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これからも一緒に

 町の小さなお花屋さん。お店の中には色取り取りのお花がいっぱい並べられていて、奥の方にサボテンの販売スペースがあった。

 小さな鉢に植えられている小さなサボテンは、一つ一つ形も色も違っていた。緑色や黄色のもの、刺がびっしり生えたもの、刺の色が赤いもの、花が咲いているもの、形がまんまるのものや細長いもの、平たいもの。個性豊かなサボテンが揃っていて、見ているだけで楽しい。

 シザンサスも、初めて見るサボテンに興味津々。指でサボテンをつついて「いたっ」と声を上げている。とっても楽しそうだ。


「サボテンって、こんなに種類があるんだ」

「そうだね」

「ねえ、このサボテン不思議な形をしてるよ?」


 シザンサスは鉢を一つ手に取って、わたしに見せてくれた。

 緑色の平たいあまり刺のないシンプルなサボテンなんだけど、形がちょっと変わっていた。わたしはクスッと笑い声を漏らした。


「シザンサスみたい。ぬいぐるみの時の」

「ボクってこんななの?」

「うん。シザンサスはうさぎさんなんだよ」

「うさぎ……サボテン……。うさぎ……うさぎって何?」

「うさぎはうさぎだよ。耳が長くてほわほわしてる動物」


 わたしが説明をしても、シザンサスはピンと来ないみたい。

 うーん……これ以上、上手い説明は出来ない。


 あ! そうだ。わたしは良い事を思いついた。


「うさぎ見に行こうよ! 近くにペットショップがあるんだ。そこに確か居たよ」

「本当? 見たい!」


 わたしとシザンサスはペットショップへうさぎを見に行った。



 ペットショップには犬や猫はもちろんの事、小鳥、熱帯魚、カメ、リス、ハムスター、そしてうさぎが居た。どの動物も可愛くて、いつ何度見ても飽きない。

 シザンサスはというと、目的のうさぎ以外にも夢中になっていた。ごく身近な犬や猫でさえ、シザンサスにはすごく珍しいみたい。

 動物に負けず、そんなシザンサスが可愛いなとわたしは思った。






 数日が経ったある日。この前と同じ時間に同じ友達から電話があった。今回もまた誘いの電話だと思って受話器を取ると、まったくその通りだった。ただ、今日の誘いじゃなくて来週の誘いだった。その日は全く予定は入ってなかったからOKした。

 時間と場所を友達から聞き、予定が決まったから話は終わりだろうと思った時、友達がこんな事を訊いて来た。


『この前うちの誘いを断った日、町であんたを見たんだけどさー男の子と一緒だったよね? まさか、ボーイフレンド?』


 わたしはドキリとした。シザンサスと居る所を見られた? しかも、ボーイフレンド……そんな風に見えていたなんて。


「ち、違うよ。あの子は親戚……」

『あー親戚なんだ。うち、てっきり……』

「あはは。それじゃあ、来週楽しみにしているね」

『うん。じゃーねー』

「じゃあね」


 受話器を置き、わたしはそのままの状態で静止した。


 シザンサスがボーイフレンド? シザンサスとわたしが?


 自分ではあまり意識をしていなかった。シザンサスはわたしの事をどう想ってるのかな? 何だか、すごくドキドキして来た。




 それからこの冬休み中、ほとんどをシザンサスと過ごした。そのかん、確かな信頼関係を築き、いつしか友達以上の関係になっていた。

 最初は弱虫で泣き虫だったシザンサスも、今ではわたしの悩み事を聞いてくれるたくましい男の子だ。


「これからも君と一緒だよ」


 夜、ぬいぐるみに戻る前にシザンサスはそう言ってわたしに小指を差し出した。わたしも小指を差し出し、彼の小指としっかり絡めた。


「うん。約束だからね」


 けれど、それがわたしとシザンサスの最後の会話だとはその時は思いもしなかった。




 次の日、わたしはいつもと同じ様にシザンサスが人間になるのを待ったけど、お昼になっても夕方になっても夜になっても……シザンサスはぬいぐるみのままだった。座椅子にちょこんと座った状態で、ぴくりとも動かない。

