第21話「黄金色の瞳」
夜。薄い明かりの燐光に照らされた、国王専用の執務室に国王であるスイラスが、両開きの大きな扉を開き中へと入る。
誰も居ない静かな室内、そこへと入るとスライスは深く息を付いた。
夏にある大きな仕事の一つを、今日無事に終わらせることができた。ここ最近の情勢不安から、多くの仕事が舞い込んできていたが、ひとまず一つ大きな仕事を終えることができ、落ち着く事ができそうだった。
ゆっくりと執務机の傍へ置かれた椅子へと歩み寄り、座る。ふかふかの質の良いクッションが敷かれた椅子。そこへ深く身体を沈め、息を付く。そうすると、今まで溜まった疲れが何処かへ流れ出るような気がして、気持ちが楽になる。
ふと、視線を感じた。
誰も居ないはずの執務室。国王以外許可なく立ち入る事が許されない場所。その場所に自分以外の誰かの気配を感じた。
最初、言い聞かせていても勝手に入り込んでくるフィーヤかと考えたが、いくらフィーヤであってもこの時間にここへ来ることは殆ど無い。それに、フィーヤなら必ず声をかけてくる。それすらも無い。
不審に思い、スイラスは気配を感じた方へ視線を向ける。そこには、人が一人立っていた。
執務室の窓の傍、黒地のローブを身に纏い、フードを目深く被った人の姿。背丈はフィーヤと似ているかもしれない。けれど、そこから醸し出される雰囲気は明らかに異質なもので、フィーヤのそれとは違っていた。
「誰だ?」
スイラスは一度眉を顰め、それから相手を睨みつけると、声を低くし相手を威圧するようにして、告げる。
「私が誰かわからないか……哀れだな」
「知らんな。こんな時間に此処へ来る客人など、覚えがない」
睨みつけ、警戒する。見たところ、目だった武器などは見当たらない。けれど、裾の長いローブ姿、その下に武器などを隠し持っていないとも限らない。
「それで、私に何か用かな? 私は忙しいんだ。別の日にしてくれるとありがたい」
ゆっくりと、執務机の傍らに仕掛けられた、魔法による警報装置の傍へと、椅子を移動させていく。
「用ならすぐ終わる。お前がすべてを置き去り、消えてくれればそれでな」
ゆっくりと動いていくスイラスの動きを気にも留めず、ローブの人物はそう告げる。
「消える……か、悪いが私にはやらねばならない事がまだ多くある。それは出来ない相談だ。御引き取り願おう」
完全に警報装置の傍まで移動すると、魔法の起動装術式が込められた宝石に触れる。
警報装置を作動させれば、暫くの間魔法による音が鳴り響き、外を警備している衛兵が、直ぐに室内へと入ってくる仕掛けとなっている。けれど、その警報装置の魔法は作動することが無かった。
「拙く、幼稚な魔法だ。破壊するのは簡単だったぞ。お前はもう、外へ助けを呼ぶことは出来ない」
驚き、スイラスはもう一度警報装置を作動させようと試みる。けれど、やはり警報装置が作動することは無かった。
「貴様、何が狙いだ」
怒気の孕んだ声で、問いただす。
「だから、言ったじゃないか、お前がすべてを置き去り、消える事。それが、望みだ」
スイラスはローブの人物に目を向けたまま、退路を探す。窓? 出入り口? 大声を出して助けを呼ぶ? 策を思い浮かべ、選択を考える。
「けど、それは難しそうだ。だから、最も単純で、簡単な方法を取ることにする」
ローブの人物が片手をスイラスの方へと伸ばし、手を開く。
「人の王を消すには、こうするのが一番なんだろ?」
そして、伸ばした手を握りしめた。何もない、空を掴む。ただそれだけの動作。けれど、それによって変化が有った。
スイラスは身体を大きく悶えさせ、胸と首を手で押させる。肺が急速に萎み、息を吐き出したかと思うと、急に喉が痙攣したかのように動かなくなる。口を大きく開き、必死に呼吸をしようとするが上手くいかない。助けを呼ぶ声を発する事すら出来ない。
悶え、のたうつスイラスの姿を見て、ローブ姿の人物の辛うじて見える口元が笑う。
意識が遠のき始め、視界に靄がかかり始める。
消えていく意識の中、見上げた視線が、ローブ姿の人物の素顔を映す。
長く鮮やかな青い髪に、白い肌。そして、蛇のように縦に裂けた黄金色の瞳が、部屋の明かりを集め、輝いていた。
「消えろ。愚かな人間。ここは私の領域だ。返してもらうぞ」
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