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002

 【翠鳳の警報(ハウリング・ジェイド)】所属の裁縫師(テイラー)・ヨイシアは、霊峰ハイホウのダンジョン中層の暗闇で途方に暮れていた。

 いや、正確には……元【翠鳳の警報】所属の裁縫師、という方が良いだろうか。


「まさか、ダンジョンの只中でパーティを追放されてしまうなんて……」


 追放されたヨイシアは、少し前のことを追想する。


 霊峰ハイホウは流石にSSSSランクのダンジョン、いかにSSSランクの【翠鳳の警報】と言えど苦戦は必至。これ以上の冒険は困難と判断し、リーダーである棍棒使い(スマッシャー)のゴメスが撤退を決めた。


「予想以上に魔物が強い。それに加えて、メンバーの動きも悪い。このままでは帰り道で犠牲者が出るかも知れん」


 ゴメスの言う通り、今日は何故か大半のメンバーの動きが普段より悪く、それも苦戦の理由の一つだった。むしろ、そちらの方が比重が大きいと言える。


「なるべく安全に帰るための方法はないか」


 ゴメスは決断力のあるリーダーだが、頭の良い方ではなく、作戦を考えるのは苦手だった。

 ヨイシアのパーティ加入前は初期メンバーの護法家(ローヤー)が作戦立案を担当していたが、彼が結婚を機に冒険者を引退した際、入れ替わりでヨイシアが加入し、以降は魔法士(メイジ)のシャンが加入するまで頭脳労働はヨイシア一人の仕事だった。


