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アリス、重力を逃げる  作者: 皿日八目
7/14

第七話:アリス、雪を見る

「わっ!」


 とアリスは跳ね起きた。間一髪、夢のなかでカスタードケーキの砲撃をまぬかれたのだった。でも夢なんだから、もし当たちゃったって、クリームまみれになるのは夢の自分。そのことに気づいて、アリスったら大笑い。


「わーははは!」


 とっても大きな声だったから、アリスがその下で一夜を過ごしたキノコは、もう秋が来たのかと思って、思いっきりかさを広げたんだ。ちょうど、雨にうたれるかさを広げるのと同じようなもんだったけど、大きさがダンちがい!


 ばさっばさっばさっばさっばさっ!

 

 まるで千羽のコウモリが住む洞穴に、スポットライトを差し込んだみたいだった。あわててコウモリが飛び出して、空は真っ暗になったんだね。でも、いまは朝。ほら、フクロウも目を覚ました。


「ホーホ、おはよう」


 このホーホってのは、「朝に目が覚めてから三秒後にするあいさつ」って決まってたのさ。だけれども、そのあとに「おはよう」なんて付けたんじゃ、せっかく覚えた意味がない。


 けれどもフクロウがそうしたのは、きっと自分のホーホいうあいさつじゃ、アリスには伝わらないだろう、って考えたためなんだ。だからアリスもちゃんと、


「おはよう!」

 っていえたんだね。あー、よかった。


 アリスはフクロウにお礼をいって、ついでにキノコにもお礼をいったよ。眠らせてくれてありがとう、ってね。そうしてから、またなにかおもしろいものを探しに、森のなかへと進んでいった。


 しばらく進んでくうち、


「ハックション!」


 おや、アリスはかぜをひいたのかな? 森に入ってから、もう三千回もくしゃみをしていた。それだけくしゃみをするとお腹が減るから、アリスはあたりを見まわし、自分の小さな口にも入る、小さな食べものでもないかと探した。


 すぐ、鈴なりになっている、きれいな水色の木の実を見つけたよ。「やったー!」喜んで、アリスはすぐそれを口に入れようとした。


 だけどちょっと、なにかひっかかった。どこかでだれかが、こういう場合のために、なにかをいっていたような気がしたんだ。「なんだったかしら?」アリスはうんうんうなって思い出そうとした。


 人の頭は車のエンジンみたいなものだし、エンジンはよくうなっているから、アリスもうなってみれば、頭がよく働いて、よい考えを生むかもしれない、って考えたんだね。


 そのかいあって、まもなくアリスは思い出した。


「あーっ!」

 と、大声を出して、

「なんかの習いごとの先生がいってたんだわ! こういうときは……」


 と、アリスは水色の実を一口かじって、すぐペッ! と吐き出した。アリスが思い出したのは、つまりこんなふうなやり方だった。まず一口かじってみて、すぐ吐き出す。そのあとなんともなかったら、ひとまずはだいじょうぶ。


 ただ、このやり方が本当に正しいのかどうか、アリスにはわからなかった。それでも、ぐうぐう鳴るお腹にはかえられない。お腹にあるトランペットの奏者は、とっても欲張りで、すぐ食べものをよこせといばるんだから!

 

 アリスは、この小さな実が自分になにか悪さをしないか、したらすぐそれがわかるように、しばらくじっと動かず、ただ待っていた。これは、彼女にとって、すごく大変なことだった。


 アリスは、一秒とだってじっとしていられないし、一秒とだってじっとしていたくないタイプの女の子だった。あんまりそわそわするもんで、よく先生にも注意されるほどだった。


 どうすれば注意されずにすむだろう、とアリスは考えた。まさか、自分がじっとしていればいいなんて、アリスは考えもしなかった!


 学校の授業で、自由に動きまわれるのはただひとつ、体育の時間だった。だからアリスは、教室の壁に画鋲で留められた時間割の、各コマの上から、ぺたりと、「体育」のシールを貼っつけた。


 おかげで、次の日からアリスはゆかいでたまらなかった! だって毎時間毎時間、一時間目からずうっと体育が続くんだもの! ホームルームが終われば体育、休み時間が終われば体育、給食が終われば体育、午後からも体育……


 それはそれは楽しかったけれど、けっきょく、最後まで楽しいままで終わるっていうわけにはいかなかった。アリスのクラスの通知表を見た先生が、とってもびっくりしたんだ。


 だって、ほとんど体育の授業しかなくて、他の授業は少しずつしかやっていなかったから!


