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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
6.翠玉の“月”
35/43

3:台湾から来た男


 ライトグレーのスーツを着た筋肉男、 (ジィァン) 文龍(ウェンロン)は警察病院で強制的に一泊することになった。

 公園で男達を半殺しにしたことが原因ではない。 一人は円が気絶させただけだし、 残る一人も正当防衛である事が、 円の証言と現場の状況から証明された。

 本来ならば、 そのまま職業と住所、 外国人である彼の場合は宿泊しているホテルを確認した後、 解放となるが、 講の場合はそうもいかなかった。 彼は左上腕部を刺されていたし、 彼がとある少女を連れて行こうとしたことも問題視された。

 彼女は先日、 海外から拉致されてきたのだという。 そんな娘を連れて行こうという肉親でもない男を怪しくないという人間がいたのならば、 その人間には危機感というものがないのだろう。

 詳しい身分確認と傷の手当の為に、 目が届く場所にいてほしいというのは当然の話であり、 彼もまたその提案を受け入れた。


「でも少し意外でした」


 一夜明けて、 身分確認が終わったのだろう。 昨日と同じ似合わないライトグレーのスーツを着ている講にお見舞いに来た円が手土産を渡しながら話しかけた。


「何がです?」

「いえ、 あんなにあっさりと警察に協力したのが少し意外で……あの時は嫌がっていたじゃないですか」


 円の言葉に講は「ああ」と納得する。


「あの時はできるだけ穏便に事を済ませたかった。 でも、 ワタシの考えていた以上に大事になっていた。 だからここは警察に協力するのが一番正しいと考えた。 あの娘を守るためにも」

「あの娘って、 誘拐されてきたっていう昨夜の?」

「ハイ」


 円の質問に講は短く、 一言だけで答えると悩むように考え込む。


『協力者は多い方が良いか……?』


 中国語で小さく呟くと、 円の方を見て、 話し始めた。


「改めて自己紹介させてもらいます。 ワタシは(ジィァン) 文龍(ウェンロン)。 台湾で探偵をしています。 日本に来たのはあの娘、 麗月(リーユエ)ちゃんを守るため。 そして、 麗月の叔父であり、 ワタシの親友、 月神(ユエシェン)を見つけるためです」




 翠華(ツェイファ) 麗月(リーユエ)、 十一歳。 台湾の首都、 台北市の少女であり、 翠月幇に拉致された被害者でもある。

 両親はすでにおらず、 叔父である翠華(ツェイファ) 月神(ユエシェン)と二人暮らしだという。

 この後、 月神に連絡を取って迎えに来てもらえばいいのかというものもいたが、 そうもいかないようだ。


「数カ月前から麗月ちゃんの周囲に怪しい奴ら、 うろついているのが分かった」


 講曰く、 それは一人二人などではなかったという。


「月神、 本気で心配していた。 麗月ちゃん、 月神の唯一の家族。 かなり溺愛していた。 当の麗月ちゃん本人から『ウザイ』って言われるほどに」


 講はそんな親友からの依頼で麗月の周囲を付きまとう奴らを調べていたという。


「付きまとっていた奴ら、 リュウマン。 リュウマン に麗月付きまとうメリットない。 裏に誰かいる。 そう気が付いたときには麗月ちゃん誘拐された後だった。 だから、 ワタシ、 他のリュウマン 締め上げて、 どこに連れていくか調べて日本に来た」

「ちょっと待ってください。 “リュウマン”って何ですか?」


 円の言葉に講は「ああ、 そういえば日本ではなじみがない言葉でした」と納得するような声を出すと、 自身の手帳に“流氓”と書いて見せた。


流氓(リュウマン)は日本でいうヤクザ、 愚連隊、 ギャング。 金のために犯罪を犯す集団のこと」

「ギャング……いや、 マフィアみたいなものですか?」

「どちらかというとギャングの方が近いのかもしれない。 大きいところはともかく、 小さいところは銀行強盗や誘拐で稼ぐ。 麗月ちゃんに付きまとっていた奴らも大した規模じゃないところばかりだった」

「それなら、 金目的の誘拐、 って線は考えなかったんですか?」


 講は円の質問に対して、 首を横に振って答える。


「翠華家、 傍目で見れば貧乏。 食べるのに困ってはいなかったけど、 嗜好品家にほとんどなかった。 そもそも家と言っても、 翠華の家はどこにでもあるようなアパートの一室。 流氓が狙うメリットない」

