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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
2.永遠の契約
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1:憧れの人と故郷へ

 お待たせしました。 第二章「永遠の契約」開始です。

誰もが天国に行きたがるが、死にたがる者はいない。

Everybody wants to go to heaven, but nobody wants to die.

   ジョー・ルイス

   Joe Louis


 三塚大学法学部一回生、 穂村(ほむら) 暁大(あきひろ)には憧れの人がいる。

 その人は同じ三塚大学に通う一つ上の先輩、 文学部の桐島 円という。

 なよなよしい自分とは違って、 しっかりと筋肉が付いた身体に強い意志を感じる瞳。 自分にはないものを全て持っている彼女に僅かな嫉妬とそれ以上の憧れを抱いていた。


 三塚大学文学部二回生、 桐島 円には時折世話を焼いてる後輩がいる。

 同じ三塚大学に通う法学部の一回生、 穂村 暁大という青年という。

 彼は自分が贔屓にしている喫茶店でアルバイトをしていたのをきっかけに知り合った。 大学に入って友人ができていないという彼の為に、 いくつかアドバイスをしたことは覚えている。 それが活かされているかどうかは分からないが、 それ以降、 彼からの相談にはできる限り答えている。


 今回の相談もそういった内容だと考えていた。


「最近奇妙な夢を見る?」

「はい、 それも同じような夢を何度も……」


 穂村が働いている喫茶店、 如月喫茶店(きさらぎきっさてん)で、 円は奇妙な相談を受けた。

 明治後期から存在するという如月喫茶店は三塚市にある喫茶店の中でもそれなりの広さを持っている。 穂村の他にも数名の学生アルバイトと三人のフリーター、 そして、 年齢・性別不詳の店長で運営されている。

 店内は落ち着いたジャズが流れており、 流行の曲がかけられることは円が知る限りではない。 働いている穂村も流行曲が流れていたことはないと言っているので、 店長の嗜好なのだろう。

 内装も落ち着いたものになっており、 チェーン店ではでない雰囲気があって、 円はその雰囲気を好んでいた。

 コーヒー一杯三百円。 他の飲み物も同じような値段だが、 ケーキやサンドイッチはやや高め。 それでも客足は途絶えることはなく、 忙しい時間帯では十五名前後の人がこの喫茶店で寛いでいる。 かくいう円も時折、 この喫茶店を訪れては、 読書や課題に取り組んでいた。


 さて、 話は穂村の相談に戻るが、 彼が言うには最近同じ様な夢を見ているという。

 その夢の内容は森の奥をさまよう夢だという。 ただ、 さまようだけではなく、 なんらかの呪詛をまき散らしながらさまよい歩いているのだ。 そして、 常に全身を捻じれるような痛みが襲っており、 穂村自身もその身体の主も、 その痛みから逃れたいと常に考えている。 そうしているうちに、 喉の渇きを感じると、 近くを流れている小川に駆けていく。 小川の水をたらふく飲んだ後に、 そこに映る顔を見れば―――


「それはかなりやつれているんですが、 僕の父なんです。 僕が中学校に入る前に行方不明になった……」「ふーん」


 そこまで聞いて、 円はぬるくなったアイスコーヒーを飲み干した。 ただの気のせいかもしれないが、 一カ月前の事件を思い出してしまうような奇妙な夢だ。 正直、 ただの夢であったらいいのだが。


「だから一度、 僕と一緒に故郷の植酉町(うえとりちょう)に来てくれませんか!?」

「えっ、 そのぉうわ!?」


 かけていた眼鏡が触れそうになるまで詰め寄る穂村に、 おもわずのけぞり、 椅子から転げ落ちそうになる円。

 危ない危ないと呟きながら、 穂村の鼻先を指で押して席に着かせる。

 憧れの人に触れられたことが嬉しかったのか、 先程よりも頬を紅くしながら、 それでも落ち着いたらしく、 そのまま向かいの席に座る穂村。


「実は、 最近実家にいる祖母の様子もおかしくて……何かあったのか教えてくれなくて、 今一人で暮らしているというのもあって不安なんです」

「……こう言うのも何なんだけれども、 他に頼れそうな人はいないの? 同じ学部の先輩とか」

「円先輩が一番頼れる人なんです!」

「う、 うん。 分かったからそんな急に近づかないで」


 ビビるから。

 円の問いに再び身を乗り出して答える穂村に再びのけぞりそうになる円。 穂村の両目はキンキラキンに輝いており、 どこか有無を言わさない輝きがある。

 興奮しっぱなしの後輩をなんとか落ち着かせようとする円だが、 次の言葉にあっさり陥落することになる。


「実は、 実家の近くに酒蔵があるんです。 祖母がそこの蔵元と知り合いで、 もし何も問題がなくても、 安価でお酒を楽しむことだってできますよ。 “姫雪”って知ってます?」