「今更でござるが、前衛三人と後衛寄りの斥候一人で、後衛四人を守るのは、なかなか厳しいでござるな」


 侍法師(パラディン)のゴザブロウが棒読みで答えた。

 それは以前からヨイシアも気になっていたし、だから今回は経験の浅いもう一人の裁縫師・ワルメアを麓に置いていくべきだ、とも進言したのだが。


「優先順位をつけるべきだね。生き残るために、より必要なメンバーを守る方がいい」


 やけに芝居がかった口調で弓使い(ボウヤー)のホークが放言する。


「ほほう、それなら後衛に一人、他のメンバーと職が被ってるやつがいるな?」

「ーーニンニン」


 矛戟士(スピアラー)のランスが上擦った声で言い、七方出使い(ニンジャ)のニンニンマルが独特の方言で追従した。

 この方向は不味いな、とヨイシアは考える。このまま放置すると、他を救うために自分かワルメアのどちらかが犠牲になるだろう。

 何としても話の流れを変えなくては。


「待ってください、まだ他の方法を……」

「まだ若くて未来のあるワルメア氏の方を助けるために、ヨイシア氏をここに置いていくべきですぞ!」


 しかしヨイシアが言い切る前に、魔法士のシャンが甲高い声でそう言い放った。


「ええっ!?」


 あまりのことにヨイシアが茫然としている内に、彼女以外の全メンバーによる意見の一致により、ヨイシアの追放が決まってしまったのだ。


 ヨイシアも、どうしても自分かワルメアの何方(どちら)が犠牲になるのなら、若いワルメアを守って欲しいとは思い、最後には賛同した。

 まさか、魔物のひしめく暗闇に松明一つ、非常食一つ残さずに放置されるとは思わなかったが。



「トホホ……でも、ここで惚けていても仕方ないですね」


 絶望的な状況。しかし、ヨイシアはすぐに諦めるつもりはなかった。

 非戦闘職の後衛とはいえ、元SSSパーティのメンバーだ。方々で修羅場を越えてきた経験もある。


「まずは灯りが欲しい所ですが、その前に」


 頭に被った鳥打帽の内側から手探りで、長く巻いた紐を取り出す。光の差さない暗闇では感触で確かめる他に方法はないが、その片側には縫針が通されていた。


「ホークさんとニンニンマルさんに索敵をお任せするようになって以来ですから、使うのは久し振りですね」


 針のない側を摘み、裁縫師の技法(スキル)包囲する鎖縫(ラトル・チェーン)』を無詠唱で発動する。

 ヨイシアの周囲を縦横無尽に飛び回る縫針が、空間を鎖縫いするように飛び回り、糸が張り巡らされてゆく。

 針と糸を通して、地形どころか風の動きまでがヨイシアに掌握される。


 と、そこへーージャラリ、と、鎖のような金属音。


「ひえっ!? そこです!」


 音のした方向に裁縫師の数少ない攻撃技法『蜜蜂の串縫(ソルティ・ハニー)』で、畳針のように太い毒針を放つ。


「ギャホウッ!?」


 ヨイシアの放った針は上手く相手に命中した様子で、『包囲する鎖縫』への反応もなくなった。


「ホウ……何とかなりましたか。とにかく今の内に、灯りを……」


 『蜜蜂の串縫』に使う毒針は、技法の制限として一本だけしか持ち歩くことができない。本当に最後の手段でしかなく、ヨイシアの攻撃手段は今ので打ち止めだ。


 ヨイシアは暗闇で上着を脱ぎ、携帯用の裁縫箱から取り出した何本もの針と糸で、その胸の位置に刺繍を始めた。

 自分の裁縫箱ならどの色の糸がどこに入っているかは見なくてもわかるし、自分の塗った位置も手触りでわかる。


 刺し終えた刺繍を通してヨイシアが技法を発動すると、日輪を象った鮮やかな刺繍は眩しい光を放ち、暗い穴の中を遠くまで照らした。


 『飾縫の方円(ウィッチィ・ステッチ)』。

 刺繍によって布の上に魔法陣を描く裁縫師の上級技法。使用者の裁縫師自身が刺した刺繍のみに効果を発揮するため、高い裁縫技術と深い魔法知識の両立が求められる、極めて高度な技法だ。


「わあっ、すごい光……! 霊峰ハイホウの飽和した魔力で、魔法陣の効果が相当上がってます!」


 元はCランクまでソロ冒険者だったヨイシアは一人になると独り言が増える癖があった。


 魔法陣を薄布で覆って光量を抑え、『包囲する鎖縫』の糸を回収、改めて周囲を見回す。

 まずは先程襲い掛かってきた魔物の死体に目を留め、近付いて検分した。

 分厚い毛皮を持つ、巨大なモグラの魔物だ。偶然開いた口に『蜜蜂の串縫』の毒針が刺さっていたが、それ以外の箇所に当たれば、ヨイシアの針など容易く弾かれていただろう。

 毒針も回収したが、もう針に込めた毒も残っていない。技法による投擲補正の効果もなくなり、一度人里に帰るまでは最早ただの針でしかない。


「うぅ……これから、どうすれば……」


 仲間もいない。武器もない。助けを待つにも、食料もない。

 水は魔法陣から出すことができるが、食料についてはお手上げだ。猛毒で倒したモグラを食べるのも、やめた方がいいだろう。


 ヨイシアは裁縫師になってから、冒険者になってから、【翠鳳の警報】に加入してからのことを追想した。

 思い残すことは多い。その中で、今できることは?


「そうだ……裁縫師の秘法」


 そこで、ヨイシアは思い出した。

 真に優れた裁縫師が、一生に一度だけ挑める秘法のことを。


 裁縫師の技法は『包囲する鎖縫』のような道具の制限、『蜜蜂の串縫』のような回数の制限、『飾縫の方円』のような対象の制限など、何かと使用において制限のあるものが多い。

 秘法と呼ばれる技法は前述の通り、裁縫師が一生に一度だけ発動に挑戦できる、最も厳しく回数が制限された技法だった。


 成功しても失敗しても、一度挑めば、二度と秘法は使えない。

 ヨイシアの裁縫師の師匠は若い頃に挑んで失敗したという。ヨイシアには己の実力を過信せず、秘法に挑むのは老後の楽しみくらいで丁度良い、などと言い含めていた。


 しかし、いざと言う時には迷わず挑め、とも。

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