剣聖と剣鬼
いつもありがとうございます!
「ブリジット!クラリス!来い!」
「分かってるわよ!」
「はーい」
戦場にあってもよく通るマイルズの声が響き渡る。セアラの援護によって均衡が破れると、一気に魔族を討ち取るため、後衛二人を呼び寄せる。
対峙するのは百五十センチ程の身長に金髪、碧眼の少年のような風貌の魔族。爽やかな笑みを浮かべており、敵意や悪意といったものをまるで感じさせない。それでも地上に出てこられるだけあって、ブリジットとクラリスは魔族の纏う魔力の質に一歩後ずさる。
「へぇー、レーヴァテイン……剣聖ってことか。どうやら今日はツイてるみたいだ」
「よく知っているな?今代の剣聖マイルズだ」
「ふふ、そりゃあね。僕は魔剣に関してはちょっとうるさいんだ。所在くらいは知ってるよ」
見た目通りの柔らかな口調に拍子抜けしながらも、マイルズがレーヴァテインに火の魔力を通すと、その刀身が燃えるような赤を帯びる。
「魔族と言えど、見た目が子供の相手に三体一っていうのは気が引けちまうが、そうも言ってられねえわな」
「はは、気にしなくていいよ、これでも僕は君たちよりも遥かに年上だからね。敬ってくれてもいいくらいだよ?」
「はっ!そうかい、そんじゃあ遠慮なくやらせてもらうぜ!ブリジット、クラリス、頼むぞ!」
「ええ!」「りょーかい!」
ブリジットが牽制の『火球』を多数放つと、魔族は造作無くそれを一つ一つ握りつぶす。その間にクラリスが手際よく身体強化魔法を発動させると、マイルズはフラウロスに向かって駆け出し、右肩口から斬りつける。
キィーン
甲高い金属音が戦場の空気を切り裂く。いつの間にかフラウロスの手には、その体の大きさには見合わない、青色の刀身を有した大剣が握られており、赤い魔剣の勢いを完全に受け止める。
「改めまして僕の名前は剣鬼フラウロス、これは水の魔剣ファンティルヌ。ただの偶然なのか、魔剣同士が互いを呼び寄せたのかは分からないけれど、火の魔剣と水の魔剣、そして剣聖と剣鬼。どちらが上か比べてみようじゃないか?もっとも僕は負けたことなんてないけどね」
「ああ、おもしれえな。じゃあ俺が記念すべき一人目になってやるよ!ブリジット!手ぇ出すんじゃねえぞ!」
「もう、こんな時に……ヤバそうだったら早めに言うのよ!」
「がんばれー」
どさくさ紛れにクラリスが見学に回ろうとするのを、マイルズが大声で咎める。
「お前は補助魔法でサポートしろよ!体力差あるんだから頼むぞ!」
「仕方ないなぁ」
「うんうん、僕もその方が楽しめそうだ!」
激しく斬り結ぶ二人、それを不安げに眺めるブリジットがワンドを握りしめながら静かに呟く。
「……何をモタモタしてるのよ。あんたはアルにも勝つんでしょう?」
アルと共に在ったとき、燃えるような赤髪と赤い刀身そのままに、直線的だったマイルズの剣。真っ向勝負を信条とするマイルズのこだわりであったが、己のアルに対する嫉妬と向き合った彼はそれを潔く捨てる。時に激しく、時に軽やかに踊るような軌道を描くマイルズの剣が、フラウロスを激しく攻め立てる。
「へぇ、やるね?剣聖の名は伊達じゃないみたいだね、楽しくなってきたよ」
緩急を生かした太刀筋に、フラウロスが軽口とは裏腹に苦渋の表情を見せる。
「でも……これならどうかな?」
フラウロスがファンティルヌに魔力を注ぐと刀身の長さが短くなる。
「短くなった?マイルズ、チャンスよ!一気にカタをつけちゃいなよ!」
「やっちゃえー」
ブリジットとクラリスの声援を受けるが、マイルズの表情には焦りが見て取れる。
「ふふ、剣ってのは長ければいいってものじゃないんだよ?君ならわかるだろ?」
日本刀で言えば小太刀ほどの長さのファンティルヌを持って、小柄なフラウロスがマイルズの剣を掻い潜って懐に入る。
「くそっ!やりづれえなっ!」
深く懐に入られたことによって生じた、間合いの変化に戸惑うマイルズ。小柄なフラウロスは十全に剣を振るい、大柄なマイルズは防戦一方となる。再三距離を取ろうとバックステップやサイドステップで振り切ろうとするが、フラウロスはマイルズの僅かな動作の起こりを見逃さずに、ピッタリと張り付いたまま離れない。
