第一幕 備え
征四郎は、師であるラギュワン・ラギュの忠告を無視はしなかった。
カムラの王が兵を差し向けるであろうとの言葉に対しての備えを始めた。
とは言え、一人では出来る事などたかが知れている。
最低限、ロズと意思の疎通を行い、協力を求めねば話にならない。
故に、簡単に準備を整えるとロズを訪ねた。
「ロズ姫、古城の見取り図を、描いた。もし、この城を落とすならば、貴方は何処を攻める?」
見取り図を広げ、まだぎこちなく、単語ごとに区切りがちな話し方でロズに問いかけると、ロズは悩みながら幾つかの場所を指摘した。
「この辺りが攻め易いと思うが……何故じゃ?」
「私の、存在を、面白く思わぬ者が、いる。時間かからず、排除するため、攻めてくるだろう」
「なに?!」
「貴方は、私を呼んだ。私は、その呼び声に、答えた。勝手に、引き離されるのは、面白く無い」
「当たり前じゃ! どこのどいつがそんな事を!」
征四郎の言葉に、顔を赤くしていきり立ったロズだったが……。
「この国の王だ」
続いた言葉に思わず黙ってしまう。
ロズ自身も薄々は感じていたのだろうが、血縁にそこまで疎まれていると知るのは堪える物だ。
顔を伏せて押し黙るロズを征四郎は双眸を細めて見やったが、言葉を続ける。
「王に、逆らってまで、傍にいるな、と言うのであれば、私は何処ぞに旅立つが?」
「馬鹿を言うなっ! もう……、一人は……ごめんじゃ……。例え叔父上に背く事になったとしても……傍に居るのじゃ、カルサドレ」
征四郎の言葉に顔をあげて、狐耳をピンと立てて猛然と言った後、耳を垂らして力なく言葉を続けるロズ。
ある種の葛藤が在った様だが、程なくして顔をあげると緑色の双眸は覚悟を決めていた。
その様子を見、言葉を聞きき、征四郎は深く頷きを返し。
「委細承知。指揮官と、目標が一致して、おらねば……戦には勝てん。それと……」
「なんじゃ?」
「セイシロウだ」
「え?」
「私の名前だ。カルサドレの、征四郎と、今後は名乗る」
隠すほどの物ではなかったが、言いそびれていたとだけ伝えて、征四郎は踵を返した。
「何処に行くのじゃ?」
「姫が示した個所の、補強が可能かどうか、この目で見てくる」
「待て、余も行く」
「総司令官が、おいそれと、指揮所を動く物では、ないが……今は、二人だけだから、良いか」
そんな言葉を投げかけるとロズは不思議そうに小首を傾げる。
「余が、司令官?」
「私の、受けた教育、経験では、前線の野戦指揮が、関の山だ。それに、姫にこの命を、預ける以上は、貴方が司令官だ」
その言葉を噛み締めるように聞いていたロズは、ぴたりと足を止めた。
そして、何かを考えこみながら征四郎に問いかける。
「余は、寂しさからついて行こうとした。それは、兵を指揮する者の在り方ではないな?」
「でしょうな」
「――セイシロウ、補強可能か確認するとともに、敵が古城に来るのにどのルートを使うか思案したい」
「簡易な、見取り図で良ければ、描いて来よう」
「頼む。余は、今の生活を奪われるのは嫌じゃ。徹底的に戦ってくれる……」
「では、使用人、達の処遇も、考えておいてくれ」
「概ね敵か。それはそうじゃな。ああ、考えて置く」
意を決したロズを見つめて、征四郎は大きく頷き、まずは補強可能かどうかの確認に向かった。
神土征四郎は、魔人と呼ばれるようになる前は、近衛師団に所属する佐官であった。
しかし、大尉時代には大陸で一神教統一連合軍との戦いに参戦していた前線指揮官であった。
砲煙弾雨の最中と言えども、機を捉えれば銃剣突撃を敢行して、戦線を突破する戦いぶりから、敵からは『剣鬼』と恐れられた。
無論、無謀と好機の違いはしっかりと把握できる戦術眼を持ち、突撃時には先頭に立って進むので、率いる部隊は士気が高かった。
相応の経験を持つ彼が少しばかり迷うのは、この地での戦い方が不明なためだ。
「死者を呼び出す神通力が一般的とまでは言わないが、根付いている。火の玉を投げたりするような連中もいると言う。それを迎え撃つから、この城はトーチカめいている訳だ」
二階建ての石造りの城は、城と言うよりは要塞、それも近代的な大きめのトーチカを思わせる。
テラスはあれど、優雅さとは無縁だし、どちらかと言えば見張り台の様相を呈するくらいだ。
事実テラスから見下ろせば、近隣の村に続く一本道が見渡せた。
「この道ならば大軍はこれまい。だが、少数に兵を分散させ、山々より城を目指す作戦を取られると厄介だな」
山中に浸透分散されては、二人だけの此方では対応に追われる。
如何する?
あくまでこちらは気付いて居ない振りをするべきだろうか。
相手を油断させるのは兵法の道理だが……さて、此方ではどうなのか?
「そこは姫に任せるより他は無いか……。だが、そうなると補強はしない方が良いのかもな……。こいつは諸刃の剣だが」
小さく呟きながらテラスを離れて、補強が必要な場所を見て回り、最後には城を出て周囲の状況を調べ、簡易な見取り図を作成するべく歩き出した。
その様子を使用人達が見ているが、彼等には征四郎の独り言は通じない。
故国の言葉だ、国どころか世界が違う言葉の響きは、連中には呪文いでも聞こえているかもしれないなと征四郎は微かに笑う。
そして、久々の戦いにどこか心が浮き立つのを感じながら、我ながらどうかしていると更に笑みを深めるのであった。