宣誓
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二人は例によって手を繋いだまま教会に入る。その空間に漂う厳かな雰囲気は、確かに女神がそこにいるかのような錯覚を覚えさせるものだった。
正面には今にも動き出しそうなほど見事な女神の彫刻、回りをぐるりと見渡すと一面のステンドグラスがアル達を見下ろしていた。残念なことに今日は曇り空で、それらが織り成すであろう、光の饗宴を堪能することは出来なかった。
地上に目線を移すと、何百人と収容できそうなほどにベンチが連なっていたが、礼拝客は夕食時に差し掛かっているせいか、十人にも満たないほど。その人たちも、熱心に祈っていると言うよりも、お話目的に来ているような様相で、年齢を重ねた人達の姿が目立つ。
「アルさん、ここ凄いですね。とってもきれいですし……なんて言ったらいいんでしょう?不思議な雰囲気です」
「ああ、こんな教会は初めてだ」
二人はさながらバージンロードを歩く親子のように、女神像の前へと進む。アルは少々複雑な気分になるものの、その思索が一つの閃きをもたらす。
そして女神像の前に立つと、アルは先程思い付いたことをセアラに提案してみる。
「セアラ、もしよければここで簡単な結婚式をしないか?」
「結婚式ですか?」
「ああ、俺のいた世界では神に対して宣誓をするんだ。今から教えるからやってみないか?」
「はい、是非やってみたいです!」
アルの育った孤児院は教会が運営しており、人よりも少しばかりそういった知識は豊富だった。アルは俄然やる気を見せるセアラに、うろ覚えながらも宣誓文を教え、宣誓を始めようと女神像に向き直る。
すると先程まで曇っていたはずの空が晴れたのか、ステンドグラスから光が差し込み、女神像と二人を優しく包み込む。
そのあまりにも神秘的な光景は、礼拝に来ていた者たちの視線を釘付けにし、誰もが両手を組んで祈る仕草を自然にとっていた。
新郎となる私アルは、新婦となるセアラを妻とし
良いときも悪いときも 富めるときも 貧しきときも 病めるときも 健やかなるときも
死がふたりを分かつまで 愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います
新婦となる私セアラは、新郎となるアルを夫とし
良いときも悪いときも 富めるときも 貧しきときも 病めるときも 健やかなるときも
死がふたりを分かつまで 愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います
――はい、あなた方の結婚を祝福致しましょう
二人だけに声が聞こえる。それは空耳かと思えるほどの微かで、温かい女性の声。しかしその声は確かに聞こえたはずなのに、次の瞬間には二人の記憶から消えていた。
そして二人は見つめ合うと、人目を気にすることなく誓いのキスを交わす。
セアラはアルと再会してからの紆余曲折を思い出し、感極まって涙を流す。そんなセアラの感情を察っすると、アルは優しく抱き寄せて語りかける。
「俺はセアラを愛している。この先何があっても君だけは守り抜いてみせる。必ず幸せにする。だからずっと傍にいてほしい」
「はい、私もアルさんを愛しています。ずっとお傍におります」
再び二人はキスを交わし抱き合うと、参拝に来ていた人たちは祝福の声をあげ、二人に拍手を送る。
「今のは結婚の儀式なのですか?」
最前列に座っていた中年のやせ形の男性がアル達に声をかけてくる。
「ええ、私の故郷に伝わる宣誓です」
「もし良ければ教えてくれませんか?私はこの教会の神父なのです」
「しかしうろ覚えですし……その、宗教的に大丈夫なんですか?」
神父を名乗る男は頭を振って二人に語りかけてくる。
「ここの教会は小難しい教義がある訳ではないんですよ。女神様への感謝を捧げるための場所なのです。そして何より、あなたがたの結婚を女神様は祝福してくださった。私にはそう見えたのです」
そういうことならと、アルは快く先程の口上を神父に伝えると、二人は礼拝に来ていた人たちに礼を言って教会をあとにする。
「アルさん、喜んでもらえてよかったですね」
「ああ、そうだな」
セアラが少し恥ずかしがりながら、意を決したようにアルに心の内を語る。
「アルさん……実は私、あまりアルさんの妻になったという実感がありませんでした。でも……何故だか分かりませんが、先程の教会での宣誓で、私は本当にアルさんと結婚したんだって思えました」
「俺もそうだよ。俺たちは……本当に夫婦になったんだな」
「はい、ずっと一緒にいましょうね」
「ああ」
二人は寄り添いながら、行きとは違う心持ちで宿へと戻っていくと、十九時少し前に宿へと着く。
「あ、お帰りなさい!ちょっと早いですが、夕食準備できますよ」