「よし、 いつ行く?」


 実は彼女、 大の酒好きである。 今年の四月に二十歳になったばかりだというのに、 ()()()()()()()()()()()様々な酒を嗜んでいた。 法律違反? 今は二十歳だからなんの問題もない。

 そして、 “姫雪”は彼女が飲んだことのない酒だった。 いつか飲みたいと考えていたところに、 この誘いである。 どうせ、 後輩の気のせいだろう。 と先程までの慎重な姿勢から一気に楽天的になる円。


 それはともかく、 予想以上の酒好き先輩の食いつきに、 内心ガッツポーズしながら、 日にちや集合場所を決めていく。

 大体詰め終わったところで、 肩を叩かれた穂村が振り返れば、 そこには額に青筋を浮かべたバイトの先輩が。


 そういえば穂村君()、 今勤務時間(バイト中)だった。


 先程とは打って変わって蒼い表情で離れていく後輩を見つめながら、 円は味わうであろう日本酒のことを思い浮かべていた。






幻想怪異録 2.永遠の契約






 清山県地支郡(ちしぐん)植酉町。

 清山県中東部に存在する町で“姫雪”を中心とした銘酒が特産品として知られている。

 逆に言えば、 銘酒以外に特に名物と言えるものがない町でもあった。

 治安も都市部と比べれば良いらしく、 先程通った警察署では、 駐車場や近くのベンチで警官や刑事と思しき人たちが呑気に会話しているという、 いささか問題になりそうだが、 どこか和やかな光景をしていた。


 喫茶店での相談から直近の金曜日。 円は穂村と共に電車とバスを乗り継いで、 穂村の実家へとやって来ていた。

 出発したのは五時過ぎであったが、 到着した時には七月に入ったばかりとはいえ、 空は薄暗くなり、 周囲には人ひとりいなかった。 周囲の民家と街灯の明かりが薄闇を照らし出しており、 目の前にある上糸家も他の家々と同じように窓から明かりが漏れていた。


「ここが実家?」

「はい、 母方の実家です。 父方の実家は県外にありまして」


 そう言いながら、 家のチャイムを鳴らす穂村。 どこにでもあるようなチャイム音が鳴ると、 数秒もしないうちに「は〜い」と老いた女性の声と軽めの足音が玄関から聞こえた。


「こんな夜更けに誰で……おや、 暁大じゃない!」


 「どうしたのこんな中途半端な時期に」と言いながら嬉しそうに、 孫に触れる老婆。 その姿はいささかやつれているように見えるが、 健康そうだ。


「最近、 調子が悪そうだったから心配して見に来たんだよ。 大学行く前よりもやつれてるし、 大丈夫なの?」

「ん? ああ、 大丈夫だよ。 アンタが一人暮らしを始めてから、 この家が一気に広く感じてね……」


 確かにこの家は老人一人で住むには広すぎるように見える。 穂村の祖母は寂し気な表情を浮かべていたが、 穂村の後ろにいた円の存在を知ると目を輝かせた。


「ところで後ろのお嬢さんは彼女かい?」

「いえ、 違います」


 そしてこの即否定である。

 その言葉を聞いて、 隣で穂村が落ち込んでいたが、 円としてはただの先輩後輩の間柄でしかない。

 詳しい事情を説明すると、 穂村の祖母は笑いながら、 「じゃあ、 今日はもう遅いし、 泊まっていきなさい。 “姫雪”もあるからね」と言いながら部屋へと案内してくれたので、 ウキウキ気分で上がりこむ先輩を見て、 後輩は誘い方を間違えたんじゃないかと少しだけ後悔した。







 †






「いやー、 “姫雪”って美味しいですね! この酒盗にも本当によく合いますし!」

「あらあら、 桐島さんもいい飲みっぷりで」

「……」


 深夜、 久々の再会からそのまま始まった酒盛りは、 未だに終わる様子を見せなかった。

 円も穂村の祖母も酒豪であり、 二人の近くには二人が開けた“姫雪”の空瓶が数本転がっている。 それでも終わる様子のない酒盛りに、 三人の中で唯一酒が飲めない穂村は、 不貞腐れたようにチビチビとオレンジジュースを飲んでいた。

 「もう寝たら? こっちに付き合うのも大変でしょ?」と赤ら顔で笑いながら話しかける円に「イエ、 大丈夫デス」と答えながら祖母を見れば、 普段以上に酔っていることもあってか、 いつもよりも楽しそうな顔で笑っているのが目に入った。

 やっぱり、 こちらの心配のし過ぎだったのだろうか。 自分が一人暮らしを始めたのがきっかけで、 寂しい思いをさせてしまったのが原因だったのか。 そういった考えを浮かべていると、 日付が変わって間もない時間帯だというのに、 玄関でチャイム音が響く。


