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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
6.翠玉の“月”
36/43

4:黄の印

 一日遅れになりましたが、 どうぞ


「やっほー円。 こんな公園のベンチでなんで一人さみしく黄昏ているの?」


 麗月を救出したところとは違う公園。 その一角にある円形のベンチ。 中心に生えている木によって出来る僅かな木漏れ日がなんとも心地よい。

 近くの自動販売機で購入したホットコーヒーを飲みながら、 ぼんやりと座っていた円は、 突然横からかけられた声に視線を向けた。

 そこにいたのは友人の彩香だった。 買い物を楽しんだ後なのだろう、 大きな紙袋をいくつも持ちながら、 機嫌がよさそうな表情をしている。


「いや、 ただボーっとしていただけだけど」

「ふーん、 そうかん。 アタシはまた面白そうな事件に巻き込まれたって聞いたけれど?」

「げっ」


 彩香とは別方向から現れた人物が会話に混ざってくる。 その人物、 (わらび) 桜子(さくらこ)の姿を見た瞬間、 彩香は露骨に嫌な顔をした。


「聞いたよー。 龍原リゾートの事件に巻き込まれたって、 他の宿泊客に話を聞いても何も知らなかったみたいだし、 君なら何か知っているでしょ? というか全体的に関わったでしょ? 是非、 いろいろと教えてほしいなーって」

「アンタは何でここに来たのよ……もしかしてストーカー?」

「取材の帰りだよ。 そういう貴女は……」

「買い物の帰りですーだ」


 突然、 低次元の言い争いを目の前で始める二人。

 いきなり何をしているんだ……という突っ込みを心の中でだけでしておきながら、 円は視線を公園の一角へとむけていた。




 円が講の要請を受けてから二週間ほどの時間が経った。 当然ながら大学の定期試験は全て終わっており、 各々の成果はともかく、 学生達はその後やってきた長期休暇を満喫し始めていた。 すでに旅行に行ってしまった者もいる。

 ただ、 円の方はそうもいかなかった。 講の友人である月神の行方を掴むことができないでいたのだ。

 もちろん、 円はただの大学生に過ぎず、 数が少ないものの、 定期試験の時期と重なっていたこともあって、 大した調査ができないでいたというのもある。 しかし、 月神自身も完全に姿をくらませてしまっており、 警察の方もその行方を掴めないでいた。


 では、 姿をくらませていた月神が何をしていたのかというと、 虐殺だった。

 

 講が警察や円たちに協力を持ち掛けていたころ、 すなわち二週間程前だが、 赤霧市にある倉庫街の一角で二十人以上の人間が皆殺しにされた。 それをきっかけとして、 複数の場所で同一人物と思しき虐殺事件が発生した。

 ほとんど痕跡を残さずに行われる犯行に何故月神が関わっていると考えたのか。 それは襲われた場所がすべてあの翠月幇が拠点としていたことが判明したからだ。

 今のところ、 翠月幇と敵対していると判明しているのは従妹を浚われた月神のみである。 また、 殺害に使われた手段と銃も同一のものであることが分かっているため、 襲撃犯は同一であること、 そして犯行現場の監視カメラにわずかながら映っていた人影が月神と近い体格をしていたことから、 彼を第一容疑者としている捜査を警察が行っていると、 間宮刑事が話していた。




「だからさ―――」

「なんで―――」


 円が月神の行方について心配している間にも円を挟む二人の口喧嘩は続いていた。

 意外と二人の仲はいいんだな……と思いつつも、 いい加減鬱陶しくなってきた円は話題を変えるべく、 公園の一角を指さした。


「そういえば、 あそこの奇妙なオブジェは一体なんなの?」


 円の言葉に彩香と桜子は口喧嘩をいったん止めて、 彼女が指さした方向に視線を向ける。

 そこにあったのは公園の端で人の胸までの高さがある柵に囲まれた奇妙なオブジェ群だった。 それを芸術品と言っていいのかよく分からない。 少なくとも美しく研磨された石柱は人の手によって作られたことだけは確かであった。 高さはまちまち。 脛程度のものから、 周囲を囲む柵よりやや低い程度の高さのものがあるなど、 どのような法則性があるのかバラバラに配置されていた。

 石柱群の中心から少し離れたところに立っている最も高い石柱、 人の肩までの高さを持つ石柱に刻まれている紋章が何らかの意図をもって、 この石柱群が作られたことを示しているものの、 逆に何の意図があって作られたのか全くと言っていいほど分からなかった。

 何故なら、 その刻まれている紋章はクエスチョンマークを三つ重ねたような奇妙な紋章だったのだから。


「……いや、 ほんとうになんなんだろ。 あたしもよく分からないや」

「確か、 新人の頃に一度だけ調べた記憶があったな。 よく分からなかったけれども」


 円の疑問に「分からない」と答えた彩香に対して、 「調べたことがある」と反応する桜子。 その言葉に何も知らない大学生二人は視線をジャーナリストの方に向けて、 話の続きを促す。


