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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
4.出口のない迷路
18/43

3:Honor among thieves

前話投稿1/2……うそやろ?


「それで、 その黒ずくめの人はどうなったの?」


 伊澤刑事が殺害された現場を円達が調べてから二日。 円の彩香の二人は友人である奥畑 実里の身に昨夜起こった事件について話をしていた。 時刻は昼頃。 三塚大学の学食は学生や講師で混雑しており、 円達の周囲にも大勢の人が安くてうまい学食を楽しんでいた。


「いや、 それがさ……真っ先に逃げたんでその後どうなったか分からないんだよね……」


 タハハ、 と申し訳なさそうに苦笑いをしながら、 実里はそう言葉を紡いだ。 あの後、 彼女は明るいうちに繁華街を訪れたのだが、 そこには何もなく、 事件が起きたという話もなかった。 あの黒ずくめの男が何とかしたのだろうと考えたが、 それでも何もなかったというのは気になった。 円達に話しているのも彼女達が何か知っているのかもしれないと考えたのだろう。

 しかし、 当然ながら円達は何も知らない。 いや、 関係あると思われる情報はあるにはあるが、 話して事件に巻き込むわけにもいかない。

 黙って話を聞いている円達に自分の予想が外れたことを悟ったのだろう、 すでに食べ終えていた昼食のうどんを置いた盆を手に実里は立ち上がる。


「じゃあ、 お先に。 円、 四限のノートよろしくね」

「了解、 その代わり三限の方は頼んだよ」


 未だに食事に終わっていない二人と別れて、 実里は食堂を出ていった。 残された二人は周囲の人達が自分達の話を聞いていないのを確認すると、 顔を近づけて小さな声で話し合う。


「……でさ、 実里の話ってあたし達が調べている事件と関係あると思う?」

「むしろ彩香は関係あると思っているの?」

「んー、 情報が足りなさすぎるから確信があるわけじゃないけれど、 黒ずくめの恰好をしている怪しい奴なんてこの現代社会にそんなに大勢いるわけないと思うけどなぁ」


 そう言いながら、 近づけた顔を離して「それに」と言葉を続ける彩香。


「下水道みたいな臭いがしたって言ってたでしょ? それって下水道に長くいてその臭いが染みついたんじゃないのかな」


 もし、 実里が聞いていたならば「確かに」と答えていたかもしれないが、 実際に黒ずくめの男の臭いを嗅いだことがない円には分かるはずもなく。


「彩香が自分で言ったことだろうけどさ、 そうと断言できないんじゃないかな。 実里だって実際に下水道の臭いなんて嗅いだことなんてないだろうし」


 そう言い終えると、 残っていた昼食を食べていく円。 下水道を嗅いだことがある人なんてそうそういないと思うけど……と考えながら、 彩香も残りの昼食を食べていく。

 そのまま、 昼休みが終わる前に食べ終えて、 食器を盆ごと返却棚に返すと、 そのまま食堂を出ていく。


「……ん?」

「どうしたの円、 ……お?」


 しかし、 外に出たところで円が足を止める。 彩香も同じように足を止めると、 少し離れたとこで騒ぎが起こっていた。 近づいてみれば、 十数名の野次馬とその中心に数名の集団がいた。 どうやら、 その集団が言い争いをしているようだ。

 まあ、 関係ないか。 と円がその場を立ち去ろうとすると、 彩香が「あっ」と驚きの声を挙げながらある人物を指さした。

 彩香が指さす先、 口論をしている中心の集団の中には先に食事を終えて授業に向かったはずの実里の姿があった。 どうやら、 他の数名の男達に絡まれているようだ。 昨日と言い、 今日と言い、 最近の実里の男運はどん底らしい。

 とはいっても、 流石に友人が男達に囲まれているのを放置するわけにもいかない。 円は荒事が苦手な彩香に少し待っているよう伝えると、 野次馬達の視線が集まる集団へと近づいていった。






 †






「ふ〜ん、 ふふふ〜ん」


 清山県立図書館。 蕨 桜子は鼻歌を歌いながら歴史関連の書物がある棚を漁っていた。 平日の昼間とあって図書館を訪れる者は多くない。 しかし、 それでも彼女の行為はいささか目に余った。

 というのも、 桜子は鼻歌を歌いながら、 次々と本を取り出しては中身を軽く見て、 床に置いていくのだ。 そうして、 彼女の周囲には数本程本の塔が彼女の肩までの高さまで築きあげられていた。


