ディオネの宿屋にて
時は少しさかのぼり、結婚式の最中、教会の外ではアルとセアラの披露宴兼女神降臨祭本祭に向けて、盛大な宴会の準備が急ピッチで進められていた。
「すみません!料理出来ましたんで運んでください!」
会場から少し離れた場所にある、かつてアルとセアラが宿泊した宿屋に、若女将カミラの声が響き渡ると、ギルドから派遣された収納魔法持ちの冒険者が料理を会場へと運んでいく。
「ジェフ、もう式が始まっちまったぞ!間に合うのか!?」
カミラの父親で宿屋のオーナー、ユージーンが帰ってくるなりズカズカと厨房に入り、奮闘する義理の息子に大声で発破をかける。
「大丈夫です、もうすぐ最後の分が焼きあがりますから。恩人の結婚式に間に合わないなんてヘマはしません」
本日のメインディッシュを焼き上げるため、ファーガソン辺境伯から贈られた特大の魔道具とにらめっこをしながらジェフが答える。
「もう!お父さん邪魔しないでよっ!!焼き加減失敗したらどうするのよ!?」
カミラがユージーンを厨房から追い出し、鬼の形相で睨みつける。
「な、なんだよ、そんなに怒ることねえじゃねえか」
あくまでもディオネの住人たちにとってはアルとセアラの結婚式はおまけであって、女神降臨祭こそが本命。しかし、少なくともこの三人にとっては当てはまらない。
ユージーンは森で動けなくなったところをアルによって助けられ、カミラとジェフはアルとセアラの協力によって、こうして一緒になることが出来た。そんな一家が二人を恩人と慕うのは当然のこと。
「にしても、初めて会った時もえらくきれいな娘だとは思ってたがよ、今日のセアラさんはまた一段とすごかったぞ。きれいなのはもちろんそうなんだけどよ、なんつーか……人を惹きつけるオーラがあるって言うのか?ケチつけようとしてた町の連中ですら、口をだらしなく開けて見入ってやがったぜ」
腕を組んで、痛快だとばかりにガハハと笑うユージーン。
この女神降臨祭は一時的とはいえ、約三百年ぶりの女神アフロディーテの復活を喜ぶ日。ディオネの住人の中には、よそ者のアルとセアラの結婚式に対する不満が少なからずあった。
それは領民たちの信心深さから来ているものであり、ファーガソン辺境伯もそうした不満が出ることはもちろん承知の上。それでもバージンロードを歩くセアラの姿を見せることが出来れば、その相応しさを理解してもらえると確信していた。
「気持ちはわかるけどね。私だってアルさんとセアラさんを知らなきゃ、なんで?って思っただろうし……それはそれとして、なんでお父さんが自慢げなのよ?」
「なんでって……そんなのうちに泊まったことがあるからに決まってんだろ」
「それって理由になってる?」
「さぁ、話はそこまでにしましょう。料理が出来上がりましたよ」
ジェフが厨房から顔を出してメインディッシュの完成を告げると、同時に芳醇な香りが漂い出す。
「おお、美味そうじゃねえか!うちの婿の料理は相変わらずすげえもんだ」
「ふふん、ジェフの料理は間違いなくディオネ一よ。なんて言ったって領主様が今日のメインを任せてくれたんだから」
今度はカミラが痛快そうに笑う。
「ありがとうございます、親父さん。カミラもありがとう」
そして三人は料理を持って、意気揚々と恩人の結婚披露宴へと向かうのだった。