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結婚式前夜前編(アル)

「おおいアル!何ちびちびやってやがんだよ、もっと飲め!」


「だから明日に響くって言ってるだろ!?」


 アルが居るのはディオネの冒険者ギルド兼酒場。

 この世界では、結婚式の前日には新郎新婦は別々の場所で友人たちと過ごすのが一般的。せっかくだからと、アルとセアラもそれに倣っていた。

 絡んでいるのはカペラのギルドマスター、熊獣人のギデオンと解体場のモーガン。他にも数多くの冒険者が貸切で宴会を楽しんでいる。


「お前なぁ、今日は独身最後の夜だぞ?羽目を外さねぇでどうすんだよ?」


「別に俺は独身じゃないからいいんだよ」


「連れねぇこと言うんじゃねえよ。独身最後の夜は仲間たちとバカをやるってのが仕来しきたりなんだよ」


「何だそれは、はた迷惑な仕来りだな……」


 呆れた声でそう返すアルの表情は柔らかい。

 多少は迷惑な話だと思ってはいるものの、自分たちを祝ってくれているという気持ちは十分に感じていた。


「アルさん!ちょっと場所を変えませんか?俺、ディオネは結構詳しいんすよ。可愛い女の子がいる店も知ってますよ!今日くらいいいでしょ?」


 かつてアルが戦闘の手解きをした冒険者が、ここぞとばかりに声をかける。

 以前よりは柔らかい印象になったものの、相変わらずアルは取っ付き難い印象。それでも今日の雰囲気ならば大丈夫だろうと、お近付きになりたいと常々思っていた者たちが続々と集まってくる。


「いいわけないだろ、何考えてるんだ……」


「いやいや、逆に結婚したらそういうところにも気軽に行けない訳ですから、独身のうちに行っておくべきですって」


「だから独身じゃないって言ってるだろ」


「ちょっとちょっと?ここにだって女の子いるんだけど?ねぇアルさん、私と遊びに行きませんかぁ?」


 元よりそのつもりだったのか、胸元が大きく開いた扇情的な服装の女性冒険者たちが、アルにすり寄りながら甘い声を出す。


「スト〜ップ!!ダメですよ、セアラさんにケンカを売るおつもりですか?」


 和やかな雰囲気を壊すまいと努めていたアルが困惑していると、セアラからお目付け役を仰せつかった、カペラのギルドの受付嬢アンが間に割って入る。

 

「え〜、でもセアラさんって確か『戦場の女神』って言われてるんでしょ?ケンカとか怒ったりとか無縁って感じじゃん」


 引き剥がされた女性冒険者が首を傾げると、もう一人の受付嬢でお目付け役、ナディアが呆れ顔で嘆息する。


「あのですねぇ、最近カペラに来た方は意味を誤解してるみたいですけどぉ、それって『後方で献身的に支える可憐な女性』みたいな意味なんかじゃないですからねぇ?うちのギルドでセアラさんより強いとなるとぉ、アルさんくらいなんですよぉ?」


 ナディアの言葉にうんうんと頷く者、『えぇ〜?』と驚きの声を上げるものと分かれるが、比率で言えば圧倒的に前者の方が多い。


「信じらんねぇ…………あ、でもそういや、この間うちのパーティのアリアが、助っ人のお礼を言う時にアルさんの手を取ったんすけど……」


 若い冒険者の男がそこまで言うと、当事者である赤髪の女剣士アリアが話に入ってくる。


「そこをたまたまセアラさんに見られちゃって。その時のクエストで危うくってところを助けられたあとだったから、アルさんには本っ当に感謝の気持ちでいっぱいで他意は無かったのよ?でもね、その時のセアラさん、にこやかだけど目が笑ってなくて…………あの威圧感はやっぱり勘違いじゃ無かったんだ……」


「へぇ……そんなことがあったのか……ふぅん……」


「……アルさん、なんでちょっと嬉しげなんですか……?」


 アリアのツッコミなどアルには届かない。

 いつもは見られないアルの表情に、若い冒険者たちは親しみを感じると言うよりも、戸惑いが大きい。一方で古参の者たちにとっては、アルがセアラにベタ惚れなのは周知の事実なので、またかといった反応。


「はぁ〜あ、結局付け入る隙なんて全くないってことかぁ」


「ま、セアラさん相手じゃお前らなんて話になんねえって。カペラの冒険者やろうどもは誰もが一度は失恋を経験するって言われてるくらいだからな」


 男性陣のしみじみと実感のこもった言葉に、女性陣が青筋を立てながら笑う。


「へぇ〜、誰もが、ねぇ……」


「アルさん、こいつらセアラさんに色目使ったらしいですよ」


「あ?」


「うえぇっ!!ち、違いますって!カワイイなって思ったのは事実ですけど……」


「……まあ心の中で思うくらいはいいだろう。何もしてないんだろうな?」


「え?そ、それはぁ……そのぅ……」


「アル、そんなもん行動に移してねえやつの方が珍しいぜ?解体場じゃ見飽きた光景だからな。ま、お前が心配せずともことごとく玉砕だがな」


 モーガンが若手冒険者たちを見てにやりと笑う。


「でもよう、冒険者なんて言って素直に聞くような奴らじゃねえだろ?最近じゃセアラちゃんも説明するのが面倒になってきたのか、弱い男は嫌いだからギルドで指導員をしてるお前に勝ったらデートしてあげるって言ってるぜ?」