「ふふふ〜ん、 ふんふふふ〜ん」


 図書館の司書の冷たい視線にも意に介せず、 桜子は更に本の塔を築き上げていく。

 楽しそうに歌っているように見えるが、 彼女がこのような調べ物を開始してからすでに五時間がたっている。 この鼻歌も、 退屈を紛らわせるように歌っているだけに過ぎない。


「……お、 これか?」


 ようやく目的の本を見つけたらしい。 そのまま、 本の塔の中心に座り込む。

 本の内容は清山県の伝説、 独特の怪談について纏められたものである。 それも昔からのものではなく、 戦後数十年の間に話題になったものだ。

 適当にページをめくること十分。 「下水道に住む獣人」の頁を見つけると、 先程とは違う音程の鼻歌を歌いながら、 その頁の内容を持参してきたメモにまとめていく。


 曰く、 犬の顔を持つ獣人が清山県の下水道で暮らしているという。

 曰く、 彼らは戦国時代から存在しており、 その時は天然の洞窟を住処にしていたという。

 曰く、 彼らの主食は死肉であり、 死んでいる者であれば人肉さえも食すという。 ただし、 生きている人間に対しては会話、 交渉を可能とする物も多いという。

 曰く、 彼らは元はただの人間だったという。 しかし、 獣人達と長時間交流していたり、 呪われた食物を口にしてしまった者達の末路が彼らの一部だという。

 曰く、 彼らのも信仰が存在しているという。 しかし、 祀っているのは死の神、 納骨堂の神ともいうべき存在だという……等々。


 一通りまとめたメモを見直して、 桜子は本を読みながら考えていた予想が正しかったと確信した。 すなわち、 伊澤刑事を殺したのは彼ら「下水道に住む獣人」なのだという予想だ。

 空地で見つけた足跡は明らかに、人のモノではなかった。 そして、 その足跡はマンホール、 すなわち、 下水道へと続いていた。 彼らが伊澤刑事を殺したのだというのならば、 どちらも当然の話と言えるだろう。

 しかし、 一方で疑問点も残る。 何故彼らは伊澤刑事を殺したのだろうか、 という「動機」が分からないのだ。

 当時、 伊澤刑事はいくつかの事件に関わっていたものの、 それが「下水道に住む獣人」にどう関係するのかが見えてこないのだ。 麻薬しかり、 ホームレスの行方不明事件しかり、 伊澤刑事が担当していた地域は「清山県のスラム街」が中心であり、 下水道は全く関係ない。


「まあ、 少なくとも、 刑事の殺害には関わっているのは間違ってなさそうだな」


 そう結論づけると、 メモをカバンに入れて、 閉館時間が近いというのもあって桜子は県立図書館を後にした。


 本の塔を片付けることはせずに……。


 立ち去る際にこれ見よがしに聞こえた図書館司書の舌打ちを桜子はあえて聞こえなかったふりをした。

 今回の件をきっかけに、 桜子は図書館館員達からブラックリスト的な扱いを受けることになるのだが、 当の本人がそれを知るのはもう少し後の話である。






 †






 奥畑 実里は困惑していた。 複数の男達に絡まれる理由に心当たりがなかったからだ。

 自身を囲んでいる男達は皆、 なよなよしく、 暴力慣れしている雰囲気はまったくと言っていいほど感じられない。 彼らと比べれば、 幼いころから空手を習っていたという友人、 桐島 円の方がはるかに強く、 何倍も頼れる存在であるといえるだろう。

 周囲にいる男達は彼女に対して、 次々と詰問してくるが、 詰問の内容は実里にはよくわからない内容だった。 「月岡(つきおか)はどこに行った」だの「黒づくめの男は誰なのか、 どこに行ったのか」だの、 実里には答えられないことばかりを聞いてくる彼らが悪いのだが。

 まず、 月岡なる人物を実里は全く知らないし、 黒づくめの男は恐らく、 昨夜、 彼女を助けてくれた男の事だろうが、 彼と出会ったのは昨夜の出来事が最初で最後であり、 その後の事など全く知らない。

 そう主張し続ける実里であったが、 周囲の男達は聞く耳を持たない。 「隠すと為にならない」という言葉を手を変え、 品を変え、 次々と口に出す。 暴力に訴えようとしないのは、 周囲にいる野次馬の存在があるからだろう。 しかし、 それもいつまで彼らの理性が持つかによるだろう。 周囲の野次馬達はこちらの様子を遠巻きに眺めているだけで、 助けに入ることも、 助けを読んだりする様子すら見られない。