 こんな日もあるだろうと迎えた次の朝。わたしの期待も虚しく、その日もシザンサスは人間にはならなかった。

 次の日も、その次の日も、またその次の日も、どれだけ日付が変わったか覚えてないけど、シザンサスがぬいぐるみから人間になる事は一度もなかった。

 わたしは寂しかった。人間にならなくてもいいから、せめて会話だけでもしたかった。


 きっと、魔法が解けてしまったんだ……。

 シザンサスは、もうただのぬいぐるみなんだ……。


 わたしはシザンサスからそっとペンダントを取って、星空の様な綺麗な石を眺めた。そこに映った瞳は潤んでいた。

 わたしはその場に蹲って、ペンダントを両手でギュッと握り締めた。



 わたしは階段を下りて、リビングへ足を運んだ。

 テーブルには3人分の夕食が用意されていた。今日はお母さん特製のオムライスだ。

 キッチンのお母さんがわたしに気が付いて、近付いて来た。


「あら。今から呼びに行こうと思っていたのに。珍しく早いわね」

「まあ、たまにはね。お父さんはまだ帰って来てないんだ」

「もうすぐ家に着くって、さっきメールがあったわ。座って待ってましょ」


 わたしとお母さんは椅子に腰を掛けた。

 テレビでも点けようかとリモコンに手を伸ばすと、お母さんが物珍しそうな顔をしてわたしに言った。


「そのペンダント。付けてるとこ初めて見た」


 わたしは伸ばした手を胸元のペンダントに当てた。


「そうだっけ?」

「そうよ。いつもお父さんから貰ったうさぎのぬいぐるみに付けてたじゃない」

「ぬいぐるみ……」


 胸が針でつつかれた様にチクリと痛んだ。シザンサス……わたしの大切な大切な大切な…………。

 瞳に涙が溜まり、わたしはお母さんに見られたくなかったから俯いた。


「どうかしたの?」


 それでも、やっぱりお母さんはわたしを心配してくれる。その鈴の音みたいな優しい声がとっても心地良かったけど、チクリと痛んだ胸にしみて余計に辛かった。油断をすれば、心が弾けて涙が零れ落ちてしまいそう。わたしは奥歯を噛み締めて、グッと堪えた。

 お母さんがもう一度口を開きかけた時、玄関の扉が開かれた音がした。同時に「ただいま」とお父さんの声が響いた。

 リビングにお父さんがやって来て、お母さんは笑顔で迎えた。


「お帰りなさい。ご飯、すぐ食べられるわよ」

「ああ。ありがとう」


 お父さんは上着をソファーに脱ぎ捨て、お仕事用の黒い鞄をその横に置いた後で席に着いた。

 3人で「いただきます」と言って夕食を食べ始めた。向かいの席のお父さんは美味しそうにオムライスを口いっぱいに頬張る。そんなお父さんに大満足のお母さん。


 ああ……いつもなら、どんなに怒っていても、落ち込んでいてもわたしを笑顔にしてくれるオムライス。でも、今はちっとも笑顔になれない。


 シザンサス……わたし寂しいよ。シザンサス……。






 シザンサスの魔法が解けてしまって以来、わたしは寂しさを日々引き摺って過ごしていた。けど、それは次第に薄れてゆき、わたしの生活はすっかり元通り。シザンサスとばかり遊んでいて最近遊ばなくなった友達とも、以前の様に遊んだ。

 シザンサスの事もほとんど意識しなくなったけど、うさぎのぬいぐるみには、変わらずスキンシップは取らなかった。座椅子に乗せたまま、動かす事もなかった。

 うさぎのぬいぐるみはいつしか単なるインテリアの一部と化した。





 

 長い冬休みも終わり、通学を明日に控えた日の夜遅く。わたしはお父さんの声で目が覚めた。ぼんやりと見える天井は蜃気楼の様に揺れていて、鼻を通り抜ける空気は焦げ臭い。半分まだ夢の中のわたしはお父さんの両腕に抱えられ、部屋の外へ連れ出された。

 廊下はゴォゴォと真っ赤な炎が燃え広がり、壁や天井を喰らい尽くす。

 お父さんは迫り来る炎から必死に逃げて、階段を下って行く。お父さんの顔や体は所々黒い炭が付いていた。もしかして、わたしを連れ出す為にこんな炎の中をくぐり抜けて来てくれたの?

