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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
2.永遠の契約
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3:塵を踏み歩くもの


 上糸 振夢。 穂村 暁大の祖父にして、 彼が生まれる前に行方不明になった人物。 それが、 昨夜現れた腐敗物の正体だった。

 二人の刑事と共に円達三人は一度、 上糸家へと帰った。 穂村の祖母は家に帰ってくるとすぐに、 刑事達から当時の状況について聞かれていた。 ただ、 もう二十年も前のことであり、 彼女も忘れてしまっていることが少なくない。 それでも何とか思い出そうと必死だった。

 そんな中、 円と穂村は振夢が書斎代わりに使っていた部屋を調べていた。 古臭い机の周囲は彼が書き残したノートが綺麗に整頓されていた。 おそらく、 穂村の祖母が片付けたのだろう。 押し入れや本棚には様々な本や物が収められており、 半分は胡散臭いオカルト雑誌だった。 残りの半分のうちさらに半分はこれまた胡散臭い資料で、 残りのもう半分は振夢が書き残したと考えられる胡散臭い手稿であった。


「穂村君には悪いけどこれは……」

「円先輩、 みなまで言わないでください。 僕も大体同じ気持ちなので」

「あぁ、 ごめんね」


 押し入れを調べていた円がげんなりとした表情をする。 調べても調べても胡散臭い資料の山々。 はっきり言って、 どれも真実とは思えない物ばかりだ。 二カ月ほど前に真実味のない事件に巻き込まれはしたが、 それを信じたとしても胡散臭いものばかりだ。 途中から、 むしろ珍しい物体はないか押し入れの中の資料を乱雑にひっかきまわしていると、 奥の方にポツンと小さな金庫が置かれていたのを見つける。

 試しに持ってみるとそれなりに重く感じる。 金庫自体も含めて十キロ以上はあるだろう。


「穂村君。 金庫見つけた。 ダイアルロック式だから開けるのにはちょっと時間がかかるかも」

「先輩、 こっちも日記を見つけました。 読んでみますね」


 一緒に探していた後輩に声をかければ、 机周辺を探していた後輩の方からも声が返ってきた。 振り返れば古ぼけたノートを掲げる後輩の姿があった。

 金庫を押し入れから取り出し、 ダイアルロック式の扉を開こうと四苦八苦していると、 穂村が日記の音読を始めた。 どうやら、 聞かせてくれるらしい。 せっかくなので、 その厚意に甘えることにする。




 三月十二日

  先日頼んでいた魔導書が手に入った。 聞いたところによると、 この魔導書を手にしたものは皆塵になってしまうという呪われた書だ。

  実に興味深い。 最近は寄稿しているエッセイもマンネリ化していたところだ。 是非調べてみよう。 きっとイイネタになるはずだ。

  ……それにしても、 ギリシャ語で書かれているらしいなこの書は。 明日にでもギリシャ語の辞書を買いに行くか。


 三月十七日

  まだ完全に調べ終わってはいないが、 この魔導書は実に興味深い。 時空を操る神との契約―――すなわち永遠の命を得る術が書かれていた。 もし、 この儀式を行えば、 私も永遠の命を得れるのでは? 今度試してみるのも悪くはない。

 ただ、 最近視界が悪くなったような気がする。 部屋に埃が積もっているし……この魔導書の影響か? まさかな


 三月二十六日

  ……思った以上に使えん儀式だ。 背骨が捻じ曲がるだと? 永遠の命を得れるかと思いきや物事はそう簡単にはいかんらしい。

  だが、 希望も見えた。 要は肉体を捻じ曲げない契約をかの神と行えばいいだけのことだ。

  さあ、 儀式の改良の研究を始めよう。




「よしっ、 開いた!」

「本当ですか!?」


 穂村が日記を音読するのを中断するように、 声を張り上げる円。

 彼女の宣言通り、 小さな金庫の扉は開かれており、 中からは古びたレポート用紙が大量に詰め込まれていた。 その中にある更に古びた巻物と思わしき物が、 おそらく振夢が手に入れた“魔導書”なのだろう。 『Η διαθ?κη του Καρν?μαγκου』と表紙に当たる部分には記されてはいるが円も穂村もギリシャ語なんてものは全く分からないので、 解読できるはずもなかった。


「他の書類を見る前に、 日記の続きをお願い」

「分かりました。 ……ってどこまで読みましたっけ」

「三月二十六日まで聞いたよ」


 そう言いながら、 穂村の方を向いて床に座る円。 「分かりました」と答えて、 開いていたページに目を通す。




 四月十一日

  ……うまくはいかないものだ。 しかし、 他に面白い呪文を習得できた。 精神を交換することができるという呪文だ。 成功率はあまり高くないようだが、 夢を見せていくことで、 少しずつ成功率を高めていくことができるらしい。 特に血がつながった親族を相手にすればさらに成功率は高くなるらしい。

  儀式が失敗したときの次善の策として考えておくか。




「夢……精神交換!?」

「えぇ……もしかして、 僕がよく見ている夢や父が見ていたという夢の正体は……」

「多分、 お祖父さん、 上糸 振夢の魔術だと思う」

「実際にあったんですね、 魔術って……」


 はぁ、 とため息をつく穂村。 円も前回の事件がなければこの日記も狂人の戯言と考えただろう。 しかし、 この世ならざるものを見てしまった以上、 魔術も存在しないとは言い切れない。




 四月二十四日

  ついに完成した。 肉体に損傷をもたらすことなく、 かの神『塵を踏み歩くもの』と契約する方法が。 これで私は永遠の契約の下、 不老不死になれる。


 四月二十五日

  失敗した。

  失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイシタ。 シッパイシタ。 シッパイシタ。 シッパイシタ。 シッパイシタ。 シッパイ。 シッパイ。 シッパイ。 シッパイ。 シッパイシッパイシッパイシッパイシッパイシッパイシッパイシッパイ


