Epilogue:されどそれは一角に過ぎず
短いけれども、 投稿。
これで、 第三章はおしまいです。
頭の中に棲みついた敵と戦うのは難しい
It's hard to fight an enemy who has outposts in your head.
サリー・ケンプトン
Sally Kempton
事件の概要及び判決
被告人、 人長 月は平成三十年六月から八月頃にかけて合計で十八名を誘拐。 そのうち、 十五名を餓死させた。 誘拐の手口は未だに不明ではあるものの、 彼女自身は罪を認めている。
また、 被告人は八月某日、 自身の父を殺害した疑いがもたれている。
警察が到着したとき、 某社から盗まれた四万体のリサちゃん人形の内、 一五〇一二体の人形が彼女の家に置かれていたことから、 警察は盗難事件に関与している疑いで、 被告人を再逮捕した。
平成三十年九月某日、 清山地方検察庁は被告人を殺人、 誘拐、 盗難で清山地方裁判所に起訴した。
しかし、 証拠もあり、 被告人が罪を認めている一方で、 その犯罪行為には疑問も残っている。
十八名の誘拐の内、 八名に関しては、 事件当時被告人にはアリバイが成立しており、 犯行は不可能とされている。 父親の殺害についても同じで、 事件当時、 彼女は犯行が不可能な状況にいた。
また、 リサちゃん人形盗難事件も、 四万体という大量の人形を盗んだ方法については明確な供述が取れなかったことから、 彼女は人形を預かっただけなのではないかと弁護側は主張している。
検察側は誘拐、 殺人、 盗難のすべてに共犯者がいたと主張しているが、 それを証明できるような証拠は発見できなかった。
被告人は幼いころから父親から性的虐待を受けており、 時折、 電気ショックを受けていたとされている。
電気ショックによる虐待、 性的虐待ともに、 証拠となる写真が見つかっており、 弁護側は虐待が原因で何らかの精神障害を被ったとして、 被告人には責任能力がないと主張している。
不明確な供述も、 精神障害による妄想であると弁護側は主張している。
清山地方裁判所は被告人には責任能力がなかったとして、 無罪判決を下した。
被告人は現在、 精神病院に入院中であるが、 医師の発言によると、 再び社会生活を送れるようになるにはかなりの時間がかかるとされている。
†
人長 昴の日記―――書斎から押収。 一部抜粋。
五月十二日
今夜、 流星群があった。 この町でこんなにハッキリ見えるのはとても珍しい。
流れ星のいくつかは近くに落ちたようだ。 もしかしたら見つかるかもしれない……そんなわけないか。
五月十三日
今日たまたま昨日見た流星群と思しき石の欠片を見つけた。
非常に珍しいこともあるものだ。 記念に持ち帰るとしよう。
もしかしたら、 他にもあるのかもしれないが……探す気にはなれない。
しかし、 今日は虫の羽音が妙に響く。 どこかで虫が繁殖しているのだろうか? いや、 これはまるで頭の中から聞こえてくるような……。
五月二十一日
あの日から妙に虫の羽音がうるさい。 頭の中で響くこの羽音のせいで集中できない。
仕事の方もこのせいで上手くいかない。 今はなんとか誤魔化せているが、 そのうちそうはいかないだろう……どうにかしなければ……
時折、 虫の羽音の中に混じって聞こえてくる冒涜的なフルートのような音は一体なんなのだろうか……そして、 時折夢見るあの奈落の底のような暗い影は一体……
いかん、 このままでは私が精神科の世話になってしまう。 しばらく、 仕事を休んで療養するべきだろうか?
五月二十八日
久々に娘が遊びに来た。 どうやら人形をもう一度探しに来たという。
もう捨てた、 と伝えて追い出した。 あの人形は渡す気になれない。 娘との良い思い出の象徴なのだから……
しかし、 一瞬意識が飛んでしまっていた。 目を覚ましたら娘がいなくなっていた。 一体何だったんだろうか……鳥の大きさの影が一瞬見えたような……
五月二十九日
昨日から虫の羽音が聞こえなくなった。 非常にいいことだ。 気分もいい。
ついつい、 鼻歌も歌ってしまう。 そうしたら看護師に不審がられてしまった。 失敗だ。
こんな日はコレクションを見て楽しむにかぎる。
六月十三日
今日はやたらと周囲が騒がしい。 どうやら近所で失踪事件が発生しているようだ。
まあ、 私には関係ないことだ。
八月某日
最近、 凶悪犯罪がよく起こっているようだ。 戸締りをしっかりしなければな。
……なんだ、 窓から音(ここから先は血で汚れていて解読不可能。
†
月刊『セラエノ』八月号より
『多発する狂気殺人、 犯罪を促す虫とは!?』
ここ数カ月のうちに清山県南部にて狂気的な犯罪が多発している。 内、 容疑者は全員判明しており、 その中で八割が逮捕されている。
しかし、 逮捕者の大半は基本的に善良な者が多く、 周囲の人々は「どうしてこういうことになったのか分からない」とのコメントが大半を占める。
逮捕者達の供述に対して共通している言葉がある。 それは「頭の中に響く虫の羽音」と「冒涜的なフルートの音」だ。 これが一体何を意味しているのかは今だ不明だが、 更により凶悪的な犯罪を犯した者たちの中でさらに興味深いコメントがある。
それが、 「悪夢」である。 言い方は各々異なるが、 決まって悪夢の中で、 強大な存在を夢見るだという。 それは、 冒涜的な存在、 奈落の底にある不定形の黒い影。
それは、 最近巷を騒がしている、 あの連続誘拐事件に共通している。
取材者による独自の調査によると、 彼女も奇妙な羽音と音の外れたフルートの音が聞こえ、 そして、 夢に強大な存在を見たという。
彼女の凶行の理由も、 その冒涜的な存在に教えられたという、 人形の動かし方を実践するためだという。
もし、 人形を動かせるというのならば、 彼女にアリバイがある理由も納得がいく。
取材者は清山県を騒がせている凶悪犯罪の共通点である“奇妙な羽音”の主について、 さらに調べていくつもりである。
筆者 蕨 桜子
HPに裏話を載せています。 もしよろしければそちらもどうぞ。