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第一幕 我、忘死不倒の魔人なり

 神土征四郎かんどせいしろうは今、正に死のうとしていた。


 倒すべき敵の元に迫り、力及ばず倒れたのだ。


 このままでは、皇国は再び内戦状態に陥る。

 

 兄や姉の家族や、妹の家族もるいが及ぶ。


 それだけは避けねばならぬと、四肢に力を籠めるが、複数の傷口から流れ落ちる血が、力を奪っていく。


 巨悪を討つ為のはかりごとも全て無に帰すのか、そう思えば無念の極みであった。



 そんな命果てる間際の征四郎に、老いた男の声が語り掛けてきた。


 その声はジュアヌスと名乗り、遠い、遠い異界の地で呪術師として生きていたと語った後に、話を始めた。


「敵が上手であったか。だが、このままではお主の死体は再利用されるぞ」


「死なずの兵士か、馬鹿々々しい研究だ」


「だが、ほぼ現実のものとなってきている。お主がこのまま果てれば、確実に」


「……それを伝えるために来たのか、呪術師とやら」


「いいや、止める手立てがあると忠言に来たのだ、若き剣士よ。最悪、魂が砕け輪廻りんねは巡らず二度と転生てんしょうは出来まいが……お主の死体を利用される事は無い。それに……」


「それに……?」


「お主次第だが、死なずの兵士を超越した力が手に入るやもしれない。上手く行けば、だが」


「その可能性が低かろうが、やるしかない。如何すれば?」


「祈り給え、彼の神に。呪術の神、ゾル・タスワーンに」


 その名を聞き、征四郎の脳裏に祈りの言葉が過った。


 征四郎がその祈りを言葉として思い描くと、ジュアヌスもまた唱和した。


 二人の祈りが響くと、今まさに命を枯らした筈の神土征四郎の死体が口を開き唱えた。


「赤き大地の底に眠りし竜よ。始原の言葉を操る竜よ。呪術の神、ゾル・タスワーンよ。我に力を与え給え!」


 言葉を放ったと思えば、征四郎の死体は飛び起きて、周囲より間合いを取り構えた。


 力を失い閉じられていた双眸が開かれると、黒かった筈の瞳は赤土色に変容して其処に在り、傷口からは彼の髪と同じように真っ黒い色の泥の様な物が滲み、煙を噴き上げながら傷を修復する。


 いつの間にやら。纏っていた近衛師団の制服も黒っぽく変色しており、雪除けの外套マントも裾がボロボロとなっていた。


「己! 迷い出たか、神土征四郎!」


「笑止! 東西朝が統一され四十年、この短い平和を打ち砕き再び戦乱を引き起こさんとする汝が野望もこれまでと知れ!」


 多くの兵士を人知れず改造していた怨敵に対して、啖呵を切った征四郎。


 これが十年にも渡る長い戦いの宣戦布告となる等、当人達には知る由も無かった。




 それから十年。


 皇国の怪異認定書に皇国に現れた七番目の魔人、すなわち魔人七號(まじんななごう)と認定された神土征四郎は、協力者を得ながら遂には、十年前に己を死に追いやった敵を打ち倒した。


 皇都にて行われた最終決戦では十人の黄衣の悪魔と戦い、全てを斬り捨て遂には宿敵も屠った征四郎だったが、自身の命もまた、尽きようとしていた。


 長い、長いおまけのような人生も終わる。


 皇都の名物となりつつある新ラジヲ電波塔の最上階展望で、宿敵を斬って伏せた征四郎は夕日を浴びながら壁に背中を預けて座り込んだ。


 十年。


 人を辞めて魔人と呼ばれながらも戦い抜いた十年。


 これでようやく、十年前のあの日、高い身分いた怨敵を襲撃する場を提供する為だけに腹を切って果てた上官に顔向けが出来る。


 この十年色々あったなと、意識が薄れる中、思う。


 家族に恐れられ、それでも彼等は征四郎を拒絶する事は無く、最後の決戦の前には、元の家族に戻れたことは僥倖だった。


 特に妹の娘は、十二歳と言う年齢の所為か、この様な恐るべき姿の叔父によく懐いてくれていた。


 姪と同じ年ごろの娘二人を助けた事もあったかと、痛ましさに顔を顰める。


 彼女らの帰って来てねとの言葉には、答えられそうも無いと苦く笑った途端、せり上がるように熱い物が込み上げてきて鮮血が口から吐き出された。


 吐き出された赤い血は、ラジヲ塔の床を汚しすが程なくして黒い泥の様な物へと変容する。


「終わり、か」


 傷口から溢れ出る血も黒い泥の様な物へと変じていくの見れば、漸く死ぬのだなと実感がわいた。


忘死不倒ぼうしふとう、魔人七號の最後に見る光景か。ははっ、絶景かな、絶景かな」


 力無く笑い、征四郎はその時が来るのを待つ。


 死と呼ぶべきなのか、力の代償と言うべきかは分からないが、己が終わる時が来る。


「神土! 神土! 何処だ!」


 遠くで軍学校時代の先輩であり、巨悪との戦いでも戦友であった男の声がする。


「返事をしろ、神土!」


 先輩が来るのであれば、居住まいは正して置かねばなるまい。


 征四郎は投げだしていた足を引き寄せて正座し、背筋を伸ばした。


 痛みが全身を駆け巡り、今にも倒れてしまいそうになるも、傍に落ちていた刀を床に突き立て、支えとする。


 心ならずとも人を超越した強者となったが、そうなった以上は意地があるのだ。


 無様な死に様を晒す訳には行かない。


 

 それが、征四郎が生まれ育った世界で彼が最後に考えた事であった。


 後に、征四郎の姪は当時の事を振り返りこう記していた。


 『叔父は役目を終えて天に帰ったのだろうか。悪を斬り、役目を終えた叔父が居る筈の展望最上階には、芦屋大納言(あしやだいなごん)の死体の他には突き立てられた刀と黒い泥の様な跡が残るのみ残されていた』と。

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