新婚旅行
今日から第四章。そして1日1話、月から金の朝に更新となります!
「アルさん!起きてください!」
「パパ!起きて!」
セアラとシルの快活な声で、アルが眠い目を擦りながら体を起こす。自分よりも二人の方が早く起きるなんて珍しいと思い、アルは窓の外に目をやる。
「……まだ暗いんだが」
外はようやく白み始めた空が広がっており、恐らく五時頃でないかと思われる。
「はい!早く行きたくて、早起きしました!」
「パパも早く準備して行こうよ!」
「……転移魔法陣は八時からでないと使えないぞ?」
アルの言う通り、転移魔法陣は厳格に管理されており、緊急時でもない限りは八時から十七時までしか利用できない。そんなことは知らなかったセアラとシルの顔が悲しみに染まる。
「そんな……」
「せっかく早起きしたのに……」
アルも二人がまさかこんなに早起きするとは思っていなかったので、特に伝える必要はないと考えていたのだが、あまりにも悲しそうな二人に謝らなくてはいけない気分になる。
「その……すまん、言っておくべきだったな」
「い、いえ、私たちも早起きしすぎました……」
「シルはもう少し寝たらどうだ?途中で眠くなってしまうぞ?」
まだ子供のシルがこの時間から夜まで活動するというのは酷な話。せっかくの旅行なのだから、万全の体調で望んでもらいたいとアルが提案する。
「う〜ん、じゃあパパ一緒に寝てくれる?」
「アルさん、お願いします。私は適当に時間を潰して、朝食を作っておきますので」
「いいのか?」
「はい!任せてください!もうすっかり目も覚めてしまいましたし」
「分かった、じゃあシルはもう少し一緒に寝よう」
「うん!」
シルはアルの胸のなかにすっぽりと収まると、やはりまだ眠かったようで、すぐにすやすやと寝息をたて始める。セアラはそんなシルの頭を撫でると、アルにキスをする。
「じゃあアルさん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
七時前にセアラに起こしてもらい、朝食をとり、片付けまで終えると、時刻は七時半過ぎになる。歩いて転移魔法陣の管理所まで行けばちょうどいい時間。
アルたちの家はカペラの中でも中心部に位置しているので、転移魔法陣もそこまで遠くない場所にある。余程の理由がない限りは、町の玄関口とも言える転移魔法陣は、中心部に程近い場所に設置される。
三人は並んで朝のカペラを歩いて行く。先日の祭りの件をきっかけにして、最近アルとセアラの顔はますます広く知られてきており、声をかけられることも珍しくなかった。
そんな二人が連れて歩いているのだから、シルも二人の養女として認知されてきている。もともとシルはその見事な銀髪ゆえに、人の目を引くのだからなおさらだった。
「あ、パパ!あそこかな?」
「ああ、そうだな」
「わぁ……ずいぶんと立派な建物ですね……」
三人の眼前に現れたのは白亜の神殿。しかし、そこに荘厳さや静謐さは感じられない。
アルはかつて旅をしていたときに、パーティの三人に神殿である理由を聞いたことがある。話の真偽はともかくとして、転移魔法は神の御業であり、転移魔法陣は神からの授かり物とされているからとのことだった。
そのため無闇に乱用するのは神への冒涜になるとして、寄付と言う名の高額な利用料を取っているとのことだった。アルは恐らくでっち上げだと感じてはいるが、それを正すほどの正義感を持ち合わせているわけではない。
神殿もどきの建物に入ると、これまた胡散臭そうな僧侶のような格好をした受付嬢が迎える。
「ラズニエ王国のアリマに行きたいんだが」
恐らく有馬温泉から取ったであろう地名の町が、今回の宿泊地だった。
「はい、それではお三方で金貨一枚と銀貨五枚の寄付をお願い致します」
金額を指定しては到底寄付とは言えないのだが、文句を言うこと無く言われた通りの金額を差し出し、三人は案内されるままに建物の奥へと進む。
厳重そうな石の扉を抜けると、今度は司教のような格好をした男が転移魔法陣のそばに控えている。
「それではこちらにお乗りください。目的地はアリマでお間違え無かったでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ」
「結構です。それでは発動させます」
