6:月見川公園
木曜日ですが投稿。
……別に水曜にできなかったから翌日になったわけじゃないですよ? ほんとうですよ?
月見川公園。 かつてある家族の別荘地であったという公園は大通りから少し外れているといこともあって、 夜になると人気は少なくなる。 普段ならば。
今夜だけは様子が違った。 雨が降っているわけでもないのに、 黄色のレインコートに身を包んだ怪しい集団が公園内に陣取っていたからだ。 周囲に彼らのものと思しき複数の車が停められている。
近道か、 あるいは別の目的があってか、 公園内に立ち入ろうとする者もいた。 しかし、 彼らは怪しい黄色一色の集団を見るや、 そそくさと踵を返して別の道へと行ってしまう。 仕方がないといえば仕方がないのだが。
一応、 彼らがいるのは公園の端の方なのだが、 夜間とはいえ、 黄色のレインコートはよく目立つのだ。 さらに背中にはクエスチョンマークを三つ重ねたようなあの紋章、 “黄色の印”が描かれていた。 パット見た限りでは、 怪しいカルト集団であり、 少しでも関わり合いになるのを避けたいと考えてしまうのは当然のことだろうと言える。 パッと見ずとも彼らは怪しいカルト集団ではあるのだが。
彼らは翠月幇。 近頃、 世間を騒がしている集団である。 被害者側として。
百を超える構成員を殺されてもなお、 数十人もの構成員がこの月見川公園に集まってきている。 襲撃者の影に怯えて、 何度も周囲を見回すものもいるが、 「逃げよう」と提案する者も、 逃げ出そうとする者もこの場にはいなかった。
「神子はまだか」
誰かがそう呟いた。 彼ら翠月幇の悲願でもある翡翠の大僧正。
現世では存在しえないその御姿を宿すことができる希少な存在。 それが神子、 翠華 麗月である。
台湾から攫ってきた際は、 警察に奪われてしまい、 厳重な警備の下で守られてしまうという失態を犯してしまったが、 公安調査庁とやらが身柄を引き取ってからは楽に奪い返すことができた。 今は、 車に乗せてこちらに来ているという。
「あともう少しだそうだ。 それよりも警戒を怠るな」
別の誰かがそう警告する。 二週間程前から翠月幇のアジトが襲撃され、 そこにいた構成員を皆殺しにされて以来、 様々な武装を大急ぎで用意してきており、 今この場にいる全員が最低でも拳銃と短刀を懐に忍ばせていた。
―――これならば、 仮に襲撃者が来たとしても対応できる。
油断はなかったとは言えない。 だが、 大人数で銃器を懐に忍ばせていた以上、 たった一人二人ではどうしようもないというのもまた事実ではあった。
だが、 そんな彼らの考えは足元に投げ込まれた複数の手榴弾によって無に帰すことになる。
「―――え」
突然のことに頭の整理が追い付かないまま、 彼らは全員、 爆発に巻き込まれた。
†
爆発音が聞こえたとき、 彼らはちょうど公園の入り口に到着したところだった。 何が起こったかは分からないが、 襲撃されたということだけは理解できた。
「急ごう。 少なくとも神子はこちらの手の中にある」
「はい、 そこまでー」
最初に車を降りた男が、 そう声をかけられたとたん、 いきなり顔を殴られた。 焦っていたということもあり、 周囲の警戒を怠っていた彼は、 碌な受け身をとれずに倒れた。
何事かと、 車内にいた全員が仲間を殴った人物の方へと視線を向ければ、 今度は背後の扉がこじ開けられる音。 次々と起こる事柄に混乱しながらも後ろを振り向く。
振り向いた先ではライトグレーのスーツを着た筋肉男が、 神子、 麗月を車外へと連れ出そうとしているところだった。
彼女を奪われるということは、 長年の夢を絶たれるということに等しい。
「まっ、 待てっ……!」
