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第三幕 交差

 刀を上段に構える黄衣の女スラーニャの姿はは、その小柄な体は想像が出来ない程に凄味に溢れている。


 言葉が分からず、ある種傍観してしまったエルドレッドやイゴーが即座に後悔するほどに。


「最初の攻撃に合わせて、俺達も動くべきだったか」


「何だ、あいつは……カーリッジより凄味を感じる」


 グラルグスは二人の囁き声を聞きながら、測る様にスラ―ニャを見る。


 完成された剣士のみが放つ威圧感とでも呼ぶべき気配をいやと言う程感じて、微かに頭部の狐の耳を震わせた。

 

 恐怖は恥ではない、それに飲まれてしまう事が恥だと自身に言い聞かせ、じっと二人の対峙を見守る。


 場合によっては、即座に動けるように。


 だが、クラーラのみは少しばかり違った見解を持った。


 彼女の亜麻色の髪に隠されていない瞳が、スラ―ニャの征四郎に対する遠慮の様な物を見て取ったのだ。


「まずは、様子見で正解かと。この先どう転ぶかは分かりませんが」


 エルドレッドとイゴーにそっと告げる。


 確かに悪人では無さそうに見えるが、しかし、あの黄色い衣を着ている。


 エルドレッドと出会った森守ガーディアンの村で見た、あの黄衣の悪魔と同じ服装。


 ただ一人で、精強な森守ガーディアンの戦士団を殺して、村を焼き払った悪魔。


 決死の刃が首を撥ねたにも関わらず、高く笑いながら消えた黄衣の悪魔。


 それと同じ服装ならば、彼女も仲間である可能性が高い。


 だと言うのに、まずは話し合いがもたれた事にクラーラはほっとしていた。


(あの仮面をつけていないから? あれは不気味だったもの……)


 クラーラは、そんな事を思いながら事態を見守る。


 さて、そんなクラーラの甘いとも言える思いに似た感想を以外にもキケも抱いていた。


 これは、はしっこいこの若者らしく黄衣の悪魔全てを敵に回さずに済むかもしれないと言う打算による安堵であったのだが。


 連中は退けるのも一苦労、なるべく戦いたくはないと言うのがキケの本音だ。


 事態がそんな簡単な方向に転がらない事も知ってはいたが、それでも、無駄な戦いはしたくはない。



 各々が各自の思考を巡らせている最中も、征四郎とスラ―ニャの対峙はなおも続く。


 征四郎は無手、スラ―ニャは刀。


 本来ならばすぐにでも決着が付きそうなものだが、スラ―ニャは中々攻撃に移らなかった。


 腰を落として、両の手を胸元にまで引き上げる構えを取りながら、征四郎は訝しむ。


(優位な筈なのに、攻勢に出ない……。何かを待っているのか?)


 援軍か、それとも何か別の手立てを考えているのか。


 剣を上段に構えたまま小動こゆるぎもしないスラ―ニャ。


 これ程、剣を練り上げてきたのならば、攻勢の機会を逸する筈はない。


 なのに、征四郎ならば攻勢に移るタイミングを既に二回は逸している。


 そこに何かあるのかと征四郎は探る様に双眸を細めた。


 そして、あろう事か此方から攻撃を仕掛ける事にした。


 身を低くしながらスラ―ニャに駆け寄ると、即座に振り下ろされた刀の一撃。


 空を裂き迫る刃は、避けるには早すぎた。


「うぐっ……」


 呻き声、一つ。


 征四郎の肩に食い込む刃、だが、征四郎の拳はスラ―ニャの腹に突き立てられている。


 呻いたのは、スラ―ニャだった。


「……効きますねぇ」 


 征四郎を断ち切る事は出来なかった刃から手を離して、スラ―ニャは距離を開ける。


 征四郎の肩を数センチ刻んで止まった刃からは赤い血が滴り、黒い泥へと変じていく。


 何処か陶然としたように殴られた腹を擦っていたスラ―ニャだったが、不意にこちらの世界の言葉で語り掛けてきた。


「ああ、何と言う事だ! 刀を取られては戦えない。これは退くしかないですねぇ」


「……何?」


 いきなりな物言いに征四郎が面食らっていると、スラ―ニャは外套を翻して逃走の態勢に入った。


 そして、やはりいきなりに、ロズの方へと駆けだした。


「姉上!」


 周囲がざわめく最中、スラ―ニャの茶色の双眸がロズを真っすぐ捕えて眇められる。


 それに臆さず睨み返すのはロズの緑色の双眸。


 意思と意思が一瞬だけぶつかり合い……。


「――そうでなくては。そうでなくては、なりません」


 そこに何を見取ったのか、スラ―ニャはそれだけ告げて、更にロズに近づいてすれ違いざまに低い声で囁く。


「あの方の扱いは丁重に。さもなくば……」


 そこに込められた声にハッとしたように背後の壁に駆け昇るスラ―ニャを振り返るロズ。


 スラ―ニャはそれ以上の言葉を放つ事は無く、大広間の光取りの窓から外へと飛び出ていくところだった。



 その一部始終を見ていた征四郎だったが、肩口に刃がずるりと抜け落ちて石畳の上で金音を鳴らす。


 その刃を手に取り、一人呻く征四郎。


 思わぬ逸品である事に気付いたからだ。


 肩から血を流しながらも、武器を気にする征四郎に呆れた様な視線を投げかけながらクラーラが近づき。


「傷を見ましょうか?」


「有難い、だがその前に、聞くべき事がありそうだ」


 そう告げる征四郎は報告に駆けて来ていた傭兵達に気付いていた。


 彼等の報告を聞くまでも無く、恐るべき相手が姿を見せた事は既に知れていたが、征四郎は傭兵達に教えに来てくれたことに感謝を示した。


 その姿は傷を押して、傭兵達を労ったように見え、労われた傭兵は勿論、グラルグス達やロズも感じ入っていた。


「確かに、扱いは丁重にせねばならんな」


 自分にだけ聴こえる様に告げて消えた黄衣の女に対して、ロズは小さく返答を返していた。

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