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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
3.人形達の楽園
12/43

2:小さな水晶


「それで襲ってきた人形の一体がこれ?」


 泉 彩香は怪しむような口調でそう尋ねると同時に、 ボロボロの人形をつまみ上げる。

 子供達が行方不明になって三日後、 怪我の治療を終えた円は如月喫茶店の奥で詳しい事情を話していた。 彩香だけでなく、 あの事件の後、 県警本部に異動になったという間宮 智樹。 そして、 ちょうど仕事が終わった穂村 暁大の三人に話していた。

 あの日、 斬りつけられた脛は意外と傷が深く、 座っている椅子の傍には松葉杖が立てかけられていた。 医者からは一週間は過度の運動を控えるように言われており、 円自身も安静にしている。 しかしこの三日間、 安静にしながら目の前で攫われた従妹の居場所を探していた。

 ただ、 その結果が今彩香が持っている人形のみである。 すなわち何も見つからなかったのだ。 一人で探すことに限界を感じた円はかつて怪事件に遭遇した三人に声をかけた。 同じ大学に通っていることもあって泉 彩香と穂村 暁大の二人には簡単に出会えた。 間宮 智樹には警察に話を聞きに行った際、 偶々出会えたので連れてきた。

 ただ、 この場にいない蕨 桜子の居場所は分からなかった。 あの事件の後、 特に連絡先も交換していなかったというのだから当然と言えば当然である。

 ジロジロと人形を眺める大学生二人。 そんな様子を見ながら、 間宮はコーヒーを飲みつつ、 円に事件について話し合う。


「しかし、 こんなんじゃ何も分からないぞ。 実際、 警察の方でも碌に捜査は行われてないぞ」

「……警察がそれでいいの?」

「流石に人数が人数だからな、 事件性はあるんじゃないかとは言われてる。 だけど、 それだけなんだよ」

「なんでよ、 事件性があるんなら早く捜査してよ」


 同じようにコーヒーを飲みつつ、 苦い顔を隠そうともしない円。 それもそのはず、 彼女からすれば人形が人を攫って行くという状況、 事件性しか存在しないのだ。 人形の件を抜きにしても数多くの行方不明事件が発生しているというこの状況、 事件性が存在しないというのはおかしすぎるのだ。

 警察が介入できれば愛理は誘拐されなかったかもしれないのに……と悔しそうに口走る円。 そんな彼女の声が届いたのか、 同じく苦い顔をしながらコーヒーをすする。


「仕方がないだろう、 今まではただの行方不明事件だと考えられていたんだ。 今回の件も他の事件と関係しているかなんて分からないしな。 それに人形に誘拐されただなんて誰が信じるものか」


 「正直、 俺だってあの事件がなけりゃ信じなかっただろうしな」と締めくくりながら残りのコーヒーを飲みつくす。 その言葉に自身も同じ思いなのか憤っていた円も押し黙る。


「う〜ん、 特にパッと見た限りでは変なのはないけれど」

「というか、 ずいぶん古臭いデザインですよねコレ」

「というか、 この人形なんなんだろう。 あたし見たこともないや」


 先程までボロボロの人形を眺めまわしていた大学生二人がそう結論づける。 確かに外側から見た限りではただの人形だ。 いささか古臭いデザインで、 今、 市場に出回っている人形ともそのデザインは異なっている。 動く気配もない。 では中身は?


「中身は他の人形と同じように空だね……うん?」

「どうしました泉先輩」


 もう一度、 人形をつまみ上げて軽く振る彩香。 そんな時、 人形から僅かながら音がしたのを彼女は聞いた。 カラコロという軽い物が転がる音がひしゃげた人形の胴から聞こえてきたのだ。

 中に何かある。 ということで、 早速店からカッターナイフを借りて、 胴を縦に割く。 店員は不思議そうな目で四人を見ていたが、 すぐに自分の仕事に戻っていった。

 プラスチック樹脂製の胴体は安物のカッターナイフによってあっさりと切り裂かれ、 その内部が露わになる。 すると、 中から小さな水晶が転がり落ちてきた。 透明で小指の先ほどの大きさしかない水晶だ。


