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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
7.忘却の“桜”
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1.過去からの手

新章開幕!


いかに正当な理由があろうとも、戦争は犯罪である。

Never think that war, no matter how necessary, nor how justified, is not a crime.

  アーネスト・ヘミングウェイ

  Ernest Hemingway


 懐かしい夢を見た。

 七十年以上も昔の話だ。

 日本がポツダム宣言を受諾した時、 彼は他の兄弟たちと離れて、 北方戦線に配属されていた。 当時、 士官の一人として配属していた彼は、 他の士官、 下士官、 兵卒達と同じように武装解除し、 ソ連軍の捕虜となった。

 あの時の不安と混乱と絶望は今も覚えている。 学徒出陣などという愚行をやらかしている時点で大日本帝国軍が劣勢だということは理解していたが、 “その時”が来ると、 頭の中が真っ白になってしまい、 絶望の中へと叩き落されたような気持ちになった。

 だが、 同時に希望もあった。 彼は寒いのが大の苦手だった。 士官になってよかったと言えることは冬に雪が降る中、 警護のために外に巡回に行かなくていいということが第一に挙げられるほどに。 あともう少しで、 この寒さとも別れられると考えられれば、 落胆や絶望しているほかの仲間達には申し訳ないが、 内心とても嬉しかった。


 まあ、 その時の希望は幻で、 絶望は絶望などではなかったわけなのだが。


 ソ連兵に連れていかれた先は北の果て、 シベリアだった。 ハーグ陸戦条約によって労働の義務がない将校であったにもかかわらず、 彼は強制労働を強いられた。 彼以外の若手将校も同じように働かされたが、 そのことは彼にとって何の救いにもならなかった。

 粗末すぎる食事、 人を人と思わないような過酷な労働。 極寒の吹雪吹き荒れる中、 外で作業させられるのは寒さに弱い彼にとってはなおのことつらかった。

 シベリアでの生活に耐えられなくなった者から命を落とした。 毎日必ず誰かが死んだ。 死んだ者は収容所近くに群生していた白樺の肥料になった。 隣にいた同僚が朝冷たくなった時は、 自分の枕元にいつ死神が訪れるのか、 思わず想像してしまった。

 のちに、 本当にのちに知ったことではあるが、 彼がいた収容所は一際酷いところだったらしい。 労働の過酷さ自体はそう変わらなかったようだが、 それ以外の待遇は天と地ほどの差があった。 ただ、 どの収容所でも毎日のように死者が出ていたというのは、 救いのなさを表していた。




 “それ”が発生したのは、 偶然だったのか、 それとも必然だったのか。 七十年経った今もよく分かっていない。




 ある男が、 蜂蜜酒と合金製の警笛(ホイッスル)も持ってきた。 黄金色という捕虜となってから見ることのなかった色に彼も含めて、 収容所にいた全員が魅了された。

 極寒の地だというのに、 南洋にいるような黒い肌の男は持ってきた蜂蜜酒と警笛、 そして秘薬が入っているという袋を揺らしながら、 こう言った。


「この酒と薬を飲み、 笛を吹いて次の呪文を唱えれば、 この地から出られるよ! やってみるかい?」


 拒否などできなかった。

 収容所にいた日本人捕虜の数は、 この数年で半分に減っていた。 人道的という言葉が存在しないような場所に長くいすぎたせいか、 こんな怪しすぎる話を持ち掛けてくる黒い男が何者なのか、 考える余裕など失われていた。 『日本に帰れる』これだけで十分だった。

 我先に争うように酒と薬を取り合い、 飲みあった。 当時生きていた者達の中で、 一番階級が高かった彼が代表として警笛(ホイッスル)を吹き、 その場にいた全員が教えられた呪文を叫ぶように唱えた。


―――いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!


 気が付いたら、 彼らは宇宙空間にいた。 二、 三メートルはある虫と翼竜を掛け合わせたようなデザインの生き物に乗って、 彼らが想像したことのない速さで、 星々の間を飛んでいた。 のちに、 この生き物がビヤーキー、 またはバイアクヘーという名であることを彼は知った。

 ……確かにあの黒い男は嘘などついていなかった。 この(シベリア)から出られると言っていた。 『日本に帰れる』などと一言も言ってはいなかった。

 後悔する間もなく、 ビヤーキーはある星にたどり着いた。 ある建造物の前に降り立つと、 彼らは誰に命じられることもなく、 ビヤーキーから降りて、 自分の足で大地を踏みしめた。