「でも、 麗月ちゃんは攫われた……」

「そう、 そして月神消えた。 間違いなく麗月ちゃんの行方追っていた。 アイツ、 裏の世界詳しい。 ワタシよりも」

「それはなんでですか? というより、 月神さんは一体何の仕事をされている方で」

「シィーイェーションショウ」

「え? 今なんと?」


 警察官かな、 と考えていた円だったが、 講の口から出てきたのは効きなれない言葉だった。 思わず聞き返してしまう円だったが、 講は彼女の疑問を無視して話を続ける。


「普段は小間物売ってる。 でも時折ふらりと姿消す。 しばらくすると戻ってくるけど、 その間何をしていたか言わない。 それにさっきも言ったけど裏の事情にとても詳しかった。 正直、 ワタシもよく頼りにしていた。

 ……だから、 ワタシの集めた情報で黒幕の事分かったと思う。 麗月ちゃん誘拐されたと聞いて飛び出していった。 このままだとこの街で彼暴れる。 だからその前にワタシ止めたい。 でも正直この街不慣れ、 来たばかり。 一人だと限界ある」


 だから、 と講は言葉を続ける。


「手を貸してほしい。 無理にとは言いません。 謝礼も支払います。 月神見つけたら、 ワタシが探していたこと、 麗月ちゃんが日本の警察に保護されたこと。 伝えてあげてほしい。 それだけで十分。 それ以外はこの国の警察の仕事だから」


 「お願いします」と言って頭を下げる講。 話している最中も、 真剣な表情で円の目をしっかりと見ていた。


「分かりました。 あの公園で出会ったのも何かの縁なんでしょう、 協力します。 ただ、 二つほどお願いというか訊ねたいことが……」


 きっと大切な友人なのだろう。 そうでなければ、 台湾から日本までわざわざ追ってきたりなどしないだろう。

 だからこそ、 円は彼の頼みを引き受けることにした。 人探し程度ならば友人にも頼めるだろうからという安易な考えもあった。


「一つ目はご友人の、 翠華 月神さん……でいいんでしたっけ。 彼の写真か何か姿が分かるものがあれば下さい。 二つ目は先程おっしゃっていた“シィーイェーションショウ”っていうのはどういう意味なんですか?」


 「台湾の言葉は不慣れなものなので」と続ける円の要求を講は受け入れた。 彼は懐から一枚の写真を取り出して円に見せる。

 少し古びたその写真には三人の男女が写っていた。 一人は目の前にいる男。 講 文龍。 一人は昨夜見たきりの少女、 翠華 麗月。 そして最後の一人、 精悍な顔つきをした軍人のような男。 褐色肌に鍛えられた肉体。 そして従妹と同じように額にある緑色のあざが特徴的な男。


「彼がワタシの友人。 翠華 月神」


 写真に写る三人目を指差しながら、 講は説明する。


「見つけたらさっき言ったこと伝えてほしい。 間違っても戦おうとは考えてはいけない。 彼はきっと“シィーイェーションショウ”だから」



 特徴だけを挙げるならば、 昨日、 実里が見たという人物にそっくりである。 ただ、 その時円は眠ってしまっていたので、 記憶に残ってはいなかったのだが。

 講は自身の手帳に“職業兇手”と書くと、 円に見せる。


「“職業(シィーイェー)兇手(ションショウ)”日本語で言うなら、 “殺し屋”。 証拠はないけれど、 きっとそう。 正直、 彼の小間物屋あまり繁盛していなかった。 でも暮らしはそんなに困っていなかった」


 「それに」と講は言葉を続ける。


「彼、 元軍人かつテコンドーの達人。 彼の得意技、 脳天踵落とし(ネリョチャギ)。 以前彼が脳天踵落とし(ネリョチャギ)で鉄パイプ、 折り曲げたのを見たことある。 知り合いは“ユーシャングェアフー”と言っている。 玉山(ユーシャン)、 台湾で一番高い山を割る斧のような一撃。 そう言われるような威力。 だから、 玉山(ユーシャン)割斧(グェアフー)。 決して戦ってはいけない。

 貴女も腕に覚えがあるだろうけど、 彼には絶対に勝てないから」




 †




 清山県赤霧市のある倉庫街。 日中は従業員でそれなりに活気づくこの空間も、 夜になれば少数の警備員を残して、 人の気配はまったくと言っていいほど存在しなくなる

 しかし、 この夜だけは違っていた。 倉庫街の一角にある一つの倉庫。 とある民間団体が所有しているその倉庫には複数の人間がいた。 ……そう、 ()()のだ。 今、 この倉庫内で生きているのは三人の人間しかおらず、 他の人々は皆、 物言わぬ骸と化して床に転がっていた。


