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正しい竜の育て方  作者: 夜鷹@若葉
第三章「騎士と姫と魔法使い」
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第17話「嘘のある現実」

挿絵(By みてみん)

 外へ出る。壁一枚を隔たれ、空間が遮断されると辺りは急に静かになる。晩餐会の会場に満たされていた熱気から解放されたせいか、外の空気がとても涼しく感じられた。


 外へ出るとアーネストは、よろよろと歩きテラスの柵の上に腰を降ろし、息を付く。


 晩餐会等の催しに慣れてないせいか、ここ一時間ほどでだいぶ気疲れしたようだった。


 冷たく感じる空気と静けさに身を浸し、疲れを癒す。ふと、当たりを見渡すと、アーネスト同様に晩餐会の会場から抜け出してきた人の姿が、中庭にちらほら見られた。ただ、そんな彼らは一人では無く、ほとんどが男女の組み合わせで、楽しそうに会話に花を咲かせているようだった。それを見ると、なんだか覗き見しているようで罪悪感を覚え、視線を外す。


 やはり、慣れない催しだけに、どう立ち回ればよいか分からず、気が休まらない。


 視線を彷徨わせるのをやめ、足元へと向ける。そうすれば、余計なものを見ずにすみ、気が楽になる。


 カツカツと伸ばした爪を固い石造りの地面に打ち付ける様に音を立て、一匹の黒猫がアーネストの足元に近寄ってくる。今までずっとアルミメイアの傍を付いて来ていた黒猫だ。


 黒猫はアーネストの足元まで近付くと、足を止めこちらを見上げてくる。


 じっと動かず、琥珀色の瞳でアーネストの瞳を覗き込んできた。その瞳は、どこかアーネストを責めている様に思え、アーネストはそっと視線を外した。


(俺は、何をやっているんだろうな……)


 ふとここ数日の出来事を思い出す。


 ここへは目的を持ってきたはずだ。けれど、その事に付いてまだ何も出来ていなかった。


 黒猫が「ニャー」と鳴く。


 黒猫が、その事を責めるとは思えなかったが、なぜかそのように感じられてしまった。


 アーネストは再び息を付く。そうして気持ちを入れ替える様にして、立ち上がる。


 ここへは情報と、繋がりを求めてきたのだ、この晩餐会はそれらの事に利用するにはもってこいの場所だったはずだ、それなのにこのような場所でくつろいでいてはいけない。そう思い、立ち上がる。


 丁度その時、ひんやりとした何かがアーネストの目を覆い、視界を閉ざされた。


「うわ!」


 唐突の出来事に、思わず変な声を上げてします。


 その声を聴いたのか、背後からクスクスと笑う声が聞える。


「だ、誰だ!」


 少し怒気の孕んだ声で、問いただす。


「誰でしょう?」


 聞き覚えのない女性の声が、答えを返してくる。


「すみません。分かりません」


「あら、残念……」


 声の主は、残念そうな答え返すと共に、アーネストの目を覆っていた手をどけてくれる。アーネストはその場を振り返り、誰がやったことなのか確認する。


 一人の少女が立っていた。薄い黄金色の髪をした、どことなくフィーヤと似通った容姿を持つ、幼さのある顔立ちの少女。見覚えのある顔立ちから、目の前の相手が誰であるか直ぐに判断を付けることができた。


「これは……フェミル様でしたか、失礼しました。

 直接言葉を交わしたのはこれが初めてでしたので、声だけでは分かりませんでした」


 フェミル・ストレンジアス。フィーヤと同じ王族で、フィーヤの直接の妹にあたる第四王女だ。


 相手がフェミルである事を確認すると、アーネストはすぐさま姿勢を正し、謝罪の言葉を告げる。


「かまいませんよ。そう言えば、あなたとは初めまして、でしたね。

 次、間違えたら、容赦しませんよ」


 片目を閉じ、フェミルは小さく笑う。


「以後気を付けます。

 それで、何か私にご用ですか?」


 王族であるフェミルとアーネストの間に、親しく話す様な接点は思い当る限り無い。晩餐会の会場で、流れで挨拶する形になったのなら分かるが、会場の外にまでわざわざ出てきて声をかけたのだから、何かしら用があるのだろう。


「用と呼べるほどのものかは分かりませんが、あなたと話してみたくなりましたので、お話、しませんか?」


 軽く首を傾げ、フェミルは可愛らしく笑って見せる。


「お話、ですか」


「はい。あなたの御前試合での活躍、見させてもらいました。その姿を見て、とても興味を持ちましたので」


「それは、光栄です」


 賞賛の言葉に、返事を返し、アーネストは一礼する。そして、礼を返すと共に、一つ気になる点を見つける。


「なぜ、私の事が分かったのですか?」


 アーネストは名前を偽り、顔を隠して参加した。直接言葉を交わす機会などは無く、よほどの事が無ければ分からないはずだった。


「その事でしたら、セルウィンさんが教えてくれました。珍しいですよね、彼に興味を抱かれるなんて」


「なるほど、そう言う事ですか」


 アーネストの竜騎士の先輩であるフレデリック・セルウィン。彼は偽名を使ったアーネストの事を直ぐに見抜いてしまった。その彼と繋がりがあるのなら、名前を偽ったアーネストの正体が分かったのも頷けた。


