セアラの誕生日とアルの浮気疑惑①
続き物です
アルとセアラがギルドに戻ると、冒険者たちは一頻り笑ったのちに、次々と蹲り出す。二人は驚き、駆け寄るが、なんのことはない。ただの二日酔いと道端で寝たことによる風邪。
このままでは本日のギルドの運営に多大な影響が出るので、シルが診療所の初仕事ということで、魔法で治療を施すこととなった。シルが精霊の力を借りるために詠唱を終えると、ギルドを中心に半径三十メートルほどの魔法陣が展開される。
「『領域解毒』」
魔法陣が淡い緑色の光を放つと、土のような顔色をしていた冒険者たちの目に生気が戻る。
「おぉ、さっすが聖女様だな。もうすっかり頭も痛くねえよ」
「すげぇな!ホントに咳も鼻水も止まったぞ」
「今日は一日仕事になんねぇと思ったんだがな……助かったよ、シルちゃん!聖女ってのは伊達じゃねえな!」
そこらじゅうで上がる称賛の声に、シルがふふんと鼻を鳴らして、得意気に胸を張る。
「こりゃあ便利だな、これならいくらでも……」
「予め言っておくが、二日酔いの治療にシルを駆り出すなよ?」
「は、ははっ……そんなことする訳ないだろ?全くアルも人聞きが悪いなぁ……」
「そうか、ならいいんだ」
よからぬ事を企み、浮かれた様子の冒険者たちが、アルに図星を突かれると、苦笑いしながら意気消沈する。
「ったく、バカどもが……おっしゃ、おめぇらとっとと片付けしちまうぞ!」
「「「うっす!!」」」
ギデオンの一声でギルドに活気が戻る。そして昨日浴びるほど酒を飲んだとは思えない程、テキパキと片付けを進める参加者たち。人数が人数だったので、アルたちの出る幕が無いほどだった。
「おう、悪いけど、アルたちは魔法で皿でも綺麗にしてくれや」
「ああ、分かった」
テーブルに集められた食器類に魔法を施し、綺麗にしていくアルたち。その時、アルの隣にいたリタからふと質問が投げかけられる。
「そういえばアル君、明後日はセアラの誕生日なんだけど、何か考えてるの?」
パリィーン
アルが手にしていた皿が、粉々に割れると、ギルド中の視線が音の発生源に注がれる。
「ア、アルさん?大丈夫ですか?」
少し離れた場所で作業していたセアラが心配そうに声をかける。
「あ、ああ、すまん。大丈夫だ」
「そうですか?お気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう」
何とかその場を取り繕うアルだったが、その顔には焦燥の色がありありと浮かんでいた。
「……その様子だと知らなかったのね?全く……どうしてあんなにベタベタしてるくせに、誕生日を知らないのよ?」
リタが非難の眼差しをアルに向ける。いくら慌ただしかったとはいえ、夫婦であれば誕生日くらい知っていて当然。しかしセアラは性格的に、自分からそういったことを言うタイプではなく、そもそも誕生日を祝う習慣が無かった。
アルは自身の浅慮を恥じ入るが、辛うじてまだ過ぎていなかったことは、間違いなく僥倖だった。
「すみません……でも助かりました、ありがとうございます」
「うん、まあそれはともかくとして……それで?アテはあるの?」
「今、セアラに内緒で進めていることがありまして……もし上手く行けばちょっとしたサプライズと言いますか……ただそれがプレゼントかと言われると、ちょっと微妙なんですが」
「ふぅん?どんな事なの?」
「実は…………」
アルが小声でリタに相談すると、彼女も納得したと言うように大きく頷く。
「そっか……それはいい考えだと思う。それで、もう何か動いていたりするの?協力出来ることってあるかしら?」
「はい、前々からエドガー陛下にお願いして、調べていただいてます。でも……さすがに明後日は間に合いませんね……とりあえず並行して何かプレゼントを考えてみます。後は誕生日パーティーをする方向でいいですか?」
「そうね、とりあえず明後日はそれでいきましょ。プレゼントは私の方でもそれとなく探ってみるから。じゃあさっきの件もお願いね、アル君」
「ありがとうございます、任せてください」
「何がお願いなんですか?」
真面目な表情で頷き合うアルとリタの間に、セアラとシルがひょっこりと顔を出す。
「うわっ!……ええっと、今日の食材の買い出しは俺が行きますってことだよ」
「う、うん、セアラとシルちゃんは何か食べたいものとかある?」
驚きのあまり、のけ反り、不自然な作り笑いをするアルとリタ。
「驚きすぎですよ……それにしても怪しいです……二人揃って、なんでそんなに慌てているんですか?」
「え〜っと、私はシチューがいいな!今日ちょっと寒いし、おばあちゃんの作るシチュー美味しいもん!」
「そっかぁ、じゃあ今日はシチューにしようかな」
清々しいほどに、セアラの投げかけた疑問を無かったことにするリタ。セアラは怪訝な表情を見せるが、恐らく粘っても回答は得られないだろうと、早々に追求を切りあげる。
「もう……じゃあアルさん、よろしくお願いしますね」
「ああ、任せてくれ」
ひとまず追求は免れたとホッと胸を撫で下ろす二人だったが、セアラからの不満げな視線を感じて目を背ける。
ギルドの片付けが終わると、アルは食材の買い出し、セアラたちは日用品の買い出しに向かう。
「ええっと、小麦粉、牛乳、バター、人参、ジャガイモ、ブロッコリー、玉ねぎ……肉は鶏肉で良かったのか?それとも豚か、もしかして牛?……まあ収納すればいいんだし、ついでに色々買っていけばいいか」
「あの……もしかしてユウ……さん、ではないでしょうか?」
アルが市場で食材を買い込んでいると、見知らぬ一人の女性が声をかけてくる。肩より少し長い、暗めのブラウンヘアを一つにまとめた、アルよりも少し年上のように見える女性。
ユウという名前を知っているとなると、カペラに来る以前の知り合いということになる。アルはどうにかして記憶を引っ張りだそうと試みるも、全く心当たりが思い浮かばず、観念してなるべく丁寧に尋ねる。
「はい、今はアルと名乗っておりますが、確かにかつてはユウという名でした……その、大変失礼かとは存じますが、どこかでお会いしましたでしょうか?」
「あ、すみません。私が一方的に知っているだけですので、どうかお気になさらず」
ますますどういう繋がりなのかが分からず、アルが困惑する。
「……そうですか、それでどういったご要件で?」
「すみません、立ち話でするような内容でもないので、何処かお店に入ってもよろしいでしょうか?」
「……分かりました。少し行ったところに、馴染みのカフェがありますので、そこでよければ」
「はい、ご無理言いましてすみません」
いつものアルであれば『面倒だから』と、にべも無く断るところだが、女性の目があまりにも真剣であったことへの微かな違和感。そして自身の昔の名を知っているのは何故か?という好奇心に抗うことは出来なかった。
結果として、この判断は全く間違っていなかった。確かに間違っていなかったのだが、それによって自身にあらぬ嫌疑が降りかかろうなど、この時のアルに想像出来るはずもなかった。