そう言って、 男達は筋肉男、 講 文龍を止めようと動き出すが、 すぐに動きを止めてしまった。 なぜなら、
「そこまでって言ったでしょ?」
最初に男を殴った人物、 桐島 円が二人目の意識を奪い、
「とりあえず、 全員誘拐の現行犯で逮捕な」
警棒を携えた刑事、 間宮 智樹が運転手を車外に引きずり出し、 そのまま取り押さえていたからだ。
「これで後は応援を待つだけだな」
間宮はそう言うと、 「一段落した」と言わんばかりに大きく伸びをする。 彼の足下では数名の男達がビニール紐などで縛られていた。 手首の部分だけではなく、 足首の部分も縛られており、 逃げようにも逃げられない状態だった。
先程まで誘拐されていた麗月は、 睡眠薬でも嗅がされたのか今も目覚めることなく眠っている。 一か月も経たないうちに二度も誘拐されてしまった彼女の心境やいかに。
「しっかしまー、 上手いこと捕まえられてよかったね」
そう言いながら、 彩香は男達が持っていた武器を足で小突く。 ナイフや特殊警棒といったものだけではなく、 拳銃までも用意していた彼らが碌な抵抗もできずに捕まったのには理由がある。
「……流石に車ごとひっくり返す奴がいるなんて思わないだろ……」
桜子が呆れるような表情で横転したワンボックスカーを見る。
そう、 男達が何らかのアクションを起こそうとしたとき、 講が何を考えたのか、 男達が乗っていたワンボックスカーを掴んで、 横転させてしまったのだ。 一応、 講は台湾で似たような経験があったためにとっさにやったようだが、 そんなことを知らない日本人一行はなぜそんなことをしようと思ったのか理解できなかった。
人間は本来三割程度の力しか出しておらず、 生命の危機に陥った時などに十割の力が出せるというが。
何はともあれ、 ワンボックスカーは横転し、 車内にいた男達はみんなその衝撃で気絶した。 最初に車外に出て、 殴られた男が車の下敷きになりかけてしまい、 殴った円が大慌てで救出したという一幕もあったのだが、 ここでは割愛しよう。
そして、 車をひっくり返した張本人は何でもない様子で、 目覚めない麗月の状態を確認している。 やがて、 彼女に異常が特にないことを確認すると、 自分達が乗ってきた車の後部座席へと彼女を寝転ばせる。
その時、 遠く、 公園の奥の方向から複数の発砲音が聞こえてきた。
「すいません、 皆さん。 彼女のこと、 頼んでもいいですか? ワタシは行かなくてはならない」
「……月神さんを止めるのですね?」
円の言葉に講は力強く頷く。 そして、 返事も聞かずに、 公園の奥へと向かっていく。
「待ってください! 私も行きます!」
「あぁ、 ちょっと! くそっ! 俺も行くから、 二人は応援が来るまで待っていてくれ!」
その後ろを慌てて追う円と間宮。 間宮に待つように言われた桜子と彩香の二人は、 「了解」「気を付けてね」とだけ言うと、 公園の奥へと消えていく三人を見送った。
三人の姿が見えなくなると、 彩香がポツリと呟いた。
「……『気を付けてね』って言ったけどさ、 大丈夫かな」
「なるようにしかならねえだろ。ワタシ達が言っても足手まといにしかならないのは分かっていんだろ?」
たいして面白そうなネタでもなさそうだしなー。 と桜子は言葉を続ける。
実際、 何らかの戦闘技能を持たない二人では、 何かあった際、 他の三人の足を引っ張る可能性は高いし、 その身を危険にさらすことになるだろう。
そのことを彩香自身も気づいているのか、 「そりゃそうなんだけどさ」と口をとがらせる。
「ま、 あの三人が簡単に殺されないように祈っておけばいいんじゃないか?」
そう言うと、 桜子は自分達の車にもたれかかる。
間宮が呼んでいた応援と思しき、 パトカーのサイレン音が次第に大きくなっていった。
†