「あの人は、私の事を過大評価しているだけですよ。私は大した人間ではありません」


 何となく、自分のあずかり知らぬところで大きな評価を得ている事に居心地が悪く感じ、訂正を入れる。


「そうですか? 乗り慣れない騎竜を御し、御前試合で結果を出す。普通の竜騎士には出来ない事かと思いますが?」


「あれは、たまたまうまくいっただけです。それに、騎竜の能力の高さもありましたから……」


「そういう謙遜の仕方は好きではありませんね。たとえ騎竜の能力が高かったとしても、あなたがそれを乗りこなしたからこそ、出せた結果です。そこにあなたの力が無かったとは思えません」


「そう、ですか?」


「あなたには力があります。ですから、もっと自信を持ってください」


 ニコリとフェミルが笑いかけてくる。


「この話は辞めましょう。私は、あなたとこのような話をしに来たのではないのですから」


 そして、一度両手で手を叩き、息を付く。


 少しだけ間を開けてから、青い瞳をアーネストに向け、口を開いた。



「あなたはこの世界をどう思いますか?」



「世界?」


 問いかけてきたフェミルの言葉に、アーネストは大きく疑問符を浮かべる。


「言い方が少しあれでしたね。言い直します。

 あなたは、私達が住む、この社会をどう思いますか?」


 フェミルの言葉の意図が読み取れず、アーネストは少し戸惑い、答えに窮する。


 フェミルは一度アーネストから視線を外し、言葉を続ける。


「人はをつきます。それは、自身を守るためであり、他者を助けるため、他者を陥れるため、自己の利益を追求するため、様々理由によりその嘘は付かれます。

 人の社会には多くの嘘があります。いえ、嘘は人の社会だからこそ、その力を発揮し、それ故に人の社会には多くの嘘が満たされている」


 話が読めず答えを返さないアーネストに、補足するようにフェルミは言葉を続ける。


「それは……どういう事ですか?」


 アーネストは問い返す。それに、フェミルはクスリと笑う。


「多くの嘘で歪められた社会。それをあなたはどう思いますか?」


 再びアーネストを見返し、フェミルは改めて問い返してくる。アーネストはそれを見返したまま、少しの間考えてみる。


「私は、人間社会、という大きなものの見方については良く分かりません。それに、あなたの言う、嘘がどれ程のものを指しているのかも分かりません。ですが、場合によっては、付かなければならなかった嘘、というのもあると思います。そう言う嘘なら、仕方がないのかな、と思います。

 けれど、そうではなく悪意に満ちた嘘なら、許されないもだと思います。

 ですから、嘘で歪められた社会。と、言われましても、どう、とは判断しきれません」


「そうですか、とても素直な答えですね」


 フェミルはアーネストの言葉に、嬉しそうな声で答えを返す。


「では、もう少し、具体的な話をしましょう。

 私達の住む、この国も多くの嘘を抱えています。それは、人の社会であるな、仕方ないと言えるかもしれません。けれど、私達の国には、私達だけのものでは有りません。私達以外にもその庇護を受けている者達が居ます。その者達に対し、この国は付いてはいけない嘘を付いています。この嘘の上に成り立っている、この国を、あなたはどう思いますか?」


 フェミルの言葉に、アーネストは一瞬息を飲む。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは、おそらく飛竜の事だろう。人と共に生活し、国の法と枠組みの中で護られているものは、大きなものでそれ以外に居ない。それに対しての「付いてはいけない嘘」その言葉に強い興味を引き付けられてしまった。