受付の女性から快活な声をかけられ、二人はそのまま併設された食堂へ向かう。空いている席に座ると、すぐにサラダが運ばれてくる。
「アルさん、この野菜すごく新鮮で美味しいですね。ドレッシングも普通と違うみたいです」
「ああ、そうだな」
セアラはこうして何でも褒めるところを探す。だからこそ彼女は、誰とでも打ち解けることができる。相手の粗を探すのではなく、良いところを探すというのは、簡単なようでなかなか出来ないことだと、アルは密かに感心していた。
それから運ばれてきた料理は、メニューこそ一般的なものだったが、どれも一流レストラン並みの素材と腕前だった。これで宿泊料金込みで、一人銅貨七枚はさすがに安すぎると思えるほどのクオリティだった。
「どれも美味しいですね。ですが……随分安いと思いませんか?」
「確かにな。まあ俺たちが損をしている訳じゃないから困りはしないが」
「そうですね。あれ?どうしたんでしょうか?」
セアラが宿の受付の女性が慌てているのを見つける。笑顔を絶やさなかった顔色は真っ青で、良くないことが起きていることは明らかだった。
「すみません!どなたか、どなたか冒険者の方はいらっしゃいますか?」
アル達の横の席の男が声を上げる。
「どうしたんだ?俺たち冒険者だぜ?」
すると女性が近づいてきて事情を説明し始める。
「宿泊費を無料にさせていただきますので、森に父を探しに行っていただけませんでしょうか?」
女性の話によると、ここの料理は女性の父親が狩りで獲ってきた獲物を使用しているようで、こんな時間になっても戻らないということは、今まで無かったとのことだった。
「それは無理だぜ。俺らはしこたま酒を飲んじまってるし、第一、森の地理が全然分からねえんだ。流石に危険すぎる」
冒険者の意見はもっともなもので、女性にもそれは良く理解できるのだが割り切れるものではない。
「そこをなんとか……報酬は上乗せしますので、お願いできませんでしょうか?」
「すまんな、力になってやりたいのは山々だが、命あっての物種。俺らも危険な橋は渡れねえよ」
「そうですか……」
ひどく落胆し、項垂れる女性を見てセアラがアルに視線を移す。
「アルさん……どうにか出来ないでしょうか?」
「……やはりセアラは助けてやりたいか?」
「はい、家族がいなくなるのは辛いことですから…」
「……そうだな、分かった」
アルは席を立つと女性のもとへ向かい、セアラも後ろからついていく。
「俺が助けに行く。どの辺りに向かったのか分かるのか?」
「え?いいんですか?」
女性が顔をあげて、咄嗟にアルの手を握ると、セアラが少しムッとする。
「ああ、とりあえず手は離してくれるか?」
困惑するアルと不機嫌そうなセアラを交互に見て、女性は慌てて手を離す。
「す、すみません!この町の東側の門から出て五キロほどで森があるんですが、今日はそこに行くと言っておりました。そんなに深いところまでは入っていないと思うんですが……」
「おいおい、兄ちゃん大丈夫か?夜の森なんて暗くてろくに視界がきかねえぜ?」
先程断った冒険者がアルに疑問を投げ掛けてくる。そもそも夜間はモンスターの行動も活発になり、昼に比べると危険度が増す。わざわざ夜に森に入る冒険者などいない。
「問題ない。魔法で人の気配は探れるし、視界も確保できる」
アルの自信に満ちあふれた言葉を聞いた冒険者たちは、すぐに引き下がる。それはアルの実力を見抜いたからではなく、忠告はしたのだから、あとはご自由にということだった。
「セアラ、ずっと傍にいると言っておいて何だが、ここで待っていてくれるか?」
「はい、私とて四六時中一緒とは思っておりませんよ。アルさん、お気を付けて」
「すみません、よろしくお願いいします」
受付の女性と、いつの間にか出てきていた、料理人らしき気弱そうな若い男性がアルに頭を下げる。
「ああ、すぐに戻る」
アルは宿の外に出ると、まるで消えたかのように一瞬で見えなくなる。見送りに出た宿の従業員二人は、何が起こったのか理解出来ず、目を丸くしながらセアラに尋ねる。
「あ、あの方は一体?」
満面の笑みを浮かべて、セアラはアルの紹介をする。
「アルさんは私の旦那さんですよ。そして世界で一番強いお方です」
セアラの言葉は根拠のあるものではない。それでも彼女は世界で一番アルが強いと信じていた。
ラブラブな二人を描くって難しい訳ですよ……
ちょっと距離がある方が面白いというか……
世のラブコメがくっつく、くっつかないでだらだらやる気持ちが分かります……
もはや作者が苦しんで書いているのを楽しむ小説になるのではと戦々恐々です……
自称恋愛要素多めファンタジーというジャンルですので、のんびりと気楽に見てやってください。
とはいえ、たまに山場が来ますのでご注意ください。
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