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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
3.人形達の楽園
14/43

4:救いと結末


「ここは……」


 入谷 愛理は自分が知らない場所で目を覚ました。 特に痛むところはないようだ。

 慌てて周囲を見れば彼女と共に動く人形に誘拐された友人二人も同じ部屋にいた。 どうやら意識を失っているらしい。 慌てて起こせば、 二人とも特に怪我はないようで、 「……ココドコ?」と半泣きになりながら半身を起こした。

 室内は無機質なコンクリートが壁紙も床板もなく剥き出しにされており、 窓はない。 切れかけた電球が一つだけ天井にぶら下がっており、 時折、 「ジジ……ジジジ……」と不安になるような音を出しながら明滅していた。

 彼女達の目の前には鋼鉄製と思わしき扉があった。 そこから出ようにも三人の足首には鉄の足枷がはめられていた。 足枷の先にある鉄球は非常に重く、 小学生女子の筋力では動かすことさえままならず、 どれだけ手を伸ばしても、 扉に届くことはなかった。


「……」


 ここから出られない。 その事実に行きあたらないほど、 三人は愚かではない。 愛理が見れば他の二人は非常に顔を青くしており、 今にも泣きそうな表情をしていた。 鏡がこの部屋にはないが、 愛理自身も同じような顔色と表情をしている事だろう。


 トタン―――トタン―――


 三人とも誰も言えず、 泣かず、 切れかけた電球が鳴らす音だけが、 小さな部屋に響く中、 扉の先から軽い足音が聞こえた。

 誰か来た!

 この状況で助けが来たと考えるほど、 彼女達は楽観的な性格ではない。

 この状況で来るとすれば……


「あら、 もう起きたの?」


 唯一ある扉から入って来たのは優し気な表情をした、 どこか狂気を感じさせる若い成人女性だった。

 細い針のような身体、 丁寧にアイロンがけされた服からは落ち着いた清楚な雰囲気を感じられる。 されど、 その両手に抱えている物は清楚にはとても思えない、 下手くそ極まりない料理の山であった。


「ご飯、 ここに置いとくわね」


 そう言って、 コトリと地面に大皿を置く女性。


「帰して……おうちに返してよぉ……」


 そう呟くと感極まったように泣き出す友人。 愛理と残りの友人も、 我慢ができなくなったのか、 ぽろぽろと涙を流す。


「……どうして?」


 その声は心底分からないとでも言いたげな返答だった。

 キョトンという擬音が似合いそうなほど、 首をかしげる女性に少女三人はおのずと理解する。


 この女性は話が通じないタイプだ、 と。


「この子達って可愛いと思わない?」


 絶句する少女達を気にもかけず、 どこからか取り出した人形を見せる。 三人が見たこともない人形だった。 三人は知る由もないが、 “リサちゃん人形”という彼女達が生まれる前に販売され、 彼女達が生まれる前に販売中止になった人形である。

 「クスクス」と狂気を隠そうともせずに、 人形を見せびらかす女性に、 ドン引きする少女達。 そんな彼女達に気付くこともなく、 女性は嬉しそうにクルクルと回りだす。


「この子達になれたら素晴らしいと思わない? 素敵でしょ?」


 そう言いながらクルクルと回りだす女性。 そして、 「これから先の子の処理もしないといけないから待てってね」と嬉しそうに言うとそのまま扉から出て行ってしまった。 その際には、 鍵をかけるのを忘れずに。

 女性が出て行った後、 室内には少女達のすすり泣く声のみが響いていた。






 †






「ここ?」


 バイクから降りると円は焦るように隣の車にいる友人達に声をかけた。

 郊外にある住宅街から更に少し離れたところにある一軒家。 裏庭もあり、 周囲の住宅からも少し距離がある。 多少騒動があったところで周囲が反応するような土地ではなかった。


「犯罪を起こすにはいい場所だな」


 車の運転席から降りながら、 間宮は家についての感想を述べた。 車を使えば愛理が誘拐されたところまで三十分ほどでたどり着ける。 見れば裏庭には白いハイエースが堂々と駐車されていた。

 他の四人も車から降りるのを見て、 円は家のドアノブを握る。


「よし、 行くよ」

「あ、 待って」


 そのまま、 突入しようとしたその時、 彩香に止められる。 一体何事かと振り向いてみれば、 先程人長 昴の書斎から持ち出したトランクケースを持っていた彩香がいた。


「このままじゃあ間違いなく、 相手は抵抗するよ。 あっちには誘拐されたっていう子供達がいるんでしょ? 人質にされたらどうするつもりなの?」


 「だから、 これで説得する」と真剣な表情で言葉と続ける彩香。 ふたを開けて中に入っている人形を一度円に見せて、 ふたを再び閉じる。


「……大丈夫?」

「任せて! 話が終わったら合図を出すから」


 円の不安そうな表情と問いに彩香はトランクケースを片手に抱えて、 親指を立てて答える。

 そのまま不安そうな四人を置いて、 一人で家の中に入っていった。


「……これって“フラグ”ってやつじゃないか?」

「は、 入った方がいいんじゃないでしょうか?」


 不安をそのまま言葉にする桜子と、 不安から進言する穂村。 同じように不安な表情で間宮を見る円。 視線が集中した間宮は少し考えた後、 「彼女を信じよう」とだけ応えると、 空けた扉から中の様子を伺っていた。




「……誰?」


 人長 月は自分の家の中に入って来た謎の少女に声をかけた。 彼女の家には地下室があり、 そこには三日ほど前に誘拐したばかりの少女達が閉じ込められてはいるものの、 目の前にいる少女はその三人ではない。

