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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
4.出口のない迷路
16/43

1:Sex,Birth,Death

よし、 間に合ったな! (一週間遅れ)


光が修復できないものを、闇が蘇らせる。

For darkness restores what light cannot repair.

   ヨシフ・ブロツキー

   Joseph Brodsky


  二〇一六年某月某日。 清山県赤霧市と桐宮市の境にある町外れのゴミ捨て場に一人の女性の遺体が発見された。 女性はつい最近流産しており、 それが原因の出血が直接の死因であると確認された。

 しかし、 女性の身元は一切分からずに捜査は早々に打ち切られることになってしまう。

 女性の年齢は二〇代半ば。 衣類の類は一切身に着けておらず、 所持品も同様。 警察は彼女が薬物中毒か何かで、 それが間接な原因であるという理由から捜査を打ち切った。

 しかし、 事件を捜査した刑事の一人はこう語ったという。


「あの被害者は薬物中毒ではなかった。 それに流産した赤子の行方も気になる。 もしかしたら、 この事件にはもっと深い闇があるのかもしれない」


 皮肉なことにその刑事の勘は当たっていた。 しかし、 それは彼が考えていたような権力がらみのものだけではなく、 さらに深い、 深淵のような闇が事件に関わってしまった。 という意味でなのだが……






幻想怪異録 4.出口のない迷路






 清山県警本部庁舎。 清山県赤霧市の中心部より少し離れたところに存在しており、 現在に至るまで五階建ての旧華族の広壮な屋敷を幾度も改装して利用している。 敷地の片隅には小さな喫茶店がぽつんと建っており、 警察官や職員達の憩いの場の一つとなっている。

 二〇一八年十月現在、 清山県警刑事部機動捜査隊に所属している間宮 智樹は、 そこである人物から相談を受けていた。

 相手は清山県にある警察署の地域課の巡査。 名前を伊澤(いざわ) 俊彦(としひこ)という。 間宮とは警察学校時代の同級生で、 卒業後も時折連絡を取り合う仲の一人だった。


「それで、 相談っていうのは?」


 警察で入れられるコーヒーよりかは幾分かマシなそれをすすりながら、 間宮は友人を見据える。 最近、 様々な事件に巻き込まれており、 こういった事柄にいささか敏感になっていいるのを自覚しながら同胞の言葉を待つ。


「間宮、 俺の最近の担当地域はどこか知っているか?」


 友人のこの言葉に「いや、 聞いたこともないな」と答える間宮。 実際、 自身の配属先ならともかく、 担当となる地域のことなど同僚ぐらいにしか話さない。 間宮も自分が清山県警の機動捜査隊に配属になったことを周囲に話したが、 担当地域までは話していない。

 間宮の言葉に特に気を悪くした様子もなく、 自分の担当地域を話す伊澤。 その地域ついては間宮もそれなりに知っていた。


「確かそこはホームレスが大勢いたんじゃないか」

「ああ、 通称“清山県のスラム街”って呼ばれている地域も俺の担当なんだ」

「……大丈夫なのか?」

「一応、 他の人も担当しているから一応大丈夫ではあるけど、 一番関わっているのは俺だな」


 “清山県のスラム街”

 そこはかつてバブル期に乱立されたビル群のなれの果て。 赤霧市と桐宮市の堺にある幹線道路も電車の駅からも離れた地域で、 バブル期には地価の暴騰を予測されながら建てられたものの、 バブルは崩壊。 地価は暴落し、 持ち主たちはみな破滅した。

 持ち主が破滅したとて、 ビル群はすでに建てられており、 主がいなくなった建物には浮浪者が住み着いた。

 やがて、 様々な者達がそこに関わるようになる。 麻薬、 娼婦、 不法滞在者……周囲の人々は犯罪を恐れて、 近づかなくなった。 そうして、 “清山県のスラム街”は出来ていったのだ。


「もしかして、 そのスラム街がらみか」

「ああ」


 そう言いながら、 ためらうようにコーヒーを飲む伊澤。 そこには「やはり本当に話していいのだろうか」というためらいが見られた。

 「いいから話せよ」と間宮がせっつくように促すと、 伊澤は驚いたような表情を見せた後、 やがて決心したように話し出す。


「“清山県のスラム街”にいる売人や無許可の売春婦は俺の担当でもある。 彼らの取り締まりをしてもう二年くらいになる。 それくらいになれば、 ホームレス達とも知り合いになれる」

「ああ、 分かる」

「そうして、 色々やっているとある日気が付いたんだ」


 人が減っているって


 友人の言葉に言葉を詰まらせる間宮。 いなくなっているのは場末の売人や無許可の売春婦とホームレス。 “スラム街”の住人達だ。 いなくなったとしても気にする人はほとんどいない。


