シルの涙
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「セアラ、シルの服はどうする?」
今シルはセアラの服を借りている。しかしシルの身長が百三十センチほどなのに対して、セアラは百六十センチほどなので全くサイズが合っていない。そしてケット・シーのシルには猫獣人と同様に尻尾が生えているので、人のために作られた衣服では都合が悪い。
残念なことに人型に戻ったら服を着ていましたなんて都合のいいことは無かった。
「もうお店は閉まってますから、明日の朝に私が買いに行ってきますね」
「ミスコンは何時からなんだ?」
「当日受付が十二時からで、一次審査が十五時スタート。本選は十八時からです。なので十分間に合います」
「パパ、ママ、私も行っちゃダメ?」
シルが上目使いで二人を見てくる。そしてセアラがアルを見つめると、アルは観念したように嘆息する。
「……分かった、三人で行こう」
「やったぁ!ありがとうパパ、ママ」
自分の意見が通り、大喜びのシル。今のうちからこれでは、大人になったときが怖いとアルは密かに思う。
「じゃあ二人は風呂に行ってくるといい、湯は張ってある」
その言葉にセアラは首を傾げる。
「えっと……アルさんは行かないんですか?」
「あ、ああ、今日は二人でゆっくり入るといい」
アルからすれば、さすがに娘として引き取ったとはいえ、出会ったばかりの少女といきなり風呂に一緒に入る。さすがにそれは倫理的にあり得ないことだった。
そしてそれをストレートに言うと、シルが悲しむかもしれないので言葉を濁す。
「そうですか……シル、行こう?」
「うん」
セアラとシルは手を繋いで風呂場に向かう。
なぜ一緒に入らないのか分からないセアラが、あからさまに落ち込んだのを見てアルの心が痛むが、これは仕方がないことだと自分を納得させる。
そしてリビングの椅子に座ったアルは、目を瞑って物思いに耽る。
(グレン、あいつは一体何者なんだ?)
アルは今日の決勝の相手を思い出す。まず口ぶりからしてアルの事を知っていたと考えるのが妥当。そしてアルと似たような体格でありながら、アルに劣らない身体能力を持ち、さらにはシルの正体を見抜いていた。
グレンがシルに危害を加える存在かどうかは定かではないが、今のところケット・シーの事を知るための手がかりと言えばグレンしかいない。
なりふり構わずシルを奪いに来ずに、アルに託したことから敵ではなさそうだが、如何せん判断するための材料が少なすぎた。思考が完全に手詰まりになったところで、疲労からか、意識が段々と薄れていく。
一方、セアラとシルはのんびりと湯船に浸かっていた。
湯船に浸かる前、セアラはシルの体を洗いながら観察したが、傷などは無さそうで安堵していた。
そして髪の毛は何度も洗ったことで、指通りも良くなり、銀髪の輝きも更に増していた。
「シル、湯加減はどう?」
「うん、気持ちいいよ」
「そう、アルさんも一緒に入れば良かったのにな……」
頬を膨らませ、残念そうな表情を浮かべるセアラの顔をシルが覗き込む。
「ねえ……ママはパパが好き?」
「え?もちろん、好きよ。だって結婚は好きな人とするものでしょ?」
いきなりの質問に、今ひとつ意図が掴めないものの、セアラは微笑みながら答える。
「じゃあ……パパのどこが好き?」
かなり前のめりになって聞いてくるシル。思わずセアラは苦笑するが、一つ一つ確認するようにアルの好きなところをあげていく。
「そうねぇ、まずアルさんの優しいところが好き。いつもかっこいいところが好き。手を繋ぐときに少し照れる顔が好き。コーヒーを淹れているときの穏やかな顔が好き。私を抱き締めてくれる逞しい腕が好き。頼りがいのある大きな背中が好き……ふふ、きりがないね」
「良かった……」
アルの事を語るセアラの様子を見て、ホッとしたような表情を見せるシル。
「どうしたの?」
「パパ、ちょっと怖いのかなって思って……」
その言葉に思わずセアラは噴き出し、シルの頭を撫でる。