「……これ以降は白紙ですね」

「儀式に失敗して、 結局は背骨が捻じ曲がってしまった。 それで正常な骨格を持つ、 穂村君のお父さんと精神を交換した……ってところかな。 そして、 今狙われているのは」

「僕。 ということになりますね」

「多分、 また似たようなものに挑戦して失敗したんじゃないかな。 巻き込まれた側としては『ふざけるな』って話だけれども」

「……お前らホラー小説でも書いてるのか?」


 二人が話しているところに割り込んできたのは、 二人の刑事の片割れ、 若手の方だった。

 振夢が書斎代わりに使っていた部屋に入り、 二人に相対するように座り込む。


「刑事さん」

間宮(まみや)だ」

「間宮さん、 お祖母ちゃんの方は?」

「今、 先輩が話を聞いている。 俺は邪魔だからって追い出された」


 「あの人は傲慢なとこがあるから」と小さな声で文句を言う間宮。 「それで?」と話の続きを促すように二人に話すと、 そもそもどこから聞いていたのか円が尋ねる。


「『これ以降は白紙ですね』っていう言葉からだな」

「じゃあ、 最初から話した方がいいですね」


 そう言うと、 今までの事情をできるだけ簡潔に纏めて伝える穂村。

 毎晩見る奇妙な夢の事、 神社の神主から聞いた父の話、 そして、 この部屋で見つけた狂気じみた日記を。

 全て聞き終えた間宮は「ふむ」と一言呟くと、 「そういえば」と言葉を続けた。


「最近、 不審者の話を聞くな。 ここを少し行ったところの森で男性と思しき不審者が確認されてる。 もしかしたら、 精神交換した振夢かもな」


 「なーんてな、 魔術なんてあるわけないだろ」と言うと、 間宮は立ち上がり、 部屋を出ていった。

 刑事が出て行ったあと、 「だよねぇ……」と言わんばかりに互いに苦笑しあう大学生二人。

 それから二人は、 円が開けた金庫の中に入っていた書類を読みあさる。 古びた書類は振夢が魔導書を翻訳したものなのだろう。 乱雑な字で書かれており、 一番下にはページ番号と思しき数字が書かれていた。

 乱雑な字に苦労しながらも、 慎重に読み進め、 中にある情報を確かめていく。


 『Η διαθ?κη του Καρν?μαγκου』、 日本語に直すと『カルナマゴスの遺言』というらしい書物は、 日記の内容通り、 『塵を踏む歩くもの』について詳しく書かれていた。 その契約方法と力についてが中心で、 他にも様々な呪文についての項目があったが、 円達はそれを読み飛ばした。 今重要なのは、 呪文などではなく、 精神交換を止める方法だ。

 しかし、 精神交換に関しての記述は翻訳したモノには載っておらず、 メモ書きのようなものに乱雑に書かれていた。


「あった! ありました!」


 そう言って円に見せる穂村。そこには、 精神交換について書かれていた。 基本的なことは振夢が日記に書いたもののとおり、 近親者であれば成功率が増すことと、 夢を見せていくことで精神を同調させて、 これまた成功率が高まることが書かれていた。

 しかし、 それ以上に円達の目を引いたのが次の一句。


『しかし、 夢を見せていくたびにすこしづつ対象に近づいていく必要がある』



1.

 振夢が残した『日本語訳版・カルナマゴスの遺言』を読んでいくうちに日はとっくに暮れていた。 穂村の祖母が夕飯を準備ができた時には円と穂村はくたびれ切っていたが、 どこか充実感のある顔をしていた。


 決戦は今夜。






 †






 ―――夜。 一羽の鴉が夜にも関わらず、 やかましく鳴いている上糸家周辺。

 そんな上糸家周辺に足を踏み入れるものがいた。 襤褸切れに身を包んだ男は、 勝手知ったる我が家のように、 何のためらいもなく、 上糸家に足を踏み入れる。

 一度、 二階を見上げると男はニヤリと口元を歪め……




 何者かに取り押さえられた。


「!?」


 上からのしかかられた上に右腕をねじり上げられて、 混乱する男の目の前、 上糸家の居間から明かりがつき、 中から若い刑事と男の孫『穂村 暁大』がいた。


「ほんとに来たよ……」

「―――お父さん、 いや、 お祖父さん」


 呆れたようにため息をつく刑事、 間宮。 彼の隣にいる穂村は悲痛な表情を押さえながら喋る。


 ―――待て、 この男は何と言った?


 たしかに男は穂村の祖父である。 しかし、 今この体は彼の娘と結婚した男―――穂村の父のものである。

 それに上糸 振夢はもう死んだはずだ……公式には。 この上糸家の玄関でドロドロの腐敗死体となって発見されていたはずだ。


 なおも、 混乱する男に上から声がかけられた。 若い女の声だ。




「夢の時間は終わりだよ―――上糸 振夢!」




 ギリシャ語の部分は翻訳に頼っています。 ギリシャ語分からないので。

 後、 鴉って夜にも鳴くそうです。 狩場を荒らされたときとか、 災害があるときとか。

 カルナマゴスの遺言は読むと経年劣化の現象が発生するそうです。十年ほど。 さらに周囲の部屋にも同じような影響が。

 大丈夫かこれ……って思っていたんですが、 よく考えたら円達が読んでいたのって魔導書本体じゃなくて、 振夢が残した翻訳版でした。 セーフってことでひとつ。

 あと、 カルナマゴスの遺言には精神交換の魔術は載ってないみたいなんですよね(TRPGのルールブック見てると、 ですが)……振夢はどこで手に入れたのか……

 

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