 彼らの目の前にある建造物は黒く分厚いブロックで造られていた。 足場は砂漠で、 周囲は彼の知るものとは違う霧に包まれていた。


「ここに米はあるのかなあ」


 誰かが腹を押さえながら呟いた。 いささか素っ頓狂な言葉だったが、 たまたま隣にいた彼はこう答えていた。


「俺は温かい味噌汁が飲みたいなあ」




 そこで彼は目を覚ました。 どうやらうたた寝をしてしまっていたらしい。

 目の前には孫娘であるアナスタシアと彼に忠実な部下である烏丸(からすま) (きょう)一郎(いちろう)がいて、 彼の言葉を待っていた。

 これから起こすことに思いをはせながら、 咳払いを一つすると、 彼、 メグル キリシマは宣言した。


「さあ、 戦争を始めよう」




 †




 豊かな自然が今なお広々と残る地、 桐宮市。 その中心街から離れたところにある桐島記念資料館は、 桐島(きりしま) (まどか)の曽祖父であり、 桐島財閥の祖ともいえる男、 桐島(きりしま) (かなめ)によって建てられた。

 第二次世界大戦時に、 一軍人として中国戦線(日中戦争)にいた彼は途中で原隊とはぐれた後で終戦を迎えた。 その後、 なんやかんやあって無事に日本に帰ることができたという。 終戦後の話が適当になっているのは、 その時の曽祖父の足取りが今なお分かっていないからだ。

 要の孫である(あきら)は生前の要から話を聞いたことがあったらしいが、 とても信じられない内容ばかりだったという。 その時の要は高齢だったということもあり、 晃は祖父がボケたと考えていたという。

 だが、 要が帰国した際、 二度と日本の地に帰ることができなくなった戦友達の形見を持ち帰ったのは事実らしい。 それらを遺族の許可の下、 一つ一つ持ち主の事を書いた説明文と共に展示したのが桐島記念資料館の始まりである。


 戻ることのない戦友達のことを一人でも覚えてもらえるようにと始まった資料館は、 時代の経過と共に要が持ち帰った品々だけではなく、 他の帰還者からの寄付や、 内地での暮らしぶりを伝える物などが集まり、 今では戦中、 戦後まもなくの日本の状況を伝えるための資料を大量に保管していた。 近隣の小中学校での校外学習の際に利用されることも多いという。

 桐宮市ではそれなりにある知名度と重要性を持つ桐島記念資料館ではあるが、 その予算は潤沢とは言えなかった。

 多少なりとも補助金が出ているとはいえ、 所詮は地方財閥の赤字部門の一つに過ぎない。 そのため、 資料館の人員は必要最低限であり、 何か大きなことをしようにも予算も人員も取りないというのが現状であった。

 倉庫の整理に春休み中の学生二人に協力(ボランティア)を頼む程度には困窮していた。

 もっとも、 今回整理するという倉庫は資料館の中では小さいほうの部屋であり、 中は桐島 要の死後、 寄付された私物がほとんどだった。 さらに言うならば、 大半は資料的には貴重だが、 展示には向かないとされたもので、 段ボール箱に入れられたまま乱雑に収められていた。


「うっわあ……これは……」


 倉庫の中を見た円が思わずそう呟いてしまう程度には乱雑だった。


「ごめんね、 急にお願いして。 こっちも急な話だったからさ」


 僧衣って資料館に勤める事務員は倉庫内の荷物を次々と外へ運び出していく。 中身を一度すべて出してから、 ついでに目録を作り直すつもりのようだ。

 事務員に倣って円も荷物を外へと持ち出していく。 一緒に連れてこられた誠もぶつくさと文句を言いながらも、 手早く荷物を運び出していく。


「……ん? これは?」


 そうしていると、 誠は一枚の写真を見つけた。 かなり古く、 保存状態も良くなかったのか、 相当劣化している写真だったが、 若い男性四人が軍服を着て、 仲良さそうにしている姿を写しているのは分かった。


「あー、 これ多分端に写っているのがひいおじいちゃんで、 三人のお兄さんと一緒に写った写真じゃないかな」


 比較的劣化していない部分を指さしながら、 円が話す。

 以前聞いた話によると、 曽祖父の要は四兄弟の末っ子だったという。 四兄弟はみな軍人として、 太平洋戦争に行ったそうだ。 配属された戦線はみなバラバラで、 終戦の後、 生きて帰ってこられたのは要だけだったという。


「……戦線もバラバラだったってことは、 出征した後は、 碌に連絡も取れなかったんだろうな」


 写真を見ながら、 弟が寂しそうに呟く。 しかし、 悲劇はこれだけではなかった

 四兄弟は誰一人として戦死していなかったのだ。


 南方戦線に配属された長男の(はじめ)は追撃する米軍の手から逃れるうちにある部族に匿われ、 そこの娘と結ばれたという。 しかし、 彼は最期まで戦争が終わったことを知らなかったという。