「ふふっ、アルさんは優しい人よ。きっといいパパになってくれるわ」
「……うん!」
シルの返事を聞くと、セアラ人差し指をピンと立てて、アルの注意点を伝える。
「でもちょっと表情が分かりにくいかもしれないの。だからよく見てるといいわ。分かってくると、きっと楽しいから」
「ママはパパの考えていることがすぐに分かったの?」
不思議そうな表情を浮かべるシルの頬を、セアラがそっと撫でる。
「そうよ、だってママはパパが大好きなんだから」
「じゃあ……私もパパの事好きになったら分かるかな?」
「ふふ、そうね。きっと分かるようになるわよ」
セアラは優しくシルを背中から抱き締め、シルはそれを気持ち良さそうに受け入れる。
この短時間の触れ合いの中で、シルはすでにセアラに懐いていた。それはアルのことを語るセアラの言葉が、愛情に満ちていたから。セアラの語る言葉、そして表情の一つ一つが、アルへの想いに嘘偽りがない事を示していた。
そしてそんなセアラが愛するアルも、やはり信じてもいい人なのだろうとシルは思う。
「そうだ、シル。明日なんだけど、ママはミスコンに出るからパパと一緒に応援してね」
「ミスコンってなぁに?」
可愛らしく首を傾げて聞いてくるシルに、セアラは顔を思わず綻ばせる。
「この町で一番きれいな人を決めるんだって」
「そうなんだ!ママはきれいだからきっと優勝できるよ!パパと一緒に応援するね!」
「ふふ、ありがとう」
二人は話に夢中になってついつい長風呂になってしまい、入りはじめてから一時間ほど経過していた。
「アルさん、すみません。遅くなって……」
二人が戻ったとき、アルは全力を出したことで疲れたのか、ダイニングテーブルに突っ伏して寝息をたてていた。
「パパ、寝ちゃったね……」
「困ったわ。ベッドに連れていこうにも、私だけじゃ難しいし」
「私に任せて!『軽量化』」
シルがアルに手をかざして魔法を使うと、アルの体が光に包まれる。
「え!?シル?魔法が使えるの?記憶は?」
「うん、私、自分の事は全然覚えていないけど、魔法の事は覚えてるの」
「そう……」
その記憶だけ抜け落ちるということは、人為的に記憶を操作されたか、よほどショックなことがあったのだろうかと推測し、セアラの表情が曇る。
「じゃあパパを運ぼうか?」
「うん」
がっしりした体格のアルが華奢なセアラに抱き抱えられるという、アルからすれば赤面ものの構図になったが誰も気にするものはいない。
セアラはそのままベッドまでアルを運ぶと静かに横たえる。
「うーん、少し狭いかしら?」
「詰めれば大丈夫だよ」
「そうね、家族なんだし、寄り添って寝ればいいよね」
寝室の壁際に設置されているのは、アルの家にあったものと同じ、セミダブルサイズのベッド。
奥からアル、シル、セアラの順番で横になる。少し狭いが、なんとか眠ることが出来そうだった。
「シル?どうしたの?」
セアラはシルが静かに涙を流しているのを見て、背中をさすりながら優しく声をかける。
「分からないの。なんだか勝手に涙が出てきて……」
「大丈夫よ、ここには怖いことなんて何もないのよ。私とアルさんがいつもあなたを守るからね」
「……うん、ありがとう。おやすみなさい、ママ、パパ」
「おやすみ、シル、アルさん」
自分を包み込んでくれるセアラの優しさに、シルは安心したような笑みを浮かべて目を閉じるが、なおも涙は流れ続ける。それはその小さな背中に、辛い過去を背負っていることを容易に想起させた。
しかしそれが分かったところで、今のセアラには何もできない。
だからせめてシルが安心して眠ることが出来るように、彼女の背中を優しくさすり続ける。
セアラはアルさん大好き。全肯定します
本日昼過ぎにもう1話更新です!
もう一つお知らせで、本日で一作目の小説、
『異世界で物理攻撃を極める勇者、魔王討伐後は二人の嫁と世界を巡る』
https://ncode.syosetu.com/n8101gq/
完結致しました!処女作ということで今作よりも更に拙いですが、
よろしければ読んでみてください!