「実里! 大丈夫!?」


 こんなことならば、 早く食べ終えたからといって、 先に外に出たりしようとしないで、 頼れる友人を待っておけば良かったと、 後悔しはじめた。 そんな時だった。 当の友人が野次馬達をかき分けて、 入って来たのは。 彼女、 桐島 円の方を見れば、 もう一人の友人、 泉 彩香も野次馬から少し離れたところにいた。


「なんだ、 てめえぇぇ!? 痛い痛い!!」


 突然の鸞入社に我慢の限界が来たのだろう。 男の一人が円の胸倉を掴み上げようとするが、 逆にその手首を掴まれて、 後ろ手に捻じり上げられてしまう。


「それで、 なんでこんなことしてるの?」


 捕まえた男の手首を強く捻じり上げながら、 円は男達の中心にいるであろう青年に話しかける。 なよなよしい体格だが、 着ている服は非常にセンスがよく、 恐らくブランド物で統一されている。 どこかいいところのお坊ちゃんなのだろう。

 そんな彼は呆然としながら、 乱入者を何も言わずに見ていた。 円がより強く手首を捻じり上げれば、 「痛え、 痛え」と男が悲鳴を上げる。


「くそっ、 覚えてろ!」


 そう捨て台詞を言い残すと、 男達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 円が捕まえた男を残して。


「えっ」

「えっ」

「えっ」


 実里と円。 そして置いていかれた男の声が重なる。 まさか、 そのまま逃げだすとは思わなかったのだ。

 しかし、 大学の警備員数名が野次馬をかき分けてやって来た時、 彼らは警備員を見て逃げ出したのだと理解した。 周囲に野次馬という名の証人が多数いるので、 無意味だろうが。


 その後、 周囲の野次馬や彩香がこちら側が大勢に囲まれたのだと証言してくれたおかげで、 円と実里は学生証を提示しただけで解放された。

 しかし、 円が捕らえた男は解放されなかった。 この後、 警備室へと連れていかれて、 なんらかの罰が与えられることになるだろう。


「あ、 待って。 さっき言っていた月岡って誰?」


 野次馬も散り始め、 警備員に両脇を固められて連行されていく男に実里はそう問いかけた。

 男は「知らないのか?」と偉そうに聞き返すが、 実里は「さっきからそう言ってんじゃん」と苛立ちながら答えた。

 自分達の行いが盛大に滑っていたのを覚ったのであろう。 男は非常にバツが悪そうな表情になると、 ポツリポツリと彼らのことについて話し始めた。


 月岡(つきおか) 勝成(かつなり)は彼らの友人である。 実家がそれなりに裕福な家であるという彼は三塚大学に在学してはいるものの、 友人と遊びまわる日々を送っていたという。

 そんな彼からの連絡が途絶えたのは昨日の深夜。 この時、 月岡と一緒にいた悪友達も姿を消したという。

 大学生である以上、 一日二日程度、 連絡が取れなくても何らおかしいことはないだろう。 一緒に暮らしている両親も彼の行方が掴めなくなったことを除けばだが。

 不安がる両親以上に過敏に反応したのが、 先程の集団の中心にいたお坊ちゃん、 朝日(あさひ) 良人(よしひと)である。

 幼いころから月岡と友人だという朝日は月岡がいなくなったという話を聞いて分かりやすいほどに顔色を変えて慌てだしたのだ。

 そして、 昨夜に何があったのか、 周囲を巻き込んで調べ始めた。 捕まった男も朝日に協力していた一人だ。

 そういて、 アッサリ昨夜何があったのか判明した。 まあ、 実里を相手に強引なナンパをしていたのだが。

 そしてその後、 謎の黒づくめの男が間に入ったのだが、 それからが一切不明なのだ。 実里が離れた後、 男と一緒に路地裏に入ったようだが、 それから月岡とその取り巻きがどうなったかが分からないのだ。

 そこで、 朝日達は居場所が割れている奥畑 実里に黒づくめの男について聞こうとしたのだ。 まあ、 強引な行為のせいで結果は散々であったのだが。


 全て話し終えた男は最後に「もしも、 月岡を見かけたら教えてくれ。 こんな奴だ」と言って、 携帯の写真を見せて、 警備員に連れていかれた。

 月岡の写真を携帯のカメラで撮った実里は「あぁ、 確かにコイツに襲われたよ」と怒りをにじませるような口調で話した。 昨夜のことを思い出して怒りがこみ上げてきたのだろう。

 しかし、 円はそれ以前に気になることがあった。


 ……仮に見つけたとして、 連絡先は?




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