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涙をふいて、笑顔を見せて

「それでね、一緒に暮らしてた時なんだけど、この人ったら私が何を作っても美味しいしか言わないのよ。こっちからしたらホントに?とりあえず言ってるだけじゃないの?って感じになるわけ」


「分かります!アルさんもそうなんですよ!ちょっと失敗したなぁって思っても、美味しいとしか言わなくって。もちろん美味しいといってもらえるのは嬉しいんですけど、私としてはもっとアルさんの好みを知りたいので困ってしまうんですよね」


 アスモデウスは妻と嫁が意気投合している様を、その圧倒的な存在感を消して静観する。たとえ自分のことが話題に上ろうとも、自分からは口を挟まない。それが彼の長年の経験から導き出した最良の回答であった。


「おじいちゃん、どうしたの?眠たくなったの?ちょっと寝る?」


 先程から目を閉じ、微動だにしないアスモデウスを心配するシル。


「む、心配いらぬ。確かに昨夜から寝てはおらんが、我にとって睡眠はさほど重要ではないからな」


「夜は寝ないとダメだよ〜?じゃないとお昼に眠くなっちゃうもん」


「ああ、そうだな、今後は気をつけるとしよう。だが今日に限ってはその心配は要らぬ」


「どうして?」


 シルがきょとんとしていると、アスモデウスは少しだけクセのある銀髪をくしゃくしゃと撫でる。


「決まっておろう。シルと出掛けることを楽しみにしておったからだ」


「えへへ、ありがとう。私も楽しみだよ」


 シルがはにかんだ笑みを見せ、それに応えるようにアスモデウスもふっと頬を弛める。

 

「あーっ!!ちょっとちょっと、抜けがけなんてズルいわよ?シルちゃん、私だって負けないくらいずーっと楽しみにしてたのよっ!?」


「あはは、ありがとう。おばあちゃん」


 そうこうしているうちに、町の中心地からは少し離れている屋敷にも、開け放たれた窓から涼やかな風と共に賑やかな声が届き始める。


「さて、まだまだお話ししたいことは尽きませんが、そろそろセアラさんの準備に取り掛かりませんと」


 朝食会のお開きがレイラの口から告げられると、待ってましたと言わんばかりにアフロディーテが勢いよく立ち上がる。


「よーし、じゃあシルちゃん、お祭りに行こうか!!」


「うん!!」


「っと、そうそう!大切なことを忘れてたわ。セアラちゃん」


「はい、なんでしょうか?」


 アフロディーテがセアラに近づき、お腹に手を当てると、その手から柔らかな光が溢れだす。

 やがてその光は、セアラの体内に吸収されるようにして消えていく。


「ふぅ、これで良しっと。祝福をあげたから滅多なことがない限り大丈夫だけど、とりあえず今日はお腹をきつく締めないようにしてあげてね」


 さらりと告げられた言葉に、セアラの肩がびくりと跳ねる。


「……え?……そ、それって……まさか……でもまだ全然そんなこと……本当……なんです……か……?」


 震える声を絞り出すセアラ。アフロディーテは慈愛に満ちた表情を浮かべ、もう一度そのお腹に手を当てる。


「ええ、まだ初期も初期だけどね。ここには確かにセアラちゃんとアル、二人の赤ちゃんがいる。この私が言うんだもの間違いないわ。ちゃんとあの日、あなたを助けてくれたよ。おめでとう」


 セアラが力が抜けたように、その場にぺたんと座り込む。

 その表情には妊娠の喜びよりも安堵や不安の色が濃い。

 そしてその理由を誰よりも、それこそアルよりも理解しているリタが膝をついてセアラを抱き締める。


「あ……う……うぅ……」


 セアラはリタの胸に顔を埋め、声にならない声を上げて涙を流す。


「よしよし、今まで辛かったわね……おめでとう、セアラ」


 あの日、我が子を犠牲にして生き残ってしまった。

 ただの一日として、セアラがそれを忘れたことは無い。

 仕方の無い事だったと頭では理解しているが、それでもやはり産んであげたかったという気持ちは消えることは無かった。


「……うん……ありがとう、お母さん……本当に……ありがとう」


 ソルエールの大戦が終わったあと、セアラはアルにどうして生き残ることが出来たのかは伝えている。だが伝えたのはあくまでも整理された事実だけ。

 セアラには痛いほどに分かっていた。自身のこの思いをアルにぶつけてしまったのなら、アルはきっと呪いを受けた自分を責めてしまうのだろうと。

 そんなセアラがその胸中を唯一さらけ出すことが出来たのが、他でもない母のリタであった。


「セアラ、あなたは何にも悪くない。もちろんアル君だってそう。みんな自分に出来ることを精一杯やっただけ。だから余計なことは考えなくていいの。ただ笑ってこの世界に迎えてあげたらいい、たくさん愛してあげたらいいの。だって、あなたはそう約束したんでしょ?だったら何も心配する必要なんてないじゃない。二人が笑ってさえいれば、きっとこの子は大丈夫だから」


 リタの目を真っ直ぐに見つめ返すセアラは、涙をふいてしっかりと頷く。


「ふふ、良かった。これ以上泣くと目が腫れて、メリッサが怒り出すところだったわ」


 セアラはリタのいつもの調子に笑みを見せる。そして再びその胸に顔を埋め、『ありがとう』と何度も繰り返すのだった。

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