 わたしの意識は、完全に現実へと還って来た。


 天井から燃え尽きた柱が降って来た。ひやっとしたけど、お父さんには当たらず、わたしにも当たらなかった。お父さんはわたしをちゃんとその両腕で包んで護ってくれていた。

 いつもはすぐの玄関も、今は倍以上の時間をかけて到着。炎を背に、お父さんは扉を開けた。



 外には人集りが出来ていた。その中にはお母さんの姿があって、わたしを抱えるお父さんの姿を見るなり、泣きながら駆け寄って来た。


「良かった……良かった……無事で」


 お父さんはわたしを下ろし、空いた両腕でお母さんを抱き締めた。

 ウーウーとサイレンの音が聞こえた。

 消防車と救急車が到着した。

 救急車から降りて来た隊員は、わたし達家族に無事の確認をする。お父さんが家族全員に逃げ出せた事を話している時に、わたしはハッと気が付いた。


「シ、シザンサスが!」

「シザ……? ペットかな?」


 救急隊員が小首を傾げる。


「ぬいぐるみ! わたしの大切なうさぎのぬいぐるみがまだ家の中に!」

「家の中か……」


 今まさに消防隊員が消火活動を行っているけど、中へ足を踏み入れるのは無理だった。救急隊員は困っていた。

 お父さんが悲しそうな顔をしてわたしの肩を掴み、首を横へ振った。


「またお父さんが買ってあげるから……」

「で、でも、シザンサスは!」

「……ごめんな。諦めてくれ」

「そんな……」


 わたしは唇を噛み締めた。代わりなんてない。シザンサスの代わりなんてないんだ。こんな事なら、ずっと一緒にいれば良かった。

 わたしは黒く染まった10年間過ごした大切な家を、ただ呆然と見つめていた。








 今まで思い出す事なんてなかったのに。悲しい思い出だけど、楽しかった。まるで御伽噺みたいだったけど、あれはきっと現実に起きた事だよね。


 ――――バシャッ。


「わっ!」


 え? ……あっ!


「ご、ごめんなさい!」


 わたしは思いに耽けていて、向かいの席の彼氏にジュースをぶちまけていた。

 わたしはショルダーバッグからハンカチを取り出し、立ち上がって彼氏の服を拭く。


「本当にごめんね……わたし、ボーッとしてて……」

「いーよ、いーよ。態とじゃないんだし」


 彼氏は全く怒ってなくて、優しく笑いながら薄い長袖の上着を脱いだ。


 ん? あれ? 彼氏の白い腕に……


「火傷のあと……?」

「あーこれね。昔火傷しちゃってさ。――――今日天気良いし、ちょっと置いておけば服乾くかな」


 彼氏は変わらずの笑顔で、上着を椅子の背もたれに掛けた。

 わたし達は暫くの間、このカフェのテラス席でくつろいだ。色々会話をしたけれど、わたしの頭の中は彼氏の火傷のあとの事でいっぱいで、正直何を話していたか覚えてない。


 茶髪に黒い瞳、白い肌。そして、火傷のあと……――――そんな、まさか……ね。


「あ、乾いた。よし、じゃあそろそろ行こうか」


 彼氏の声にハッと気が付いて顔を上げると、上着を羽織り既に席を立っている彼氏の姿があった。


「うん!」


 わたしは席を立って、彼氏に駆け寄った。胸元で、星空の石のペンダントが揺れる。

 彼氏はにっこり笑ってわたしに右手を差し出し、わたしが左手を差し出すとギュッと握ってくれた。

 

 青空の下、わたしと彼氏は手を繋いで町を歩いて行った。

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