「何これ?」

「ガラスですかね? でもなんでこんな中に……」

「何してんだお前ら」


 転がり出てきた水晶を不思議そうに眺めていると、 女性の声が上からかかる。 声の主は数カ月前の事件以来、 会っていない蕨 桜子であった。

 円と彩香の二人はともかく、 穂村と間宮にとっては初対面だ。 いや、 穂村は何度か喫茶店で客と店員として会ったことはあるかもしれないが、 穂村の記憶にはなかった。 桜子の方も二人に見覚えはないらしく、 「誰だこいつら」と円と彩香に聞いている。

 円が彼らの紹介をする前に、 机に置かれているボロボロの人形を目ざとく見つける桜子。 あまりのボロボロさに若干引きながら人形を囲んでいる四人に尋ねる。


「“リサちゃん人形”か、 これ懐かしいな。 なんでこんなにボロボロになってんだ?」


 そう首をかしげながら、 人形を拾い上げる桜子。 その言葉に、 彩香と穂村は反応する。


「知ってるの?」

「あ、 あぁ、 二十年前にちょっとだけ流行っていたんだ。 手作りの洋服を作るコンテストなんかも大々的に行われていたんだよ。 気が付いたらすぐに売り場からなくなっていたんだがな……そういや、 なんでなくなってたんだろ」


 昔の事を思い出しながら、 もう一度首をかしげる桜子。


「というか、 お前ら何してんだ。 ……そういえばたしか……」


 そう考えながら少しずつ悪い表情になっていく桜子。 最近の行方不明事件について何か聞き及んでいたらしく、 三日前の行方不明者の一人が円の従妹であると知っていたのだろう。 取材のチャンスだとも考えたのかもしれない。


「その人形がどうしてあったのか……しかも動いて」

「……は? 動いて? 何言ってんのさ」


 桜子に聞こえるように話す彩香に疑問符を浮かべる桜子。 しかし、 数カ月前の事件を思い出したのか納得がいったような表情になっていく。


「あぁ、 警察がなんでこの行方不明事件をろくに捜査しないのか分かったような気がするわ。 そりゃ、 あんなオカルトじみた事件なんて捜査できないよな」

「……なあ、 コイツも厄介な事件に巻き込まれたことのあるクチか?」

「……まあな」


 どこか、 諦めの付いたような表情で話し合う桜子と間宮。 そんな二人を尻目に人形について話し合う大学生三人。


「犯人はこの人形を大量に持っていたんでしょ? 何か思い入れがあったのかな」

「たまたま、 在庫を大量に持っていたとかどうですかね」

「少なくとも百体以上の人形があったんだよ? そんな大量の人形なんて……」

「作っていた会社とかなら大量の在庫を抱えていたんじゃない? 手作り洋服の大々的なコンテストなんかも行われていたのに売り場から消えたってことは大量に生産していたってことでしょ?」

「あぁ、 なるほど。 で、 その会社ってどこ?」

「……さあ? 調べてみるね……お、 あったここだね」


 そう言いながら、 スマートフォンの画面を全員に見せる彩香。 そこには今も活動中の玩具会社のHPが記載されていた。 赤霧市に本社がある中規模ながら様々なおもちゃを売っている会社だ。

 玩具会社のHPを見ながら間宮が、 ふと思い出したように呟く。


「ん? この会社確か……一カ月ほど前に古い倉庫で盗難があったって、 聞いたぞ。 盗まれたのは古い人形の在庫だったはずだ」

「……それが、 “リサちゃん人形”じゃねえのか?」

「話を聞く限り多分な。 担当部署に聞いてみる」


 それじゃあ、 と言いながら席を立つ間宮刑事。 その際自分の分のコーヒー代を経費で払ってくことを忘れない。

 その後、 なんとなく降りてきた沈黙を破るように穂村がぼそりと呟く。


「そういえば、 その“リサちゃん人形”ってなんで売り場から消えたんでしょうか」

「そういや、 そうだな……よし、 聞いてみるか」


 そう言うとHPに載っていた電話番号に電話をかける彩香。 すぐに電話に出たらしく、 「あ、 すいません、 少し聞きたいことが」と話し出す彩香。 何度かの応答の後、 「ありがとうございました」と言い、 電話を切る。