「いや、 そんなに大した話じゃねえよ。 元々、 この公園はある貴族の所有地だったらしい。 で、 当時のおぼっちゃまがチベットだったかな……そこに旅行に行った際に変な宗教にハマったらしくてな。 日本に帰って来て早々にあの変な石柱のオブジェを庭の中心に作りあげちまったそうだ」

「うへぇ、 その何か変な宗教のオブジェクトなの? それって」


 うんざりしたような表情で尋ねる彩香に桜子は「さあな」と答える。


「そもそも、 そのおぼっちゃまがハマったっていう宗教が何なのか資料が残されていないのさ。 ただ、 あのオブジェを動かそうとすると、 いつも何らかの事故が発生して、 負傷者が出るってことで華族様が土地を手放して公園になった後もああやって放置されているのさ。 一応、 子供とかがうかつに触ったりしないように柵で囲んでいるらしいけれどもそれ以上のことはしていないらしい」


 確かあの時はおぼっちゃんの祟りってことで纏めたんだっけ、 と当時のことを思い出しつつ話を締めくくる。


「一応、 大学で民俗学とか考古学とかを勉強してきたんだけどこんな話は一度も聞いたことがなかったなあ」


 「う〜ん」と頭をひねる円。 そんな彼女を見て愉しそうに桜子は話す。


「そりゃ、 こんなのただの怪談話とか、 都市伝説の類だからな。 そういった話を研究材料にしているのならともかく、 普段の授業でこんな話扱わないだろ」


 そう言うと、 石柱群のさらに奥、 公園に隣接して建てられている公民館を見ていた桜子はふと思いついたように話し出す。


「そうだ、 せっかくだから、 上からあのオブジェを見てみるとなかなか面白いぞ。 今は雑草で隠れていて見えにくいがあの円柱を繋ぐように石のタイルが敷かれているんだ。 で、 上から見てみると実はおうし座と同じ配置になっているんだ」


 「あの一番高い石柱は一等星のアルデバランと同じ位置にあるんだ」と解説する桜子に、 彩香はいぶかしげな視線を向ける。


「で、 それが、件の宗教と何の関係が? というか、 そのアルデバランの位置にある石柱に刻まれているあの変な紋章はいったい何なのさ」

「知らん」

「おい、 それって結構重要なことじゃないのか」


 彩香の突っ込みに桜子は「いや、 だからな」と言葉を続ける。


「何の情報も出てこなかったんだよ。 その宗教に関係していることなんだろうけれども、 おうし座の伝承を調べてもあんな紋章なんて出てこないし、 調べていた時はいろいろな専門家に話を聞きに行ったんだが、 誰も答えてくれなかったしな

 それに、 あのオブジェを作り上げたおぼっちゃんの死に様の方が衝撃的でな。 オブジェを動かそうとすると事故が起こるって話と組み合わせたほうがおもしろいと思ってな」

「どんな死に方をしたの? そのご子息は」


 割り込んだ円の質問に桜子は意地の悪い笑みを浮かべるとこれまた愉しそうに答えた。


「ある日、 オブジェの前で倒れていたらしい。

 ……皮膚が灰緑色になって膨れ上がり、四肢の骨がなくなって蛸のような姿だったらしい。 肌が鱗のようになったらしくてな、 最初はだれか分からなかったらしい。

 完全に正気を失っていて、 人が近づくと暴れだして手に負えなかったそうだ。 最期は覚悟を決めた父親によって射殺されたそうだ。 ……もっとも、 死ぬまでに何十発と弾を使ったらしいがね」




 †




「これはまた酷いな……」


 通報を受けた間宮が現場に着くと、 最近慣れてしまった臭いが鼻を衝く。 それと同時に見慣れてしまった光景が目に映る。

 それは血の海と死体の山だった。 ある廃工場、 最近使われなくなったのか、 それとも再び使えるように手を付け加えられていたのか分からないが、 外見のボロさとは対照的に、 中は廃墟特有の雰囲気を感じなかった。 惨劇から目を逸らせば、 だが。


「お疲れ様です。 間宮刑事」

「お疲れ様です。 やっぱり同じ殺し方ですか?」


 すっかり顔なじみとなってしまった鑑識の一人と挨拶を交わす。 その表情からは疲労が隠しきれてはいない。 だがそれは自分も同じなのだろうな。 と考えながら、 間宮はテープをくぐる。


「同じですよ。 九ミリ弾による射殺体と鉄パイプか何かで殴り殺されたような撲殺体。 そして、 より強力な力……トラックか何かに跳ね飛ばされたような死体がそれぞれ確認できました」

「あーつまり、 月神さん(仮)が起こしたとされるヤマと同じ死体と……一課の刑事達が中心になるだろうし、 俺達は目撃情報がないか調べて「その必要はない」……どちら様ですか?」


