私があなたを
アルは町の東門を出ると、三分ほどで目的の森へとたどり着く。月明かりが全く届かないほど鬱蒼としており、宿で出会った冒険者の言う通り、かなり危険な場所だと言える。
「『索敵』……さすがに夜はモンスターが多いな。人の気配は……あっちか」
アルは『暗視』を発動させる。灯りを出すことも考えたが、下手に目立ってモンスターをおびき寄せる結果になるのも良くないと判断していた。
『暗視』と『索敵』を同時発動という高等技術を駆使して、目的の場所へと進むと、モンスターと交戦しているような反応を感知する。アルは目標の人物が危険だと判断し速度を早めると、やはり中年の男性がゴブリンを相手取って戦っているのが見える。
奮闘はしているものの、三体を同時に相手にしているので時間的猶予はなさそうであった。アルは漆黒の魔剣ティルヴィングを手に駆け出すと、三体のゴブリンの頭部を一気に落とす。
「大丈夫か?」
「あ、ああ、助かったよ。あんたは?」
「俺はあんたの娘に頼まれて助けに来た……ケガをしているのか?」
見たところ男の右太ももには傷があり、上手く歩くことが出来ないようだった。
「狩りの途中にしくじっちまってな。少し奥の方に入りすぎたこともあって、日没までに森を出られなかったんだ。そしたらゴブリンに襲われて、あんたに助けられたって訳だ」
「そうか、とりあえず治す『回復』」
アルが男の右足に手をかざすと、イノシシの牙でも受けたような裂傷が、みるみるうちに塞がっていく。
「すげえな。こんなにすげえ回復魔法は初めてだ。ありがとよ。俺はユージーンってんだ」
「俺はアルだ。これで歩けるな。帰るぞ」
アルはユージーンを引き連れて来た道を戻っていく。ユージーンもさすがに森を歩くのは慣れたもので、少し早めのペースにも問題なくついていく。
「そういやアルはうちに泊まってんのか?」
「ああ、そうだ」
「そうか、料理美味かっただろ?」
「そうだな。価格が安すぎると思ったほどだ」
「ああ、そうだろうよ。俺がこうやって狩りで食材を取ってくることもその理由だが、料理人の腕がいいんだよ」
「そういえば、まだ若そうな男がいたな」
アルは見送りの時に出てきた料理人風の男性を思い出す。
「そうなんだよ、どうやらうちの娘に惚れてるらしくてな。もともと一流レストランで修行を積んで、料理人として働いてたんだ」
「それであの娘の近くにいるために、宿で働くようになったということか?」
「そういうことだ。まあ悪いやつじゃないし、仕事も良くやってくれるんだが、なんせ度胸がなくてな。とっととくっついちまえばいいんだがな」
「父親にしては珍しい意見だな?」
アルの考えでは父親からすると、娘の結婚とはあまり気が進まないものだと思っている。
「まあうちの娘ももう二十五だ。そろそろ結婚してもらわないと困るんだよ。俺の見立てじゃあ娘も満更じゃなさそうだしな。それにあの二人が結婚すれば、とりあえず宿も安泰ってもんだ」
「そうか」
二人は会話をしながら、と言うよりもユージーンがひたすら喋り倒しながら、森の出口へと向かう。途中モンスターと遭遇することもあったが、全てアルが一刀のもとに斬り伏せていくので、全く問題にならなかった。
ユージーンはその様を見て、なんならうちの娘をもらってくれないかと言い出したが、アルは丁重にお断りする。
無事に森を出て町へと向かう途中、ユージーンがアルに頭を下げてお願い事をしてくる。
「こんなこと頼むのは申し訳ねえんだけど、ちょっと一芝居打ってくれねえか?」
「どういうことだ?」
アルが困惑して尋ねると、ユージーンは腕を組んで嘆息する。
「ジェフの野郎、今のままだとずっとカミラを待たせかねねえからな。アルとカミラを結婚させるって芝居に協力してほしいんだ」
料理人がジェフ、ユージーンの娘がカミラという名前らしい。
「……断る」
アルからすれば、セアラ以外の女性と結婚するなどということを、嘘でも彼女に聞かれたくない。
「頼む!人助けだと思って!」
「……はぁ……妻が了承したら考えてやる」
全く引き下がろうとしないユージーン。このままでは埒が明かないので、アルは一番のネックを解消してから、という条件をつける。
「おお、助かるぜ!ってかアルは結婚してるんだな?」
「ああ、まだ新婚だ。だからはっきり言って嫌なんだ」
「そいつはすまねえな。だけど俺も家業の将来がかかってるんだ」
アルは嘆息して、宿への道を急ぐ。
宿の前ではセアラとカミラとジェフが二人を待っていた。
「お父さんっ!」
「親父さん!」
ホッとした表情のカミラとジェフがユージーンに駆け寄ると、笑顔のセアラがアルに向かって小走りで近づき、その胸に顔を埋める。
「アルさん、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