「“スラム街”を去っただけじゃないか? 売人や娼婦を辞めて。 いいことじゃないか」

「俺も最初はそう思った。 周りもな」


 自分をあざ笑うように笑いながら話を続ける伊澤。


「ただ、 去年のある日、 『当分ここを離れる気はないさ』と笑っていたホームレスがいなくなっていたんだ。 それで気になって、 少し気にかけるようにしたんだ」

「それでどうなったんだ?」

「そうしたら、 どう考えてもいなくなるはずのない人もいなくなっていたんだ。 それで、 なにか事件に巻き込まれたんじゃないかって……」

「少なくとも、 身元不明の遺体が出たって話は聞かないな」

「ここ一年で少なくとも五〇人以上がいなくなっている。 何人かは“スラム街”を出ただけかもしれないが……」

「……悪いが被害届がないし、 事件性があるとも言い切れねえ。 県警全体で捜査はできないな」

「分かっているさ、 だからお前個人で何か調べてくれないかって、 こっちでも調べてみるからさ」

「……あまり期待はしないでくれよ」


 あまり期待してはいなかったらしい。 話せるだけ話してみようといったところか。

 落胆したように席を立つ伊澤。 そのまま、 「仕事に戻るから」と言いながら喫茶店を出ていった。

 自分の伝票を残して。

 「あの野郎」と間宮が気付くも時すでに遅し。 支払いを友人に押し付けた男は喫茶店を出て、 自分の仕事へと戻っていた。


「……次あったら覚えてろよ」


 そう言いながら、 自分と友人の分まで支払いを行う間宮。 次に会ったときに必ず支払わせると誓いながら。




 まあ、 この誓いは結局無駄になってしまうわけだが。






 †






 ……声が聞こえる。 神の子の声だ。

 未だ、 幼い彼の声はすさまじい怨嗟に満ちている。

 この子は知っているのだろう。 己が母が受けた仕打ちを。 母を苦しめた男達を。

 神の子は望んでいる。 男達の破滅を。 亡き母の無念を晴らしたいと願うがごとく。


 ならば、 それに応えて差し上げるのが神に仕える己が身の役割というもの。

 配下の数は増やした。 “エサ”も十二分に用意した。

 さあ、 神の子に課せられた使命を……なに? 我らを探るものがいる?




 消せ






 †






「それでどうなったんだ?」


 間宮が伊澤と話してから数日後。 桐宮市にある小さな喫茶店。

 間宮は休憩と称して、 同僚の刑事とそこでコーヒーを飲んでいた。 県警本部のモノよりは何倍もよい風味を放つコーヒーを勿体ぶるようにチビチビと飲みながら、 同僚の刑事は間宮に続きを促す。


「どうもこうもないさ。 こっちでも被害届とか、 未解決事件の資料とか漁ってみたけど、 何も見つからなかった。 怪しいと思うけど、 警察としては動けない」

「だよなぁ、 俺達も暇じゃないしな」


 同僚とそんな話をしながら、 さて、 そろそろ仕事に戻ろうかとコーヒーを飲み干し、 支払いを済ませて、 喫茶店を出る二人。 そんな中、 車に備え付けられている無線から緊急連絡が入っているのに気が付く。

 「やばいぞ」と焦りだす同僚と共に、 慌てて車に乗り込み、 無線に耳を通す。


「―――繰り返します。 清山県赤霧市北区○○にて男性の遺体が発見されたと連絡がありました。 近くにいる捜査員は現場に急行してください」

「近くだな急ぐぞ」


 無線から言われた場所は赤霧市と桐宮市の境目に近い場所だった。 ちょうど彼らのいた場所も、 その境目からすこし離れたところだったので、 現場に急行する旨を無線で伝え、 車のエンジンをかける同僚。

