結婚指輪
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未だセアラは羞恥と困惑の入り交じった表情をしているが、とりあえず三人はオールディス商会の店舗へと入る。
「うわぁ、ひろ〜い!すごいすご〜い!」
「シル、あまり騒ぎすぎないようにな」
シルが店内の様子を見て感嘆の声をあげると、アルも最初に来た頃はそう思ったものだと懐かしく思う。
「セアラ、大丈夫か?日を改めたほうが良いか?」
一生つけるようなものを、集中していない状態で選んでも、決して良いことにはなりそうにないので、アルが心配する。
「あっ、い、いえ。もう大丈夫です。私も楽しみにしてましたから、出来れば今日決めてしまいたいです!」
「そうか……分かった」
セアラは気分が悪いわけではなく、理解が追い付かずに混乱しているだけ。今までも男性から好意を向けられることは少なからずあった。しかし女性からファンだと言われると、どう応えていいのかよく分からない。
「すまん……先に言っておくべきだった。俺もどう説明したものかと思っていたんだが」
「い、いえ、確かに驚きましたが……私に対して敵意や害意があるわけではないですし」
申し訳なさそうに頭を掻くアルに、セアラは笑顔を見せて答える。とりあえず理解することは後回しにして、何とか平常心を保つことにシフトしていた。
「それならいいんだが……じゃあ早速指輪を見に行こうか?」
「はい、行きましょう」
宝飾品売り場についた三人は、色々見て回ってみたが、何がいいのかよく分からない。
「アルさん、どんなものがいいんでしょうか?」
「俺もよく分からんな。普段からつけるものだけあって、なるべく邪魔にならないやつがいいとは思うが」
「パパ、ママ、これきれいだね!」
シルが大きなダイヤモンドがついた指輪を見て嬉しそうに言うと、将来のシルの結婚相手を思い二人が苦笑する。
「アルさん、お待たせしました!」
トムが一人で三人のもとへとやってくる。どうやらレイチェルはリタイアのようだが、正直言ってありがたいと二人は密かに思う。
「早速ですが、結婚指輪をお探しと言うことでよろしかったでしょうか?」
すっかり接客モードのトムが、普段よりも丁寧な口調で応対を始める。
「ああ、ところでトムは何故結婚指輪を知っているんだ?」
セアラは知らないと言っていた慣習だったので、トムの自然な応対が少し気にかかる。
「ええ、ラズニエ王国では一般的な慣習ですよ。私たちの担当分野ですからね、そういった情報は一通り集めております。商会に来られるご夫婦には、提案させていただいたりもしております」
アルは商魂たくましいなと思い、セアラはその説明に感心したような声をあげる。
「そうだったんですか、私は全然知りませんでした」
「ええ、普通はそうだと思いますよ、カペラでも一般的な慣習とは言いがたいですし。そのため、店頭にはあまり陳列しておりませんし、デザインもそれほど多くはありませんね。今回はすべてご覧いただこうかと思っておりますが、オリジナルのデザインをすることも可能ですので」
そう言ってトムは三人を商談用のパーテーションで区切られたブースへと連れていき、いくつかの結婚指輪を見せる。
やはりどれもシンプルなものが多いが、男性と女性ではデザインが少し違うもの、例えば女性のものだけはダイヤモンドをあしらっているようなものもあった。
「セアラ、どれかいいものがあるか?」
「悩みますが……私はやっぱりアルさんと同じものがいいです」
「そうなるとやはりシンプルなものになりますね」
候補として上がってくるものは、捻れが加わったような物だったり、本当に飾り気のない真っ直ぐなデザインだった。
いくつか実際に見て、セアラがひとつの指輪を手に取る。
「私はこれがいいです。何の飾り気もないほうが、アルさんにも良く似合うと思いますし。私も普段からつけやすいので」
飾り気がない分価格は控えめだが、セアラはニコニコと嬉しそうな表情を浮かべており、気を使ってそう言っているわけではなさそうだった。
「分かった、じゃあこのデザインにしてもらおう。トム、出来ればこれで作って欲しいんだが」