「それは、どういう事ですか?」


 聞き逃せない言葉に、アーネストは強く問い返す。フェミルはそれに小さく笑みを返す。


 そして、すっと身体をアーネストの傍に寄せてくる。


「他の人に聞かせられない話ですので」


 身体と身体が触れそうなほど近く、肩を露出したドレスに、淡く甘い香水の香り。誘う様なそれらに目もくれず、アーネストはフェミルの顔を見返す。



「一つは、神聖竜の存在。神聖竜レンディアス。そのような名の竜は、この世には存在しない作り物の虚像です」



「え?」


「驚きましたか?」


 アーネストの驚き様に、フェミルは悪戯を成功させた悪餓鬼のような笑みを浮かべる。


「それは、事実ですか?」


「事実ですよ。王室は隠しているみたいですけどね。

 神聖竜レンディアス。この名前は、古い文献のどこにも名前がありません。この事実は、王室の中では公然の事実ですし、一部の貴族の方にも知られている事ですよ」


「本当、ですか?」


 改めて聞き直してしまう。


「私は嘘が嫌いです。けれど、この事実をどう受け止めるかは、あなた次第です」


 アーネストの問い返しに、フェミルはまた、笑う。


「もう一つは、神聖竜との盟約。

 このようなもの、存在してなどいません。そもそも、神聖竜そのものが嘘なのですから、これも嘘なのは当然ですね」


 戸惑い、言葉を詰まらせるアーネストに、フェミルはそう畳み掛ける。


「あなたは、盟約というものの内容を知っていますか?」


「いえ、詳しくは知りません。けれど、竜と人との間の取り決めで、それがあるから竜と人、共に暮らせていると、聞いています」


「でしょうね。どこでもそのように教えられているはずですから……。

 ですが、それならばなぜ、先日、竜骨山脈で飛竜達が人を襲ったのですかね? あなたもその現場を見ていたのでしょ?」


「それは……」


「この国には多くの竜族が住んでいます。そして、それと同時に竜族を統べる、守護竜と呼ばれる竜達が存在していました。

 けれど、それらはもういません。そのすべては、この国の竜騎士達によって倒されてしましました。

 竜族を統べ、王国の行いに反発を示し、竜族を先導するもの達は皆、王国の敵とみなし、討伐したのです。そして、それらの事実を王国は隠蔽した。

 この国で暮らす飛竜達を、自分たちの都合の良い形に利用するために、彼らの守護者を殺し、それを嘘で隠した。

 このような嘘を、あなたはどう思いますか?

 仕方なかったと言える嘘ですか? それとも、許されるざる嘘だと思いますか?」


 言い終え、そっとアーネストから身体を離し、フェミルが問いかけてくる。


 アーネストは言葉を詰まらせる。今まで見て来たもの、知っている事だけでは、並べられ話の全てに対して、それぞれ嘘であるかどうかの判断が下せない。それだけ、アーネストの知っている事は少ない。知っていなければと思いながら、知らない事に、悔しさを覚える。


「私には、それが事実かどうか確かめられるだけの、情報を持っていません。ですので、直ぐに判断は下せません。ですが、それが事実だとしたら、許せない事だと思います」


 アーネストは静かに答えを返す。


「そうですか。今は、その答えで満足しておきましょう。

 でしたらどうでしょうか? この話の真実。あなた自身の目と、耳で確かめてみませんか?」


 フェミルがそっと手を差し出してくる。


「私は、あなたの望む真実を示しましょう。

 そして、私と――いえ、私達と共に、この嘘で歪められた世界を、正しくあるべき形へと戻しませんか?」


 問いかけてくる。青い瞳を向け、手を差し出し問いかけてくる。アーネストはその手を見つめ、考える。


 知りたいことは多くある。この手を取れば、それを知れるかもしれない。けれど、この判断を自分だけでして良いのかと、思ってしまう。


「す――」


 どうにか答えを口にしようと、口を開きかけると、それをフェミルの人差し指がその口を閉じさせた。


「すみません。どうやら時間切れみたいです。今の答えは、また今度聞くことにしましょう」


 アーネストの口を閉ざさせた指をそっと離し、そばから離れる。


「それでは、また会いましょう。今度は二人きりで、では、良い夜を」


 足を引き、腰を降ろし、両手でスカートの裾をつまみ上げ、礼をする。そして、別れの言葉を口にすると、踵を返し、その場を後にして行った。


 丁度それと入れ替わるようにして、黒と白を基調とした使用人の衣服を着たアルミメイアが、アーネストが居るテラスへと顔を出す。


「あいつ、誰だ?」


 アーネストの傍から離れて行ったフェミルの姿を目で追いながら、アルミメイアが尋ねてくる。


 相変わらずと言える、その態度に安心したような、呆れた様な息を付く。


「王族だぞ、それ位は覚えておいた方が良いと思うが……」


「見た事なかったのに、分かる訳ないだろ。教えてくれなかったお前が悪い」


「そうだな、俺が悪かったな」


 半ば投げやりに答えを返す。先ほど聞いたフェミルの言葉の所為で、頭が上手く回らず、もやもやする。


「なあ、アルミメイア……神聖竜レンディアス。この竜の名前、知ってるか?」


 並べられた事柄、それに対する疑問。それらを一つでも解消するべく、アーネストは問いかける。


 最初、フェミルの話を聞いて、その事を直ぐに信じられなかった理由は、アルミメイアの存在があったからだ。


 アルミメイアは度々、自分の母はこの国を作ったと語った。なら、普通に考えれば、アルミメイアの母は、神聖竜レンディアスという事になる。建国に大きく関わった、この国を作ったと言えるような竜は、それ以外に居ない。


「なあ、前から気になっていたんだが、その神聖竜レンディアスってなんの名前だ?」


「え?」


 答えの分かり切っていた問いで、今まで聞かずにいた問いの答えは、アーネストの思っていたものと別の答えだった。


「君の親の名前じゃないのか?」


「勝手に人の親の名前を決めるな。私の両親の名は、どっちも違う」


 呆れた様な言葉で、アルミメイアはそう答えたのだった。

お付き合いいただきありがとうございます。

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