銃声はいつしか聞こえなくなっていた。
公園の端にある奇妙なオブジェ群。 おうし座を模したと考えられるその石柱群の周囲は凄惨たる状況だった。
何かが爆発した後、 それに巻き込まれたと思わしき遺体。 銃弾がばらまかれた跡と銃殺された死体。 そして、 他の現場ではなかった首が肩の中へとめり込んだ死体と褐色肌の精悍な顔つきをした軍人風の男。
『月神!』
軍人風の男の姿を見た途端、 講が大声を上げた。 よく見れば、 月神と呼ばれた男も無傷というわけではなく、 所々に刃物と銃による傷が服を赤く染めていた。
『文龍か』
中国語という円達には分からない言語で答える月神。 負った怪我のためかその顔色は悪い。
『麗月ちゃんはもう助けた! おとなしく、 投降して手当てを受けてくれ!』
『助けた? 残念だがもう一度攫われた。 今こちらに向かっている。 日本の警察は優秀だと聞いていたが誤りだったようだ』
『もう一度助け出すことに成功したんだ! もう一度、 彼女に会いたいだろう?』
『……手遅れなんだよ文龍。 何もかも』
諦めたように首を横に振る月神。 それに対して、 『どういうことだ』と訊ねる講。
なお、 彼らが話している言語は中国語なので、 円達にはどのような会話をしているのか理解できていない。
『呪いだよ。 一族に代々受け継がれている呪い。 それに俺は殺される』
『呪い? どういうことだ?』
『麗月が誘拐されたのもこの呪いが原因だ。 はるか昔に俺たちの先祖が得てしまった呪い。 神の写し見になるという呪い』
『何を言っている!? とにかく、 一度治療を受けるんだ!』
業を煮やした講が月神の手を掴んで連れて行こうとするが、 月神はその手を振り払う。
『月神……?』
『遅いんだよ、 もう』
オブジェが突如、 奇怪な光を放つ。
その光は広がることなく、 月神の体を包みこむ。
『月神!』
「危険です! 下がって!」
光に包まれて姿が見えなくなった親友に手を伸ばした講を円が引き留める。
今までの経験から、 この光が超常的な“何か”が関わっていると察した円が光にのまれないように下がっていく間にも、 光はどんどん強くなっていく。
やがて、 光が一際強くなり、 円達が直視できなくなった時、 光の中から“声”が聞こえてきた。
『―――――』
それは何を言っているのか、 誰にも分からなかった。 ただ、 その声は翠華 月神のものではなかった。
そこにいたのは、 使い古されたきらめく緑色のローブを身にまとった存在だった。 僧衣によって東部と首以外は覆われていたその存在は、 鼻も口もその顔には存在していなかった。 ただ、 瞳孔のない目と、 額に埋め込まれた拳大のカットされたエメラルドが緑色の光を放ちながらこちらを見つめていた。
彼の存在には脚といえるものはなく、 腰があるところには胴が細くなって、 三本の触手の痕跡のようなものが付いていた。 謎に満ちた聖人のオーラを出しながら、 地面から一メートル程上を漂っていた。
人間の両肩のあるべき場所には、 付属機関が二本ずつ付いており、 それぞれの“腕”の先端には五本の針金のような指関節上の触手になっており、 その先端、 指先ともいえる部分にはヤツメウナギのそれに似た口があった。
『月……神……?』
呆然とする講と円達の目の前で、 月神に成り代わった翡翠の大僧正は、 深淵を思わせるような笑みを浮かべた。 鼻も口もないはずなのに、 “笑った”と感じたことに恐怖を覚えている円達には目もくれず、 夜の闇に溶けていくように消えていく。
彼の存在が完全にその姿を消した後は、 戦場の跡と自分達が望む存在に垣間見ることすら叶わなかった哀れな狂信者達。
そして、 応援の警官たちの足音を聞きながらも、 動けないでいる三人の人間しかいなかった。