「おや、 こんな時間なのに千客万来だね」

「お祖母ちゃん、 僕が出るから」


 立ち上がろうとする祖母を気遣い、 玄関へと出る穂村。 祖母はそんな彼を見て「そうかい、 じゃあよろしくね」と言うと、 新しい飲み友達の前へと座って、 再び“姫雪”を飲み始めた。


「それで、 どうなんだい? うちの暁大とは」

「最初に言った通り、 ただの先輩後輩ですよ。 お婆さんが考えているようなことはないですって」


 穂村が玄関へと歩いていくと、 二人の話題は彼との関係についてだった。 というか、 それと酒ぐらいしか共通の話題がなかったりする。

 “女三人寄れば(かしま)しい”というが、 二人でも十分姦しかったりする。 三人ならばなおさらだが。


「じゃあさ、 “そういう”人はいるのかい? いなかったらうちの暁大なんかどうだい」

「ん〜、 そうですね、 もっと自信を持ってくれたら考えてもいいんですけどね」

「フフフ、 “男子三日会わざれば刮目(かつもく)してみよ”っていうじゃない。 そうなる前に唾つけとくのも大事なんだよ」

「お婆さんもそうだったんですか?」


 そう円が尋ねると、 穂村の祖母は一気に表情を暗くする。

 そういえば、 今彼女は一人暮らしをしていると穂村が言っていたし、 彼女以外にこの家に人はいなかった。 そして最初に仏壇に挨拶した際に、 位牌が三つ置かれていたのを円は確認している。 一つは穂村の母、 すなわち彼女の娘であり、 もう一つは穂村が中学生になる前に行方不明になったという父親とするならば最後の一つは……。


「う、 うわぁあぁぁあああぁぁ!?」


 振る話題を間違えたかな。 そう後悔したとき、 玄関から穂村の尋常ではない悲鳴が聞こえた。

 慌てて立ち上がり、 何本も酒瓶を空けたとは思えない敏捷性で、 玄関へと駆け出す円。 穂村の祖母も先程まで血色の良かった顔を蒼くしてついてこようとするが、 「先に行ってますから、 ゆっくり来てください!」と強めの口調で告げると、 コクコクと壊れたように頷いていた。




「大丈夫!?……!?」


 玄関まで駆けてきた円が目撃したもの。 それは玄関から少し離れたところで以前見たものよりもさらに蒼い顔をして腰を抜かしている穂村。 そして、 穂村の視線と震える指の先には、 悪臭。

 今まで、 嗅いだことのないような耐え難い腐敗臭。 何年も放置していた肉が放つような悪臭。 まず最初に感じたのはそれだった。 いや、 もしかしたら、 視覚や聴覚が先に何かを感じていたのかもしれないが、 脳が“それ”を理解できずに無意識のうちに拒絶してしまったのかもしれない。 ともかく、 強烈な悪臭を嗅いだことで、 酔っていた頭が急速に覚醒する。


 それでも、 彼女は目の前の光景を信じることはできなかった。


 なぜなら、 彼女の目の前には人の形をした何か……いや、 かつて人であったであろう腐敗物が、 玄関で倒れていたからだ。 足に当たる部分は完全に腐汁と骨と思しき白い棒状の物のみであり、 「だから、 起き上がることができないのか」と、 どうでもいい考えが頭をよぎる。

 かつて人であった腐敗物はそれでも生きているらしく、 言葉にならない声を発しながら、 穂村へとその腐った手を伸ばしていた。

 当の穂村は今もなお混乱しているのか、 腐敗物とは違った言葉にならない声を挙げながら後ずさろうともしない。


「どうしたん……ひいぃいいいぃいぃ!?」


 ようやく追いついてきたらしい穂村の祖母が目の前の光景を見て、 感じて絶叫する。

 背後でその声を聴いて呆然と観察していた円も意識を覚醒させて、 一番前にいた穂村の服を掴んで、 引き寄せるように引っ張る。

 「ぐぅえ!?」という蛙が潰れたような悲鳴を上げた穂村だが、 その声をきっかけに、 目の前の腐敗物は絶望したかのように力尽き、 二度と動かなくなった。

 円に救出された穂村は咳込みながらも、 目の前の光景を信じることができないかのようにじっと見つめており、 最後尾にいた穂村の祖母はうずくまりながら、 ひたすらお経を唱え続けていた。


 そんな光景をどこかフィルターがかかったように眺めながら、 円は一カ月前の事件を思い出していた。

 人が怪物になるという、 あの冒涜的で、 現実味のなかったおぞましき事件。


 確証はない。 もしかしたらただの飲みすぎによる集団幻覚かもしれない。 その場合、 飲んでいない穂村は何を見ているのかという話は置いておいて。

 それでも、 それでも円は




 あの一カ月前の事件のような事件が、 今目の前で発生したことを確信していた。






9/11 穂村のセリフを一部訂正しました。

位牌の数と、 関連した文章を訂正しました。

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