アルが収納空間から取り出したのは、アダマンタイトとミスリル。先日隠し鉱山から採掘したものだ。
それを見たトムの目の色が変わる。完全に鑑定士としての顔だ。
「おお、これはかなりの純度ですよ!成程、この二つの合金でしたらデザインがシンプルでも素晴らしいものになります」
「アルさん、いいんですか?アダマンタイトとミスリルなんて、すごく高価なものじゃないんですか?」
いきなりアルが取り出した希少金属にセアラが思わず狼狽えるが、アルはセアラの手を取って頭を振る。
「いいんだ、そのために取ってきたものだし、俺にとってこれ以上の使い道はないよ」
「アルさん……はい、ありがとうございます」
「いいなぁ、私も結婚したらそれ貰う!」
シルの無邪気な一言に、アルが頬を緩め、セアラが思わず声を出して笑う。
「ふふっ、シルの旦那さんになる人は本当に大変ね」
「それではこちらの素材を使って、このデザインで作らせていただきますね。一ヶ月ほどは見ていただいた方がいいと思いますが、よろしいですか?」
「ああ、よろしく頼む」
「はい、お願いします」
何とか結婚指輪も決まり、もう少し店内を回ろうとしたとき、アルは視線に気がつく。パーテーションの脇からレイチェルが三人を、もといセアラを見て鼻息を荒くしている。その目は血走っており、まともな精神状態とは思えない。
「トム……あれはどうするんだ?」
「ええ……どうしましょうか……」
二人が困り果てていると、セアラがスッと立ち上がりレイチェルのもとへと向かう。
まるで恐怖でも感じているかのように、レイチェルはセアラが一歩近づくと一歩後ずさりするという、異様な状況になっていた。
「好きが高じるとああなるのか……?」
「あのお姉さん、ママのことが好きなんじゃないの?」
思わずアルが呟き、シルが首を傾げる。
そして一向に距離が縮まらないことに業を煮やしたセアラが、レイチェルに話しかける。
「よろしければ、こちらにきてお話ししませんか?」
「は、はひ……」
ようやく観念したのか、腰が引けながらも、恐る恐る商談席に座るレイチェル。
「改めまして、セアラと申します」
「は、はじ、初め……まして……レイチェル……です……」
ハキハキと自己紹介するセアラに対して、耳を澄まさないと聞こえないほど、消え入りそうな声で自己紹介するレイチェル。
「はい、よろしくお願いします。レイチェルさん」
そんなレイチェルにいつもと変わらない笑顔を向けるセアラ。アルはその意図が良く分からず、困惑する。
「よ、よろしく……お願い……します」
「レイチェルさんにお願いがあるんですが、よろしいですか?」
「は、はい……な、なんで……しょうか?」
より一層笑みを深めてセアラがレイチェルに言う。
「私とお友達になっていただけませんか?」
「……ふえ?」
呆気に取られ、間の抜けた声を出すレイチェルにセアラが続ける。
「私、まだ同じくらいの年齢のお友達があまりいないんです。レイチェルさんは私のファンだとお聞きしましたが、それよりも、お友達になっていただけた方が嬉しいんです……ダメでしょうか?」
本来レイチェルにとってこの上なくありがたい申し出なのだが、全く理解が追い付いていないようで目を白黒させたままフリーズしている。
見かねたトムがレイチェルの頬を軽くぺしぺしと叩く。
「おい、レイチェル、セアラさんに返事しなくていいのか?」
「……はっ!わ、わ、私でよろしければ!」
「はい、よろしくお願いしますね」
「は、はい!よ、よろしきゅ、よろしこ、よろしくお願いします!」
まだまだ普通の友達関係にはほど遠い感じではあるが、セアラのコミュニケーション能力に、アルとトムは感心する。
そしてアルはセアラの笑顔を見ながら、レイチェルが言っていたことをふと思い出す。
(二人が友人になったってことは、メリッサがセアラをダシに商売をしていることがバレるな……まあ自業自得か。セアラに怒られればいいだろう)
思い出すだけで、特に何もするつもりは無いアルだった。
個人的には結婚指輪はシンプルがいいですね
昼過ぎにもう1話更新です!





