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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
1.神様からの贈り物
3/43

3:欲望の子


「こっちです!」


 泉 彩香は走っていた。 二人の警察官を連れて、 置いてきた友人のもとへと。

 あの時、 円の近くにいたのは四人。 各々が武器を持っており、 武道に触れたことがない彩香にさえ、 それがどれだけの脅威か理解していた。

 いくら、 円が空手を習熟していたといえども、 武器を持った四人が相手では危険すぎる。

 少し離れたところで携帯電話から警察を呼んだはいいが、 自転車に乗った警察官が来るまで五分近くもかかってしまった。 これでは円が危ない。 重傷を負わされたかもしれない。 いや、 殺されてしまったかも……。

 どうしても、 嫌な考えばかりが頭の中をグルグル回ってしまう。 普段からあまり運動はしない彩香は完全に息が切れてしまっていた。 警察官達もそんな彩香の足に合わせてスピードを落としている。

 ついに、 円の元へと戻ってきた彩香。 そこで見たのは―――。




「あ、 彩香! 無事だったんだね、 良かった!」


 メチャクチャ平然としている友人、 桐島 円とその足元で気絶している襲撃者一行だった―――!


「……え? あ、 うん。 そっちこそよく無事だったね」


 唖然として言葉も出せない様子の彩香の代わりに、 老年の警察官が円の心配をする。 いくら空手の経験があるといっても、 武装した複数人相手は厳しいはずだ。

 しかし、 円の身体にはにはかすり傷しかなく、 カバンがボロボロになっている程度の損害しか受けてはいない。


「みんな素人みたいな様子でしたから。 大半はカバンで防げましたし」


 若い警官に拘束されていく襲撃者達を見ながら、 そう答える円。 実際、 ヒョロヒョロとしている襲撃者と女性ながらがっしりとした体格の円とではたとえ武装していたとしても一対一でならば負けることはないだろうが、 今回の相手は四人である。 万が一ということもあるだろう。

 訝しげに円を見つめる老警官に気が付いたのか、 少し困ったような表情で「結構、 鍛えていますし」と話す円。

 「違う、 そうじゃない」という考えが老警官の頭をよぎったが、 彩香が電話した際に一緒に要請した応援であるパトカーと救急車がけたたましいサイレンを鳴らしながらこちらにやって来たので、 ひとまず思考を打ち切り、 救急隊員と応援の警官達に事情を説明しに行った。

 そんな老警官を眺めながら、 円は先程叩きのめした四人のうちの一人、 席を代わるよう要求した女性の言葉を思い出す。


 ごめんなさい、 石間先生―――


 そう呟いて気絶した女学生。 彼女が狂的なまでに尊敬している石間 傑がこの件に関係あるのはほぼ確定だな、 と考えながら円は携帯から家族にメールを送る。


 今日帰るのはもう少し遅くなりそうだ、 と。






 †






 翌日。 桐島家にて久しぶりに“お泊り会”をした次の早朝。

 これが若い男女ならば「ゆうべはおたのしみでしたね」となるところであろうが、 二人は若いが同姓であり、 そういった性的趣向を持ち合わせていないため、 チューハイ片手に色々と談笑するだけに終わった。

 そして今、 二人は桜子と共に、 石間 傑の家の前にいた。 閑静な住宅地に存在するその一軒家はあまり手入れをされていないらしく、 薄汚れていた。

 ちなみに、 石間の住所はすぐに分かった。 昨夜、 襲って来た学生達の中の一人が、 石間の住所を携帯に記録していたのを円が密かに見つけていたのだ。 それをネットで調べて来たのだが、 電車に乗ろうと駅に来た際、 桜子に見つかってしまい、 こうして同行することになったのだ。


「『最近の事件についても、 石間講師が何か知ってるかもしれないから、 聞きに来た』ってことでいいんだよな。 事件の中心にいる奴に話を聞くとかどう考えてもヤバいけど」

「何も分からない現状、 また襲撃されるかもしれないしね。 私ならともかく、 彩香が襲われたらどうしようもないし」

「あたし達としては事件が解決しようがしなかろうがどっちでもいいしね。 起こらなくなってさえくれれば」

「つまんねーの」

「うっさい」


 そんな軽口を叩きながら、 円は家のチャイムを鳴らす。 しかし留守らしく、 応答がない。

 さて、 どうするかと考えていると、 桜子がなにやらガチャガチャと針金二本を両手で器用に操りながら、 ピッキングを行っている。 「ちょっ」と思わず口に出し、 止めようとする彩香と円だが、 二人が止めるよりも先に鍵が開いた。 ガチャリという音を立てながら桜子がドアノブをひねると、 簡単に扉が開いた。


