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郷愁

キィーーーン


「あーあ……結構お高いんじゃないかしら、アレ」


 甲高い金属音が食堂中に響き渡ると、耳を塞ぐ真似をしながらアフロディーテが心底気の毒そうにつぶやく。その視線の先には、呆然とした表情のディートリヒが真っ二つに折れた自慢の大剣と、しびれる両手をじっと見つめていた。


「あの戦闘スタイルならあいつとやる時の良い練習になったと思ってたんだが、あれじゃあいくら魔剣でも折れちまうかもな」


「ああ、なにをモタモタしてるのかしらって思ったけど、そういうこと。とりあえず魔剣が折れなくても、あんたの腕は折れそうね」


「まあ戦い方からして完全にアルの下位互換だから、真正面からぶつかればああなるよね」


 目の前で繰り広げられた一瞬の攻防にも特に驚くような素振りもなく、いつの間にか広場から持ってきた串焼きとエールを手にくつろいでいるマイルズ、ブリジット、クラリス。

 ここに来てアルとディートリヒの立合いが実現した経緯、それは少し前に生家から戻りセアラを探して食堂に顔を出したアルを見たディートリヒが、ぜひにと申し出たことからだった。当然乗り気でなかったアルだったが、リタから『セアラの元婚約者なのよ』と耳打ちされては受けないという選択肢は無かった。


「気分はどう?」


「……せっかく解決してたんだからアルさんを巻き込まないでよ」


 にんまりと笑うリタにセアラは不満そうに口を尖らせてみせるが、それがどうしても緩んでしまう口元をごまかすためのものだということは誰の目にも明らか。


「ご満足いただけましたでしょうか?」


 アルの言葉で我に返り、『無理を言って申し訳なかった』と頭を下げるディートリヒ。


「よろしければ武器のほうはこちらで修復させてください、伝手がありますので」


「い、いや、そこまでしてもらうわけには。国に戻れば……」


「その剣はアルデランド製とお見受けいたします。手入れだけならば別ですが、元のように修復するとなればドワーフの技術が必要になるのでは?」


「……確かに祖父がアルデランドで作ってもらったものらしいですが……なぜそれを?」


 アルは手に持っていたメイスをディートリヒの眼前に差し出す。世界最高の硬度を誇る鉱物アダマンタイト製のそれに刻まれた無数の細かい傷は、幾度となく繰り返された激戦の歴史を雄弁に物語る。


「このメイスを作っていただく際、『昔、気のいい傭兵に剣を作ってやった。あれが自他ともに認める最高傑作だ』という自慢話を宴席で延々と聞かされたことがありましたので。そして……『武器は使い手によって傑作にも駄作にもなる』とも」


 ディートリヒはビクッと体を震わせ、未だにしびれの残る手から離れない祖父の形見の無残な姿に視線を落とす。


「……でしたら私にはこの武器を手に取る資格はないようです。私が未熟なばかりに、その最高傑作をこのような……」


 すっかりと意気消沈し俯くディートリヒ。

 グランヴェールの屈強な兵士たちをもってしても、誰一人として扱うことのできなかったガルフレイドの大剣。だからこそ自分だけがそれを扱えるという事実は、ディートリヒの自信の根源であった。そして終始技量の差で翻弄されたマイルズとの立合い以上に、彼の自身の拠り所を真正面から打ち砕いたアルとの立合いのダメージは大きかった。


「もしも殿下が一時の感情などではなく、本当に自分には相応しくない、そして相応しい自分になる覚悟が無いのであれば、その剣は形だけ取り繕って飾っておくべきでしょうね」


 アルの表情には、微かな呆れや失望、苛立ちが入り交じった色が垣間見える。そしてふっと息を吐きながら、超重量武器であるはずのメイスを軽々と片手で持ち上げ、刻まれた傷に指を這わせる。


魔剣ティルヴィングは癖のある武器でしたので、こいつには相当な負担をかけてきました。ですがこうして刻まれた傷のうち、恥ずべきものはひとつとしてありません」


 ディートリヒは顔を上げ、アルの手に握られたメイスをじっと見る。


「武器を含め、どのような力もそれ自体に善悪など有りません。大切なのはそれを使って何を為したのか。もしも先代のグランヴェール王が私利私欲を満たすためにその剣を使っていたのならば、果たして最高傑作と呼ばれたでしょうか?」


 アルがメイスを横薙ぎに振るい肩に担ぐ。その堂に入った姿は、まさに英雄と呼ぶに相応しい。


「『こいつを最高傑作だと言わせてみろ』、私はこれを受け取った時、そういう約束をしたと思っています」


 不躾で不器用な物言い。それでもその激励は、不思議とディートリヒの心に染み入る。


「……式の時、私は貴方をただの夢想家だと思いました。ですが、誰しもが貴方に魅せられる理由が分かった気がします」


「そう言ってくださるのはありがたいのですが、正直なところ皆様の評価は私にとって身に余るものです。私は子供のころにお世話になった大切な先生からの教えを守っているに過ぎません」


『先生』という言葉にドロシーが素早く反応して自分を指差すが、アルは小さく頭を振って『違います』と目で制してから続ける。

 そしてこの話に反応を見せたのはドロシーだけではない。セアラとリタもまた、初めて過去に言及したアルに驚き、顔を見合わせる。


「いい機会ですので、少し昔の話をしましょう」


 穏やかな声色でそう言ったアルの表情には、確かに郷愁の色が浮かんでいた。

もう少しで完結となります。よろしければ最後までお付き合いください

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