セアラを抱き締めてアルは微笑む。何気ない一言だが、お帰りなさいと言ってくれる彼女が、愛しくてたまらなかった。
「帰ってそうそうで悪いんだが……セアラ、少し相談があるんだ」
「はい、なんでしょうか?」
体を離し、アルはセアラに帰り道にユージーンから打診されたことを説明する。
「……少し複雑な気持ちはありますが、分かりました。お二人のためですものね」
微かに表情を曇らせるが、頭を振って、すぐにいつもの笑顔でアルに微笑むセアラ。
「すまんな、俺も気は進まないんだが」
頭を掻いて心底困っているという様子のアルを見て、セアラが思わず少し声をあげて笑う。
「どうした?」
「いえ、アルさんは変わりましたね」
「……確かにそうだな」
セアラに指摘されるまでは意識していなかったが、昔のアルであればにべもなく断る場面。むしろ助けに行くことすら、断っていたかもしれない。
「ですが私は今のアルさんの方が好きです」
「ああ、ありがとう」
二人のもとにユージーンたちが、礼を言うために近づいてくる。アルはユージーンに目配せをして、セアラの了承が得られたことを伝える。
「アルさん、本当にありがとうございました」
カミラが代表で礼を言い、二人が一緒に頭を下げる。そしてユージーンが満を持して例の話題を持ち出す。
「なあカミラ、俺としてはアルにお前と結婚してくれればと思うんだが……どうだ?」
「え!?いきなり何言ってるの?第一アルさんの気持ちもあるし、セアラさんだっているのに……」
カミラは口には出さないが、ジェフの反応も窺っている。それはジェフ以外の三人にはまる分かりなのだが、当の本人は顔を真っ青にして今にも気を失いそうな様子だった。
「アルの了解も取ってある。セアラさんも問題ないみたいだ。あとはお前次第だぞ?」
カミラは無表情のアルと、顔を青くしてあわあわしているジェフを交互に見やると、嘆息して言う。
「……少し時間が欲しいわ。私にとって悪い話じゃないし」
その口調には確かに棘があり、間違いなくジェフに苛立っているのだと分かる。もちろんジェフ以外には、であったが。
結局一晩考えるということになり、一同はそこで解散した。
アルとセアラは部屋に戻り、ベッドに腰かける。
「ジェフさんは大丈夫でしょうか?」
「どうだろうな」
「もしジェフさんが何も言わなければ、アルさんはどうするんですか?」
心配そうな顔でセアラがアルの顔を覗き込む。
「何もしないさ。俺がセアラ以外と結婚することなんてあり得ない」
「はい、ありがとうございます」
セアラが頬を赤く染めてアルの腰に手を回して抱きつくと、アルはセアラの頭を撫でる。
その後、宿には入浴施設がなかったので、魔法でお湯を用意して体を拭くことにする。互いに背中合わせの状態で体を拭いていると、セアラがアルに声をかける。
「アルさん、お背中拭きましょうか?」
「……背中は……いや、頼むよ」
そう言うとアルは服を脱ぎ、セアラに背中を向ける。その背中を見たセアラは絶句する。広い背中に広がる大きな切り傷と火傷の跡が痛々しい。
「アルさん、これは……」
「……自分への戒めとして、あの時を忘れないように傷を残したんだ。今ではもう消すことも出来ない」
魔法で治せる傷は出来たばかりのものに限る。アルの背中のように完全に定着してしまえば、もはや消すことは叶わない。
セアラとてもちろんアルが背中に大きな傷を負ったことは聞いている。それでもいざ実際に目にすると、抱く印象は大きく変わる。そのあまりの惨状にセアラは何も言うことができなかった。そしてセアラは言葉を発する代わりにアルの傷に頬を寄せ、涙を流す。
「セアラ、気にするな。今では痛みもないしな」
自分に向き直り、優しく微笑みかけてくれるアルを見て、セアラは頭を振って答える。
「アルさんは、本当に辛い思いをされてきたのですね」
アルはセアラの頭を撫でながら言う。
「確かにそうかもしれない。だが今はセアラがいる。俺にはそれで十分だ」
セアラはまたも頭を振って、アルをまっすぐに見据える。
「私がアルさんを幸せにします。あなたを世界で一番幸せにします。今までの辛い思いを全て忘れられるほど、一生をかけて私があなたを幸せにします」
普段の柔和な彼女の表情からは想像が出来ないほど、確かな意志が宿った表情を見せるセアラ。アルは少し驚いた表情を見せるが、そんな彼女を優しく抱き締める。
「ああ、よろしく頼む」
そして二人は口づけを交わすとベッドに横になる。二人の間に言葉はない。それでも互いの想いは理解できる。本当の夫婦になって一緒に眠る初めての夜。二人は互いの愛を確かめ合い、体を重ねる。
アルさんは流行りの草食系ではないので……
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