「無駄だよ、僕が剣鬼とまで呼ばれるようになったのは、剣の技量もだけど、この目の良さに因るところが大きい。さてさて剣聖はどうやって戦ってくれるのかな?」
心底楽しそうな表情を見せるフラウロスに、思わずマイルズが言葉を発する。
「お前、もしかして戦いたいだけなのか?」
「そうだよ!僕は地上の征服なんてどうだっていいんだ。こうやって純粋に剣だけで戦って相手になる奴は、魔界にはもういなくなっちゃったんだ。だから僕は地上に来た!君みたいな奴と戦うためにね!」
「ははっそうかよ!俺らはどうやら似たもん同士のようだな!そんなら期待に応えてやるよ!」
マイルズが再びレーヴァテインに魔力を注ぐと、元々多くない彼の魔力が枯渇寸前までいき、足元がふらつく。
「ちょっとちょっと!魔力切れで倒れるなんて興醒めなことはしないでよ?」
「……悪いがこれ以上は喋ったり出来ねえが、その心配なら要らねえよ……行くぞレーヴァテイン!」
先程まででも、十分に唯一無二の存在と言っても過言ではなかったマイルズの技量。それと比較してもハッキリと分かるほど、一段ギアが上がったような動きをマイルズが見せ、圧倒されていたはずのフラウロスと互角に渡り合う。
「……どういうこと?さっきより太刀筋が鋭くなってる?いや、反応が早いのか!」
「マイルズは頭がちょっとアレだからね、その癖アルに勝つためにあれこれ考えたがる。もっとシンプルにいけばいいのよ。剣の技量だけならアルにだって負けないはずなんだから」
「うん、強くなったよね。考えない方が強いなんてマイルズらしい」
マイルズは意図的に魔力を動けるギリギリまで減らすことで、自身の思考能力を低下させていた。
昔から天才肌のマイルズは、考えるよりも感覚で剣を振るってきたが、アルに敗れたころから戦闘中に考えて動くようになっていった。そしてその経験はマイルズの技量を飛躍的に向上させる。今まで経験と感覚頼みだったところに、確かな思考による裏付けが出来るようになっていったことで、剣術の幅が広がっていった。
強者との戦闘という緊張感と、それによって得られる高揚感。そして程よい疲労と極限の集中によって、マイルズは考えずとも、増えた技の引き出しの中から最適解を選択出来るようになっていた。
「でも長くは続けられない……さっさと倒しちゃいなさいよ!」
マイルズがブリジットの声に反応するようにバックステップをすると、好機とばかりにフラウロスが踏み込んで、右手一本でマイルズの心臓めがけて突きを放つ。
「っ!誘われた!?」
「お前なら反応してくれると思ったぜ!」
ここしかないという隙を意図的に作り出して誘導する、フラウロスの技量を信頼しているからこそできる芸当。その動きを読んでいたマイルズは、右足を軸に半時計回りに体を開き、無防備なフラウロスと正対し袈裟斬りにする。
「あーあ、もう終わりか……」
「……お前、その状態で喋るのかよ……」
右肩口から左脇腹にかけて両断されたフラウロスが、言葉とは裏腹に満足そうに言うと、マイルズは呆れて言葉を返す。
「ふふ、さすがにこの状態なら直に死ぬよ。まあでもすぐに魔界で転生するから問題ないけどね。そうしたらまたやろうよ」
「……それは何年後の話だよ?」
「さあねぇ、地上に出られるまでには百年はかかるかもね。でも君たちがこの戦いで勝ったなら、魔界に来ることも出来るようになるかもよ?だからそれまでファンティルヌは預かっといてよ」
「はぁ、しゃあねえな」
フラウロスはマイルズの言葉で満面の笑みを浮かべると、石になり、さらさらとその形を崩す。
「あー、疲れた。もう動けねえ……」
モンスターは粗方討伐されたとはいえ、戦場で大の字になるマイルズにブリジットとクラリスは嘆息しながら近付く。
「まあ、あんたにしては頑張ったんじゃない?」
「おつかれちゃーん、でもこんな様子じゃ、まだまだアルに勝つのは無理かもね」
「全く……相手は高位魔族だぞ?素直に誉めろってんだよ……」
上体を起こして口を尖らせるマイルズに、二人は軽く笑って残る戦場に目を向ける。
その視線の先ではリタとドロシーが黒髪の女の魔族と、セアラが銀髪の男の魔族と相対していた。





