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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

駆け込み成仏はおやめください。

 ベンチに座っていると何故か顔のない駅長に駅員になってくれないかと頼まれた。

 ちょうどつまらない警備員人生から死んでおさらばできたからこの後どうしようとぼんやりしていたところだが、なぜ私が?


「警備員ですからお客様が押しかけたり、駆け込んでくるのを防ぐ実績を買いまして。それに色も服装も駅員と似てますから」


 駅長は顔はないが、その顔のない下にはうまいこと言ったとばかりにご満悦な表情でも浮かんでいるのだろう。そして俺に警備服とよく似た青い制服と笛を渡して消えてしまった。


 で、電車はいつくるんだ?


 ここは歩道、車は来ても電車も気動車も汽車もましてや路面電車すらこない。


 とりあえずあちこち歩道を歩いていると電車はすぐに来た。通勤電車だ。しかもかなり乗客がいるが、みんな死んだような目をしている。歩道に沿って電車が停車するとドアが自動で開いた。


 降りる客はいない、その代わりどこからともなく現れた幽霊が電車にぞくぞくと乗り込んでくる。

 乗って、乗って、乗って。降りる客が一人もいないから車内は狭くなるばかり。それでも乗客の幽霊は何を急いでいるのか無理やり乗り込もうとするから警備員の時と同じく幽霊を引きはがそうとした。


「駆け込み乗車はおやめください。次の電車をご利用ください」


 何人かはそれで引き下がったが、バーコード頭のサラリーマンおじさんは無理やり満員電車の中に飛び込む。だめだめそんな無理やりしたら潰れちゃうって。


 警告を無視して乗り込んだ途端、乗客の体が潰れた。べきゃとかぐきゃという嫌な音が車内から漏れ出る。下を見ると潰れた乗客のものと思わしき目玉が眼鏡と一緒に歩道に転がってきた。歩道を歩いていた人の何人かがぎょっとした目で冷や汗をかいている。どうやら幽霊の目玉は見えているようだ。

 血が出ていないが目玉だけ歩道に乗っているのは不気味なので、電車の中に戻した。


 発車ベルが鳴り、「ドアが閉まります」と駅員らしい掛け声をすると太めのおばさんがドスドスと駆け込んできた。


「駆け込み乗車はおやめください」


 だが私の言葉に耳を貸さずおばさんは突っ込んだが、自分の体の大きさをわかってなく体の半分がドアから出ていた。そしてドアが閉まり、電車は発射した。


 あーあ。あの幽霊、下半身ドアに挟まれてしまったぞ。


 電車は天へ上っていくが、あのおばさんの下半身が外に出ているので奇妙で滑稽だ。


「おやまあ。明日の新聞やネットニュースで下半身空を飛ぶと見出しが出ますね」

「どうしましょうか駅長」

「あなたが警告しても止まらなかった乗客のせいです。せっかくですしあのままでいいでしょう。あんな恥ずかしい成仏の仕方を見て、他の乗客も駆け込み乗車はしたくなくなりますでしょう」


 あの下半身だけの乗客はどうするのですかと聞くと、「どうせ死んでますから」と駅長としてあるまじき発言をしてホームである歩道を指さし確認して去っていった。


 わけのわからない仕事に就いてしまったな。


***


 幽霊電車は乗りつけるところならどこにでも出現するようだ。そして種別によって乗る人が異なる。

 『普通』は自殺や事故。『準急』は事故や他殺。『急行』は老衰や病死。そして見たことはないが『特急』もある。

 だがたいてい来るのは『普通』電車。準急や急行よりも圧倒的に人が多いため警備員の時よりも重労働で、時折乗客の目が私にも移りそうになる。


 今日はビルの屋上に『普通』電車が止まった。今日もどこからか乗客がぽつぽつ乗り込むが電車は発車する気配がない。何を待っているのだろう。

 すると屋上に通じる扉が開き女性がうつむいたままこちらに歩いてきた。そして女性はそのまま電車の入り口の前に座り込んでいた。


「あの、お客様ご乗車なさいませんのですか」

「ご乗車? どこに?」


 どうやらこの人は生者のようだ。

 生者には電車が見えないようで、この前もある男が私の制止も聞かずに駆け込み乗車をしたがまだ生きている人だったためそのまま落下して男は血と肉塊となって地上に転落してしまった。

