004
SSSランクパーティ【翠鳳の警報】には二人の裁縫師がいた。
戦闘職ではない裁縫師を二人も抱え込むパーティは、自由を標榜する冒険者の中でも異質な方だ。
しかし、ソロ時代のヨイシアを知る者や、そうでなくとも合同依頼や大規模依頼で【翠鳳の警報】と共に仕事をした者は、裁縫師という職自体の有用性を疑わない。
後から加入した方の裁縫師について、良い評価をする者はいないが。
良い方の裁縫師・ヨイシアと、悪い方の裁縫師・ワルメア。
前者は万年Cランクだった【翠鳳の警報】をSSSランクまで引き上げた立役者で、後者はその評判を聞き付けて後追いを目論んだ世間知らず。
ヨイシアを知っていたパーティは、新しく冒険者を始めた裁縫師がいると聞いて、こぞってワルメアを勧誘した。
しかし、ワルメアは良くも悪くも普通の、駆け出しの裁縫師でしかない。
ソロでCランク、つまり「Cランクのダンジョンを一人で攻略する実力のあった」ヨイシアが特別だったことには、すぐ気が付いた。
数々のパーティを追放されたワルメアは、ヨイシアを恨んだ。自分の方がデザイン性もセンスも優れているのに、何故皆ヨイシアと比べ、ヨイシアを持ち上げ、あまつさえ自分を放り出すのか、と。
ヨイシアと自分は何が違うのか、と。
パーティが悪いのだ、そうワルメアは考えた。
そこで彼女はいつものように、ヨイシアを除く【翠鳳の警報】のメンバー達と密かにコネクションを築き、パーティに加入することに成功した。
ワルメアはSSSランクは勿論、Cランクの冒険者どころか、単なる町娘に過ぎない。
本職の裁縫はデザインセンスにはそれなりに優れているし、一般的な服飾技術も一通り熟している。しかし、技術自体はそれなり程度の腕でしかない。
また、裁縫師の技術は町の裁縫工場で覚えたもので、きちんとした師匠に技法を学んだわけでもなかった。裁縫師にそれらの技法があること自体を知らず、「技法」と聞いても単なる手捌き、道具の扱い、ステッチの種類のことだと思っていた。
【翠鳳の警報】加入以降はヨイシアが技法を教えようと提案したこともあったが、ワルメアの方から不要だと拒否したのだった。
今までの有象無象のパーティと違い、【翠鳳の警報】では大きな不都合や危険もなく、快適で楽しい冒険ができた。
数ヶ月かけてパーティに馴染んだと判断したワルメアは、予てより方針を実行に移す。
【翠鳳の警報】からヨイシアを追い出す。
そうすることで、ヨイシアより自分の方が優れているのだと、世間に認めさせるのだ。
その方法はより劇的な方がいい。
例えば、最難関のダンジョンの最下層で、ヨイシアをパーティから追放する……なんて、悪くない。
最初に異様に気付いたのは、魔法士のシャンだった。
「ムムム……妙ですぞ?」
シャンは錘氷を放ったばかりの槌杖と、それを持つ自身の右手を見ながら首を傾げた。
これだけ魔力が豊富な霊峰なのに、むしろ体内魔力の減耗が普段より早い方に感じる。本当ならば、魔法で体内魔力を費やした端から場の飽和魔力が追加補充され、無尽蔵に魔法を使えても良い。
それが、戦闘で魔法を使う程に魔力が目減りし、気付けば定期的な疲労回復魔法や照明魔法だけでじわじわと消耗している気さえする。
何故か。単純な話だ。
周囲には飽和魔力が溢れているが、シャンがそれを吸収する速度の方が、彼が魔法の行使で費やす方より遅い。それだけだ。
シャンは【翠鳳の警報】への加入以降、ヨイシアの縫った『飾縫の方円』の付与された法衣を身を包んでいた。刺繍によって込められた魔法陣の効果は「魔力吸収の促進」。これはシャンが、というより一般的な魔法士が備える魔力回復速度を、概ね十倍程度にまで高める。
シャンは、冒険者として駆け出しの頃に「魔法面の強化」という理由で【翠鳳の警報】に勧誘された、平均よりは優秀だが、ごくありふれた魔法士だった。
シャンにとって不運だったのは、初めて出逢った裁縫師がヨイシアであったこと。裁縫師の縫った法衣とはそういう代物で、装備更新の度にヨイシアが一晩で軽く仕上げてきた法衣が、神器一歩手前の性能を持つことを知らずにここまで来たこと。
本人に責任があるとすれば、その法衣と、今身に着けている法衣の持つ性能の差すら感じ取れないほど、魔力視の能力が欠けていた点だろう。ワルメアの作った新しい法衣は、デザインは良い方だが、何の魔法的効果もない、布の服でしかなかった。
次いで違和感を覚えたのは、侍法師のゴザブロウだ。
「ぐうっ、何たる鋭い爪! 流石は霊峰ハイホウの魔物でござる!」
本来なら重い甲冑を着込む前衛職の侍法師だが、駆出しの頃のゴザブロウは「攻撃など躱してこそ」と、半着に野袴という布装備で戦う酔狂な男だった。体格はゴツい方だが、防御力は無い方だ。