三人の足元の魔法陣が青白い光を放ち、発動を知らせる。ちなみに転移魔法陣は送り出す魔法陣と受け入れる魔法陣がある。
送り出す側は、必ず受け入れ側に連絡を入れてから魔法陣を発動させる。これによって、滅多にあることではないが、二ヶ所から同時に転移するということがないようにしている。ただ、例えそうなったとしてもリスクがあるわけではない。魔法陣が発動しないだけだ。
「アルさん、ちょっと怖いです……」
「私も……」
「なら俺に掴まっているといい」
セアラはアルの右腕、シルは左腕にしがみついて不安そうな顔を浮かべる。
やがて三人の姿が転移魔法陣から消えると、次の瞬間には三人の目の前には似たような光景ではあるが、違う人物が現れる。
「ようこそアリマの町へ。それではお気をつけて」
先程とは違う司教風の衣装を着た男に見送られ、入国審査を終えた三人は建物から出る。
「うわぁ、すごいです!」
眼前に広がるのは、硫黄の臭いが立ち込め、湯煙が見えるいかにも温泉街といった雰囲気。とはいえ孤児院育ちのアルは、温泉など無縁の生活を送っていたため、果たしてここが有馬温泉に似ているのか判断がつかない。
「パパ、おうちが普通と違うよ?」
「俺の国では昔はああいう作りの家が多かったんだ」
シルが指し示しているのは、これぞ日本家屋といった建築物。木造の平屋で瓦屋根と焼杉が、日本の古い町並みを思い出させる。
「やはりアルさんの国の文化が、広く浸透しているようですね」
「そうだな、チェックインの時間まではまだ時間がある。色々回ってみるとしよう」
町の至るところには温泉宿が立ち並び、土産物屋も多く見られる。そして温泉街と言えば定番の、無料の足湯も設置されており、何人かが入って寛いでいる。
「アルさん、あの方たちは何をされているんですか?」
「足湯といって足だけを温泉につけるんだ、入ってみるか?」
「はい、是非!」
三人は早速足湯に入る。もちろんこんなこともあろうかと、タオルは準備しているので問題ない。
「パパ、気持ちいいね」
「そうだな、とはいえ俺も初めて入るが」
「え?そうなんですか?」
「ああ、孤児院にいたから温泉旅行なんて行ったことないからな」
アルは修学旅行には行かせてもらっていたが、こういった温泉街に来るのは初めて。
「そうだったんですか、じゃあ今回入れてよかったですね」
セアラがアルの肩に頭を乗せると、それを見てシルも体をもたれ掛からせる。二人の優しさと温もりに、アルの表情が綻ぶ。
「そうだな、こうして家族ができて旅行ができるなんて思わなかったよ」
しみじみと語るアルは、この得難い幸せを噛み締める。
ついこの間までは、ずっとこの世界で絶望にまみれて一人で生きていくのだろうと思っていた。
そこにセアラが現れて、自分を再び外の世界に連れ出してくれた。人と関わることに怯えていた自分にその素晴らしさを思い出させてくれた。
今ではセアラだけでなく、新しい家族のシルも自分に懐いてくれている。
本当の娘のように思っているし、本人が望むのであればずっとそばにいてほしいと思っている。
いつもより柔らかく、それでいてどこか儚げなその表情を浮かべるアル。
引き込まれそうなその表情にシルは不思議そうに耳と尻尾を動かし、セアラは抑えきれない胸の高鳴りを覚える。
「パパ、嬉しそうだね?」
シルは自身が感じたことを素直に言葉に乗せるが、セアラはアルと自身の感情が掴めずに、頬を紅潮させたまま口ごもる。
「そう、だな……俺がこんなに幸せでいいのかと思ってな…………ありがとう、セアラ、シル」
セアラは己を卑下するようなアルの言葉に少しだけ違和感を感じながらも、その唐突な感謝の言葉にシルと顔を見合わせる。
そして二人は再びアルの体に身を寄せて幸せそうに微笑む。
「……はい、私もありがとうございます、アルさん、シル」
「ありがとう、パパ、ママ」
セアラは再び決意を新たにする。アルの抱く感情を全て理解することは出来ないかもしれないが、それでもあの日誓ったように、自分がこの先もずっと彼を幸せにすると。
何気にアルが幸せだと自分から口にしたのは初めてです
セアラに同意したことはありますが
ちなみに第四章はセアラの母への挨拶がメインです
ストーリーは色々動きますが、あくまでも二人の結婚がこの作品のメインですので!