 鑑識の人と話しながら今後のことを考えていた間宮は突然かけられた声に驚いたように振り向いた。

 そこにいたのはスーツを着た男たちだった。 全員鍛えられた肉体をしていたが、 どこか見下したような瞳が、 タールのようにねばりつく視線がひどく印象に残る一団だった。

 集団の先頭にいる男は「これだからノンキャリアは」と見下した態度を隠そうともせずに頭を振った。


「これからは我ら公安調査庁がこの案件を引き継ぐ。 泥臭い警察の連中は他の三下ヤクザでも追っているんだな」

「えっ、 な、 何も聞いていないんですけど!?」


 下賤のものに命じる貴族のように一方的に話しかける公安の人間に反発したのは鑑識の人だった。 間宮も公安調査庁が事件に関わってくるという話など聞いたことがなかった。 聞いていたら早々に立ち去っている。

 そもそも、 間宮の所属は機動捜査隊であり、 ヤクザとはあまり関係ないのだが。 彼らにとってはどうでもいい話のようだ。


「これだから脳筋の連中は……貴様らはいったいいつになったらこの殺しを止められるんだ? マスコミ連中も騒ぎ出しているのに気が付かないのか?」

「あ、 う、 そ、 それは……っていうより、 そちらも捜査のイロハも知らないのに口をはさんで来ないでくださいよ!」

「これは翠月幇とかいう三流カルトどもの内紛なのだろう? ならばこちらの領域だ。 さっさと情報を置いて出ていけ」

「違いますよ」


 口論が激しくなっていく中で、 間宮が口をはさむ。

 入口に陣取っている公安調査官の視線が一斉にこちらに向くことで、 一瞬たじろいだが、 気を取り直して、 彼らの間違いを訂正する。


「少なくとも内紛ではないです。 襲撃犯は共通した二人組です。 それは今までのこちらの捜査で分かっています。

 そしてそのうちの一人は翠華 月神という人物であるということが分かっています」

「……ではなぜ、 その月神はこんな殺戮を行っている?」

「報復です。 彼は翠月幇に従妹が誘拐されたことを知っていて、 従妹を守るために敵を皆殺しにする気でいます。

 そして、 それは今のところ成功し続けています。 恐らく従妹を救い出すまで止まることはないでしょう」

「ならば、 その従妹とやらを早急に保護したまえ!」


 少しずつ興奮しているのか声が荒ぶっていく調査官。 そんな彼に冷や水を浴びせるように背後から声がかけられる。


「しています」


 そう言いながら、 獅子原がテープをくぐり抜けながら入ってくる。 彼の後に続くように部下である芝と島崎がテープをくぐり抜けてくる。


「翠月幇の手に落ちる前にこちらで既に保護しております。 そして、 月神の友人を名乗る人物が日本に来ており、 月神の情報も彼から得ました。 今はこちらの監視下におりますが非常に協力的です」


 獅子原がここまで言い切ると、 呆然としていた公安調査官は「ニヤリ」と邪悪な笑みを浮かべる。

 芝と鑑識の人が「うわっ」と言いながら若干引いているのにも気が付かず、 彼は上から目線で獅子原に命令する。


「ならば二人の身柄もこちらで預かろう。 文句はないな?」

「分かりました。 こちらから連絡を入れておきます。 ほら、 行くぞ」


 反発するかと思いきや、 あっさりと受け入れた獅子原の言葉に、 戸惑いながらも従い、 テープをくぐり抜けて現場を後にする警察達。

 調査官の勝ち誇ったような見下したような視線を背に、 彼らは車に乗ると現場から離れていく。


「いいんですか!? あんなやつらに情報とあの二人を任せて!」

「仕方ないだろ。 刑事部長からの命令だ。 それに、 今回の件は正直俺たちの手に余る」


 芝からの苦情に、 苦々しくも仕方がないと納得させるように話す獅子原。


「そうですね。 翠月幇の規模や溜めこんでいた武器の山々を見れば主任の考えはわかります」


 島崎は獅子原の言葉に不安そうな表情を浮かべながらも同意する。


「ただ……」

「ただ?」

「彼らに任せてしまったせいで、 大惨事に繋がりかねない……翠月幇という組織の全容が見えなかった身としては、 そんな不安を拭うことができないというのもまた事実です」


 島崎のその言葉を区切りに車内は沈黙に包まれる。

 雰囲気の重くなった車を運転しながら、 間宮の脳裏にはある紋章が映る。

 現場に同じように飾られていた、 黄色の布に描かれた、 クエスチョンマークを三つ重ねたような奇妙な紋章。

 “黄の印”という翠月幇が崇める神を象徴するというその紋章。

 ただの図形であるはずの紋章が間宮の心をひどくざわつかせていた。




 10/23 最後尾の部分を訂正。

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