『……という事だそうよ月神。 彼らが雇った流氓は日本に来た際にアッサリ警察に捕まってしまったみたいよ。 麗月ちゃんは多分だけど、 警察に保護されているんじゃないかしら』


 金髪の白人美女が中国語で話す。 話を聞いた褐色肌の男、 翠華 月神は何も言わずにもう一人の男を見つめていた。

 見つめられている男、 翠月幇の下っ端である彼はひどく痛めつけられていた。 手足は拳銃弾で打ち抜かれ、 指は手足問わず、 全てあらぬ方向へとへし折られていた。 顔は殴られたことにより腫れ上がっており、 歯も数本欠けていた。元の人相と比べても同一人物とは考えられないだろう。


『それで、 どうするの? 次は警察署にでも襲撃をかけるのかしら?』


 美女の愉しそうな問いかけにも月神は何も答えない。 それが男にとってひどく恐ろしく感じられた。

 この二人は強すぎた。 少なくともこの倉庫には男の仲間が二十人以上いたのだ。 それがたった数十分で男以外の全員が死亡した。 この二人が殺したのだ。 一人は男が理解できる方法で、 一人は男が理解できない方法で。


『いや』


 ここで月神が初めて口を開いた。 倉庫にやって来た時も、 仲間を皆殺しにしている時も、 何も喋らなかった男が。


『麗月はしばらく警察に預けておく。 先にこいつらを皆殺しにするのが先だろう』


 中国語で話しながら、 手に持っていたサブマシンガンの弾倉を入れ替える。 そのサブマシンガンの名前がウージーであるという事を男は知ってはいたが、 そんな知識は今この場において、 何の役にも立たないことは明確だった。


「と、 いうわけだから、 貴女達の他のアジトを教えてもらえれば嬉しいのだけれども?」


 何が「というわけ」なのか中国語が分からない男にとっては全く理解できないことだったのだが、 心の中を恐怖で塗りつぶされた男には関係がなかった。 ただ助かりたい一心で、 男は自分が知っている拠点の情報を口に出していく。

 それが真実かどうかも確認せずに情報をメモしていく女性。 全ての情報を話し終えた男はこれから自分に何が起きるのか理解しているのか、 青い顔をしながらも安堵の表情を浮かべていた。


『ここから近いのはここね。 彼が他に知っているのはこことここ。 勿論他の拠点がないというわけじゃないから、 他の拠点でも情報を収集していく必要があるわね』

『そうか、 ならばまずは一番大きい拠点を潰す。 こいつらの頭を潰せば、 組織だった動きは間違いなく鈍る。 そこを叩いていく』


 中国語でそんなことを話しながら、 月神はなんともないようにウージーの引き金を引く。

 ウージーから発射された九ミリの弾丸は男の額に小さな穴をあける。 男は安堵の表情を浮かべたまま、 後ろへと倒れこみ、 そのまま二度と動くことはなかった。


『行こう』

『えぇ』


 撃ち殺した男のことなど気にも留めずに倉庫を後にする二人。 本来であらば発見を遅らせる目的で鍵でも閉めておくべきだったが、 襲撃の際に月神が壊してしまったため、 扉を閉めることができない。 警備員が倉庫の惨状に気が付くのは時間の問題だろう。

 倉庫から離れていく途中で女性は一度だけ立ち止まって倉庫の方へと振り返り、 昏い笑みを浮かべた。


『可哀想な人達……でも、 貴方達の信仰の成果は無駄にはしないから、 安心して消えて頂戴』


 その言葉はロシア語だった。 もし、 彼女の表情を見たものがいれば、 己が目を疑ったことだろう。

 その端正な顔立ちは醜く歪み、 “邪悪”という言葉が似合いそうなほどの笑顔だった。


『何をしている、 ナースチャ。 早く退くぞ』

『ごめんなさい、 今行くわ』


 月神に中国語で注意された女性、 ナースチャは同じ中国語で謝ると、 先を歩く月神の後をついていく。

 先程まで見せていた邪悪で冒涜的な笑みはなく、 いつもと同じ冷たい印象を与える笑みがナースチャ、 アナスタシア・アレクサンソロヴァ・マルコヴァの顔に張り付いていた。


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