 その後絹を割くような悲鳴が屋上にまで届いた直後に、さっき飛び降りた男が虚ろな目でぎゅうぎゅうの満員電車の中に吸い込まれていった。

 死んでもあの中に押し込められるだなんて最悪だ。


 女性は屋上の壁縁に足をかけてぼんやりしていた。自殺する前触れだ。


「やめたほうがいいよ。死んで楽になんてならないから」


 まだ発車までには時間があるためこの女性を引き留めることにした。この人を放置しても駅員の責任ではないらしいが、あの満員電車の中にこの人を押し込めるのは気が乗らない。せめて座れるほどの電車に乗らせてやりたい。


「何が分るのよ。嫌な仕事を毎日させられて、少ない給料で家族から仕送りしてくれってせがまれ。おまけにくっさいおっさんたちの匂いを嗅ぎながら満員電車に揺られないといけない。もう死んだほうがいいもん」

「じゃあますますやめたほうがいい。あの世の電車はひどいもんだ。マナーの悪い乗客が無理やり乗り込むわ、すぐ潰れる、目玉は転がる。おまけに駅長は放置主義。この前なんてケツ丸出しで発車した。死んであの中に乗りたくないね」

「変な電車。じゃあおじさんはそんな電車に乗らずに駅員しているわけ?」


 頬杖をつきながらくすくすと女性は微笑する。私としてはあまり笑えないのだが。


「そうだな。転職してからずっとだ。給料はでない、乗客に話しかけても無視する。駅長は色んな意味でよくわからない。まったくホーム柵でも設置してほしいよ」

「そんなのあったら自分の仕事なくなるじゃん。じゃあなんでそんな仕事しているの。辞めたらいいじゃん」

「転職したばかりだからね。でも警備員の時もここと変わらないよ。安月給、警備員なんて置きもの以下の存在としか見られなかったし、感謝の言葉一つすらないから」

「酷い人生だ。ん? 死んでいるのに人生って正しいのかな」


 言葉が正しいかは置いといてまったくその通り。警備員の仕事なんて誰でもできる。ぐるぐるとビルの周りを回って異常がないか背中をまっすぐにして歩き回る。


「ああ最悪だ。しかも最期はビルで火災があって取り残された男の子を救助したら私だけ取り残されて死んでしまった。もっと早く辞めて色々楽になりたかったけど、結局楽になれない仕事をしているよ」


 ハハハと乾いた笑いをしてタバコを吸おうとしたが、持っていないことをもいだし代わりに笛を咥えた。

 フィ~っと笛から情けない音が漏れると、女性はまたクスクス笑った。


「ねえおじさん。満員電車じゃない電車にはどうやって行けばいいの?」

「確実なのは老衰だね。あとは特急があるけど、それは私にもわからないんだ。でもまっとうに生きれば普通以上には乗れるのは。あの世への電車って善行を積んでお迎えが来たらクラスアップできるようだから」


 質問に答えると女性はじっと電車の車内を見つめた。いや彼女は見えないから屋上の景色を眺めているだけか。そして何か決意したように立ち上がった。


「今度は花束を持っておじさんに会いに行くから。それとも駅のホームかもね」


 女性の目から満員電車に揺られる乗客とよく似たものが消え去り、軽やかに屋上から消えていくと同時に停まっていた『普通』電車が発車した。


 列車を見届けると、どこからともなく駅長が表れて一枚の金の切符を私につきつけた。


「やっと発券できましたよあなたの特急券。他人を助けた人だけに発券できる特別な切符ですが」

「いや。それは使わない、もうちょっとこの仕事を続けることにするから。あの女性が来るまで仕事を続けたいと思って」

「では保留にしましょうか。他人に使えるかわかりませんが」

「構わないよ。それに私はこの仕事をしているのが性に合っているようだ」


 そうですか。と駅長は残念そうな言葉を出すが声はそこまでではなく、むしろ嬉しそうだった。


「やはりあなたを駅員にしてよかった」


 今日も警備員の時よりも重労働な駅員の仕事をこなす。心なしか、死ぬ直前まで警備員だった時よりも楽に感じる。

 駅長がどこかに向けてアナウンスをした。


「お客様に申し上げます。どうか駆け込み成仏はおやめください。命は一生に一つ。死んだ後で醜態をさらすのは死後の恥でございます。なお、他人の命を救った方は特急列車にお乗り換えか、駅長室にまでお越しください」

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