「原因はさっき言っていた洋服のコンテストみたい」

「え? なんでだよ。 毎月そういった雑誌に数ページ規模で載ってたくらい好評だったぞ。 ワタシも出したけど、 佳作にすら入らな……あっ」


 彩香の答えに反論し、 思わず余計な情報まで出してしまったと後悔する桜子。 それを聞いてにんまりとあくどい表情をする彩香。


「へぇ〜、 お人形のお洋服を作ったことがあるんだ〜へぇ〜」

「う、 うるさいな! 別にいいだろ! 小さい時のことだ!」

「可愛い趣味があったんだな〜っておもっただけですぅ〜、 今の姿からは思いもしない趣味だな〜って」

「くっそ腹立つ煽り止めろや!」

「それで、 そのコンテストで何が起こったんですか?」


 ずれそうだった話を穂村がすぐに修正する。 彩香も「あぁ、 そうだった」と桜子をからかうことを止めて、 続きを話す。


「そう、 このコンテストに作品を出したこともある桜子さんに聞くけど、 たしかバックストーリー的なものを作文にして一緒に投稿してたでしょ」

「あ、あぁ、 確か販売当時、 “リサちゃん人形”には設定的なものがなかったから、 手作りの洋服と一緒にどういったキャラクターか作文にして一緒に送るようにしてたはずだ。 優勝者のデザインを商品化すると同時に作文の内容を一部リサちゃんの設定に組み込むって話で」

「それが虐待を匂わすような作文が多数届き始めたらしいんだよ。 それで、 会社は慌てて児童相談所に作文と商品を出して、 “リサちゃん人形”はすぐに販売を中止したみたい。 各売り場からも商品を回収してたってさ」


 「さらに」と彩香は続ける。


「これってたぶん児童心理学にある自分の境遇を人形に投影させる手法を偶然再現しちゃったんだと思う。 性的虐待を子供にやらかすような奴は罪悪感から人形をその子に買い与えるって聞いたことあるし」


 その話を聞いて残りの三人は「うわぁ……」と言わんばかりの表情になる。 言わずもがな自分の子供にそのような事をやらかす輩が多数いたという事実に嫌悪感を抱いたのだ。


「……ん?」


 そういった話を聞いて穂村はある推測を思いつく。


「それってその虐待を受けた子達の中の一人がその事件の犯人ってことはありませんかね。 親から与えられた人形ってことは大事にしているでしょうし、 虐待を受けていた子がなんらかの形で人形を操る方法を知ったとしたら……」


 何故、 誘拐しているのかは分かりませんが。 と締めくくった穂村の話を黙って聞く三人。 彼女達の胸中にあるのは「ありえる」という思いだった。

 そうなれば話は早い。 少しでも早く、 その虐待を受けた作文を手に入れる必要がある。 多数ということはそれだけ手間がかかりかねないということなのだから。


「その作文、 児童相談所に出したって言ってたよね? もしかしたらまだ、 保存しているかも!」

「してるでしょう絶対! 清山県の児童相談所は赤霧市にあったはずです! ……あぁ! でもどうやって見せてもらえば!」

「間宮さんに頼もう! 刑事が『事件と関係しているかもしれない』って言えば資料程度見せてくれると思うし!」

「急ぐぞ!」


 そうまとめると、 慌ただしく如月喫茶店を出ていく四人。 そんな中でキチンと代金を支払っていくのを忘れない。 円は喫茶店を出ると走りながら、 間宮に電話をかける。 彩香と穂村はそんな円の健脚に追いつこうと必死に走っていた。

 ドタバタと出ていく中、 桜子はふと立ち止まり、 ボソリと呟いた。


「そういや、 あの刑事と学生……なんて名前なんだ?」


 間宮って(アイツ)言ってたな……確か。

 桜子はそう結論付けると、 男子学生の名前も後で聞いておかないと、 と考えながら、 先を急ぐ大学生三人を追っていった。


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