 そんな同僚を尻目に、 間宮は不安を消すことができなかった。


 何故なら、 無線で言われた場所はあの“清山県のスラム街”と言われる地域にも近かったからだ。


 気のせいであってほしい。 そう願いながらも、 同僚の暇つぶしと言える言葉に応える間宮。

 ―――まだ、 コーヒー代返してもらってねえんだぞ。

 その言葉は、 まるで祈りにも似たような声で呟かれた。




 被害者の名前は伊澤 俊彦。 清山県警○○署地域課に所属する刑事。

 遺体発見現場は清山県赤霧市にある空地。 所有者はいない。

 死因は複数人に殴られたことによる内出血。 いわゆる撲殺、 殴殺と言われるものである。

 完全に顔が腫れ上がり、 一見して誰だか分からないほど殴られた同期が冷たくなって担架で運ばれていくのを、 間宮は黙って見ていた。


「こりゃあ、 麻薬がらみか?」


 知り合いの刑事がそう呟くのが聞こえた。 確かに被害者は“清山県のスラム街”を中心に蔓延る麻薬の取り締まりに関わっていた一人である。


「いや、 もしかしたら違法風俗の証拠をつかんだのかもしれない」


 別の刑事がそう言っているのも聞こえた。 そういえば、 彼は以前、 “スラム街”を中心とした違法風俗の摘発にも関わっていた。


「……どっちにしろ、 犯人はヤクザかギャングだな。 これは」

「四課が出張ってくるか?」

「来るだろうなあ」


 めんどくせえなぁ。 そう呟きながらテープをくぐっていく刑事達を黙って見ながら、 間宮自身もテープをくぐった。

 そこでは、 鑑識が一通りの捜査を終えたのだろう。 まるで刑事ドラマのような現場がそこにあった。


「伊澤……」


 ああ、 アイツはここで死んだのか。 こんな寂しい場所で。

 そう考えて、 ようやく間宮は同期が死んだことを受け入れた。 被害者との関係も知っていたのだろう、

心配そうにこちらを見てくる刑事もいたが「大丈夫だ」と答え、 間宮も己の仕事に取り組んだ。




「本当だよ! 俺は見たんだ!」


 ふと見れば、 赤ら顔のホームレスが捜査官にしきりに怒鳴っていた。 何事かと、 耳を傾けてみればどうやら、 伊澤が殺されるところを見ていたらしい。 第一発見者でもあるのだとか。

 重要な証人ではないか。 そう考えていたが、 何故か周囲の刑事達の反応は薄い。

 もっと近づけば、 その原因が分かった。 酒臭いのだ。 それもひどく。


「犬の化け物みたいなのが複数であの刑事さんをボコボコにしてたんだ! 本当だよ! 信じてくれよ!」


 しきりにそう喚いているが、 周囲の刑事は誰も信じようとしない。 恐らく、 酒にひどく酔って幻覚を見たのだろうと考えられているようだ。

 しかし、 間宮にはその言葉が気にかかった。 犬の化け物。

 それは、 ここ数カ月で起こった奇妙な事件とのつながりを連想させずにはいられないものだった。

 「自分が話を聞きますよ」そう周囲の刑事に言って、 間宮はホームレスと少し離れた場所で話を聞いてみることにした。

 それにしても、 本当に酒の臭いがひどい。 「もしかして」と考えた間宮も自分の考えが間違っていたのではないかと顔をしかめてしまうほどに。


「あ、 あんたも俺を信じてねえな。 あんな恐怖、 酒でも飲まねえとやってらんねえよ」


 そう言いながら、 手に持っていた安酒を再び煽るホームレス。 流石にこれ以上酔われると話が聞けなくなるので、 酒を一度やめるよう伝え、 詳しい話をするように話しかける。

 ホームレスは酒を飲むのを止めたが、 体の震えは止まることはなく……いやむしろさらに激しく震えながら、 間宮が口を挟む間もなく話し始めた。


「あ、 ああ。 俺はさっきまで近くで空き缶とかを回収していたんだが、 なんか叫び声つうか、 争うような声が聞こえてさ、 何事かと思ってこっそり来てみたんだよ。 そうしたら、 あの殺された兄ちゃんともう一人、 誰かが話してたんだ。 ……そういえば、 そいつが何か引きずってた気がするな。 で、 兄ちゃんの方が我慢できなくなったのか、 懐から警棒みたいなのを取り出してた。 それで殴りかかろうとしてたんだ。

 ただ、 俺の方からは見えなかったんだけど、 近くで誰か隠れてたみたいでさ。 そいつが兄ちゃんに襲い掛かったんだ。 兄ちゃんはなにも警戒してなかったらしく、 避けることもなく押し倒されてた。

 そうしたら、 もう一方の奴も一緒になって兄ちゃんをボコボコに殴り始めたんだ。 それで、 他の奴はどこに隠れていたんだろうなってくらい。 ワラワラ出てきてさ。 そいつらがなんなのか俺には見えたんだ。

 ゴムみてえな肌した化け物でさ、 でけえ鉤爪があったんだ。 顔は犬みてえでさ、 でも四つ足じゃなかった。 そいつは二足歩行だったんだ。 今でも信じられねえが本当に見たんだ。 あんな化け物見たことがねえ。

 それで、 俺は怖くなっちまってでけえ声で叫んだんだ。 そうしたら、 あの化け物どもは一斉に俺の方を見やがった。 あの時は殺されると思ったよ。

 ただ、 俺はついてた。 たまたま近くをパトロールしてた警官がこっちに来てくれてさ。 で、 その警官の声が聞こえたと思ったら、 化け物どもは一斉にどっか行っちまった。 後に残ったのはあの兄ちゃんの死体だけだった……

 なあ、 あんたは信じてくれるよな!? なあ!?」




 結局、 間宮は捜査を外されることになった。 別になにかヘマをやらかしたというわけではなく、 被害者と友人だったことを考慮してのものだった。

 だが、 それで構わない。 もし、 あのホームレスのいうことが本当ならば、 この事件は警察に解決できることではない。 伊澤の本当の仇は俺が取る。

 そう確信を持った間宮は携帯にあるアドレスから複数の人物にメールを送る。


 ―――正直、 彼らに手を貸してもらうのは気が進まないが……


 それでも、 一人でこのヤマに挑むのは危険だ。


 現場に僅かながら漂っていた酷く獣臭い(にお)いが、 彼の考えを裏付けるかのように感じられた。



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