緒だと不味いだろう?」
少しも悲しそうな様子を見せないアルにセアラは不満を露にする。
「アルさんは私たちと一緒は嫌なんですか?」
そこでアルは論点がずれていることに気付く。
「セアラ、俺は二人と入るのが嫌なんじゃない。二人が他の男性客と一緒に入るのが嫌なんだ」
「ではお部屋のお風呂は一緒に入りましょうね」
「うん、三人で入りたい!」
「……そうだな」
アルには二人の満面の笑みを前にしては断るという選択肢はない。上手く言質を引き出されたアルが複雑な表情を浮かべていると、笑顔のまま二人は女湯へと消えていく。
セアラは天真爛漫で一見すると勢いで行動するように見えるが、なかなかに強かな性格をしている。あの日アルのもとに転がり込んだのも、それしか選択肢がなかったとはいえ、アルならばという考えがあったから。
アルは気を取り直し、脱衣場に置いてあった体を洗うためのタオルを持って大浴場へと入る。先客が二人ほどいるが、全く気にならない広さだった。
かけ湯をして、白く濁った湯に体を沈めると思わず声が漏れてしまう。
「はぁ……温泉って気持ちいいんだな……」
アルは部屋の温泉については一先ず忘れて、今はただ気持ち良さに身を任せる。
(家の風呂ももうちょっと広げてもいいかもな、どうにか温泉を引いてこれないだろうか)
是非ともこの気分を家でも味わいたいとアルは思うが、さすがにカペラで温泉が出るとは思えない。そうなると以前住んでいた森が候補となるが、あの辺りで温泉が出るのかは不明。一応近くに山はあったので、とりあえず帰ったら調べてみようと心に決める。
その後、アルは一人の温泉を思う存分満喫する。露天風呂ももちろん有り、サウナに水風呂まで完備されている。アルは温泉旅行には行ったことはなくとも、スーパー銭湯くらいなら経験があるので、それらの作法も理解している。
どうせセアラとシルは出てくるのが遅いだろうからと、サウナと水風呂を三セットほど繰り返して整える。
「シル、走ったら危ないわよ」
「うわぁ!ママ!すごいよ!お風呂おっきい!」
「ほら、他にもお客さんいるんだから、静かにね。じゃあ先に体を洗おうか」
「え〜……は〜い……」
セアラに手を引かれて、シルが渋々体を洗いに行く。女湯の方では一人の先客がいたが、シルの姿を見ても、まるで意に介することなく、柔らかいほほ笑みを二人に向けてくる。
シルは猫耳と尻尾があるので、見るからに人間族ではないと分かる。国によっては差別の対象となるが、ラズニエ王国、アルクス王国、自由都市カペラではそのようなことはない。
そのため、わざわざこの国に旅行に来るような者であれば、たとえ貴族であろうとも、口に出さないのは暗黙の了解となっている。
「お騒がせしてすみません」
洗い終えたセアラとシルが温泉に浸かり、先客の三十代くらいとおぼしき、長い金髪をタオルで纏めた、碧眼の女性に話しかける。
「いえいえ、仲がよろしいですね。お二人はどちらから?」
「カペラからですね。夫と来ております」
「そうでしたか、私はソルエールから来ておりまして」
気持ち良さそうに体を揺らすシルを前に抱きながら、セアラが首をかしげる。
「ソルエール、ですか?」
「あら、ご存知無かったですか。ソルエールは別名魔法都市とも呼ばれているところですよ。お二人ならてっきりご存知かと」
「……?どうしてでしょうか?」
「ソルエールにはエルフが多くいますからね。あなた方はハーフエルフとケット・シーですよね?珍しい組み合わせです」
その言葉にセアラはビクッと肩を震わせ、シルも顔を強張らせる。
「……何のことでしょうか?」
セアラはにっこりと笑いながら、平静を装い返答する。
「ふふ、警戒しなくても大丈夫ですよ。私たちの国ではハーフエルフも受け入れられておりますし、ケット・シーも移住するのであれば歓迎されますよ?魔法都市というだけあって、魔法が使える種族を積極的に受け入れているんです。もちろん使えなくても構いませんがね」
女性の雰囲気から、どうやら嘘を言っている様子ではなさそうだとセアラは判断する。
「……なぜ私たちがそうであるとお分かりに?」
「ふふ、こう見えて私はエルフですから」
そう言って人の形の耳に手をかざすと、エルフの特徴である長耳へと変わる。
「エルフのように魔法が堪能な種族が見れば、すぐに分かりますわ」
驚きを隠せないセアラだが、これは僥倖だと思い直す。目の前の女性がエルフであれば、自身が知りたい情報を持っている可能性が高い。
「初対面で不躾ではございますが……二点お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「ええ、せっかく出逢えた同族ですもの」
女性はくすりと妖艶な笑みを浮かべ、セアラに先を促す。
「ありがとうございます。この辺りにエルフの住む森があると思うのですが、ご存知ですか?」
「ええ、もちろん。私も生まれはそこですからね。ここから西にある大森林にエルフの里はありますわよ。おそらくハーフエルフの貴方であれば、問題なく行けると思いますよ」
セアラは女性の言葉の意味が分からず、問い直す。
「私ならと仰られましたが、もし他の方が行くとどうなるのでしょうか?」
セアラの問いに、女性がゆっくりとかぶりを振る。
「辿り着けませんね、里の周囲には結界が張られているもの。ケット・シーのその子は多分大丈夫でしょうけど……旦那さんは人間かしら?」
「ええ、そうですね」
女性が渋面を作ってうなる。
「う〜ん、人間が行くとなると、相当の魔力がないと永遠にさ迷い続けることになりますね」
「それなら大丈夫だよ、パパは魔法がとっても上手だから」
静かに話を聞いていたシルの言葉にセアラも首肯する。
「ふふ、その方は二人からずいぶんと信頼されているようね。ぜひお会いしてみたいものですわ」
「それで……もう一つの質問なんですが……」
「ええ、どうぞ?」
女性に促されると、セアラはシルの頭を撫でる。
「ケット・シーはソルエールには住んでいないのでしょうか?」
「ママ……」
シルが驚いてセアラを見る。
「……ケット・シーは住んでおりませんね、もともと他種族と交流するような種族ではありませんから……それでも、さっきも言った通り、ソルエールに移住するなら大歓迎ですわ」
「そう……ですか」
セアラがシルを後ろからぎゅっと抱き締める。その様子を女性は何も言わずにじっと見つめる。ハーフエルフと人間がケット・シーを娘として育てている。訳有りなのは誰が見ても明らかだった。
「深くはお聞きしませんが、他のケット・シーが見つかるといいですわね」
「……はい。あ!私セアラと言います。この娘はシルです」
「私はクラウディアです、もしソルエールに来ることがあったら訪ねてきてね。私こう見えてそれなりに有名ですから、その辺りで聞けばすぐに分かると思いますよ」
「はい、ありがとうございます」
クラウディアは耳を人間のそれに戻すと、二人に手を振って脱衣所へと向かう。
セアラは気を取り直して、温泉を楽しもうとシルに提案するが、シルの寂しそうな表情が晴れることはなかった。
三人とも互いのことを大事に思っているんですけどね
親の心、子知らずと言いますか、ほんの少しのすれ違いです
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