「ちょっ、モーガンさん!それはっ……」


「ああ、なるほど。最近やけに突っかかって来るやつが多いと思ってたんだよ……そういえばお前らもそうだったよな」


 アルに睨まれ、すっかり肩身を狭くする男性陣。

 そんな中、アリアが首を傾げてアルに尋ねる。


「でもアルさん、セアラさんには怒ったりしないんですか?そんなの面倒でも自分ではっきり断ればいいのに……」


「それは……」


「お前らバルトたちのパーティを知ってんだろ?」


 ギデオンがアルの言葉を遮る。


「あ、はい。Aランクパーティの、ですよね?カペラの冒険者で知らない人はいないんじゃないですか?」


「だな。じゃあそいつらの印象はどうだ?」


「印象……さすがに気軽に話しかけたりは出来ないですけど、俺らみたいなDランク相手でも全然偉ぶったりされないんで、いい方たちかなって」


 その評にアルは『へぇ』と、ギデオンは『だろうな』とでもいいたげに頷く。


「あいつらは他所で実績を積んでAランクになった頃、カペラにやって来た。まあ分かりやすく調子に乗ってやがってなぁ……」


「それは意外ですけど……今の話とどういう関係が?」


「あ、私、分かった。セアラさんに手を出したんだ?」


「ああ、セアラは今と変わらずアル以外に興味は無いって感じで断ってたんだが、相当しつこくてな。終いにはセアラをかけて模擬戦をすることになってよ」


 ギデオンがその後、誇張を交えながらその時のことを面白可笑しく話すと、当時模擬戦を観戦していた者たちもああだった、こうだったと好き勝手言い始めて収拾がつかなくなる。


「おい、お前ら飲みすぎだぞ……」


「ああ?こんな程度、量のうちに入らねえよ」


「ええっと、要するにバルトさんたちが丸くなったのは、アルさんにコテンパンにされたからってことですか?」


 盛り上がるギデオンたちを横目に、アリアがアルに尋ねる。


「そういうことだ。それでその一件があってからは、遠慮なく俺を使えばいいと言ってあるんだ。大抵の冒険者は自分より強いやつには従順なもんだからな。これが一番手っ取り早いんだよ」


 有り体に言ってしまえば『セアラに手を出す奴は自分でどうにかしたい』ということなのだが、アルはそれをもっともらしく説明する。


「さて、じゃあそろそろ本題に入るか」


 一頻り盛り上がったところで、それまで銘々で楽しんでいた冒険者や解体場の従業員たちも、アルを取り囲むようにして座る。


「……何だよ、本題って」


 空気の変化に怪訝な表情を浮かべるアル。その正面に陣取ったアンが、ふぅとため息をついて切り出す。


「私はお二人からあらかた聞いてるんで知ってますけど、アルさんとセアラさんの馴れ初めって、そりゃあもうたくさんの人に聞かれるんですよ。でもさすがに勝手に話す訳にはいかないじゃないですか?もういい加減面倒なので、この場で洗いざらい喋っちゃってください」


「はぁ?何でそんな事しないといけないんだよ」


 アルが立ち上がろうとすると、両隣のギデオンとモーガンが両肩を押さえつけて着席させる。


「アルさん、よく考えてください。ここにいる人たちはアルさんたちを心から祝福したくて来ているわけです。馴れ初めくらい教えて当然じゃないですか?」


「……もっともらしいことを……」


 今回の結婚式は招待客だけではなく、女神アフロディーテの祝福を見るために、誰でも会場へと入ることが出来る。そのため大半は呼んでもいないのに勝手に来ただけなのだが、アルもさすがに空気を読んでそれは言わない。


「あと結婚相手セアラさんの好きなところを最低で十個以上挙げてくださいね。これは結婚式前に相手のいい所を再認識しようという仕来りですので」


「言えるわけないだろ……」


「あれぇ〜、アルさん言えないんですかぁ?仕方ありませんねぇ……心苦しいですがぁ、明日アルさんはセアラさんの好きなところを言えなかったと本人に伝えないといけませんねぇ……でもぉ……結婚式の当日に花嫁の笑顔を曇らせるって、ちょっとどうなんですかねぇ?そんなことで幸せにできるんですかぁ?」


「ぐ…………」


 ナディアに伝家の宝刀を抜かれ、それまでの仏頂面を崩して怯むアル。

 じりじりと追い詰められていると、その場に似つかわしくない一人の貴族が到着する。


「おっと、かなり出遅れてしまったみたいだね」


「ブレットさん!!」


 助かったとばかりに安堵の声を漏らすアル。

 その様子を見て、ブレットは満面の笑みで手を叩く。


「ああ、よかった。どうやら本題には間に合ったみたいだね」


「…………」


 それが仕来りでもなんでもなく、ただの酒の肴だったとアルが知るのは、まだまだ先の話だった。

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