 知らないうちに人形達が誘拐したのか? それならば無傷で堂々としているのもおかしい。

 そこまで考えたところで、 彼女が持っているトランクケースに目がいった。 どこか見覚えのあるそれは ……。


「こんにちは、 あ、 初めましてって言った方がいいかな。 あたしは泉 彩香。 こう見えて大学生なんだよ」

「……それで?」


 フレンドリーに話しかけてくる侵入者に感情を殺して答える人長。 あの、 トランクケースはなんだったのか……思い出そうとしても、 頭に響く虫の羽ばたきの音で思考が乱される。 彼女が作った人形達が、 彼女の苛立ちに反応したように各部屋から集まってくる。


「貴女がお父さんに何をされたか知っているよ」

「お父さんは何も悪くないっ!」


 突然告げられた言葉に声を荒げてしまう。 そう、 人長にとって父は絶対の存在。 彼は何も間違っていないのだ。 間違っているとしたらそれは自分の方で……

 主の怒りに反応したのだろう。 人形は次々と武器を構える。 侵入者は


「大事な人形を隠されたんでしょ? 意地悪なお父さんだね〜」

「えっ……あれは失くしたって……」

「実は、 お父さんの書斎で見つけたんだ。 これ」


 そう言うと、 得意げに掲げたトランクケースのふたを開ける。 そこに入っていたのはかつて、 彼女が持っていた“リサちゃん人形”だ。 自分が頑張って作った服を着ている。 三体中、 一体の人形にはかつて自分が誤ってつけてしまった傷を隠すように貼った絆創膏が彼女の記憶と変わらない位置に貼られていた。


「それは……!」

「取り返してきたよ、 キミの為に」

「ああ……!」


 中の人形を落とさないように、 トランクケースを床に置き、 手を離す彩香。 侵入者を押しのけるように、 トランクケースに駆け寄ると、 中の人形を壊れ物を扱うかのように慎重に取り出す。

 ああ、 そうだ。 自分はなぜこんな大切なものを忘れていたのだろう。 今まで、 たくさんの人形を集めたが、 満たされなかったのは、 自分が一番大切にしていた物を忘れていたから。

 頭の羽音がうるさく鳴り響く。 だが、 それさえももはや気にならない。


「もういいよ、 入ってきて!」


 目の前の少女の声、 そして、 複数の足音。 それが聞こえたとたん、 人長 月は意識を失った。




「彩香!」

「……え?」


 まだ、 明るいというのにカーテンが全て閉められて、 家の中はとにかく薄暗い。 開いた扉から見える部屋にはごみが散乱し、 それが廊下にまで広がっていた。

 悪臭が漂う廊下を切り抜けて、 ダイニングと思わしき部屋に駆けこんだ円達四人が見たのは、 三体の人形を抱えたまま崩れ落ちる成年女性と、 安堵したようにこちらを見る彩香。 女性と同じように崩れ落ちる武装した人形達。

 そして、 崩れ落ちた女性の耳からぶわりと膨れ上がる鳩ほどの大きさもある蟲だった。 いや、 “それは”蟲といっていいものなのだろうか。 瞼のない大きな目を彩香に向けている“それ”は十本の脚、 曲がりくねった巻きひげ、 半円形の翼を持つ、 どんな図鑑でも見たことのない生物だった。 人の頭に収まりようのないそれは、 間違いなく、 円達の目の前で、 女性―――人長 月の耳からずるりと這い出てきたのだ。

 そのまま、 “それ”は振り向いている彩香の頭目掛けて飛んで行って―――。


「危ない!」


 とっさに飛び出した円が小柄な彩香の身体を抱きかかえると同時に、 “それ”を踏み潰した。


「あっ」

「えっ」

「ちょっ」

「うげっ」


 あっけにとられる三人に「やってしまった」と言わんばかりに円。 彩香は理解が及ばずに、 頭に「?」を浮かべている。 恐る恐る円が足を上げると、 そこには僅かに緑色の液体が飛び散っているだけで、 “それ”の残骸といえるようなものは全く見えなかった。


「おおう、 セーフセーフ」

「どこが?」


 混乱からか、 変な事を呟く円に突っ込む桜子。 穂村は倒れた女性の解放をしている。 そんな四人を尻目に間宮はダイニングの奥へと足を運ぶ。

 人長 昴の家から持ち出した図面には地下室があった。 ダイニングの奥には地下室への階段があった。 そこから地下室へと行くと、 扉が二つあった。 両方とも鉄の扉ではあるが片方からは異臭がしてくる。 扉の隙間から匂いが漏れ出ているのだ。

 異臭がする扉をあえて放置し、 もう一方の扉を開ける。 そこにいたのは、 薄汚れた三人の少女だった。 三人とも突然やって来た成人男性に怯えており、 三人で固まって縮こまっていた。


「……入谷 愛理ちゃん?」


 そう声をかければ、 真ん中にいた少女が「……はい」と怯えたような声を出す。 安心したように間宮は懐から警察手帳を取り出す。


「助けに来たよ」


 そう言うと、 三人の少女達はタガが外れたように泣き出した。

 そのまま、 間宮は泣き叫ぶ三人を同時に抱いた。 そのまま、 安堵のため息をつくと、 そのまま三人が泣き止むまで、 されるがままになっていた。

 外からは大きな足音が複数響いていた。 先に連絡しておいた応援の警官が来たようだ。


「これで、 事件は解決か」


 そう、 呟くと、 間宮は再び安堵のため息をついた。




シャンの平均耐久力 2

円の攻撃(武道/キック+DB)2D6+1D4


どう考えても即死ですありがとうございます。


次回、 エピローグ。

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