「ハハッ、 開いてんじゃねえか」


 開けたんだよなあ。 そう突っ込みを内心で入れる大学生二人。

 そんな二人を尻目に桜子はニヤニヤと笑いながら、 扉を全開にして中の様子をうかがう。


「……ん?」


 笑いながら中の様子をうかがう桜子だったが、 その行動は中から現れてきた者によって中断される。

 家の中から現れた何かを見た桜子は普段張り付けているうすら寒い笑みを消し、 何も言わずに数歩後ずさる。 後ずさる桜子の後ろにいた円と彩香も同じようにその化け物を目にする。 してしまった。

 中から現れたその化け物は子供だった。 いや、 子供のような存在だった。

 ぼろきれのような布をその身にまとった酷く醜い小人。 その顔には目は存在してはいない。 されど、 家に侵入しようとしていた人々の存在に気が付いているのだろう。 一歩一歩とこちらへと歩み寄ってくる。 それが三体。 何も言わず似たようなぼろきれを身にまとい近づいてくる小人達からは言いようのない不気味さが感じられる。 ゴクリ、 と息をのんだのは、 さて、 誰だったか。

 初めて見るその異様な姿に思わず思考が停止してしまった三人だが、 化け物の方はそんな人間の隙を見逃してくれるほど優しい存在ではなかったようだ。 一匹が頭だけではなく、 その両手に付いた口も広げて、 勢いよく飛び掛かってくる。 対象は一番先頭にいた桜子だ。


「っ! 危ねえなぁ!」


 しかし、 その飛びつきをとっさに大きく飛びのくことで桜子は回避する。 奇襲攻撃を避けられた化け物だが、 特に転ぶことはなく、 その小柄な体格に相応しい身の軽さをもって着地する。

 一匹目の攻撃を躱したが、 まだ二匹の化け物がいる。 内、 一匹は桜子に襲い掛かり、 一匹は円に襲い掛かる。


「ってぇ!」


 二回目の攻撃は避けることが出来なかった。 桜子はとっさに両腕を交差させて防御するが、 化け物は容赦なく押し倒し、 その左腕に生えている口で噛みついてきた。 赤い血が桜子の左腕から滲みだし、 思わず痛みにその美貌をしかめる。


「この……!」


 一方、 円の方は正確に迎え撃てていた。 飛び掛かってきた化け物の頭を掴むと、 そのまま地面に叩きつける。 「グギッ」と小さな悲鳴を上げた化け物の頭をサッカーボールのように勢いよく蹴り上げる。


「吹っ飛べ!」


 倒れたばかりの化け物にとっさの回避も防御もできるはずもなく、 正確に頭を蹴り上げられた化け物は今度は「グギャ」と悲鳴を上げながら、 四回ほど回転した後、 再び地面に叩きつけられた。 その一撃で意識を失ったのか、 それとも息絶えたのか、 その化け物がもう一度動くことはなかった。

 「おぉ」という友人の発言を背に、 今度は倒れたまま化け物の攻撃を必死になってしのいでいるジャーナリストを救出すべく、 化け物の襤褸切れを掴むと、 勢いよく引っ張る。 「ってえな!」というジャーナリストの文句を無視して、 化け物を地面に叩きつけ、 倒れた化け物の頭部目掛けて体重を込めたストンピングを行う。 何かの殻が割れたような音がしたのち、 化け物は頭から血を流し、 ピクピクと痙攣していたが、 やがて動かなくなった。


「……ふぅ」


 周囲を確認して安全を確認すると、 円は一息つく。 先程の化け物はいったい何だったのか思考を巡らせる。 しかし、 円は法学部学生であり、 つまるところ文系の人間だ。 生物学なんてものは知識になく、 すぐに思考を打ち切った。 そんな円の様子を見た彩香は、 もう大丈夫だと判断したのだろう。 桐島家からこっそり借りてきた救急箱を使って、 桜子を治療する。


「ちょ、 大丈夫なの?」

「これが大丈夫に見えるか? 痛ってえ!」


 桜子の負った怪我はそれほど重傷ではなかったが、 小柄とはいえ化け物には頭だけではなく、 両手にも口があった。 そして、 それぞれに鋭い牙が生えており、 それらを使って何度も噛みついていたのだ。 とっさに両腕を使って急所への攻撃は防いだものの、 代わりに両腕がズタボロになってしまっていた。

 「痛え痛え」と喚く桜子を「うっさい」と一刀両断に黙らせて、 正確な応急手当を施していく彩香。 そんな二人を横目に、 開け放たれた扉から、 石間家の内部を見てみる円。 男一人暮らしに似つかわしい、 あまり整理整頓がされていない廊下。 さすがに部屋の内部は見えないが、 似たようなものだろう。