実の所、これは甲冑を買う予算がないことを隠す強がりで、当時の【翠鳳の警報】が高ランクのダンジョンに挑めない理由の一つでもあったがーーパーティにヨイシアが加わった際、甲冑並の対刃・対衝撃・耐火性を持つ布装備を与えられ、壁役としての幅が大きく拡張された。
ワルメアが作った新しい服は、やはり単なる布の服でしかない。ヨイシアの使った布素材より丈夫な素材を使ってはいたが、素材の差程度で、技法の有無による差は覆らない。
「ゴザくん! 力襷よ!」
「忝ない!」
防戦一方のゴザブロウに、後衛からワルメアが襷を放り渡す。それはヨイシアが用意した、「身体強化効率向上」の効果を持つ襷ではなく、洒落た装飾の施された、ただの布だった。
「ぐおおお! これがあれば十人力でござるううう!!」
魔物の攻撃を捌きながら手早く襷を締め、身体強化魔法を発動する。
装備による補正のない身体強化は十人力とは言わず、二・五人力が良い所だった。
七方出使いのニンニンマルは、完全に意表を付いて放ったつもりの手裏剣が弾かれた事に、覆面の下で困惑した。
それはニンニンマルにとって久方振りの感覚だった。冒険者として経験を積み、その隠形技能は同格の斥候職、諜報職を対象としても気付かれないほど向上していた。
「ニンッ……!」
それが、この霊峰ハイホウの魔物にはまるで通用しない。
当然、ヨイシアが「隠蔽効果向上」施した覆面を装備していないことが理由だが、長年の状況は彼を増長させ、己の技能は強い方だと過信させるのに十分だった。
ここまでくれば、自身の有能さをパーティメンバーに気付かせなかったヨイシアの方にも問題があるように思われる。
矛戟士のランス、弓使いのホークも腕力向上、矛捌きや集中力の補正をする装備がない状況では、とてもSSSランク相当の腕とは言えない。
「ガアアアアアッ!! 砕けろォァっ!!」
唯一普段通りと言えるのは、その豪腕による暴威のみで敵を蹴散らしてきたパーティリーダー、棍棒使いのゴメスのみ。
金属製のゴーレムだろうが、棍棒の一振りで潰崩させた。
「助かった、リーダー。流石にSSSSランクダンジョン……ゴーレムも異常に硬いな」
「ありがとうございます。全然矢が刺さらなくて……」
そんな二人の言葉に、ゴメスは訝しげな顔で答えた。
「そうかぁ? 手応えは、いつもと大差ねぇがな」
戦闘が片付いたと見て、隠れていたワルメアがひょっこり姿を表した。壁の岩肌に擬態する布を即興で用意する腕は、技法無しの裁縫師としては優秀な方だが、普段は暗闇の中に暮らす魔物が索敵に視覚を使っているはずもない。彼女が後方から襲われなかったのは、単に運が良かっただけだ。
「ゴメちゃんすごーい! こんな難しいダンジョンでもいつも通りだね!」
「おう、余裕よ余裕。一発貰っちまったがなぁ」
バリ取りの甘いゴーレムに殴られた腕は、大きく裂けて流血している。
遅れて気付いたワルメアは小さく悲鳴を上げて、近くにいたホークの背後に隠れた。
「シャン、回復頼まぁ」
「ぜえ、ぜえ……それがリーダー、魔力切れで……」
「ああ!? 仕方ねえな……」
直前の戦いで魔力をほとんど使い切り、自身への疲労回復魔法すら使えず、照明魔法を保つので精一杯だった。
「だったら、ヨイシア……は、いねぇのか。おい、ワルメア」
「ど、どうしたのゴメちゃん? その傷大丈夫なの?」
「大丈夫じゃねぇ。だから縫合してくれ」
「……へ?」
「縫合だよ、縫合。確か裁縫師の基本技法だろ?」
回復魔法が使えるシャンが加入するまで、傷の治療はヨイシアの仕事だった。
裁縫師の技法『外法の介抱』は縫合という治療方法のため多少の痛みを伴うが、この技法を受ける方は既にそれ所ではない重傷を負っている事が通常であり、其方が問題となったことは特にない。
何方かと言えば、施術者が人の肉に針を刺せるかどうかの問題だがーー結論として、ワルメアにその覚悟は無かった。仮にできたとしても、技法もなしで即座に切創が塞がる法もない。消毒もしていない針と糸で傷を縫った方が、傷の悪化が早まった可能性もある。
ワルメアにできた治療は、白い布を包帯として巻き付けるのが精一杯だった。
這う這うの体で逃げ帰った【翠鳳の警報】だが、これから数日後、利き腕を負傷したままパーティメンバーを守って戦い続けたゴメスは、その傷が元で利き腕を切除されるまでに至った。
この場にいたメンバーで最も法的な責任が重いのは「基本技法を修得していなかった裁縫師」の方ではなく、唯一保護責任者と成り得た、「回復魔法の魔力を残していなかった魔法士」ということになる。