 次男の(めぐる)は北方戦線で終戦を迎え、 そのままソ連軍の捕虜として悪名高き、 シベリアへと送られていった。 過酷な収容所の中でもさらに悲惨で救いのない場所へと送られた彼は、 そこで消息を絶つ。 シベリアからの帰還者一覧の中に彼の名前が載ることはなかった。

 三男、 (みのる)は西方戦線を戦い抜いた。 終戦後も現地民と共に解放軍(レジスタンス)の一員として、 植民地の開放に全力を尽くしたという。 ただ、 その地が植民地支配から解放され、 独立した後も、 彼が日本に帰ることは許されず、 その地で生涯を終えたという。

 そして、 四兄弟の中で唯一、 日本に帰ってこれた要も、 日本の土を踏んだのは終戦から十年も後だったという。 その間に彼らの父親、 円達にとっての高祖父にあたる人物は息子達が全員生き残っていた事実を知らずに息を引き取ったのだった。


 そんなことを弟と話していると、 二人の背後からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。 二人が振り向けば、 事務員が責めるような視線をこちら絵とむけていた。

 倉庫はまだ片付いていない。




 †




 捜査本部は殺気立っていた。

 どちらかといえば後方へ位置する席に座っていた間宮(まみや) 智樹(ともき)はその殺気の主達は捜査一課のベテラン刑事達であると気づいた。


「これより、 “烏丸 京一郎連続殺人事件合同捜査本部”の捜査会議を始める」


 司会役の男がそう言うと同時に、 プロジェクターから画像が映し出される。

 被害者の氏名を初めとする個人情報、 死体発見時の状況、 現時点での鑑識や科捜研によって分析された証拠の数々が報告されていく、 一通り出そろったであろうタイミングで、 捜査本部長が口を開く。


「以上のことを鑑みて、 今回の事件の犯人も“烏丸 京一郎”と判断していいだろう」


 その言葉が出るや否や、 前方、 先程のベテラン刑事達が座っている席の方から伝わってくる殺気が強くなる。

 異常なまでの熱意と殺気に引きながらも、 間宮は隣で座っている獅子原(ししはら)に尋ねる。


「なんでこんなに早く、 犯人が分かったんですか? というより、 なんで俺はここにいるんですか?」

「現場に残されていた指紋と目撃情報の人相が一致したんだよ。 あと、 お前を呼んだ理由は後で分かる」

「指紋と人相が分かっているんですか? それはどうして……」

「今から本部長が説明してくれるみたいだから、 少し黙れ」


 獅子原の言葉通り本部長の発言は続いていく。 顔を真っ赤にしながらも力説する様はいささか無様だ。


「烏丸は一度、 万引きの現行犯で捕まっている! この時しっかりと捜査をしていれば、 以降の惨劇は防げたはずだ! この前の連続虐殺事件といい、 これ以上市民の信頼を失うわけにはいかん! 全員そのことをしっかりと心がけておくんだ!」

「はいっ!」


 「お前に言われなくても分かっている!」と言わんばかりの反応に本部長は満足したらしい。 「うむ!」と嬉しそうに頷くと、 ある情報を出すように命じる。


「あの時は十分に反省していたようだし、 身元引受人という人が来て丁寧に頭を下げていたから信頼しちまったんだ。 烏丸が殺人犯だと知ったのは釈放から三日後だ」

「ではこちらの写真をご覧ください」


 間宮に聞こえるように呟く獅子原。 そして、 副本部長の言葉と共にプロジェクターの画像が切り替わる。 そして、 その画像を目にした瞬間、 間宮は信じられないようなものを見たように目を見開く。


「これがお前を呼んだ理由だ」


 獅子原がさらに呟く。

 それは遺体の背中に写真だった。 殺された後に刻まれたというその傷跡を間宮はつい二ヶ月半ほど前に見たことがあった。


「これは三か月ほど前から半月の間発生した連続虐殺事件の被害者達が所属していた団体が掲げていた紋章と酷似している! その団体は同時に人身売買や武器密造に関わっていた疑いも持たれている!

 烏丸はその団体と敵対あるいは協力関係にある可能性が高い! 各々既に分かっていると思うが、 もう一度言わせてもらう!

これ以上市民の信頼を裏切るわけにはいかん! 警察の威信にかけて、 烏丸 京一郎に犯した罪を償わせるぞ!」

「はい!」


 二度目の返事は、 一度目の返事よりもさらに大きく、 そして殺気立っていた。


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