 その授業を取り返すために、アリスは春休みのあいだも、学校に通わなくてはならなくなった。これはひどかった。アリスはもう二度と、時間割に「体育」のシールを貼るのはやめようと誓ったよ。


 そんくらいじっとしちゃいられないアリスだけれど、いまはなぜか、ちゃんと待っていることができた。ま、それだけ青い実を食べるのが楽しみだった、ってことかもしれないけれど……


「……うん、なんともないわ!」


 アリスはよろこんだ。舌はちっともピリピリしないし、お腹もぜんぜん平気だった。


 はしゃぎながら木の実を集め、木漏れ日が照らす草地にぺたりと座りこみ、つぎつぎにほおばった。その実はどれも、いままでアリスが飲み食いしたことのある、ありとあらゆる青いものの味がした。


 ソーダ、アイス、ブルーハワイ、ブルーベリー、ネモフィラ、ラムネ、サイダー、スモモ、ブドウ、天然素材絵具#0000ff……


 しばらくして手元を見てみると、「わっ!」とアリスはびっくり。それというのも、アリスの手が、青いクレヨンで落書きしたみたいに真っ青になっていたからさ。


「こんなに青い実をたべちゃったからだ!」

 と、アリスは青くなって(じつのところ、アリスは顔まで真っ青だったのさ)、

「あーあ。また元通りになる方法を探さなくちゃあ」


 アリスの心も()()()になったのは、いうまでもなかった。


 けれども、しばらく歩いていると、真っ白な水をたたえた池があった。ここに飛び込めば、もしかしたらこの青色が落ちるかもしれない! そう考えて、アリスはザップーン! と池のなか!


「そろそろいーかな?」

 と、アリスは池からあがって、自分の手を見、またびっくりしたのさ。

「わっ。真っ白!」


 今度はアリス、全身にチョークをまぶしたみたく、真っ白になってたんだね。これだけ白かったら、すぐ汚れが目立って、アリスのママはカンカンだろう。


「こまるわ、こんなに白いんじゃ」


 そういうわけで、なにかまた、いい方法がないかとアリスはきょろきょろした。困ってもめげたりなんかしないところが、彼女のいいところさ。もちろん、すぐアリスは見つけたよ……まっかっかな池を!


「ようし、今度はこれっ!」

 またアリスは飛び込んだ。アリスは真っ赤になった。


 そうして気づいたのは、まわりにはたくさん、それはそれはたくさん、数え切れないほどたくさんの色の池があることだった。


「もーっ!」


 アリスは()()になって、手当り次第、まわりの池に飛び込みまくった。そのたびにザップーンという、シャチが海面で跳ねたような音があたりに響いた。


 だれかが寝ていたら、きっとびっくりして起きただろうけれど、だれもいなかった。

 

 何十もの池に飛び込み、あがったあとはすぐ違う池に飛び込んだもんだから、あたりの草地は、まるでアリスの何か月も洗っていないパレットみたいに、ぐちゃぐちゃとした色合いになった。


 こういう料理がレストランで出されたら、だれもがたぶん、二度とそこにはいかないだろうってくらいの。


 しかしそうした苦労がみのり、アリスはなんとか、満足のいく色合いに戻ることができた。前よりちょっと明るすぎる気がするし、こんなに白くなかった気もするけれど、まあ、アリスはぜんぜん気にしなかった。


「お腹が空いてたんですもの」

 と、また機嫌を直したアリスはるんるんと歩きながら思った。

「ちょぴっと青ざめるくらい、なんともないよ!」


 そうしてしばらく歩くと、アリスは先ほど、あんなにたくさんくしゃみをしたわけがようやくわかった。


 森を抜けるとそこには、一面、真っ白な世界が広がっていた。それはちょっと前にアリスが飛び込んだあの池の色よりも、ずっとずっと真っ白なように思われた。


「雪!」


 アリスは大はしゃぎさ。雪がきらいな子ども、それもアリスくらいの子どもなんて、そうそういない。アリスが住んでいるところにはめったに雪が降らないし、降ったとしてもすぐ溶かされてしまうから、なおさらだった。

 

 あちらこちらに、雪でできた象が立っていた。それはどれもがいまにも動き出しそうで、アリスはじっさい、そのなかの一頭が鼻息で粉雪を飛ばしているのを見た気がした。


 アリスはきのう、マンションを出るとき、しっかりと靴を履いていたことを得意に思っていたけれど、それは考え直さなきゃ、と思うのだった。


「長ぐつを履いてくるんだった!」


 いまの靴は、この真っ白な世界を歩くにしちゃ、ちょっとばかし底がうすすぎたんだよね。もう少しずつ、厚かましい雪が入り込んでいる。


「でもさ、仕方ないじゃない?」


 アリスはぶつくさいっている。


「長ぐつは棚のなかにしまってあったんですもの。もしそれをガサゴソ取り出そうとしていたら、すぐママにつかまってしまったわ!」

  

 


 

 

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