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第一幕 事態の把握

 征四郎がこの石造りの古城に呼ばれてから九十回も日が昇って沈んだ。


 既に三か月が過ぎているのだが……、未だにこれだと言う料理は作っていない。


 そろそろ本腰を入れるかと征四郎も思うのだが、今日もロズワグン姫とのに語学の勉強をしていた。


 その方が楽しかったからだ。


 ロズワグン姫とは、征四郎を呼んだ娘の事で、その名をロズワグン・エカ・カムラと言う。


 カムラと言う王国の病弱であった王の兄を父に持つこの姫は、ある日賊から身を守る為に死霊術を使ってしまい、良からぬ風聞が広まる事を恐れた王によりこの古城に軟禁されている。


 話し相手も無かった生活の為か、姫は嬉々として征四郎を相手に一日を過ごす。


 だからか、語学を学ばせるのには、気合が入っているように感じとれる。


「良いかカルサドラ。文法的にはこうなるが、口語ではこう言う場合が多いのじゃ」


 言葉を喋れぬ征四郎に便宜上カルサドラと姫は名付けた。


 その意味はこの国の古語で黒い戦士を意味している。


 傷を縫合した際に、肉の付き方や傷の多さから姫は征四郎を戦士と断定していたのだ。


 黒い髪の戦士、だからカルサドラ。


 いささか安直にも思えたが響きは悪くない。


 何より姫が名付けたのだから、それでも良いかと征四郎は考えていた。


 己の名は改めて後で告げればよいのだ。



 姫との生活は、静かな物だった。


 征四郎の生活の場となった山中の古城には数名の使用人しかおらず、彼らは殆ど姫とは会話をしない。


 使用人同士では会話をしている場面を何度か見ているので、姫と言葉を交わさない方針なのだと征四郎は察していた。


 言葉を聞き、大まかな意味を知れるようになった今では、使用人達は姫を恐れると同時に、疎外もしているのだとも気付いたし、それが王の方針であるともやはり察した


 こんな状況である為、言うなれば他者はあれども二人だけの生活だ。


 となれば、語学の習得も早まる。


 二カ月も経てば片言で会話できるようになった征四郎を、姫は言葉を解する速度が速いとよく褒めるが、これは如何も、始原の言葉を操る呪術の神ゾル・タルワースとの会話が功を奏しているように征四郎には思えた。


 つまり、水色の丸いふわふわは、信じがたい事だが本当に神であるのか、それに準ずる高位存在らしい。



 そして、現状の把握に拍車をかけてくれたのが、呪術師としての師であるラギュワン・ラギュの存在がある。


 彼は以前、姫が話し相手を欲して呼び出した死霊である。


 当の姫は知性ある死霊の召喚は失敗したと思っていたようだが、実は古城内に勝手に住み着いていたのだ。


 馬の首より上に人間の上半身がくっ付いたような姿の騎馬族ホースニアンと呼ばれる種族である彼は、まだ言葉も解さないうちから姿を見せ、征四郎に丸い水色(呪術の神)と同じ言語を用いて大師父に知識を還元するために来たと語った。


 自分は征四郎の過去生であると言う呪術師ジュアヌスの系譜なのだと言うのだ。


 半信半疑の征四郎だったが、教えを受ける内に、剣の師にも似た高潔さをこの半人半馬の老いた呪術師から感じとり、深く敬愛するようになった。


 征四郎が半透明の騎馬族ホースニアンと会話を交わす光景は、使用人達にも見られており、姫と同様に征四郎も恐怖の対象になったいた。


 その為か、端から決まっていたのか姫への最低限の食事は出されるが、征四郎の分は出されない。


 姫が命じても一切返事をしない使用人達は、それを徹底する。


 が、それは無駄なあがきであった。


 呪術師は、薬学に詳しく、山野で何が食えて、何が食えないかを知識として蓄える。


 姫が差し出す食事を辞退して、ひもじい思いをしていた征四郎に、呪術師の師は周囲の山中で何が食えるのか、どんな獣や魚がいるのか、どんな香草がどんな料理に合うのかを簡単に教えてくれた。


 魔人と言われた征四郎である、何が食えるか分かれば、山中に分け入り食い物を取って来る事は簡単だった。


 それに戦場経験が生きた。


 野を走る豚を捕まえ、捌いて食った経験が。


 多少の試行錯誤を繰り返したが、その過程で征四郎はこの地の獣や山草の調理法を学んでいく。


 例えばドゥルキと呼ばれる四足の獣の肉は、油がさっぱりしていて、肉の味が良いのだが、確り加熱せねば腹を壊す。


 このドゥルキの肉にカヌと呼ばれる山草の茎をすりおろした物を添えると清涼感ある仄かな辛みがアクセントになり、非常に美味い。


 ナジと呼ばれる山草の実は、ある種の虫が集める蜜に付け込むと甘酸っぱい甘味となる。


 純粋に甘味だけを求めるのならばその蜜を舐めれば良いのだろうが、征四郎は生憎とただ甘いだけの物は苦手だった。


 他にも川魚やらを捕まえて焼いたりもしたが、煮付けは火加減が難しく焦がしてしまった。


 当初は外で火を起こして焼いていたが、こちらが近づくと使用人は無言のまま去るので、これ幸いと厨房を使うようになった。


 おかげで、征四郎と姫の食卓は見違えた。


 軟禁生活を送るようになってから数年、姫の食事は質の良くないカバナと言う麦に似た穀物を煮込んだ物といわゆる塩に相当する物に漬け込まれた魚などがほとんどと言う状況だった。


 貧民に比べても量は少ないらしい。


 それでも肉も塩漬けの物が時折出されたのはマシな所か。


 どちらにせよ、基本はカバナを煮込んだ料理が主であった。


 それが一転したのだ。


 山草とは言え野菜が、新鮮な肉が、魚などの品が食卓に必ず並ぶのである。


 食べる事が義務的だった姫の食事状況は一気に楽しみへと変わった。


 おかげで、三ヶ月近くが過ぎれば痩せ細った体も肉付きが良くなり、健康的な美しさを取り戻しつつある。


 話し相手であり、食事を提供してくれる征四郎に姫を心を開かない筈もなく、如何して軟禁されるに至ったのかを語りだしてくれた。


 それは、要約すれば次の通りだった。

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