「……ん?」


 そうして観察していると男一人暮らしに相応しくないものが目に入る。 それは女物の下着で、 複数のものが廊下の一角に一塊に積まれていた。


「えー……」


 試しに手に取ってみると、 何度か洗濯された様子だ。 まさか、 石間に女装趣味が……と考えながら眺めていると、 どれもサイズが違うことに気が付く。 どう考えても石間に合わないサイズのものもある。 違うサイズのものが複数……となると、 この下着は女装趣味の物ではなく、 盗まれたものであるということだろう。 治療を終えたらしい二人が円に近づいて、 彼女が持っているものに気が付くと顔をしかめる。

 「まじかー」という表情を前面に押し出している彩香と、 変態を見るような目で円の手の中にある下着を見つめる桜子。 さて、 どうするかと円が口を開こうとしたとき、 家の主が奥の部屋から現れた。


「おや、 変わった泥棒達だ。 女なのにそんなものが欲しいとは」

「そちらこそ、 変わった番犬を飼ってらしたんですね。 手にも口がある犬は初めて見ましたよ……石間先生」


 開口一番にあざ笑うような口調で話す石間に対して、 円も皮肉るような口調で言い返す。

 石間は「そうだな」を口元の笑みを絶やさずに、 一歩一歩と近づいてくる。 そして、 二歩程の距離になったところで立ち止まる。 朝なのに薄暗い廊下だったために、 いささか見えにくかった石間の風貌が次第に良く見えるようになると、 彩香が石間の持っている本に気が付いた。


「それってまさか……」

「あぁ、 そうさ。 私の優秀な教え子たちが持ってきてくれたのさ」


 石間はそう言うと、 円達に見せびらかすようにその本を掲げる。 その本は表紙に“Revelations of Glaaki Ⅻ”と書かれていた。 訳すると「グラーキの黙示録 十二巻」といったところか。 間違いなく、 昨日図書館で盗まれた物だろう。 それを円と桜子も確認すると、 円は二人をかばうように立ち、 桜子は円に隠れながら持ってきたカメラで石間の様子を激写する。 ついでに廊下の様子もしっかりとカメラに収めている。 彩香は最後尾に下がり、 携帯を取り出すと、 ためらうことなく警察へと電話をかける。

 そんな侵入者達の様子も見てもまだ石間は余裕でいる。 円の目には石間がなんらかのスポーツをしているようには見えない。 日本の警察は優秀だ。 たとえ、 今ここで逃げることが出来たとしても、 いずれ捕まるのは目に見えている。 大学で教鞭を揮う石間がそんなことが分からないほど愚昧とは考えられない。

 もう諦めて自棄を起こしているのか。 それとも何か秘策があるのか。 そう、 円が考えた時、 石間は耐え切れなくなったのだろう。 大声で笑いだした。 円達があっけにとられていると石間は突然笑うのをやめる。


「キミ達はこう思っているのだろう……? 『警察に連絡したならこの変態男もすぐに捕まるのだろう』と」


 当たっている。 しかし、 ならばなぜ、 その余裕を絶やさないのか。 さすがに不安を感じ始める円達に対して、 石間は本を今度は上へと掲げる。 その表情は狂気が隠しきれないほどに滲んでいた。


「見せてあげよう……“神”の姿を!」


 石間がそう叫ぶとその身体が奇妙に震えだした。


 そして、 その身に異変が起こる。


 手が力なくだらりと垂れ下がりその手に持っていた本が落ちる。 痩身だった肉体は腹部を中心に肥大化し、 体型に合わせていた服が破れる。 首は徐々に沈んでいき手のひらからは先程見たばかりの口が姿を現した。


「……は?」

「……え」

「ひっ」


 三人が絶句する中、 とうとう石間の頭は完全に身体の中に沈み、 完全な異形の化け物が姿を現す。 肥大した身体を揺らしながら、 まともな存在であれば理解できない産声を上げる。


「■■■■■■―――!」


 彼女達が今まで世界では存在している可能性すら考慮されないであろう存在。 それが彼女達の目の前に当然のように存在していた。

 泉 彩香は膨れ上がった元・石間 傑の存在を完全に認識しながら、 自身の理性がどこか遠くに消えていくのを、 頭の中で感じ取った。

 そして聞いたことも、 見たこともないはずのその存在についての名が何故か脳裏を埋め尽くす。


 そのおぞましき真名は『イゴーロナク』


「あ、 あ……あ」


 悪徳を是とし、 堕落を善とする邪神。 かつて、 とあるカルト集団が崇拝していたとされる異形の神。


 神々しさなど欠片もない堕神が今この場に



 顕現した。



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